十二節 鬼哭高らかに(参)

 先行するネスト・ポーターの隊列の後方だ。

 ツクシとギルベルト隊は、エイシェント・オークの追撃を食い止めることに成功していた。成功していたというと多少の語弊がある。ギルベルト隊と対峙するエイシェント・オークの群れは、ツクシが駆使する魔刀のワザを警戒して距離を取った。ここまで何回か両軍の衝突があり、そのたびツクシはスパルタンを叩き斬った。だが今、ツクシの視線の二十メートル先に装甲盾を構えたスパルタンが九体並んでいる。ツクシたちが突撃を押し返すたび、エイシェント・オークの増援が脇道から駆けつけた。結局のところ敵の数は減っていない。警戒して脇道に潜んでいる敵を考えると、おそらくエイシェント・オーク側の総数は最初に接敵したときよりも多くなっている。ここまでの戦闘で機動歩兵がまた二名死んだ。二名とも即死だった。倒れて動きを止めると脇道に控えていたスカウトが飛び出して、あっという間に息の根を止められる。ツクシ、ゴロウ、オリガ大尉、それにギルベルト少尉と残りの機動歩兵は、銃歩兵たちに交じるような形で後退していた。

 後ろへ下がると、スパルタンの隊列は前に出る。

 背中を見せて移動はできない。

「こいつら、ただの化け物じゃあねェな、オツムも相当なデキをしてやがる――」

 ツクシは顔を歪めて背後へ視線を送った。大通路の突き当たりを左に折れたネスト・ポーターの隊列は最後尾すらも見えない。そこで、脇道へ閃光弾と光球焼夷弾を撃ち込み続けていたオリガ大尉の軽導式陣砲収束器ライト・カノン・フォーカスが「ふぇえん――」そんな情けない機動音と一緒に沈黙した。

「――あっ、割れちゃった」

 オリガ大尉が呟いた。

「どうしました?」

 横のギルベルト少尉が訊いた。

「ギルベルト、今から炎壁フランマ・ウォールは無しでいこう!」

 オリガ大尉が真顔でギルベルト少尉を見つめた。

「――は?」

 ギルベルト少尉は防毒兜で表情が隠されているが、恐らく、頬の片方くらいは引きつらせたような声だった。

「たった今、私の収束器が壊れたのだ。人工秘石を使った兵器はこれだから信用ならんな!」

 オリガ大尉は唇の両端を吊り上げるユニークな作り笑いである。

「開発中の兵器を実戦に持ち込むからでしょう。無責任にも程があります。ここで部隊が全滅したら、オリガ大尉、あなたに責任を取れるのですか?」

 ギルベルト少尉は冷たい声で叱責した。

「くどくどと本当に口煩い男だ。お前のような男を、『女の腐ったような』というのだ――」

 オリガ大尉が眉間にシワを作った。

「それは女性がいう台詞ではありません」

 ギルベルト少尉の追い討ちである。

「うるさいな――」

 横を向いたオリガ大尉が軽導式陣収束器を外してポイッと捨てた。オリガ大尉の牽制攻撃が途絶えると脇道からスパルタン一体が突撃してきた。ギルベルト隊の側面に行われたこの急襲で五人の銃歩兵が宙を飛んだ。大質量の装甲盾を用いたスパルタンの体当たりを食らったその五人は全員即死だった。悲鳴のような罵声を上げた銃歩兵が、スパルタンに向けて発砲した。しかし、鉛弾は厚い装甲鎧と装甲盾に弾かれた。

狼狽うろたえるな、銃歩兵は下がって距離を取れ!」

 ギルベルト少尉が命令すると銃歩兵は一斉に後ろへ下がった。発砲が途絶えた瞬間、スパルタンの胴に光が奔る。ツクシの魔刀がスパルタンを叩き割った。鈍く光る装甲鎧に出現した断線からジャッと音を鳴らして血が噴き出る。認識の範囲外から、零秒で必殺の立ち居地に出現したツクシへ、スパルタンは大ナタを振り上げたが、そのまま仰向けに倒れた。銃歩兵が倒れたスパルタンへ罵声を浴びせた。しかし、このツクシが動くのをエイシェント・オークの軍勢は待っていた。

 様子を窺っていたスパルタンの列が突撃を開始したのだ。

「――奴ら、やっぱり俺を観察しているな」

 ツクシが唸った。

「また来るぞ、機動歩兵は備えろ!」

 ギルベルト少尉は両手持幅広剣バスタード・ソードの柄を強く握った。突撃してきた鉄塊と、それを迎撃する鉄塊が激突する。装甲盾の一撃で機動歩兵の一人を吹き飛ばしたスパルタンは、次の瞬間、自分の右腕が消えていることに気づいた。気づいたときにはその切断面から鮮血が噴き出している。

 これは「一番強い奴」の仕業だ。

 一番強い奴はどこだ――。

 スパルタンが視線を動かしているうちに装甲兜ごとその顔が斜めに割れた。二つに割れたスパルタンの視界のなかで、血塗られた刃を右手からぶら下げた死神が、薄暗がりの翼を広げて佇んでいる。

 こいつだ、一番強い敵を見つけた――!

 スパルタンが喜んだのもつかの間だった。その視野は暗転して永遠に何も見えなくなった。魔刀は兜ごとスパルタンの脳髄を真っ二つに割っている。

 スパルタンがまた一体、魔刀のワザの前に散った。

 ギルベルト少尉は両手剣幅広剣バスタード・ソードを轟々と振り回して二体のスパルタンを相手戦っている。ギルベルト隊の戦術は申し合わせたわけではないがもう確立していた。機動歩兵が敵を引きつけ、ツクシかオリガ大尉がそれを仕留める。ギルベルト隊はこの方法で何体ものスパルタンを倒した。味方に被害がないわけではないし苦戦もしている。しかし、これは驚異的な戦果である。通常、スパルタンを相手にする場合は野砲の準備が必須になる。

 ギルベルト少尉はスパルタンがまた一体倒れたのを兜のなかで獲得した視界の片隅で捉えた。路面に転がるスパルタンの傍らに佇んでいるのはツクシだ。

 ギルベルト少尉はツクシばかりが戦果を上げているようでは面白くない。

 俺も一体くらい仕留めてやるか――。

 ギルベルト少尉が気合を入れ直したところで相手をしていた二体のうち一体が背を向けた。

「――まさか、こいつら!」

 ギルベルト少尉が声を上げた。

「ツクシ、今回は敵全体がお前一人を狙っているぞ、ひとまずは下がれ!」

 オリガ大尉が宙を駆け巡りながら叫んだ。

「――ああ、そうだろうな!」

 応えたツクシはまた一体、別のスパルタンの首を刎ね飛ばした直後だった。

「後ろだァ、ツクシ!」

 ゴロウが銃歩兵の隊列後ろで吼えた。仕留めた敵の首と一緒に宙から着地したツクシが振り返ると、スパルタンが大ナタを横へ振りぬく直前だ。

 三呼吸分の間隔を置かないと、ツクシは空間を跳躍できない。

 やはり、この瞬間を狙ってきやがったな――。

 ツクシは魔刀の峰に側腕部を添えて盾代わりにすると身構えた。しかし、これはどう見ても気休めのようなものだ。

 スパルタンが振るうのは刃渡り二メートル五十センチに達する大ナタである。

 このていどで耐えれるわけがないか――。

 ツクシは口角を苦く歪めた瞬間、横殴りの衝撃に襲われた。

「――ぐっ!」

 ツクシの呻き声と一緒にガラスの割れるような音がした。大ナタの一撃で、ツクシは真横にぶっ飛んで転がった。だが、しかし、ツクシの身体が大ナタに割られて二つに分かれていることはなかったし、血を流していることもない。ツクシは回転した先で片膝をついて身を起こした。ツクシの身体に黄金の導式が駆け巡っている。驚いたツクシが視線をやると、ゴロウが右の手のひらをかざして何やら高速で呟いていた。手のひらの先に、黄金の導式陣が発現している。導式陣・聖なる防壁を起動したゴロウが、ツクシへ導式の防壁を張り巡らせていた。

「――なるほど、これが、チチンプイプイの防壁か。便利なもんだが、普通に痛ェぞ、ヤブ医者め!」

 ツクシがぺっと血の混じった唾を吐いた。口のなかを切るていどの損傷なら、それでも御の字である。ツクシに一撃を食らわせたスパルタンは、一瞬、戸惑った様子を見せたが、すぐ「ヴォラァ!」と吼えながら踏み込んで大ナタを振り上げた。

「――正面の敵を捨てるとは舐めてくれたものだ」

 ギルベルト少尉が冷たくいった。

 スパルタンの背後から装甲鎧の隙間へ――腋の下へ捻じ込むようにして、ギルベルト少尉が両手持幅広剣を突き入れている。スパルタンが装甲兜の中でゴボゴボと血反吐を吐いて頸鎧からその血が溢れ出した。

 ギルベルト少尉が大剣を引き抜くと、スパルタンは崩れ落ちた。

「――おう、ギルベルト、助かったぜ」

 ツクシが立ち上がった。突撃の失敗を察したエイシェント・オークの軍勢は、またギルベルト隊から距離を取っている。やはり二十メートルほど後方に下がって、スパルタンは装甲盾で銃歩兵の銃撃を耐えている。

 その数は四体まで減っていた。

「スパルタンを五体仕留めたな。もういい、機動歩兵は銃歩兵の隊列まで下がれ!」

 ギルベルト少尉が後ろへ下がった。迎撃を終えた機動歩兵も走って後方に下がった。

 オリガ大尉もツクシの横へストンと降り立った。

「――五体? オリガは二体もスパルタンをったのか?」

 ツクシが訊くと、

「ツクシ、私は二体しか殺ってないのだ。奴らの装甲は厚すぎる。私が使う導式機関剣はヒト族を相手に想定して開発されたものだから、異形種が相手だと火力不足だな。帰ったら、また造兵廠に改良の申請をしておくか。収束器も壊れちゃったし――」

 オリガ大尉は手の導式機関剣を眺めながら真剣な表情だ。

 この超好戦的な女戦士は、どんな戦場からも必ず生きて帰れると考えているらしい。

「それでも大したものだ――クソッ、また一人死んだのか?」

 ツクシが潰れた白金しろがねの兵機を見とめて顔を歪めた。

 白い導式機動鎧に赤い血がよく映える。

「残りの機動歩兵は俺を含めて五人だ。銃歩兵もかなり被害が出た。幸い怪我人はいないぞ。欠員は十一名で全員即死。怪我人に構っている暇はないからな、即死なら『幸い』だろう?」

 ギルベルト少尉が兜の面当てを引き上げて小さく息を吐いた。

「死体の数は見りゃあわかるぜ、ギルベルトよ」

 不機嫌にツクシがいうと、

「それなら訊くな、ツクシ」

 ギルベルト少尉がやり返した。

 頬を掠める鉛弾に冷や冷やしながらだ。

 ツクシたちは銃歩兵の隊列まで引いた。

 数を減らしたエイシェント・オークは追撃してこない。

「戦闘中、全員に俺の式はかけられねえんだ。そう簡単に死んでくれるなよォ。生きてりゃあ、俺が治せるんだからなァ――」

 ゴロウが太い眉尻をガックリ下げてツクシたちを出迎えた。ゴロウの仕事はあくまでひとを治療することだ。死にゆく兵士を眺めているだけというのは辛かった。

「ああ、ツクシに張られていた導式の防壁はこの布教師アルケミストの仕事だったか。エイシェント・オークの一撃を耐えるとはいい腕をしている」

 オリガ大尉が笑いながらゴロウの肩を叩いた。

 ゴロウは複雑な表情である。

「死ぬなといっても戦場で死ぬのは兵隊の仕事のうちだからな」

 ツクシが不機嫌に呟くと、

「それはそうだ」

 ギルベルト少尉が冷めた態度で同意した。

「ギルベルト隊長、脇道からまた敵の増援が――」

 機動歩兵の一人が上ずった声でいった。

「まったく何体いるんだ――」

 ギルベルト少尉は脇道からドシン、ドシンと走って現れたスパルタンを見やって呆れた様子である。

「なるほど、あいつら増援を待っていたのか。おいおいおい、元の数に戻ったぜ――」

 ツクシが呻いた。脇道の奥から次々と増援が駆けつけて、ギルベルト隊に相対するエイシェント・オークの軍勢は、また主力のスパルタンが十体になった。

 その周辺にいるスカウトは、相変わらず数が不確定である。

「ハハッ、これは忙しいな!」

 オリガ大尉が笑った。

「オリガ大尉は元気ですね」

 ギルベルト少尉は冷たい溜息を吐いた。

「おい、ギルベルト、そろそろ本格的に逃げないとまずい。こっちの盾役が減ってきた」

 ツクシがギルベルト少尉を見やった。

「ツクシ、俺に命令か?」

 ギルベルト少尉は眉間を凍らせた。

小僧コゾー、年長のいうことは黙って聞けよ」

 唸ったツクシがギルベルト少尉を本格的に睨みつけた。

 ギルベルト少尉はエイシェント・オークの群れを睨んで親指を唇の先に当てた。

 現地から大階段前基地まで徒歩で四十分。

 駆け足なら十五~二十分。

 まだネスト・ポーターの隊列は大階段前基地に辿りついてはいないだろう。

 しかし、経過した時間を考えると大階段前基地に近い箇所まで移動している筈だ。

 ネスト・ポーターの隊列と一緒に行動するべきだったか――。

 ギルベルト少尉は今になって後悔している。ここまであった敵の増援を見ると、ネスト地下七階層全体にエイシェント・オークは散在しているようだ。大階段前基地周辺の安全も怪しいものである。

 だが、しかし、とギルベルト少尉は考え直した。

 先行しているネスト・ポーターの隊列がエイシェント・オークの群れと鉢合わせになれば、後ろへ退避してくる筈だ。

 一応、先行したものは安全に進んでいるのだろう。

 予断は禁物だが、現状、この他に手はない――。

 決断したギルベルト少尉が顔を上げて、

「潮時だ。ギルベルト中隊は大階段前基地へ駆け足で――」

「――待て、ギルベルト。臭うぜ。一番近い東の脇道だ。奴らが来てる」

 ツクシが唸り声でギルベルト少尉の命令を止めた。

「ほう、またか。では、閃光弾を――あ、私、持ってないな。おーい、誰か、閃光弾投擲用の短筒を持ってるか?」

 オリガ大尉が付近の兵士の顔を見回した。

「オリガ大尉、導式剣術兵ウォーロック・ソードマンの隊には全員へ導式閃光弾投擲用の短筒が配備されている筈でしょう。何故、大尉だけ携帯をしていないのですか?」

 ギルベルト少尉が冷たい視線をオリガ大尉へ送った。

 オリガ大尉はキョロキョロしているが、ギルベルト少尉へは顔を振り向けない。

「――超級精神変換ウーバー・サイコ・コンヴァージョン、導式陣・天明の閃光を即時機動」

 ダミ声と一緒に白い光球が投射された。光球は小路の奥に弧を描いて突っ込み、そこで炸裂した。大通路へ光が漏れ出すと、それと一緒にエイシェント・オークの呻き声が漏れ聞こえた。手のひらの先から導式の閃光弾を放ったのはゴロウである。

「おお、それもできるのか、頼もしいな、髭の布教師アルケミスト!」

 オリガ大尉がゴロウへ嬉しそうな顔を向けた。

「兵隊の姐さん、俺ァゴロウだ。ゴロウ・ギラマンだ。ま、これは簡単な式だからな」

 ゴロウが脇道から飛び出してきた敵へ視線を送った。

 スカウトが三体である。

 それが二刀の大ナタを引き抜いてギルベルト隊の側面へ突っ込んでくる。

「発砲するな!」

 一声上げて、ギルベルト少尉が石床を蹴った。

「私はオリガだ、お前は優秀な導式使いなのだな、ゴロウ!」

 オリガ中尉が宙を駆ける。

 ギルベルト隊の側面に迫るスカウト三体。

 そのうちの一体の真横に虹を散らしてツクシが出現した。同時に、魔刀がスカウトの胴を横一文字に割る。走っている最中に命を絶たれたスカウトの巨躯が臓器や血を撒き散らしながら派手に転げていった。

 スカウトはこれで二体になった。

 ギルベルト少尉はスカウトの急襲を真正面から迎撃した。正面に捉えたスカウト一体と、刃を一回、二回と合わせたところで、パッと斜めにスカウトに断線が走って吹いた血がギルベルト少尉の導式機動鎧を赤く染めた。崩れ落ちたスカウトの背後にいたのはツクシである。三体目のスカウトは分が悪いと見たのか脇道へ逃げ込もうとした。その背面から、オリガ大尉が持つ導式機関剣の赤い刃がスカウトの頚椎を貫いた。オリガ大尉はべしゃんと倒れたスカウトを宙から見やって獰猛に笑っている。

 スカウト三体はあっという間に絶命した。

「――おい、二度も同じ手が通用すると思ってたのか、あ?」

 ツクシが大通路に並ぶスパルタンの隊列へ、血塗られた魔刀の切っ先を向けて唸った。再度、ギルベルト隊へ突撃をする構えを見せていたスパルタンの列が、ツクシの魔刀を見た途端に足を止めた。

「良し、全体は退避しろ、大階段前基地まで走れ――ツクシ、その不思議な剣術はどうやっているんだ?」

 命令したついでに、ギルベルト少尉が訊いた。

「生きて帰れたら俺に一杯奢れ、ギルベルト」

 ツクシは駆け足で退避を始めた銃歩兵とゴロウの背を眺めている。

「ほう、平民風情が貴族に酒をタカるのか――お前らも走れ。もういいぞ」

 ギルベルト少尉がいった「お前ら」とは周辺にいた機動歩兵の四人だ。

 機動歩兵はこのギルベルト少尉含めて十名いたが今はもう四人しかいない――。

「ギルベルト隊長も早く退避を!」

 機動歩兵の一人が強い口調でいった。

「行け、これは命令だ」

 ギルベルト少尉の冷めた返答だ。

「――命令、ですか」

 渋々頷いた機動歩兵の四人が銃歩兵を追った。

 このギルベルト少尉はそれなりに部下からの人望が厚いようである。

「――奢られた酒の前なら、俺が使うワザのコツを伝授してやるって話だぜ、ギルベルト。安いもんだろ?」

 ツクシが無駄話を続けた。

「ふん、そもそも教えられるものなのか? 嘘臭いな」

 ギルベルト少尉が鼻で笑った。

「貴族のボンボンのわりには鋭いな――」

 ツクシは元々の不機嫌の上へ不機嫌を塗り重ねて毒づいた。

「貴族のボンボンか――俺は貧乏貴族の出だ。次男だから爵位もない」

 ギルベルト少尉が冷めた声でいった。

「何だよ、お前は貴族様の癖に貧乏人なのか?」

 ツクシはギルベルト少尉の顔を見やったが、防毒兜で顔を覆ったギルベルト少尉の表情はわからない。

「うぉーい、ツクシも急げよォ!」

 ゴロウが銃歩兵の群れに交じって走りながら声を上げた。

「――俺は分家に産まれた末端の貴族だ。立場は平民と何も変わらん。だから、戦場げんばで死ぬ思いをしている。貧乏人が貧乏クジを引くのは世の常だろう。もういい、ツクシ、助かった。お前は民間人だ。さっさと逃げろ。戦場で死ぬのは兵隊だけでいい」

 ギルベルト少尉の声が笑っている。

 少し長く語られたその言葉は冷めた自虐だった。

「ああ、そうさせてもらうぜ。あばよ、ギルベルト――」

 ツクシは魔刀を鞘へ帰して背を向けた。

 歩きながら、黒い革グローブの甲で頬についた返り血をぬぐう。

 貧乏人が貧乏クジを引くのは世の常か――。

「――若造が知ったような口を利きやがって」

 ツクシは最悪に不機嫌な形相だ。

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