十三節 鬼哭高らかに(肆)

 ツクシが戦場から離れた途端だ。

 スパルタンの列がギルベルト少尉へジリジリと距離を詰めた。ギルベルト少尉は残って戦うことに決めている。やはり、これも犠牲的精神とやらではない。自分の職務への自尊心がギルベルト少尉を死地に留めている。

 ギルベルト少尉が軽級精神変換ナロウ・サイコ・コンヴァージョンを開始すると導式機動鎧の各所にある導式機関が低く唸った。導式の青い光が全身を包む。短い時間しか維持できない。ギルベルト少尉は導式起動鎧の最大出力を使って敵の足止めをして、隊の安全を確認したあと、戦場から離脱するつもりだった。

 奇跡の熱で青く燃えるギルベルト少尉が両手持幅広剣バスタード・ソードを構えて、

「オリガ大尉は何をしているんです?」

「ギルベルトはまだ戦うのだろう?」

 オリガ大尉は唇の両端を反らせた。この女性もまだ戦場に留まっている。自分の職務への自尊心が――いや、こちらはそうではなさそうだった。

「退避しないと死にますよ」

 ギルベルト少尉が冷たくいった。

「馬鹿にするな、ギルベルト。私は死なん。お前はどうだか知らんがな?」

 オリガ大尉が眉間にシワを作った。

「――はあ、もう、好きにしてください」

 ギルベルト少尉が溜息を吐いたところで、スパルタンの列が突撃を開始した。銃のけん制が消えたのを確認して、脇道からスカウトも続々と姿を現した。迫る敵の群れを見て、冷たく笑ったギルベルト少尉が石床を強く蹴った。同時にオリガ大尉は宙を駆け上がる。

 青い竜巻になったギルベルト少尉はスパルタンの突撃を食い止めた。

 スパルタンの振るう刃を跳ね除け、叩きつけられる装甲盾を避けながら、ギルベルト少尉は戦えている。しかし、防戦一方ではある。オリガ大尉が振るう導式機関剣から伸びる赤い刃は、スパルタンの装甲を削り取るのが精一杯だ。オリガ大尉が集中して一体を狙うには手が足りない。ギルベルト中尉の背中についた導式機関からビキッビキキッと異音が聞こえた。限界を超えた動力を求めると導式機関が――その動力の核である人工秘石が割れてしまう。動力を無くした導式機動鎧はただの重い鉄の塊であって戦闘の役に立たない。ギルベルト少尉の想定よりも早く道具に限界がきていた。

「俺はここで死ぬのか――?」

 ギルベルト少尉が防毒兜のなかで冷たく笑った。パリンと人工秘石の割れる音がした。動きが緩慢になったギルベルト少尉の視線の先で、スパルタン二体が大ナタを振りかぶっている。

「やはり、これは死ぬな――」

 ギルベルト少尉がまた笑った。

「ヴォァッ!」

「ヴォォオッ!」

 ギルベルト少尉に迫るスパルタンが、右、左と続けて吼えた。勝利を確信した咆哮のように聞こえたが、しかし、それは断末魔の声だ。

 死神が背面に出現している。

 ツクシの魔刀がスパルタンの背を装甲鎧ごと切り刻んだ。

 背中を滅多斬りにされたスパルタン二体が崩れ落ちる。

「ダンジャ、ホアリ、タエ、ホキ!」

 残ったスパルタンの一体が吼えた。

「何をいってんだ、このクソ野郎、日本語で喋れ!」

 不機嫌に吼えて返したツクシがスパルタンの懐へ潜り込む。ツクシはスパルタンを相手に戦う勘所をもう掴んでいた。

 できるだけ密着して戦う。

 特に分厚い装甲鎧を着込んでいるスパルタンは細かい動きが苦手で、密着した相手に対しての攻撃はどうしても手数が少なくなる。もっとも、この装甲した巨人は体重だけでひとを押し潰せるので、踏み込んでも危険には違いない。

 消失「しなかった」ツクシを見たスパルタンは慌てて大ナタを振り上げたが一手遅い。

 跳ね上がったツクシの魔刀がスパルタンの右腕を切断した。切断されたその腕が路面にガラガラと転がってゆく。スパルタンは悔し紛れに吼えながら、左手の装甲盾でツクシを叩き潰そうとした。だが、スパルタンが打ち下ろした装甲盾は敵の骨肉を砕く代わりに石床を打ってクァンと打楽器のような音を鳴らした。スパルタンの二の腕から先は双方、魔刀が作り出した決死の断線にかかっていた。

 ツクシと対峙したこのスパルタンは自身の間違いに気づいた。

 目の前にいる敵――ツクシが最も危険になるのは、「不可解な移動」をしなくても攻撃目標へ刃が届く位置にいるそのときだ。

 空間跳躍なしで殺合コロシアイに達したツクシが魔刀を一閃、二閃。×の字に腹を深く割られたスパルタンが腹から血を撒きながら仰向けに倒れた。

 返り血を総身に浴びて死神が笑う。

 血化粧で色めき立つ魔刀が主人ツクシへギラリと笑いを返した。

 悪鬼も慟哭せしめる地獄絵図――。

「――ウヌ、アハ、カテット、ウヌ!」

 生き残っていたスパルタンが命令した。背こそ見せない。しかし、前に出ていたスパルタンは急いでツクシから距離を取った。

 ツクシはその場から一歩も動かない。

「――ツクシは俺を助けたのか?」

 ギルベルト少尉が呟くように訊いた。

「おう、死にたい奴に目の前で死なれると俺の夢見が悪くなる。手前てめえもさっさと逃げろ。もう一人二人が残ったところで大差はねェぜ。小僧コゾーが俺に――大人に手間をかけさせるんじゃあねェ――」

 ツクシは唸り声と一緒に外套の裾を手で跳ね上げた。

 返り血が散る。

 それだけで外套は綺麗なものになった。

 ツクシの不機嫌な顔面を濡らした返り血はそのままだった。

「――面倒な男だな」

 ギルベルト少尉が声を上げて笑った。

「なんだ、もう退くのか。私はまだ一体もってないぞ?」

 宙から地上へ戻ってきたオリガ大尉は不満気である。

「とにかく、大階段前基地まで走るぜ、オリガ、ギルベルト」

 ツクシがいったのを合図に三人は背を向けて走りだした。

 突然の遁走だ。

「ヴォォォォォォォォォォォォォォォオ!」

 少しの間、その場で佇んでいたエイシェント・オークの軍勢が怒りの咆哮を重ねて、ツクシたちを追った。


 §


 時刻は午後六時五十分。

 後方で奮闘していたギルベルト隊が本格的な退避を始めたのと同時刻である。先行して退避を続けていたネスト・ポーターの隊列は大階段前基地へ続く直線の大通路へ到着した。

「基地が見えましたよ、イスコ曹長!」

 隊列の先頭にいた兵士が叫んだ。大通路の奥、距離にして一キロ半ほど先だ。そこに導式灯が密集している。大階段前基地の照明は遠目からでも目立った。

「光がたくさん見える!」

 ネスト・ポーターの中年男が叫んだ。

「基地は安全みたいだ。良かった、良かったよお!」

 その横にいた中年の女が喚いた。

「助かった――」

 黒い顔をした老人が呻いた。

「あそこまで行けば生きて帰れるぞ!」

 痩せた若者が周囲を急かすと、ネスト・ポーターの二百名余がめいめい勝手に走りだした。ついていけずに転んで泣く女や子供などもいる。ネスト・ポーターの集団は恐怖をどうにか抑えて集団行動をしていたのだが、ここでとうとう恐慌状態に陥った。

「おい、ネスト・ポーターども、走るな!」

 イスコ曹長は怒鳴ったが、足を止めるものはいない。

「まあ、曹長――今は隊長ですか。ともあれ、大階段前基地は目と鼻の先です、大丈夫でしょう」

 イシドロ伍長の発言である。

「イシドロ伍長、犬が吼えているだろう!」

 イスコ曹長がイシドロ伍長を睨んだ。

 この壮年の曹長は楽観的予測というものが端から気に食わないようだ。

「ええ、まあ、そうですが――まだ基地の方面で戦闘が発生している様子もありませんし――」

 イシドロ伍長は自分に怒鳴ることはないだろと不満な顔だった。

「ペッレ兵長、敵がいる方角はわからんのか?」

 イスコ曹長は軍用犬を連れた若い銃歩兵――ペッレ兵長へ顔を向けた。

「おい、チェリー、落ち着けって! 駄目だあ、イスコ曹長、さっきからこいつ、方々へ吼えっぱなしで――」

 ペッレ兵長は暴れる犬の手綱を握って必死だ。

 チェリーはペッレ兵長が連れている軍用犬の名前らしい。

「周辺にエイシェント・オークがいるのは間違いない。今、勝手な行動をすると危険だ。しかし、もう収集がつかん――」

 足を止めたイスコ曹長が顔をしかめたところで、

「えっひっ、異形種! イ、イスコ軍曹、俺たちも走って基地まで早く!」

 ボルドウ特務少尉がその場駆け足で垂れた頬をぶるぶる震わせている。

「グレゴール・ボルドウ特務少尉!」

 イスコ曹長の大喝だ。

「――あひっ!」

 ボルドウ少尉が硬直した。

「――落ち着いてください」

 イスコ曹長が短くいって、そのあとは押し黙った。何にせよ、ネスト・ポーターと護衛の兵士が作る隊列は目的地である大階段前基地まであと一歩という場所まで来ている。

 ニーナとヤマダは隊列の後方付近にいた。

「あっ、基地が見えた。ひとまずは安心、かな?」

 ニーナが足を止めた。

「隊列の前にいる連中が走り出してるみたいっすけど。そういう指示があったのかな?」

 ヤマダも立ち止まった。

 ニーナとヤマダは後方にいる筈のツクシたちが気になる。

「おい、ジョナタン、モタモタするなよゥ!」

「走るぞ、ジョナタン、テト!」

 怒鳴ったのは、近くにいたペーターとラモンである。そういったときには二人とも、大階段前基地に向かって走っていた。

「テト、急ぐべ!」

 ジョナタンが急かした。

「うん!」

 返事をしたテトも早足になった。

「ちょっと、危ないから、バラけて走っちゃだめよ!」

 ニーナが大声で呼び止めた。

 しかし、振り返ったテトは、「ニーナとヤマも早く!」そういい残しただけで止まらない。

「うーん、ここに来るまで、みんな怖い思いをしましたからね――」

 ヤマダは一目散に駆けるネスト・ポーターの背中の列を見つめた。

「ツクシたちは――あっ、ヤマさん、後ろに銃兵さんが見える!」

 ニーナが頬をゆるめた。

「ああっ、ニーナさん、前、前!」

 ヤマダは顔色を変えた。

「えっ?」

 振り返ったニーナの顔からも血の気が引いた。

「右の通路からエイシェント・オーク・スパルタン――」

 言葉を失ったヤマダの口が開きっぱなしになった。大階段基地の手前五百メートル付近だ。十字路の西からスパルタンの群れが出現した。悲鳴を上げながら来た道を戻ろうとしたネスト・ポーターをエイシェント・オークの群れは大ナタで薙ぎ払った。巨人が雑草を刈っているような光景だ。四肢が欠損し、あるいは上半身だけだとか、下半身だけになったひとの身体が血吹雪と一緒に舞った。真っ先に死んだのは大階段前基地に急いで向かっていた体力のある若い男が多かった。

 大階段基地に辿りつけたネスト・ポーターは一人もいない――。

「――多い!」

 ニーナが叫んだのは犠牲者の数と敵の数の両方のことだ。脇道からもスカウトが飛び出てくる。エイシェント・オークの軍勢は、西へ逃げようとするものを殺し、南へ引こうとするものを叩き潰し、北へ突破しようとするものを吹っ飛ばした。

「あっ、あいつらは最初から大階段前基地の南門を攻めるつもりで――」

 ヤマダの顔から表情が抜け落ちた。その視線の先で次々とひとが水風船のように弾け飛ぶ。エイシェント・オークに囲まれて逃げまどう集団には、テトとジョナタンが交じっていた。その近くにペーターとラモンもいる。

「テト、みんな、戻ってきて!」

 前に出すぎたひとたちの退路が必要――。

 思ったのと同時にニーナは走った。

「ニーナさん、行ったら駄目だ!」

 ニーナの背へヤマダが叫んだ。

「ニーナさん、駄目だ、行かないで! 敵の数が多すぎる!」

 ヤマダは叫んだ。だが、ヤマダの声はエイシェント・オークの咆哮と、ひとの悲鳴と、兵士の怒号に掻き消された。よしんばニーナの耳にヤマダの声が届いていたとしてもだ。

 ニーナは決して止まらない。

 社会的な立場は故あって平民。

 しかし、ニーナの魂は未だ戦士であり、未だ騎士であり、未だ貴族だ。

 敵の軍勢に向かって一直線に駆けるニーナがそれを証明している。

 ニーナが蹴った石床が割れて跳ね上がった。

 その導式機関仕様重甲冑に青い導式が駆け巡る。

 ニーナ・フォン・アウフシュナイダーは今、青く燃え上がっている。

「くそ、くっそお、ここまで来て!」

 ヤマダが導式機関弓を手にとった。

「奴らの主力は、大階段前基地の南へ集結するために、ずっと移動していたのか――」

 イスコ軍曹が呻いた。

「えっひっ、ひっ、ひっ!」

 その横でボルドウ特務少尉が細かい悲鳴と一緒に垂れた頬を震わせている。ここにいる兵士と予備役兵の合わせて九十名余は殺戮の嵐を呆然と眺めていた。

 その足を止めた兵士の集団の真ん中を白い弾丸が突っ切る。

「うわあ!」

「うお!」

「な、何だ!」

「ア、アウフシュナイダー辺境伯のご令嬢だ!」

「そんな、いくら何でも突撃するのは無謀だ!」

 兵士の集団が声を上げた。

 ニーナは圧倒的な暴力を見せつける敵の軍勢に向かって一直線に突撃する。

「イスコ曹長、援護、ニーナさんを援護してください!」

 遅れて走ってきたヤマダが絶叫した。

「お、おい、ヤマダ、ちょっと待て!」

 イスコ軍曹が呼び止めたが、ヤマダは無視して兵士の集団の前で弓を番えた。青い炎と化して疾駆するニーナへ脇道から飛び出てきたスカウトが、二刀の大ナタで襲いかかっている。

「邪魔!」

 ニーナは突撃盾で大ナタの一撃を弾き返した。振り下ろした大ナタを想定以上の力で弾き返されたスカウトはバランスを崩した。ニーナが石床を蹴って跳ぶ。跳びながらニーナは幅広剣を突き出した。身体ごとぶち当たるような一撃だ。幅広剣で喉を貫かれたスカウトは血反吐を吐きながら仰向けに倒れた。別の一体のスカウトがニーナへ横から突っ込んでくる。そのスカウトのこめかみに矢が突き立った。ヤマダの矢は急所を正確に貫いた。ニーナに迫ったスカウトはどっと前のめりに倒れた。

 ヤマダはもう矢を外すことを怯える余裕すらない。

 イスコ曹長が叫んだ。

「くっそ、隊はニーナ嬢とヤマダの援護を――」

「イスコ曹長、後ろです、ギルベルト隊長が生還しました!」

 イスコ曹長の命令にイシドロ伍長の怒鳴り声が重なった。大混乱に陥ったネスト・ポーターの隊列に後方から退避してきたギルベルト隊が合流した。ヤマダが振り返ると駆け寄ってくるギルベルト隊に交じって、ツクシとゴロウの姿も確かに見える。

 しかし、その距離がまだ遠い――。


 ジョナタンとテト、それにペーターとラモンは、十字路の中央でエイシェント・オークに囲まれていた。来た道は脇道から出現したスカウトに塞がれている。十字路の西からは、スパルタンが隊列を組んで迫ってくる。北の大階段前基地へ続く道は大量のスカウトが横一列に隊列を作って完全に閉鎖していた。東の道ではスカウトが逃げ惑うネスト・ポーターを追っていた。血肉の小山のようになった死体の数々は床にできた赤い染みのように見えた。

 東西南北どこへ目を向けても悪鬼がひとを殺戮している。

「だ、大階段前基地、基地まで何とか走れば――」

 混乱して叫びながら集団を離れて北へ走りだしたペーターが、横から突っ込んできたスパルタンの装甲盾で跳ね飛ばされた。ぶっ飛ばされたペーターは石床の上で何度も跳ねて動かなくなった。

「わ、脇道へ逃げ込め、ジョナタン、テト、それしかない!」

 叫んだラモンが、近くの脇道へ逃げ込もうとしていた何人かを追った。その小集団は脇道にいたスカウトが出迎えた。前にいた数名が悲鳴を上げて戻ろうとした。しかし、後ろから走ってついてきた数人に突き倒された。将棋倒しになったひとの上にスカウトは二刀の大ナタを振り下ろした。血飛沫が上がる。

 折り重なって倒れたひとは練り物のようになった。

「ぺ、ペーター、ラモン――」

 テトの肩を抱いたジョナタンは十字路の中央に佇んだまま、友人二人の――ペーターとラモンの死を見届けた。ペーターとラモン、どちらを追えばいいのか、ジョナタンは決められなかった。このときに限ってジョナタンの優柔不断が幸いした。テトとジョナタンは十字路の中央に集まった数人のネスト・ポーターと一緒にまだ生きている。逃げ惑うひとを優先的に攻撃しているエイシェント・オークの群れは十字路中央でへたり込んで動かない集団の始末を後回しにしていた。それに、エイシェント・オークの群れはその全てが逃げ惑うひとを追っているわけではない。

 スパルタンは大階段前基地に向かって隊列を作っている。

「あっ、あっ――」

 テトが喘ぎながら父親の顔を見つめた。

「テト、南はまだ手薄だ、走って逃げろ。と、父ちゃんはお前の囮になっから――」

 ジョナタンが一歩足を踏み出すと、

「父ちゃん、そんなのダメダメ、わたしと一緒に逃げよう!」

 涙声のテトがジョナタンの上衣を引っ張った。

「テト、わがままを抜かすでねえ!」

 振り返ったジョナタンが、

「――あっ、うっ! 後ろ、後ろだ、テト!」

「え、あっ――」

 後ろへ目を向けたテトがペタンと尻餅をついた。

 テトの体力も、テトの精神も、もはや限界だ。

「テト、立て、立って逃げ――」

 そういったがジョナタンも尻もちをついた。

 黄金の大巨人がテトとジョナタンを見下ろしている。

 黄金の装甲鎧の胸には太陽を模した装飾があった。偉大なるウビ・チテムの民が自分の種族の他で唯一敬意を払って崇める対象が太陽だ。

 大王は胸に敬意を抱く。

 そのエイシェント・オークは大王だった。

 識別名、エイシェント・オーク・レックス。

 エイシェント・オークの長が殺戮の嵐吹き荒れる十字路の中央に出現した。

 邪魔だ、無力で毛の無い猿どもめ――。

 古代の民の大王は思った。大王が邪魔だと思ったのは十字路の中央で逃げ場を失って身を固めていた、テトとジョナタンが交じる十数人の集団だった。

 戦意の無いものには吐き気がする――。

 大王は右手の大戦斧を振り上げた。その両刃の斧は腕力など使わなくても、ひとをその下敷きにして何人でも殺せるような巨大さだった。へたり込んだテトは、エイシェント・オークの大王をぼんやり見上げている。

 それはあまりにも巨大で、

 あまりにも圧倒的で、

 あまりにも異質で、

 現実味がない光景だった。

 テトは漠然と絶望していた。

 そのテトの非現実的な絶望へ白い弾丸が突入する。

「テト、みんな、逃げて!」

 ニーナが暴力の大王の前に立ちはだかって突撃盾を構えた。

「――ニーナ?」

 テトが呟いた。

 大王は大戦斧を薙ぎ払った。

 突風が巻き起こる。

 その風を頬に感じたテトは精神の限界を超えて気絶した。

 倒れたテトの上にジョナタンが覆いかぶさった。

 大戦斧はニーナの突撃盾と衝突した。

 パリン――。

 パリン――。

 パリン――。

 ニーナの導式機関仕様重甲冑の要所要所に接続された導式機関から、人工秘石の割れる音が鳴った。

 高く飛んだニーナは落下して何回か転がった。

 ニーナは立ち上がらない――。


※異界語の翻訳※


原文「ダンジャ、ホアリ、タエ、ホキ!」

訳文「危険な敵が戻ってきた!」


原文「――ウヌ、アハ、カテット、ウヌ!」

訳文「――退け、部隊は退け!」

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