十五節 鬼哭高らかに(陸)

「ツ、ツクシさんまで、ああ、そんな――」

 異形殺しの矢を乱れ撃ちながら、ジョナタンとテトのもとへ、じわじわと進んでいたヤマダが宙を飛んだツクシを見て足を止めた。

「ヤ、ヤマさん!」

 表情を固めて佇むヤマダへ声がかかった。

「ひゃあ! ――ジョ、ジョナタンさん、無事でしたか、テトちゃんは?」

 一瞬、ヤマダはエイシェント・オークに襲われたのかと勘違いして身を竦めたが、そこに立っていたのは、テトを抱き抱えて鬼のような形相になったジョナタンだった。

「テトは気絶しただけだ。たぶん、そうだと思うべ――」

 ジョナタンが腕に抱え上げたテトを見やった。

「ジョナタンさん、早く後ろへ!」

 弓を番えて、ヤマダが怒鳴った。

「ヤマさん、後ろは安全なん――いや、なんでもねえべ!」

 ジョナタンがいい残して後方へ走った。

 大王は壁際に落ちたツクシを眺めていた。

 倒れたツクシをスカウトが取り囲んでいる。

 一撃で千々に弾け飛ぶと思ったが。

 案外、あの剣士の鎧は堅いものだったか――。

 大王が手の大戦斧へ見やって首を捻ると悲鳴が聞こえた。

 ツクシを囲むスカウト一体の頭にヤマダの矢が突き立っている。

 他の何体かは宙を駆けるオリガ大尉が振るう赤い閃光で切り刻まれた。

 残ったものは魔刀の閃光にかかって散り落ちた。

 黄金の導式で輝くツクシが死体になったスカウトに囲まれてのそりと佇んでいる。そのツクシが視線を送った先でゴロウが導式陣・聖なる防壁を機動していた。

「ああ、俺はまたチチンプイプイの防壁で助かったのか。しかし、やっぱり痛ェぞ。大して使えねェぜ、あの赤髭野郎――」

 ツクシがうつむいて呟くと鼻先から血が滴り落ちた。壁に叩きつけられたツクシが地上へ落下したときに、ゴロウの導式の防壁はその効果が切れていたようだ。

 不機嫌な顔に血流ができていた。

「――よ、良かった、ツクシさん、生きてた!」

 ヤマダが叫んだ。

「ハハッ、心配したぞ、ツクシ!」

 オリガ大尉が宙を駆けながら笑った。

「ツクシ、次に食らうと俺の式が持たねえ、さっさと逃げろォ!」

 ゴロウが絶叫した。

「うるせェ、ヤブ医者め――」

 ツクシが魔刀をぶら下げたままふらふらと歩きだした。

 その視線の先にエイシェント・オーク・レックスがいる。

「――この金ピカ野郎、どうやって俺の斬撃を外した?」

 ツクシの足元は頼りなく、その視界は明暗の点滅を繰り返している。

 だが、その目だ。

 三白眼が青く燃え上がっている。

 否、その全身が――。

「ヴォ、ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォラァ!」

 言葉を失っていた大王が咆哮した。

 威嚇で死神の歩みは止まらない。

 ツクシは敵との間にある距離をのろのろと縮めて、また魔合マアイに――十二歩半の圏内に捉えた。

 大王は上半身をスウェー・バックさせた。

 ツクシは立ち止まってその場にいる。

 しかし、大王は攻撃回避する動きを確かに見せた。

 見せてしまったのだ。

「――なるほどな。この金ピカは十二歩半の魔合マアイを完全に見切ったか?」

 ツクシは呟いた。

「モナーク、エイタック、エイ、ホアリ、コ、コエ!」

 大王が命令をすると、後ろで控えていた親衛隊が大ナタを手に駆け寄ってきた。

「おっと、貴様らの相手は、この私だ!」

 オリガ大尉が親衛隊の間を駆け抜て赤い閃光を撒き散らした。

「させるもんか!」

 ヤマダが放つ異形殺しの矢も大王を守ろうとする親衛隊を食い止める。

「そうか、俺の跳んだ位置が悪かった。それなら――」

 ツクシが顔を上げた。

「ヴオォォォォォォォォォォォォォォッ!」

 大王が身構えた。

「十二歩半のなかへ――」

「『魔合』の範囲へ――」

「俺が歩いて入るだけだよな――」

 必殺の呪詛と共に、ツクシが魔合のなかへ足を踏み入れた。

「ヴォ――」

 ここで大王は背を見せて逃げるタイミングを逸したことに気づいた。

 大王は魔刀が持つ決死圏に立っている。

「詰まった魔合で、俺が跳んだらお前はどうなる?」

 ツクシが訊いた。

 見上げる位置に敵がいる。

 大王の眼前に死神が佇んでいた。

 それは剣を構えもしない。

 ただ、その刃を右手の先からだらりとぶら下げるのみ。

 必殺の無構え――。

「ヴォァァアア!」

 大王は苛立って咆哮した。

「お前は俺の斬撃を回避するタイミングが掴めない。違うか?」

 ツクシは口角を邪悪に歪めた。

「ヴォアッ!」

 吼えながら、大王は右の大戦斧を振りかぶった。

 大王はこう考える。

 目の前に迫った敵は、足取りが怪しいほどの重傷を負っている。

 敵は自分の一撃を「不可解な移動」で回避をしたあとで攻撃する。

 体力が少ない敵は必ず自分の急所を狙うだろう。

 自分は攻撃したのと同時に、上半身を移動させて致命傷を避ける。

 敵の攻撃で手傷を負ったとしても、左手の斧で一撃を食らわせれば勝利――。

 ツクシの足元に虹の絵画が発現した。

 それは宇宙。

 宇宙を七つの色で現した絵画であった。

「ヴオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!」

 大王がツクシへ右の大戦斧を振り下ろした。

 地面が揺れた。

 割れた石床が土埃を巻き上げながら飛び散る。

「――二度も俺が同じ行動を取ると思っていたのか?」

 上半身を反らした大王は耳元で死神の唸り声を聞いた。

 消失したツクシの出現座標は大王の背後だった。

 背を反らした大王の首筋は、ツクシにとって「斬ってください」といわんばかりの位置にある。

 魔刀ひときり包丁がきらめいた。

「ヴォア!」

 次の瞬間、大王は自分の巨体を見上げていた。

「人間様のオツムを舐めるんじゃねェ――」

 死神が落下する大王の首を宙から見下ろしている。


 大王――オーク王はツクシを見上げていた。

 意識が薄れるにつれて、オーク王の視界は暗くなる。

 視界は暗闇に縁取られて中央に光が残った。

 毛の無い猿の身でありながら、実に見事な戦ぶり、これは立派な剣士――。

 オーク王はツクシを賞賛した。後悔はある。できればこのような穴倉でなく、太陽の下で、もっと気持ちのよいハレの戦場で、この好敵手と戦いたかった。そうオーク王は思った。戦いたかったというよりも、オーク王とその軍勢は単純に太陽の下へ――地上へ辿りつきたかったのだ。オーク王とその軍勢は、この穴倉を這い上がれば、そこは母なるウビ・チテムの大森林が広がっている筈だと考えていた。

 今から何千年も前の話になる。

 オーク王とその軍勢は、敵対する部族を打ち滅ぼすため遠征した先で都合のよい洞穴を見つけて本陣を構えた。だが、一夜明けると、外にあった筈のウビ・チテム大森林は消失し、その代わりに石でできた暗い穴倉がどこまでも続いていた。オーク王とその軍勢は戸惑いながら穴倉の探索をして上がり階段を発見した。

 もう迷うことない。

 オーク王とその軍勢は地上を目指すことにした。

 オーク王の軍勢が松明の灯りを頼りに暗い穴倉を歩いていると、毛の無い猿――グリフォニア大陸に多く棲んでいたヒト族の集団に遭遇した。ヒト族の集団は火を吹く小杖――銃で攻撃をしてきた。食料に困窮していたオーク王の軍勢は、ヒト族を難なく殺して食った。それは旨いものではなかった。オーク王とその眷属がウビ・チテム大森林で食料にしていたのは、川べりに群れる巨大な水牛や、川でとれる大魚、それに、意図して育てなくても有り余るほど実る木の実などだった。儀式の一環として戦時に捕らえた敵兵を食らって気勢を上げることは確かにある。しかし、平時からオーク族がヒト族や同種族を食べていたわけではない。そんな必要はなかった。ウビ・チテム大森林は見上げるような巨躯を持つオーク族の腹を十分満たすだけの恵みがあった。

 オークの王は想う。

 もう一度、太陽の下へ。

 もう一度、あの豊かなウビ・チテムの森へ。

 もう一度、我らの王都へ。

 もう一度――。

 願いながらオークの王は死んだ。

 遥か昔、ドラゴニア大陸を席巻し、生態系の頂点に君臨していたオーク族は人口が多く、お互いの部族間で衝突が絶えなかった。そうして、長い時間をかけて同族相手の戦争を繰り返しているうちに、その数をどんどん減らしていった。極端に個体数が少なくなったオーク族は、そのあと、他の種族からのしつような攻撃を受け続けて絶滅した。現在のカントレイア世界を生きるグリーン・オーク族は、オーク族のなかでも身体が小さく生まれたがゆえに、他種族や同種族との衝突を避けて生きてきたオーク族の末裔である。


 §


 大階段前基地から離れた位置で孤軍奮闘中のギルベルト隊である。

「ギルベルト隊長ーッ!」

 どうにか生き延びていたイシドロ伍長が叫んだ。

「何だ、イシドロ伍長!」

 ギルベルト少尉は両手持幅広剣をスパルタン三体を相手に振り回しながら叫んで返した。

「レックスが、エイシェント・オーク・レックスが倒れました!」

 イシドロ伍長は手元の銃声と一緒に叫んだ。

「――何だと、本当にツクシは殺ったのか!」

 ギルベルト少尉は床を転げてスパルタンの大ナタをかわしつつ叫んで返した。

「ま、間違いないです、動きません、敵の将軍が死にました!」

 銃に弾を込めながら、イシドロ伍長が報告した。

「そうか、だが、敵将の首を取ったところで、この数をどうする?」

 ギルベルト少尉が唸った。

 状況は最悪だった。

 ギルベルト隊に残った機動歩兵はもはやギルベルト少尉の一機のみ。逃げるなと厳命したが、やはり逃げ散ってしまったネスト・ポーターは半数以上死んだ。母親らしき人物と一緒に子供がスカウトの振るった大ナタの犠牲になって千切れ飛んだときには、この冷徹なギルベルト少尉ですら眩暈を覚えた。銃歩兵も半分以下に数を減らしている。ギルベルト少尉が立つ周辺には敵の死体ではなく、味方の死体の山ができていた。導式機動鎧の動力――導式機関の一部に破損があるギルベルト少尉も戦闘続行の限界が近い。もはや敵の攻撃から逃げ回るだけになっている。

 しかし、ギルベルト隊を囲むエイシェント・オークが攻撃する手をぴたり止めた。

 レックスが倒れたからか?

 ギルベルト少尉はそう考えた。だが、周囲にいるエイシェント・オークは、大階段前基地方面ではなく、その反対へ視線を送っている。

 ギルベルト少尉は防毒兜のなかで眉をひそめた。


 §


 ツクシはオーク王の首を失った胴体の横に着地した。体重を支えきれなかったツクシはドテンドテンと格好悪く転げた。

「クソッ、身体のどこが痛いんだか、もうわかりゃあしねェぜ――」

 身を起こしたツクシはまっすぐニーナへ歩み寄った。近くにゴロウが突っ立っている。ツクシは走っているつもりのようだが歩いているような速度だ。十字路の付近にいたエイシェント・オークは満身創痍のツクシと死んだ大王を交互に凝視していた。積極的には動かない。宙をあっちへこっち忙しく駆け回って遊撃するオリガ大尉と、ヤマダの援護射撃が功を奏して、ツクシは敵に襲われることなくニーナとゴロウのもとへ辿りついた。

「――ゴロウ!」

 ツクシが唸った。

「ツクシ!」

 ゴロウが唸って返した。

「ゴロウ、何故だ!」

 ツクシが怒鳴った。

「ツクシさん!」

 ヤマダが駆け寄ってきた。

「ニーナを治療していたお前が、どうして俺に向けてチチンプイプイをできた! ゴロウ、すぐに応えろ!」

 ツクシが吼えた。血圧が上がって、その不機嫌な形相に新しい血が流れたが、それを気に留めている様子もない。

「ニーナは手遅れだったァ!」

 ゴロウが髭面を真っ赤にして怒鳴った。

「そ、そんな、ニーナさん、ニ、ニ、ニーナさんが、そんな、まさか――」

 ヤマダが壁際で横たわるニーナへ目を向けた。導式機関仕様重甲冑を外されて、黒い防護スーツ姿のニーナは、目を開けて眠っているように見えた。ニーナの腹部に包帯が巻かれている。いくら出血しようと死人に包帯は必要はない。だが、それをあえて巻いてあるということは、正視に耐えないような酷い傷が、ニーナの腹部にあったということであろう。ニーナの亡骸の傍らに置かれた突撃盾が裂けている。分厚い鉄塊が裂けてしまうほどの打撃を受け止めたのだ。鎧を着込んでいなかったならば、ニーナの肉体は二つに分かれていたのかも知れなかった。

「ゴロウ!」

 ツクシが真下に吼えた。

「何だァ、ツクシ!」

 ゴロウが吼え返した。

「――そうか。ニーナは手遅れだったか」

 ツクシの声から力が抜けると同時に、その身体が左右に揺れた。

「ツ、ツクシさん、大丈夫っすか!」

 ヤマダが腕を回すとツクシは顔を歪めた。脚も、腕も、脇腹も、肩口も、頭も、心も、ツクシのすべてに激痛が走っている。

 だが、ツクシは悲鳴を上げない。

 ただ「ぐっ――」と呻き声を漏らしただけだった。

「ツクシ、それでどうすんだ、これよォ――」

 ゴロウが周囲を見回した。敵に囲まれている。大王が死んだのを知らされたのだろうか。大階段前基地から何体かのスパルタンが十字路方面へ戻ってくるのが見えた。

「ぐっ、くふっ、どっ、どうしますかね――」

 ヤマダは涙を流している。敵に完全に囲まれた怯えもある。しかし、ヤマダの涙は死んだニーナに向けられたものが大半を占めていた。

「どうもこうも、ヤマさん、前も後ろも逃げ場がないぜ」

 ツクシがいった。

 この男にしては柔らかい声音だ。

「あァ、俺たちはここまでかよォ――」

 ゴロウが苦笑いを浮かべた。

「み、みたいっすね――」

 ぐすん、と頷いたヤマダが矢筒を確認した。

 残った異形殺しの矢はあと三本だけだった。

「大将をられて、こいつら相当オカンムリみたいだな」

 ツクシはヤマダから身を離した。

 口調は軽い。

 だが、ツクシは憤っている。

 沸騰した怒りが痛覚を麻痺させて闘志を再び呼び戻す。

 ツクシの右手からはまだ血塗れた魔刀がだらりとぶら下がっている――。

「――ツクシ」

 ゴロウが呼びかけた。

「あ?」

 ツクシが不機嫌かつ力強く返事をした。

「今、お前の怪我を治すか?」

 ゴロウは血まみれのツクシを見つめた。

「お前のチチンプイプイは有料なんだろ?」

 ツクシが訊くと、

「あたりめえだ」

 ゴロウが即答した。

「お断りだ、ヤブ医者め」

 ツクシは口角を歪めて吐き捨てた。

「俺ァ、その医者ってヤツじゃあねえからなあ。金は殺してでも取るぜ?」

 ゴロウが歯を見せ笑った。

「――まあ、怪我を治しても無駄だろ。あとにできることは、死ぬまで暴れるだけだからな」

 ツクシたち三人を壁際へ追い詰めるようにして、エイシェント・オークの作った輪が狭まっている。

 敵は多くて数えきれない。

 ねずみ一匹漏らさぬ、そんな雰囲気だ。

「はァ、それしかなさそうだなァ――」

 ゴロウが鉄の錫杖の柄で石床をトントンとついた。

「だ、大階段前基地から増援がくるかも――」

 わずかな希望だ。

 ヤマダが大階段前基地の方面へ目を向けると、

「――ハハッ! 大階段前基地の南門はエイシェント・オークの群れが突破したぞ。大階段前基地はもう内部が戦場になっている。だから、それは無理だろうな!」

 高笑いと一緒にオリガ大尉が宙からヤマダの眼前に降り立った。

「うわあっ!」

 ヤマダが驚いて仰け反った。

「何だ、オリガ、まだここにいたのか?」

 ツクシが声をかけた。

「戦場が私の居場所だよ」

 これがオリガ大尉の返答である。

「わけのわからねェことをいっていないで逃げろよ。オリガは宙を走れるんだから、簡単だろ?」

 呆れてツクシがいうと、

「ツクシ、馬鹿にするな。私は戦場のどこにいても死なんぞ」

 オリガ大尉が眉間にシワを作った。

「――まあ、好きにしろ。そうだ、オリガ、死ぬまでに何匹殺れるか俺と競争するか?」

 ツクシが口角を歪めて見せた。

「それはいい考えだ、ツクシ!」

 オリガ大尉が唇の両端を反らせたところで――。

 フ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォン!

 大通路の戦場に鋼鉄の叫び声が響き渡った。

「あァ?」

 ゴロウが音のしたほうを見やった。

「あっ、あの音は?」

 ヤマダも大通路の南へ顔を向けた。

「ん? ああ、本当に来たのか――」

 オリガ大尉は顔から笑みを消した。

「オリガ、何だ?」

 怪訝な顔のツクシが訊くと、

「何って援軍だよ」

 オリガ大尉がつまらなそうに応えた。

「援軍だと? 地上の基地から増援がもう駆けつけたのか?」

 ツクシはまだ怪訝な顔だ。

「ち、地上から援軍って、いくら何でも早すぎるだろォ?」

 ゴロウも髭面に疑問符を並べている。

「そうっすね、時間的にありえない話っす――」

 ヤマダが眉間に谷を作った。地上から地下七階層まで辿りつくのは徒歩で半日以上かかった。ネスト制圧軍団の地上待機組が緊急で駆けつけても、あと二時間以上の時間が必要な計算になる。

「地上より近い位置に応援の部隊が常駐しているのだ。エイシェント・オークどもも、これは計算外だっただろうな!」

 とオリガ大尉が胸を反らして見せた。ツクシたちを取り囲んだエイシェント・オークも、白い煙が上がる大通路の奥を警戒している。そのうち、視線の先から「ヴォ、ヴォアア!」と断末魔の声が重なって聞こえだした。

 これはエイシェント・オークの断末魔の声である。

「地上より近い?」

 ツクシが呟いた。

「あ、ありゃあ、もっ、もしかして――」

 ゴロウのダミ声が震えた。

「あれは輪廻蛇環ウロボロス号だ、間違いない!」

 ヤマダの黒ぶち眼鏡に白煙を噴き上げる煙突が映っている。それはネストを走る蒸気機関車の煙突であり、その蒸気機関車は吸血鬼の女王フロゥラ・ラックス・ヴァージニア専用車両だ。

「なるほど、あの援軍は地下五階層にいた女王様の軍勢か。あの乗り物を使えばアシも早いからな――」

 ひょっとすると、俺たちは助かるのか――。

 ツクシは後ろめたい気分になってニーナの亡骸へ目を向けた。

 まだニーナの亡骸は目を閉じていない――。

「ああ、貴様ら、身を屈めておかないとたぶん死ぬぞ」

 オリガ大尉は壁際で三角座りだ。

「――身を屈める?」

 ツクシが訊いたところで、

「ぬうおっ!」

 ゴロウが悲鳴を上げた。

「なっ、何すか、これ!」

 ヤマダが叫んだ。

 後方で銃を発砲している集団がいる。ツクシたちのいる場所にも、その弾丸が飛んできた。弾道は太く青い。青い光を発しながら飛ぶ銃弾は、スパルタンの装甲鎧も装甲盾も貫いていた。ツクシたちを囲んでいたエイシェント・オークが、青い銃撃によって次々と薙ぎ倒されている。

「女王様の兵隊は対戦車ライフルでも持ち込んできたのか?」

 壁際に寄ったツクシが倒れ込むように腰を下ろした。

 血相を変えたゴロウとヤマダも壁際に寄って姿勢を低くした。

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