四節 大階段前基地(壱)
ワーラットへ目を向けたまま、しばらくの間、ツクシは黙っていた。他のみんなも、そのワーラットへ目を向けているが誰も口を開く気配がない。ワーラットはねずみの目でツクシをじっと見つめている。
「あのな、ああと。お前の名前は何だった?」
諦めたツクシがワーラットに訊いてみた。
「チュ、私はラット・ヒューマナ王国生活圏防衛軍の
長いヒゲをピンピン動かして胸を反らせ、人鼠大将メルモ(♀)が偉そうにいった。ラット・ヒューマナ王国の生活圏防衛軍における階級呼称はかなりいい加減で、少集団でも大集団でも上役は全部大将扱いだ。
「へえ、貴様とくるかよ、このネズ公めが――ん? 何でメルモは俺の名前を知っているんだ?」
ツクシは毒を吐こうとしたのだが、その途中で怪訝な顔になった。
「チュ? 『
メルモがツクシを見上げた。ツクシはさほどの大男でもないのだが、ワーラット族は全般的に背が低く、成人(成体?)でも身長は百四十センチが平均的である。
「ああ、そうか、女王様か。あいつ、まだいるんだよなあ、
ツクシの視線が路面へふにゃりと落ちた。まだツクシは女王様――吸血鬼の女王フロゥラ・ラックス・ヴァージニアにつけ狙われている。フロゥラは暇になるとゴルゴダ酒場宿を訪れる。しょっちゅうだった。ツクシはそのたびに、酒の力を借りてフロゥラを撃退している。「王国での用はもう済んだのだろうし、女王様はどうして本宅(※屍鬼の国にある)へ帰らんのだろうな?」と、ツクシは訝っているのだが、この男が屍鬼の国の備品を壊したので、フロゥラは本宅へ帰りたがらないのだ。フロゥラは帰ると備品の管理にうるさい屍鬼の女王イデア・エレシュキガルから、ガミガミ叱られるらしい。結局、フロゥラがネストの別荘にまだ逗留しているのはツクシ自身の所為である。
「ツクシは女王の旦那様だそうだな。チュ、チュウ?」
メルモが首をカクッと傾けた。
「いや、メルモ。違う、それは違うぜ――」
暗い声でツクシは返事をした。
うつむいたツクシを、長い髭のついた鼻先をヒクヒクさせながら眺めていたメルモが、
「――まあ、我らがいるから安心しろという話だ、チュ!」
以前見たとき、こいつらコロンコロン殺されていたがな。
あの屈強な異形種を相手に戦えるのものなのかよ――。
ツクシが胸を反らして威張った様子のメルモを見つめていると、
「そうはいってもよォ。ワーラット工兵隊は途中で輸送隊列から離脱するんだろ。俺たちはそう聞いてるぜ」
ゴロウが口を挟んだ。
「チュウ」
メルモが頷いた。
「ワーラット工兵隊はまだ縦穴を掘るの?」
今度はニーナが訊いた。先日、タラリオン王国軍とラット・ヒューマナ王国の間で新たな地下協定が結ばれた。ネスト制圧軍団と生活圏防衛軍は細々と共同作戦を展開し始めている。メルモとメルモが率いるワーラット工兵中隊は、地下七階層から地下八階層へ繋がる導式エレベーター設置作業を請け負っているらしい。三百名近いワーラット兵が、リヤカーや四輪荷車を引いて運んでいるのは導式エレベーターの部品である。ツクシが視線を後ろへ送ると、いつぞやゴルゴダ酒場宿で同席をしたイゲル教授とヴョーク女史も同行している。
「チュ、ヒト族の女騎士よ。その作業は先日に終わったぞ。今日は導式エレベーターの設置作業だ」
メルモが胸を益々反らした。
ツクシが訊いた。
「そうか。メルモ、下層は――地下八階層は、もうエレベーターを繋げられる状況なのか?」
「そうだ、チュ。地下八階層は、ネスト制圧軍団が完全にコントロールしている。異形軍も案外と他愛がないな、チュチュチュ!」
メルモが肩を揺らした。これはどうも笑ったらしい。ねずみの表情は変わらない。
「――なあ、メルモ」
ツクシはまだ尋ねたいことがあるようだ。
「何だ、ツクシ、チュ?」
メルモもまだ話を続ける気があるようだった。
「この下はどんな景観なんだ?」
ツクシが視線を上へやった。地下四階層から地下六階層と違って、七階層からは石で造られた古代遺跡のような光景になっていた。天井はアーチ状で、壁は滑らかな造りで、定期的に太い石柱まである。上階よりもさらに道幅が広く天井もずっと高い。ネスト制圧軍団は、この階層をその見た目から『
「地下八階層か? 外観はこことほとんど変わらんな。だが、あそこにはエイシェント・オークどもの『王座』がある、チュ」
メルモがいった。
「――王座?」
ねずみの顔に目を向けて、ツクシが眉根を寄せた。
「チュウ。地下八階層はエイシェント・オークどもが生活をしていた階層だからな――」
メルモが視線を落とした。
「へえ、どんな感じなんだ? 異形のアパートみたいなもんか?」
ツクシが訊いた。
「できるなら、見ないほうがいいかも知れん。チュ」
メルモの返答である。
「うん?」
ツクシが話を促した。
「――チュ、チュウ。ツクシ、どうしても聞きたいのか?」
メルモが顔を上げて、ツクシを見つめた。
「ケチケチしていないで教えろよ、メルモ」
ツクシは横目でメルモのねずみ面を見やった。
迷っている様子だったメルモが、
「エイシェント・オークは人類を食う。ワーラット族もヒト族も吸血鬼ですらおかまいなしだ。奴らは他の方法で食料の確保ができんらしいな、チュチュ――」
ツクシとメルモの会話に耳を傾けていた周囲の連中が視線を落として押し黙った。
「なるほどな。メルモ、助かったぜ」
ツクシが低い声でいった。
そうこうしているうちに、ウルズ組は十字路に差しかかった。
「――むっ、ここでお別れだ。武運を祈っているぞ、ツクシ、それに他のものもな、チュウ!」
チュウと鳴いたメルモが顔を上げた。ツクシが所属する輸送隊列は進行中の大通路をこのまま真っ直ぐ北へ進む。
「メルモ、お前も気をつけてな」
ツクシがいった。
「それは心配無用だ、チュ!」
そういって大仰に敬礼をして見せた人鼠大将メルモが、
「よーし、ワーラット工兵中隊は私に続け、チューチュー!」
ワーラット工兵中隊と別れたウルズ組は大階段前基地に無事辿り着いた。下り大階段前の広場は本格的な軍の基地になっていた。輸送隊列が侵入する側の入り口――南門は伸縮扉のバリケードがあるだけで、大袈裟な防衛線は敷かれていないが、異形軍が上がってくる恐れのある大階段付近は重厚な防衛網が敷かれている。大階段の入り口は見上げるような鋼鉄扉で完全に覆われており、さらにその外は鉄条網とトーチカで囲われていた。トーチカの銃眼からは
鼻先がくんくん動く。
四輪荷車の上のツクシが、火薬が詰まった木箱を下ろしながら呟いた。
「天井に空調があるわけでもなさそうだが――」
「ツクシさん、匂いですか?」
ヤマダが木箱を受けた。
「ああ、これだけの人数にしては空気が臭くない」
荷降ろしで痛み始めた腰を伸ばしつつ、ツクシが周辺を見渡した。
佐官やら、一般兵士やら、工兵やら、衛生兵やら、民間の業者やら、ネストポーターやらが行き交う大階段前基地は何千もの人数を収容できる規模に見える。
「ネストは不思議なことも多いよねー」
ニーナが荷車の下から手を出した。
「おう、ニーナはいいから休んでろ。いや、危ない、これは火薬だ!」
ツクシは激しく拒絶した。導式鎧装備のニーナは細かい力の加減ができないので、火薬入りの木箱もぽんぽん放り投げてしまう。まあこれは性格の問題なのかも知れない。
プンッ、と鼻息を荒げて不満気なニーナの脇から、
「うん? どこも、そう匂わねえだろ?」
ゴロウが手を出した。
「ゴロウは鼻が悪いんじゃない?」
ニーナが腹立ち紛れにゴロウを睨んだ。
荷降ろしの作業中、
「本日の作業はこれで終了。翌朝の起床時間は
ボルドウ中隊に所属する若い兵士がネスト・ポーターの間を回って通達した。
「基地は屎尿樽が多いな。今回の仕事は三日以上かかりそうだ」
ツクシがぼやいた。今、ツクシが眺めているのは、大階段基地の西にある高床式便所の脇に並ぶ糞尿が詰まった樽だ。これを地上へ運ぶのもネスト・ポーターの仕事だった。積む荷物は警備隊が各班へ振り分けるのだが、特別、この屎尿樽は「クソハズレの荷」などといわれて毛嫌いされている。厳重に封をされていても、まあ、臭うものは臭う。
「――まあ、長く働けばその分稼ぎも多くなるべ」
ツクシの言葉を受けてジョナタンがいった。
「見たところ、兵隊さんたちも、のんびりしたもんだしよゥ」
ペーターが周囲を見回しながらいった。
「うん、今のところは安全みたいだな。さあ、お前らメシだぞ、メシ!」
ラモンが声をかけると、元農夫の三人組は並んで食い物を売る屋台へ向かった。これまでずっと黙って荷降ろしを手伝っていたテトも、その後を追ってゆく。
「あ、そこの若い兵士さんよォ、ハンスはどうしたんだ?」
ゴロウが屋台へ向かう足を途中で止めて、近くにいたボルドウ中隊の副隊長に声をかけた。先ほどネスト・ポーターへ通達役をしていた若者だ。
「――ハンス?」
若い副隊長が顔を向けた。怪訝そうな顔つきだ。
「金髪に青い目の若い奴だ。元気のいい。おめェらの隊にいただろ?」
ゴロウが食い下がると、
「ああ、先任のハンス・フォン・ベルシュタイン特務曹長のことですか?」
若い副隊長は思い出した様子だ。
「ああよォ、そうだ。そのハンスは出世して内勤になったのか。最近、見かけねェが」
ゴロウが歯を見せて笑った。
「先任は死にましたよ」
短く伝えて、その若い副隊長は背を向けた。
「ああ、よォ――」
ゴロウは肩を落とした。
「――何だ、ゴロウ、知り合いがまた死んだのか?」
近くでやり取りを見ていたツクシが訊いた。
「まァ、ハンスとは顔見知りていどだったがな。どいつもこいつも、生き急いでポコジャカとよォ――」
ゴロウのダミ声が重くなった。
大階段前基地は、大人数の兵員が駐屯しているので設備もいい。
兵員は壁際に並ぶ天幕と天幕の間にある椅子とテーブルで食事をとっていた。ネスト・ポーターは兵員の作業の邪魔にならない南門付近へまとめて追いやられ、そこで地べたに腰を下ろして夕食中だ。ツクシたちもそこで車座を作って、ラム肉のとうがらしシチュウと丸い白いパンを食っていた。ゴザの上で胡坐をかいてスープをすするツクシの額に汗が浮いている。
「大階段前基地のメシは、まあまあ、いけるな――」
ツクシが不機嫌な顔を歪めた。この夕食を調達した屋台では、辛いのと中辛と辛くないシチュウを選べた。ツクシが指定したのは特注の激辛だ。
「そうっすね。値段も上層のネスト行商と比較すると全然安いですし、量だって多いっす――」
頷いたヤマダが選んだシチュウは中辛だった。シチュウで頬を膨らませたヤマダは、眉間に深い谷を作って顔を赤く染めている。中辛でも十分辛い。
「大階段前基地は固定で店を出しているネスト行商が多いからな。あまり不味いもの食わせると兵士から文句が出て営業許可を取り消されるらしいぜ。まァ、そういう噂って話だがなァ」
笑ったゴロウは激辛のシチュウの大盛をペロリと平らげて、革水筒から赤ワインをガブ飲みしていた。
ツクシはゴロウと張り合って注文した激辛シチュウを後悔しながら、
「――ん? ニーナはどこだ?」
ニーナがこの場に見当たらない。
「んも。ニーナさんなら、テトをつれて水場へいったべ、ツクシさん」
ジョナタンが白パンを大口を開けて食いながら教えた。
「――ひょうか(そうか)」
ツクシは篭った声でいった。気軽に口を開けると、辛味で完全にやられた舌が刺されたように痛む。
「ここの水場は二つあって、両方ともえらい広いからよゥ」
そういったペーターが皮水筒の中身を不味そうに飲んでいる。
「片方は女専用なんだ。女用は湯を沸かしてるんだよ」
顔をしかめてそういったのは、シチューを掘るようにして食べていたラモンである。
「あの風呂は徒党を組んだ女の兵士が、お偉いさんにわがままを通して作らせたらしいべ。この前、兵士の女どもがそう自慢してただよ」
食事を終えたジョナタンがラモンの話を繋いだ。
「女はどこにいてもわがままで仕様がねェ。男のほうの水場は冷や水だけなのによゥ!」
大人しくしていたペーターが突然大きな声を出した。
「ああ、まったくだ、まったくだ」
ラモンが頷きながら、木の皿に口をつけてシチュウを飲み干した。この元農夫三人はそれぞれ所帯持ちで、それぞれの家庭では嫁が威張っている様子だ。ツクシ、ゴロウ、ヤマダは男やもめなので、今ひとつピンとこない表情を浮かべながら、所帯持ち三人の話を黙って聞いている。
「――テトが女湯? まあ、それはいいか――なあ、ゴロウ」
眉根を寄せたツクシが隣のゴロウへ顔を向けた。
「金は貸さねえぞ、ツクシ」
「あっ、酒が足りんですか、ツクシさん。よかったら僕のを――」
ゴロウとヤマダの素早い応答である。
「あのな、お前らな、今はそれじゃねェからよ――」
ツクシが視線を落とした。金も酒も足りないのは事実であったが、ツクシの用件は別にあるらしい。
「ツクシ、だったらなんだよォ?」
ゴロウが警戒しながら訊いた。
皮水筒からエールを喉に流し込んで間を置いたツクシが、
「――ゴロウ。リカルドさんのことだ」
ツクシはゴロウの顔ではなく石の床を見つめていた。
「ああよォ――」
ゴロウが困り顔になった。その横のヤマダはうつむいた。
「最近、リカルドの親父さんは見るたびに顔色が悪くなってるぜ。ゴロウはリカルドさんの主治医なんだろ。ちゃんと診てやってるのかよ?」
路面を見つめたままツクシがいった。
「ツクシ、おめェはニーナから何も聞いてないのか?」
ゴロウのダミ声が重い。
「聞いたところで、俺があいつにしてやれることは何もないからな」
ここでツクシはリカルドの病気が悪くなっていることを確信した。
「冷たい男だなァ。ニーナは男の趣味が悪すぎるぜ――」
髭面を曲げたゴロウが見やると、
「だから、
キッ、と不機嫌な顔を上げたツクシが強い調子でいった。
ゴロウは、その不機嫌から視線を外して、
「まず『肺腐熱』ってのはよ、ツクシ」
「何だ、ゴロウ、難しい話か? お断りだ、省略しろ」
ツクシの発言である。目を丸くしたゴロウがツクシを凝視した。ツクシは不機嫌な顔でゴロウへ視線を返している。
「――ああよォ、おめェにも理解できるように、できるだけ簡単に説明してやるから聞けよ」
溜息を吐いたゴロウが、
「リカルドさんが罹患している肺腐熱は症状に波がある。だが波があるのは症状だけじゃあねえ。病原菌そのものも変化するんだ。そこが、肺腐熱っていう病気の厄介なところでな。肺腐熱菌は同じ種類の投薬を受け続けると、違う系統の肺腐熱菌に変化して、薬効をやり過ごす性質があるんだ。だから肺腐熱菌はしつこく患者の
「ああ、HIVウィルスみたいなもんか――」
ツクシが呟いた。
「エイチアイ? ツクシ、なんだァそりゃあ?」
ゴロウが訊いた。
「ああいや、ウィルスと細菌はちょっと違うらしいな。ゴロウ、聞き流してくれ」
ツクシが話を促した。
「まァ、とにかくだ。肺腐熱菌は罹患したひとの体内で姿を変え続けるんだよ。服を着替えるみたいによォ、コロコロとな。そのたびに、投与する薬の種類を変える必要があるんだがよォ――」
そこでゴロウは視線を落として言葉を切らした。
「なら、薬を変えればいいだろ。簡単じゃねェか、何故やらない?」
ツクシがゴロウを睨んだ。
ずっと黙っていたヤマダが顔を上げて、
「あの。ツクシさん、ゴロウさんを責めないでください。今は薬が手に入り辛くなってるんすよ」
ツクシは何も応えなかったが、その代わりに刃物のようになった視線を、元気のなくなったゴロウの髭面から外した。今やヤマダもツクシの凶悪な不機嫌に怯まない男の一人である。
「――今、リカルドの親父さんの肺に巣食ってるのは3型肺腐熱菌だ」
ゴロウがポツリといった。
「そいつをやっつける薬がないのか?」
ツクシが感情を抑えた声で訊いた。
「いや、ツクシ、ないわけじゃあねえ。手に入らないんだ」
ゴロウが歯噛みした。
「何だよ、ゴロウ、お前、医者なんだろ?」
問い詰めるツクシの声音が極端に低い。ヤマダはツクシの不機嫌をじっと見守っていた。ジョナタン、ペーター、ラモンの三人もまだこの場にいるが、この三人は不機嫌で身のうちにある刃物を研磨するツクシから目を背けていた。
大きく息を吐いたゴロウが、
「だからよォ、ツクシ、俺ァ、医者ってやつじゃ――まァ、それはいいや――ツクシ、戦争の所為なんだ。肺腐熱の薬が北部戦線へ優先的に流れてる」
「軍の奴らがリカルドさんの薬を買い占めてるのか?」
「いや、単純に薬が足りてねえんだ。魔帝軍が使う疫病兵器対策だろうな。必要な奴が商品を欲しがるのは買占めとはいえないだろ。だから、それは誰も責められねえよ。リカルドさんだって魔帝軍の攻撃で肺をやられたらしいからな」
「リカルドさんの病気の元は細菌兵器か。
ツクシは呟くようにいった。
「――んだべ、ツクシさん」
ジョナタンが頷いた。
「魔帝軍にやられた村は、おかしな病気が流行って、ヒトも牛も住めなくなるんだよゥ――」
そういったのはペーターである。
「俺たちの畑や牛や村は、たぶんもう――」
ラモンがうなだれた。
「ゴロウ、そこを何とかならんのか?」
吐き捨てるような調子でツクシが訊いた。
「ツクシさん、ゴロウさんだって手をつくしてるんすよ!」
ヤマダが珍しく大声を出した。
ツクシは黙っていた。
「いや、いいんだ、ヤマ」
憤るヤマダを制したゴロウが、
「ツクシ、四方八方駆けずり回っても、今は3型肺腐熱抑制剤が手に入りそうにねえ。だが、それで希望がないわけじゃないぜ。肺腐熱菌はきまぐれだ。型が変われば対処薬も変わる。手持ちの分の投薬でなんとかなる場合もあるかも知れねえ。リカルドさんはあの性格だからな、きっと耐え切るぜ。耐え切る筈だ――」
「ゴロウ、何か俺にできることは――いや、何でもねェ。忘れてくれ」
ツクシが歪めた顔を横に向けた。
ツクシがリカルドにできることは何もない――。
「――今日、買いすぎちゃったんすよね。ツクシさん、飲みます?」
ヤマダが革水筒をツクシへ突き出した。水筒の中身はヤマダの好物のスタウトである。
「お、いいのか、ヤマさん、遠慮はしないぜ」
口角を苦く歪めたツクシは、ヤマダから奢りを受け取ったあと、
「しかし、ニーナが遅いな――」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます