五節 大階段前基地(弐)
テトの耳に病棟天幕から漏れてくる男女の囁き声が聞こえる。
大階段前基地の東側に並ぶ天幕は病棟になっていて、行き来するのは女性の看護衛生兵が多かった。看護衛生兵の軍服は深緑色ではなくベージュ色だ。見た目でその役割が区別できる。
「どこへ行くの?」
ニーナに手を引かれたテトは怪訝な顔で訊いた。
「お風呂よ。大階段前基地は水場でお湯を沸かしてるの。テトは知ってた?」
ニーナがテトを引きつれて向かっているのは天幕の病棟を抜けた先にある浴場だ。
「おっ、俺は、いいから――」
テトは抵抗して身をよじるのだが、「だーめ」と手を引くニーナの力は強く、どうやっても逃げだせそうになかった。お風呂セットを小脇に抱えるニーナは黒い防護スーツ姿で、人外の膂力を供給する導式鎧を身に着けていないのだが、元よりこの女性は怪力なのだ。
「いいってば、俺はお風呂いいから!」
喚くテトの視界が湯煙で霞んだ。脇道を抜けた先の広場に噴水がある。噴水の脇に大きな竈が据え付けてあって、その上に置いた桶で湯を沸かす構造の風呂が三つ設置されている。これは大きな五右衛門風呂だ。本来は噴水から流れる水がつたうだけの床の溝へ、ひとが使った排水が流されていた。見たところそれで排水の処理は済んでしまうらしい。
大階段前基地の東側の小路奥に位置するこの噴水は、その豊富な水量を生かして、女性専用の浴場に改造されていた。こういう場所があると興味本位で男性が覗きに来たりするものだが、浴場広場の出入口には屈強な外見の女性衛生兵(『風紀管理委員』と書かれたワッペンを腕につけた)が二人立って睨みを利かせているので、たいていのデバガメどもは、そこで退散するようだ。
湯で火照った
テトは目を丸くしている。
王都で井戸から汲み上げた水は濁っていて飲用に適さない。噴水から清らかな水が流れ続ける光景だけでもは珍しい。天幕街で暮らすテトが公衆浴場へ通うことも滅多にない。浴場の光景もまた珍しい――。
受付の女性衛生兵へ小銭を渡したニーナが、
「ね、テト、凄いでしょ?」
女性兵員はいつでも無料で浴場を使える。しかし、ネスト・ポーターや他の民間人が使う場合は有料である。しかし、そう高い金額を取るわけではない。風呂桶やその他の備品を管理している衛生兵の女がいうには、この浴場は営利目的ではなく、その運営も有志のボランティアで行われているとのことだ。実際、入浴料は手桶代込みで少銀貨三枚とかなり安い。
「ニーナ、これって軍が作ったの?」
テトは神獣グリフォンの石像から流れ落ちる清水を瞳に映したままだった。
「中央の大きな噴水は元からネストにあったのよ」
ニーナが微笑んだ。
「俺の村にあった小川も水がすごく綺麗だった」
テトの言葉でうつむいたニーナの顔から微笑みが立ち去った。
「――さてさて」
ゆらりと顔を上げたニーナが暗い顔のテトを背後から襲った。
「んう、ひゃうっ!」
テトがぞわりと仰け反った。
ニーナが両手を使ってテトの胸のサイズを計測中である。
テトの耳元へ唇を寄せたニーナが、
「んー、ちょっと物足りないな。テト、もっと食べなきゃだめよ。育つものも育たないでしょ?」
「らあっ、ニーナ、あっ!」
揉みしだかれているテトの黄色い悲鳴である。
ニーナの手で若い
「――感じやすいね、テトちゃん」
ニーナはねっとり笑いながら、テトの肉体にあるさまざまな箇所を調査を続けた。
上から下までかなり念入りだ。
「くっ、『ちゃん』はやめろ、はなせ、ばか!」
テトは涙目で喚いたが、
「テト、大人しくここで
ニーナの手で衣服を剥ぎ取られた。
他人の衣服を脱がせるニーナは手馴れた様子だ。
王国陸軍にいたころ、こんな訓練も受けたのだろうか――。
「――やっ、あっ!」
テトはショーツ一枚を残して裸に剥かれてその場にしゃがみこんだ。手にあったテトの衣服を籠のなかへ放り込んで、満足気な笑みを浮かべたニーナが、黒い防護スーツの前面についたホックを、テトへ見せつけるようにして、ひとつひとつ外していった。ニーナは自分の裸体を他人の視線から隠すつもりが全然ないらしい。意図して男性を扇情するために作られたような白い
実際、うっと呻いたテトが横を向いた頬を赤くした。視線を惑わせるテトは、まだ逃げたいようだったが最終的には逃走を諦めた。ニーナもテトを逃がすつもりがない。のろのろ立ち上がったテトが、その肉体を隠していた最後の衣服――白いショーツを自分で外して、近くにあった籠へ追加した。
白旗を上げたというのか、白旗を脱ぎ捨てたというのか――。
ニーナは自分の要所要所を手で隠しながら、背を丸めて浴槽へ向かうテトにぴったり寄り添って、
「女の子はからだをいつも綺麗にしておかなくちゃダメよ。常に準備しておかないと、いざというとき獲物を逃すことになるからね。テト、わかった?」
肉食獣の心構えを説いている。
「別に、俺は――」
テトは横を向いた。
「『俺』もダメ!」
ニーナがめっと表情を厳しくした。
「わっ、わたしは――」
浴槽前でテトはうつむいた。
「テトは褐色の肌なのね」
ニーナは浴槽の湯を手桶に汲みながら、テトの若い裸へ視線を送った。テトは全体的に茶色く汚れているのだが、よくよく見ると地の肌それ自体が褐色である。
「わたしは綺麗にしなくてもいいんだ」
テトは乱暴な口振りだ。
「だめよ、テト。さっきいったじゃないの」
ニーナの声は浮わついた調子である。
桶型の湯船に浸かっていた何人かの女性のうちの一人――太めの中年女が振り向いて、「ああ、そうだよ、綺麗にしなよ。そのまま湯船に浸かったら、お湯が泥水になっちまうだろ」と、ケタケタ笑った。
「わたしの肌はニーナみたいに綺麗じゃないから」
テトの声と表情が強張っている。王都は様々な人類が入り乱れて生活しているが、それでも、南方に多い褐色の肌を持つヒト族は
「肌の色のこと? 白いほうが良かった? ほら、テト、床に座って。おねーさんがピッカピカにしてあげるから。ふふふっ――」
濡れた床に膝をついてテトを呼んだニーナは、左手に石鹸を、右手に硬めのスポンジを握っていた。ねっとり笑うニーナはテトをゴシゴシやるつもりらしい。
「白いほうがいいに決まってる」
呟いたテトが濡れた石床へペタンと座った。介錯を受ける武士のような姿勢である。水に濡れた石床がおしりに冷たい。テトは眉を寄せている。
「くっだらないことを。肌や瞳の色でひとの価値は決まらぬ。ひとの価値は生き様で決まるのだっ!」
芝居がかった調子でいったニーナが、テトの痩せた背へ湯をかけた。
「――うっく。ニーナ、何それ?」
身体を震わせながらテトが訊いた。普段は風呂へ通わない――通えない肌は刺激に対して敏感になっている。
「私のお父様の口癖」
ニーナがテトの背へ石鹸の泡を立てた。
「ニーナのお父さんは立派なことをいうんだね。んっ――」
テトの声が震えている。背中を
「うん。立派すぎるの。それも困りものよ? テト、頭からいくよ――」
ニーナがテトの頭へ湯を流した。
「――うぷ。そうなの?」
テトは自分の手で顔を擦りながら訊いた。
「そうなのよ、何事もほどほどがいいの――」
その後ろでニーナが苦い笑顔を見せている。
「はい、テト、こっち向いて」
ニーナがいうと、戸惑った様子を見せたあと、テトが座ったまま体を半回転させた。立膝のニーナの前で、テトは胡坐をかいた格好だ。テトは身体の前で交差させた両腕を下ろして一番隠したい部分はどうにか隠している。ニーナは自慢の肉体を隠蔽する気が全然ない。視線のやり場に困ったテトは顔を上げて、自分を見つめるニーナの美貌を睨んだ。
完成された女を見せるニーナと、未完成な少女を見せたテトが、お互いを見つめていると、
「――あらやだ、かなり可愛い。失敗したかも?」
先にニーナが瞳を伏せた。顔の汚れを落としたテトは、おでこが全部見えるほど短い黒髪に、形の良い鼻と締まった口元を持つ、涼やかな目をした美少年風の美少女だ。ただ、テトの
まだ成長期にある年齢の所為も当然あるだろうが――。
肩を震わせて歯噛みをしたあと、
「――無理矢理、わたしを引っ張ってきて、何なんだよ、もう!」
テトが吼えた。
「テト、私の彼氏ね――」
ニーナが瞳を伏せたままいった。
テトは怪訝な顔で訊いた。
「ニーナの彼? 彼って誰のこと?」
「ツクシのこと」
「ツクシ? あの目つきの悪い?」
「うん」
「態度の悪い?」
「うん」
「あの酒臭い貧乏そうなチンピラのこと?」
「テト、それはちょっといいすぎかも――」
ニーナはいつの間にか顔を上げてテトを睨んでいる。
「あ、ごめんなさい――」
今度はテトが瞳を伏せた。
切れ長の目を持つニーナは、本気でムッとした表情を見せるとかなり怖い。
ふっと小さく息を吐いて笑顔に戻ったニーナが、
「ツクシは可愛い女の子が大好きなの。そうでなくても、女の子なら何でもいいって感じ。テト、ツクシにいやらしい目でジロジロ見られても怒らないでね?」
「ふぅん、最悪の彼氏だね、それって」
視線を上へやったテトはツクシの不機嫌な顔を思い浮かべている。
「――だから、いいすぎだから、えい、この!」
ニーナがテトへ正面から襲いかかった。
「ニーナ、そ、そこは自分でや――あっ、ひゃんっ!」
テトが悲鳴を上げた。
ニーナとテトが、あられもない姿でジタバタとやっていても、女性しかいない浴場で彼女たちに注目するものはいないし、それを諌めるものもいない。浴槽に浸かりながら、笑ってニーナとテトを眺めている女は多少いる。ニーナはやりたい放題であり、やりたい放題に抵抗するテトは褐色の頬を真っ赤にしていた。
夕食を終えたツクシたちが、持ち込んだ酒をだらだら飲んでいるうちに、風呂へ行っていた二人が帰還した。いつもは後ろで縛っているとび色の長髪をほどいたまま帰ってきたニーナと、そのニーナの隣で視線を惑わせる褐色肌の美少女だ。
「へえ、テト、お前は
ツクシは吐き捨てるようにいって革水筒のスタウトを呷った。
「うるさいな、お前には関係ないだろ!」
テトは吼えかかったのだが、すぐツクシの眼光に気づいて、「ううっ――」と呻きながら後ろへ下がった。女の性の値踏みでとてもぬらぬらした眼光だ。ニーナの警告通りである。ツクシの無垢な乙女の
激しく動揺するテトの横に立つニーナの目つきが段々と鋭いものになってゆく。
ニーナが爆発する寸前である。
ジョナタンが湯で磨かれて帰ってきた自分の娘を眺めながら、
「ニーナさん、やっぱり、テトを洗っちゃったべか――」
「父ちゃん、靴墨はある?」
テトが訊いた。
「背嚢のなかにあるべ?」
ジョナタンがいうと、テトがそこの背嚢をニーナが屑墨の瓶を取り出した。
「せっかく可愛くなったのに。といいたいところだけれど――」
ニーナが呟いた。
「ああよォ――」
ゴロウが眉尻を下げて頬髯に手をやった。
「あれ、テトちゃんは綺麗にした顔をわざわざ汚すの?」
ヤマダが不思議そうな顔だ。
テトは無言で靴墨を顔に塗りたくっている。
「あんた、ヤマさん、とかいったかねェ?」
酒で顔を赤くしたペーターが声をかけた。
「ああ、はい?」
ヤマダが顔を向けると、
「天幕街はよゥ、女が女の格好をしていると危険なんだよゥ。ネストだって荒い男連中が多いしなあ――」
ペーターが酒臭い息で教えた。
「あっ、それで。すんません、自分、無神経で――」
ヤマダが頭を下げた。
「テトは器量良しだからなあ」
ラモンが革水筒の酒を口に含んで顔をしかめた。元農夫三人が革水筒に入れて持ち込んできた酒は得体の知れない材料を使って醸造された安価な密造酒らしい。それは酔えればよろしいといった感じのシロモノで味はよくないようである。
「しっかしよゥ、テトは全然ジョナタンに似なかったな、本当にお前のタネなのかよゥ、え?」
ペーターがゲス笑いをジョナタンへ向けた。
「いいんだか悪いんだか、わかんないべ――」
ジョナタンは苦笑いである。
「女の子が綺麗なのは、もちろんいいことよ、ね、テト?」
車座に加わったニーナがテトへ視線を送ると、顔に靴墨でフェイス・ペイントを入れ、赤いバンダナで頭を巻いたテトは少年ゲリラ兵姿に戻っていた。この姿だとテトは目元涼しげな美少年に見える。
「父ちゃん、天幕街から引っ越したら――」
テトが靴墨の瓶を背嚢へ戻しながらいった。
「どうしただ、テト?」
ジョナタンがテトを見つめた。
「そしたら、顔にもう靴墨を塗らなくていいかな――」
テトの声が消え入りそうだった。
「――テト、ラモンが今、流民でも借りれる部屋を探してるだ。だから、もうしばらくは辛抱するべ、な?」
ジョナタンがゆっくりいった。
しかし、父親の垢の染みた黒い髭面は痛ましいまでに歪んでいて――。
「うん――」
顔を上げずにテトは頷いた。
「――ちょっと、基地の様子を見てくるぜ」
ツクシは歪めた顔をうつむけて奥歯を噛みながら立ち上がる。
ニーナとテトはキャッキャッと仲良くなっている。
「ああよォ、
ゴロウは困り顔だ。
「案外と根性がねェよな、この赤髭野郎は――」
そう言い残して、ツクシは背を向けた。
東の壁沿いには病棟の天幕。
西の壁沿い兵士用の天幕と基地の本部らしき大きな天幕がある。
中央にネスト・ポーターが運んできた補給物資の仮置き場。
南東、南西には高床式屎尿処理施設が並び、広場から続く脇道は合計六つで、そのうちの四つは鉄格子で厳重に封印されている。計二本の封印されていない脇道の先には二つ大きな水場があった。まず迷わずに女性専用の水場へ足を向けたツクシは目的地へ達する前に強面の女性衛生兵二人に妨害された。この二人とも顔つきはともかく、身体つきはオスのゴリラ顔負けの女性衛生兵である。
そんなツクシが最終的に足を止めたのは、やはり金網で囲われた大階段の前だ。この先がネストの最前線――ネスト地下八階層へ繋がっていて、その先にツクシの目的――『どこか違う世界に続く扉』が存在している筈である。金網の囲いの出入口には歩哨が立ってツクシへ鋭い視線を送っていた。兵員以外は大階段に近づくことすら警戒されているようだ。歩哨は犬をつれている。軍用犬のようだった。
「俺一人だけなら、
ツクシは不機嫌な顔を歪めた。
ツクシの顔が歪んだ理由は三つある。
まず、ツクシと同じく日本への帰還が目的のヤマダは鉄の門で完全に閉じられている大階段を突破するのが難しい。
次に、大階段を突破しても、その先に待ち構えているのは、ネスト制圧軍団に加えて凶悪な
最後に、地下八階層から先のネストがどれほどの広さがあるのか見当もつかない――。
無茶をすると命がいくつあっても足りん。
食い物だとかネスト内部の地図だとか最低限必要な準備も情報もない。
それを準備する金もコネも俺にない。
どうしたものか――。
ツクシが視線を落としたところで、
「おい、ネスト・ポーターが大階段前をウロウロすんなよ。指定された場所で大人しくしてろ。邪魔なんだよ、じゃ、ま!」
高圧的な台詞が後ろから飛んできた。
「――あ?」
ツクシが振り向くと、三人の若い兵士が立っていた。戦闘服というより作業服のような軍服を着たその三人の兵士は、どうも補給物資の仕分けをする兵員のようだ。武器は携帯していないが捲り上げた袖から覗く太い腕や、上半分ボタンを外したシャツから見えるたくましい胸板が力自慢を物語っている。三人それぞれ赤らんだ顔や胸元を見ると、彼らは仕事中ではなく、休憩中に酒を引っかけていたようだ。
「くっ、な、なんだよ、このオッサン――?」
眼光で全員抹殺を表明するツクシに、三人のうちで一番背が低い兵士が早くも怯んだ。
「黒い革鎧に腰からカタナか――おい、ピケ、こいつがたぶん、噂のクジョー・ツクシだぜ」
ケツ顎の巨漢が背の小さい兵士――ピケにいった。
「へえ、ジュリアン、こいつが話に聞く、ネスト・ポーターの導式剣術使いなのか?」
そういったのは、ケツ顎の巨漢――ジュリアンの横にいる背が高くて痩せた兵士だ。
「サントス、こりゃあ面白いぜ。ここで剣の腕前を見せてもらおうじゃねえの。おい、オッサン、やってみろよ導式剣術、できるんだろ?」
仲間の援護を確認したピケが顎をしゃくってツクシを煽った。
背の高い痩せた兵士はサントスという名前らしい。
「何だ、小役人ども、ここでまとめて死にてェのか?」
ツクシの低い声である。
「ほお、オッサン。俺たちに向かって小役人とくるか」
「おい、吐いた唾を飲むんじゃねえぞ、このクソ流民が」
「俺たちが礼儀を教えてやるか?」
ピケ、ジュリアン、サントスが三人まとめて凄みながらツクシへ詰め寄った。
眼光をいよいよ鋭くしたツクシの腰がすっと落ちる。
大喧嘩が始まるか、と思われたが――。
「――おや、ツクシさんじゃないスか!」
付近を通りかかった若い兵士がで声をかけた。
「おう? ロッシかよ、生きていやがったな、この野郎!」
酔っ払いの兵士三人を相手に喧嘩上等をやっていたツクシへ声をかけてきたのは、いつぞや一夜の冒険を共にした特別銃歩兵のロッシ・ウルパルドだった。
「ツクシさんこそ!」
ロッシは笑顔で駆け寄ってきた。以前ツクシと会ったときのロッシは導式ヘルメットをかぶっていたが今日は軽装だ。ロッシはヘルメットの代わりに短く刈り込んだ明るい茶色の髪を頭に乗せている。
「何だ、この若造、
息巻いたピケがロッシを睨んだ。
「おい、ピケ、やめろ馬鹿! そいつ特銃(※特別銃歩兵の意。エリート兵である)だぜ!」
顔を強張らせたジュリアンが凄むピケの肩を掴んで止めた。
「げえっ、『銃と死神』のワッペン――」
青ざめたピケが凝視しているのは、ロッシが着ている王国陸軍服の肩についたワッペンだ。銃を背負った死神のシンボル・マークに、『第九一三特別銃歩兵小隊』と刺繍で文字が入っている。これはネストの戦場における最精鋭部隊のひとつになる。
「おい、行くぞ!」
急ぎ足で去っていくサントスの背を、ピケとジュリアンが慌てて追った。
「――へえ、ロッシは随分と顔が利くじゃねェか」
ツクシが口角を歪めた。
「どうでしょね。嫌われているだけかも知れないっスよ。ウチの部隊が顔を出す場所は死人がとにかく多いっスからね」
ロッシは苦笑いで応えた。
口角を歪めたまま頷いたツクシが、まだ宵の口で騒がしい基地を見回しながら、
「ロッシは今、大階段前基地勤めなのか?」
「ああ、いえ、休暇っス。三日もらいました。本当は地上へ帰りたいんスけどね、今は状況が状況なんで――ま、立ち話もなんですわ、向こうで座りましょうよ、ツクシさん」
うなじに手をやったロッシが西側に並ぶ兵士天幕のほうへ顎をしゃくった。
「向こう? 兵士天幕前のテーブル席のことか? 俺はネスト・ポーターだぜ?」
怪訝な顔のツクシが兵士天幕の群れへ目を向けた。兵士天幕と兵士天幕の間に、大きなテーブルと椅子が置かれていて、そこで兵士は飲み食いをしているようだが、そこにネスト・ポーターの姿はない。
「ああ、いいんスいいんス。いい加減なもんスから――」
ロッシがツクシを促した。
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