十三節 独裁者の蜘蛛(壱)

 餓鬼集団レギオンが起こした騒乱の中心地は王都十二番区マディアの倉庫街である。しかし、その北寄りの区画の裏通りは、火の手もないし暴徒も見当たらない。人気が少ない場所を選んで転居を繰り返したとはいえ、マディア・ファナクティクスのアジト周辺は不可解なほど静かだった。

 アジト裏口で猿顔を赤くしたマシラは、その静寂に不安を煽られている。

「ミケル、エンリコもハービーも戻ってこない! 兵隊たちも、キキッ!」

 マシラが上がり口から立ち上がった。

「――わかってるよ」

 空き樽の上に座ったミケルは、マシラが立ったり座ったりする回数を暇潰しに数えていた。マシラが立つ、マシラが座る、これを一セットで数えると十三回目。

「キッ! ミケル、おかしい、これはおかしい。ボ、ボスたちはまだ出ないのか――?」

 開かない裏口をマシラが睨んだ。

 これも十三回目だった。

「いい加減、落ち着けよ、マシラ」

 ミケルが脇にあった銀色の水筒を手にとって、コップ代わりにもなるその蓋へ、なかの梨酒を注いだ。それは飲み物の温度がしばらく保たれる不思議な水筒で、ミケルの兄だったチャドが盗んできたものだ。チャドが死んでからは、ミケルが不思議な銀色の水筒――ステンレス製の保温容器を愛用していた。

「――キッ? 馬?」

 マシラは暗い路地の奥を見つめている。

「何だ?」

 ミケルも路地の奥へ目を向けた。

「燃える馬? キ、キッ?」

 マシラの口が開きっぱなしになって、その猿顔が縦に伸びた。

 路地の奥から炎をまとった馬が駆けてくる。

 だが、奇妙なことに馬の蹄の音は聞こえない。

 それに代わって、冥界の奥底から届く何かの唸り声が聞こえてくる。

 マシラとミケルの眼前で業火に包まれた馬は音のない蹄を止めた。背に乗った男を覆い隠すまで噴き上がっていた炎は、勢いを弱めながら馬の胴体へとまとわりつき、赤い馬腹の生地へ変化した。

「骨の馬――?」

「キッキ――?」

 マシラとミケルは突っ立ったまま骨の馬とその上の男を見つめた。

 骨馬を駆ってきたのは、黒革鎧で全身を覆い、その上に暗いオリーブ色の、丈の長い外套を羽織った男だ。男は奇妙な帽子を頭に乗せていた。前にだけ迫り出した鍔の下で三白眼がギラギラ光っている。

 映るものすべてを切り裂く眼光――。

「――フランクって名前のガキだ。ここにいるのか?」

 黒衣の男は低い声で訊いた。

「おっ、お前――」

「キ、キヒイッ!」

 ミケルとマシラの顔が同時に凍りついた。

「聞こえなかったか。名前はフランクだ。俺はそいつに野暮用がある」

 黒衣の男は馬の鞍へ腰を落ち着けたまま腰の刀の鞘を左手で引いた。

「黒い革鎧にカタナ――」

 ミケルが呟いた。

「チャド兄貴を殺った奴――」

 ミケルが唸った。

「マシラ、そうだろ! こいつ、クジョー・ツクシ!」

 ミケルが叫んだ。

 倉庫街の狭苦しい路地に青臭い雄たけびが反響する。

「キッヒ、キキキッ――」

 マシラは震える足を必死で後ろへ送ろうとしていた。

「へえ、刺青の。お前らは双子の兄弟だったのか――」

 そういったときには黒衣の男――ツクシは馬上から地上へ降り立ち腰を落としていた。

 その移動にかかった時間はゼロ秒。

 白刃一閃。

 この時点で魔刀は振り抜かれたそのあとだ。

「――へあ?」

 ミケルが間の抜けた声を上げた。目の前を血の玉が飛んでいる。血の玉は満月の上をゆっくりとなぞるように動いていた。何が起こったか理解できないまま、右肩から叩き斬られたミケルが崩れ落ちた。ミケルの肉体へ刻み込まれた死の宣告から吹く血が路面を黒く濡らしている。

 ツクシの右手から抜き身となった魔刀ひときり包丁が下がっていた。

 血化粧を整えた魔刀が互の目乱れ波紋を揺らしてせせら笑う。

「――あの世で兄貴と仲良くしてろ」

 ツクシが告げた。

「えっ、ひっ、ひっ、キーッ!」

 自身の絶叫に叩かれてマシラは背を見せた。

 ツクシの瞳にマシラの背でひるがえる茶色いボロマントが映る――。


 ――俺は逃げる。

 マシラはそれしか考えていない。マシラは頭のなかに独裁者の蜘蛛ディクタートル・アラーネアを飼っていない。この猿顔の若者は魔導の蜘蛛を頭へ棲まわせなくても、フランクやニバスのいうことに決して逆らわないからである。

 タラリオン王国の北部、戦乱に焼かれて消えた貧しい農村の、貧しい農奴の家に生まれて、食うや食わずで生きてきたこのマシラは学もないし、物事を深く考えることもない、野蛮で単純な青年だ。貧村の農奴は強いものに――土地を治める領主にこびへつらうのが常だった。貧しい土地を治める領主は弱いものから――農奴から強奪するのが常だった。強い者が弱い者から常にすべてを奪う。それがマシラの生活を統べる不文律であり生きる指針だった。

 マシラが生まれ育った北部の農村は、土地は痩せて、作物の育ちは悪く、雨の降る季節は水害に悩まされ、雪積もる冬は長く厳しく、病が流行ればひとは呆気なく死に、傲慢でよく威張る太った領主の悪政と重税で領民は一年中苦しんで、誰も彼もがみんな飢えていた。垢が層を作って染み込んだ黒い顔に目の玉だけが黄色く光るマシラの父親と母親。それがあまりに黒い顔だったので、マシラは両親の顔をもうはっきり思い出せない。満足に食べれない母親の母乳が出ずに、幼い兄弟が二人飢えて死んだが、それでも、マシラの兄弟は下に四人もいた。

 マシラは、ずっと貧しかった。

 貧しくない部分がなかった。

 マシラの故郷も、

 マシラの両親も、

 マシラの兄弟たちも、

 マシラの知識も、

 マシラの心も――。

「――キッ、ひっ、キッ、ひっ!」

 マシラは逃げながら喘いだ。

 俺は、今度も、絶対に逃げてきってやる――。

 魔帝軍が北部の貧村を襲ったときも、マシラは全力で逃げて逃げて逃げきった。

 マシラは両親を置きざりにして逃げた。

 両親は小さな我が家を焼く火を消そうと必死の形相だったが、マシラは彼らへ背を向けた。痩せたマシラの弟が二人、痩せたマシラの妹が二人、燃え上がる自分の家を――掘っ立て小屋のような、小さなあばら家を見つめながら、わんわん泣いていたが、マシラは目を背け耳を塞ぎ逃げていった。魔帝軍の砲撃を受けて燃え上がる北の貧村――燃える故郷から、マシラは一回も振り返らずに走って走って逃げ続けた。

 逃げながら、何故かマシラの心は弾んでいた。

 たぶん、今までよりも、ずっと、ずっとマシな場所へ俺は逃げるのだ――。

 マシラはそんな気分になっていた。マシラは頭の良い青年ではない。その代わりカンは他人より鋭いものがある。迫る魔帝軍から命からがら逃亡しつつも、マシラは何故か「善い予感」に満たされていたのだ。二日間近く不眠不休で移動を続けたマシラは道中で出くわした戦争難民の群れに紛れ込み、タラリオンの王都を目指すことにした。

 王都への長い旅の途中である。

 一緒に移動していた戦争難民の若者たちと意気投合したマシラは、空き巣やら強盗やら強姦やらの悪事を糧に何とか王都まで流れ着いた。導式の光に包まれて、綺麗な服を(マシラから見ればである――)着たひとびとが朝まで道を行き交い続ける、活気に溢れた街並みを、その碁石のような黒目がちの目へ映してマシラは確信した。

 ああ、俺の善い予感は当たったんだ――。

 そのあと、天幕街に寝床を作って、かっぱらいや、強盗や、強姦やらを繰り返して食い繋いでいたマシラと戦争難民の若者たちは、王都育ちの小悪党エンリコ・ベルナンデスに誘われて、餓鬼集団レギオン・マディア・ファナクティクスのメンバーになった。そこでもマシラの立場は結局、宿無しの犯罪者だった。

 それでも、王都での生活はグリフォニア大陸北部に散在する貧しい農村の生活に比べれば天国のようなものだった――。


 ――善い予感もあれば悪い予感もある。

 最悪の予感に背を向けて逃げるマシラの足が止まった。絶望と恐怖がマシラの頭へ落ちてきて、肝を氷漬けにしたあと脚を電撃のように通過して、ズドンと地面へ根をおろした。

 マシラの顔面の筋肉が、千切れんばかりに引きつった。

 背を見せて逃げだしたマシラは逃げた先でツクシの背を見ている。

 死神の翼が揺れる背中越しだ。

「おい、猿――」

 ツクシが呼びかけた。

「ヒッキッ――」

 マシラが正中線を境に上と下へズレた。

 振り向きざまに縦一閃。

 ツクシの魔刀がマシラを真っ二つに叩き割った。

 路面で左右に分かれたマシラの死体が、鮮血と臓物を振り撒きながら、細かく痙攣している。

「二度も逃がすと思ったか?」

 死神の相貌が猿の肉塊へ唸り声を聞かせた。


 §


 血文字の入った包帯を顔へ巻き終えたニバスが、黒いマントの裾を揺らしながら、木の階段を上がってきた。包帯の隙間から見えるニバスの唇が青ざめている。ついさっきニバスはフランクから若い娼婦を自分の餌として譲り受けた。しかし、フランクに打たれた薬が肉体から抜けないローザは待っても意識がはっきりしない。ニバスは意識がないものを犯しながらいたぶっても面白くない。女の血液の中に残っているであろう強い薬物も何であるのか気になる。性格に神経質な面があるニバスは結局、食事を――ローザの血を吸うことを我慢した。

 上階ではマディア・ファナクティクスの兵隊たちが、中央に置かれたテーブルで、クチャクチャと音を立てながら、パンを食ったり酒を飲んだりしていた。このアジトに常時いてフランクの身辺警備を担当しているものは流民が多い。頭は鈍いが体力に自信のある若者たちだ。アジトの地下は死臭が充満していた。アジトの上階は垢染みた若い男の体臭と、腐りかけた食い物の臭いが入り混じっている。

 舌打ちをしながらニバスが視線を落とすと、やはり薬や酒でへべれけになった兵隊が何人も寝転がっていた。

 もしかすると、上にも死体が転がっているのではないか――。

 ニバスは何かの予感で顔を歪めた。

 寒気を覚えたのである。

 吸血が足りない所為だろ――。

 ニバスはそう考えながら、フランクの衝立の部屋の前で、

「――フランク、そろそろ行くか?」

「ああ――」

 衝立越しに弱々しい返事はあった。

 しかし、フランクが動いている気配はない。

 諦めたニバスはアジトの裏口へ向けて怒鳴った。

「――マシラ、ミケル、兵隊を集めろ、俺が出る!」

 ニバスは少し待ったが、裏口で待機している筈のマシラとミケルの返事がない。

 返事の代わりに裏口の扉がドンと吹き飛んで宙を舞った。

 ニバスの足元に扉の蝶番が転がってきた。

 埃が舞い上がって霞がかかっている――。

「何だ?」

 ニバスが目を細めた。

 裏口を蹴破ったのは、暗い色の、丈の長い外套を着た男だった。

 裏口の周辺は暗く倉庫の外に下がる導式灯の明かりのほうが強い。

 その男は逆光で影になっていた。

 影のなかにある二つの目がギラギラと輝いている。

 殺意の眼光に射竦められたニバスが硬直した。

 それは説明できない恐怖だった。

 それを説明できないことにニバスは恐怖した――。

「――見たままだな。お前が包帯男か。グェンを殺したのはお前か?」

 埃が落ち着くと、ニバスの目に長い丈のコートを着た男がはっきり見えた。

 ツクシだ。

「――ハッ、驚いたぞ、ただのヒト族か!」

 背を反らしてニバスが笑った。聖教会かもしくは二人の女王からの刺客が到来したのか――そう錯覚したのだが違った。

 余裕を取り戻したニバスはツクシを嘲って眺めた。

 武装布教師には見えない。

 屍鬼でも吸血鬼でもない。

 ニバスの前にいるのはただのヒト族の男だ。男は血塗れた細い刃物を右手から下げているが、吸血鬼のニバスにとって、ヒト族が武器をひとつふたつ持っていたところで問題にならない――。

「――もう一度だけ訊くぜ」

 ツクシが唸った。

「あ、はぁ?」

 ニバスが顎を上げた。

「俺はグェンを殺した奴をブチ殺しにきた。そいつは、どこにいる。グェンを殺した奴だ。さっさと応えろ、包帯野郎」

 ツクシは右手から無造作に魔刀をぶら下げたままだ。

 武器を構えもしない。

 無構え――。

 ニバスは青ざめた唇を歪めて、

「知るかよ。こっちは忙しいんだ。帰れ、オッサン、ここで死にたいのびゃ? びにゃらあっ!」

 そういってる途中だ。

 ニバスは口を両手で押さえて仰け反った。埃が厚くつもる床へ、びたんと肉の切れ端が落っこちる。ニバスも背中から床へ倒れた。

小僧コゾー、口の利き方に気をつけろ――」

 ツクシが跳ね上げた魔刀の切っ先を下ろして、床で悶絶しているニバスへ遅い警告をした。

 ニバスは床へ落ちた自分の舌へ視線を送った。

 ツクシの魔刀がニバスの舌を根元から切断している。

「ばっ、おぶっ、ぶぼっ、ぐぼっ――!」

 ニバスは出血と一緒に炸裂する痛みに耐え切れずに涙をこぼした。切断されて残った舌の根が喉の奥へ落ちて絡みつきその呼吸を止めた。

 ニバスの意識が深遠へ遠のく――。

 倉庫の中央のテーブルに座ったまま、起こった騒ぎを眺めていたファナクティクスの兵隊が蜘蛛の糸に手繰られて立ち上がった。床で寝入っていた兵隊も次々と身を起こした。蜘蛛の兵隊は垢の染みた黒い顔に夢を見ているような表情を貼りつけていた。ひとが最低限は持っている感情がいくつか欠落している若者たちの顔が凶器を手にツクシへ詰め寄ってくる。

「へえ、お前ら、まだやるつもりか?」

 ツクシは口角を邪悪に歪めた。

「おい、返事は無いのか?」

 ツクシの問いかけに蜘蛛の兵隊は沈黙と襲撃で応じた。正面と左方面から接近していた蜘蛛の兵隊二名がツクシを襲った。正面から襲った蜘蛛の兵隊は背丈が大きい、油ぎった汚い金髪を肩口まで伸ばした若者だった。上背のあるこの兵隊は幅広剣をツクシの頭部へ振り下ろした。左からツクシを襲撃した蜘蛛の兵隊は、黒髪で背の低い敏捷そうな若者だった。この蜘蛛の兵隊は腰だめに短剣を構えて身体ごとツクシへ突っ込んだ。

 ツクシの足元で虹の光が散る。

 蜘蛛の兵隊が振り下ろした幅広剣が、ツクシの左から短剣を構えて突撃した背丈の低い蜘蛛の兵隊の首筋へ叩き込まれた。

「あっ、げっ!」

 同士討ちだ。

 味方の振り下ろした幅広剣に頚椎を破壊された黒髪の若者が呻いて、そのまま倒れた。即死である。味方を一撃で斬り殺した金髪の若者は敵がいた筈の位置をまだ見つめていた。そこにツクシはいない。

 ゼロ秒でツクシは元いた位置の一歩半後ろの座標へ出現している。

 魔刀のワザ――身霧ミキリ

 ツクシは出現した位置から一歩踏み込んで魔刀の切っ先を跳ね上げた。刃の軌跡が金髪の若者の顔を斜めに裂く。斬撃は金髪の若者の脳髄の深くへ達していた。肉体を制御する機能を失った金髪の若者は、その場におかしな体勢で崩れ落ちて、床へじわりと血を広げた。

 これも即死だった。

「――そうか、返事は無しかよ。なら、こっちも念仏無しで、端から手前てめえらを地獄へ送りこんでやるぜ」

 ツクシが唸った。

 蜘蛛の兵隊がツクシへ一斉に襲いかかった。マディア・ファナクティクスのアジトは、さほど広いものではない。しかし、床へ寝転んでいた兵隊の数は案外多かった。蜘蛛の兵隊は五十名前後いる。同時に三名の蜘蛛兵がツクシを襲った。ツクシの手元で白い閃光が舞い踊る。蜘蛛の兵隊が振るった鈍い光を放つ刃物は、ことごとく的を外して空を切った。

 一瞬の静止画となった三つのひと影。

 その静止画の中央には死神の影があった。

 死神は薄暗がりの翼を大きく広げていた。

 その翼が――外套の裾がツクシの背に落ち着くと蜘蛛兵の三名は死体になって散り落ちた。次いで二名の蜘蛛兵がツクシを襲った。ツクシは殺しの刃を立て続けに振るう。魔刀が作る絶対絶命の断線が二名の兵士の肉体へ死の痕跡を残すと血花が虚空に乱れ咲く。

 倉庫の床へ二個の斬殺体が追加された。

 ツクシの足元に血溜まりと死屍累々――。

 倉庫にある裏口の外からだ。

 蜘蛛兵がフランシスカ――手投げ斧を使ってツクシの背中を狙った。

 ツクシは分厚い斧の刃が鈍い光で宙に円を描くのを視界の片隅で捉える。

 倉庫の外から俺の後ろへ回りこんでいる敵が何人かいる――。

 口角を歪めたツクシの足元でまた虹の光が散った。

 宙を飛んできた手投げ斧は、ツクシが正面に捉えていた蜘蛛兵の頭をカチ割った。消失したツクシは零秒後、手斧を投げた蜘蛛兵の背後――倉庫の外の路地に出現する。

 振り向かせる暇も与えない。

 ツクシは斧を投げた蜘蛛兵の背中を魔刀で叩き割った。突然出現したツクシを手に長剣をぶら下げたまま眺めていた蜘蛛兵が両脇に二名いる。

 ツクシは無言のまま、返す刀で一閃、二閃。

 左右に立っていた蜘蛛兵二名が、血飛沫を高々と噴き上げて仰向けに倒れていった。

 すべて瞬く間の出来事だ。

 ツクシの振るう刃がひとつ笑うと、蜘蛛兵の命がひとつ消えた。

 躊躇いを捨てたその刃はまったく容赦がなかった。

 蜘蛛の兵隊は戦闘の最中、ほとんど声を発しなかったが、しかし、死ぬ間際には断末魔の声を上げた。

 そして、今は倉庫内も表の路地も静かになった。

 死人は物音を立てないし声も発しない。首を失ったものや、手や足を失ったもの、身体を二つに分けたものと、明るい月夜の下で臓物をまろびだした斬殺体の数々が転がる光景は凄惨極まりない有様だった。

 虐殺の路地に佇んでいたツクシが外套の裾を跳ね上げた。

 そこを濡らした血がパッと飛ぶ。

 その動作だけで血を落とした外套には染みひとつ残っていなかった。

 死神の翼は、罪人の血も、その涙も寄せつけない。

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