十一節 殺しをやるには若すぎる(壱)

 餓鬼集団レギオン・ゴルゴダ・ギャングスタの指導者補佐役サブリーダー、マコト・ブラウニングは冷静沈着で、いつでも計算ができる少年だ。ゴルゴダ・ギャングスタのメンバーは年若いものが多く、その上、王都でも屈指のハト派の弱小集団であるから、数千人規模の兵隊を抱える武闘派の餓鬼集団マディア・ファナクティクスを相手に正面から戦争を仕掛けても、勝てる見込みはない。そこでマコトは、情報屋で交渉役も兼ねているシャルを走らせ、九番区の餓鬼集団・ダタイ・スピアーズと連絡をつけて、その指導者のジョニー・コガラシへ戦時同盟を提案した。

 グェンが在りし日からである。

 ゴルゴダ・ギャングスタはダタイ・スピアーズと折り合いをつけて活動していたから、少なくとも交渉にはなるだろうとマコトは睨んだ。だが、すぐにダタイ・スピアーズが兵隊を貸し出してくれるかどうかは疑問だった。今のところ、マディア・ファナクティクスの兵隊は九番区ダタイまで侵入していない。だから、ダタイ・スピアーズには兵隊を出す動機がない。

 大まかにいって戦争とは、ひとの集団が防衛のためか、集団の権益を拡大するために行われる。スピアーズが損得勘定なしで動いてくれる。マコトにそんな楽観的な考えはない。だが一応、王都で最大級の勢力であるダタイ・スピアーズと戦時中同盟という形をとっておけば、マディア・ファクティクスへのけん制程度にはなるかも知れない。マコトの考えはそのていどだった。

 しかし、マコトの予想は外れる。

 二ツ返事でダタイ・スピアーズは動き出した。

 もしかすると、ダタイ・スピアーズは前もって戦争の準備をしていたのかな――。

 マコトは物騒な道具を手に続々と集結するダタイ・スピアーズの兵隊を眺めながら、そんなことを思った。九番区を中心に活動するダタイ・スピアーズは創立時から名もなき盗賊ギルドとの繋がりが深く、舎弟組織の側面が強い武闘派の餓鬼集団である。であるから、その兵隊たちも、マコトたちに比べると年齢も体つきも一回り二回りは大きく、見るからに不良然とした不良少年が多かった。彼らの服もシンボル・カラーであるワイン・レッドを基調に揃えて、統率が取れた悪党集団の雰囲気を醸している。

 十三番区で暴れていたマディア・ファナクティクスの兵隊は、このダタイ・スピアーズの活躍で駆逐された。

 街路灯で照らされた路面が血に濡れている。

 ゴルゴダ酒場宿の南には、あまり裕福で無いものが住まう、ゴミゴミとした住宅街が広がっている。ゴルゴダ・ギャングスタとダタイ・スピアーズの混成軍は、その区域に集結していた。マコトは叩きのめされ元より小汚い格好が本格的なボロ雑巾となって転がったマディア・ファナクティクスのメンバーを眺めている。方々からボロ雑巾の呻き声が聞こえた。

「生きてたか――」

 それでも、マコトは安堵した。ダタイ・スピアーズの厳つい不良どもに叩きのめされ、路面で呻いているのは、たいてい、マコトと変わらない年齢の子供たちだ。マコトの周辺で、モグラやアリバや、その他ゴルゴダ・ギャングスタに所属する少年たちが神妙な顔つきで戦の跡を見守っていた。

 ちょうど街路灯が灯る頃合いだ。

 ジョニー・コガラシは月毛の馬に乗ってやってきて、

「いよっ、マコト。善い夜だ。グェンのことは残念だったな」

 周辺にいたダタイ・スピアーズの兵隊が、自分たちの大将を見とめて一斉に駆け寄ってくる。ジョニーは軽く右手を上げてそれを制した。それだけで、兵隊はジョニーの後ろへ控えるような形で並んで押し黙った。

 一言も無駄口を叩かない。

「――はい」

 マコトが馬上のジョニーを見やった。金髪をリーゼントヘアにした青年だ。その髪の根元や細く整えた眉毛は黒いので染色したものらしい。顔は目尻が下がっていて睫毛が長く、鼻と口を赤いバンダナで隠している。フード付き黒マントを羽織って、足元は黒い長ブーツ。年齢は二十歳を少し超えたていどに見えた。

「マコト、俺に何か訊きたそうな顔だな?」

 ジョニーが目尻の下がった目を細くした。

 物騒な不良少年軍団の総大将にしては甘さのある笑みである。

「いえ、いいんです」

 マコトは無表情のままいった。

 ジョニーは無表情なマコトをじっと見つめて、

「――ふぅん、マコトは賢明なんだな」

「そうでもないですよ。この戦争を始めたのは僕たちのほうですから――」

 マコトが周辺へ目を向けた。近隣住民が遠巻きに、先ほどまで大喧嘩をしていたマコトたちとダタイ・スピアーズの不良少年を見守っている。住民の顔色は総じて悪かった。多数の武装した不良少年が昼間から街の各所で暴れ回っているのだから、まあ、当然の反応である。

 マコト同様、辺りの様子を眺めていたジョニーが、

「――なあ、マコト?」

「はい?」

 マコトが顔を上げた。

「ものはついでだ。俺と兄弟盃を交わしておくか?」

 ジョニーが目をうんと細めた。

 誘惑しているような目つきである。

「いえ、ジョニーさん、僕たち、ギャングスタは――」

 マコトは無表情のまま困惑した。ゴルゴダ・ギャングスタを、名もなき盗賊ギルドの舎弟組織にすることを、先代――グェンも望んでいなかったし、マコトだって望んでいない。しかし今回の件で、ゴルゴダ・ギャングスタは名もなき盗賊ギルドの下部組織に大きな借りを作った。

 それにである。

 導式の担い手マコトの目に映るジョニーという男はどうも――。

「――んー、マコト、気にするな。何となくいってみただけ」

 ジョニーが甘く笑った。

「そうなんですか」

 マコトはやはり抑揚のない口調でいった。

「お前と兄弟になりたいのはマジなんだぜ。だけど、俺はお前らを――ゴルゴダ・ギャングスタを相手にそれをやると、すごく怒られるんだわ」

 ジョニーまた目を細めた。顔下半分を赤いバンダナで隠しているのでわかり辛いが、これはどうも苦笑いのようだった。

「――はい」

 頷いたマコトは内心ほっとしていたが、その表情は平淡なままだった。

「誰に怒られるか訊かないのか?」

 ジョニーが笑いながらいった。

 一瞬だけ考える様子を見せたマコトが、

「――いえ。それも僕たちは知らなくていいことだと思います」

「マコトは本当に賢明なんだな――」

 ジョニーは整えた眉を吊り上げて感心した様子を見せた。

「それだけが取り得ですから」

 表情を変えないマコトが、自負をしているのか、謙遜をしているのか、よくわからない発言をした。

「ハハハ! じゃ、マコト、そろそろ行くか。おい、お前ら、今夜のうちにマディア・ファナクティクスの連中を一人残らず叩き潰せ。戦場は十二番区だ!」

 ひとしきり笑ったあと、ジョニーが命令した。

 貧民街の大通りを不良少年たちが行進する。

 周辺の住民――大人たちはそれを黙って眺めていた。遠目に警備兵も四、五人、餓鬼集団レギオンの群れを眺めていたが行動は起こさない。

 不良少年の総数は二千名名近くにまでに膨れ上がっている。

 マコトたちに他の区の悪餓鬼どもが加わった餓鬼集団レギオン連合軍の総勢三千名以上が十二番区の倉庫街――餓鬼集団マディア・ファナクティクスの本丸へ三方面から進撃を開始した。東北、東の二方面からの侵攻を担当するのは、マコトとジョニーが率いるギャングスタ・スピアーズ連合軍である。マコトの知らぬ間に王都七番区を中心に活動する餓鬼集団レギオン・マタイ・アックスも、マディア・ファナクティクスへ宣戦布告して、十二番区の北西から兵隊を送り込んでいた。これが残りの一方面軍だ。

「マタイ・アックスの兵隊は二千五百以上いる筈だぜ」

 これはジョニーの弁である。マコトも状況が把握できないまま、複数の餓鬼集団が関与する大抗争が、グェンが死んだその日のうちに勃発したのだ。この抗争に参戦した兵隊の総数は万人に近い。

 マコトたちが足を踏み入れたとき、十二番区はすでに暴徒の手で火の手が上がって、路上に死人が転がる戦場になっていた。大人ですら尻込みする光景だ。だが、マコトも、マコトが率いるゴルゴダ・ギャングスタのメンバーも怯えない。

 サイはもう投げられたのだ。

 十二番区の倉庫街の中央には運河が東西を横切って流れている。この周辺に展開した王都治安維持警備隊との正面衝突を避ける目的で、マコトとジョニーは運河沿いの倉庫街で再集結したあと、マディア・ファナクティクスのアジトを一気に襲撃する算段を整えたあと小集団になって散開した。

 マコトが率いるゴルゴダ・ギャングスタのメンバーに二百名のスピアーズ応援を加えた一団が、事前に申し合わせた集合場所に到着すると、運河に架かる大きな跳ね橋の上には何百人かの集団があった。

 僕たちが遅れたのか――。

 マコトは最初そう思った。

 だが、そこにいたのはマディア・ファナクティクスの兵隊だった。同時に「わっ!」と怒声が上がって、二つの集団が正面衝突する。まず、マディア・ファナクティクス側の不良少年たちが、どぼんどぼん運河へ落ちていった。橋上からぽんぽんと敵兵を運河へ放り込んでいるのは、ゴルゴダ・ギャングスタの力自慢モグラだった。

「おおっ、あの丸っこいの、やるじゃねえか!」

 ギャングスタの若い戦士たちを、ここまで侮っていたスピアーズの不良少年たちが驚きの声を上げた。眼の周辺へ星の刺青をした不良少年――ダタイ・スピアーズの指導者補佐役サブ・リーダーの一人、星の刺青のアレンが、

「ギャングスタに遅れをとるな、スピアーズの根性を見せろよ、野郎ども!」

 頭を殴りつけた角材がヘシ折れる、

 刃物が互いの肉を裂く。

 拳骨が相手の前歯と鼻を叩き折る。

 橋上で肉弾を使った戦争が開始された。

 参加者八百名に近い不良少年たちの大乱闘である。


 倉庫街の中心を横切る運河に架かる跳ね橋は、二棟の高い塔に挟まれた形状だ。跳ね橋についた高々とした二つの塔。その東側にある塔の最上階には民間の警備員――この界隈の倉庫協会に雇われた冒険者たちの詰め所がある。跳ね橋の上で、不良少年が入り乱れて大騒ぎを起こしているのだから、ここは警備員の出番なのであろうが、しかし、不良少年は警備対象――倉庫へ危害を加えていない。警備詰め所の窓から橋上の大乱闘を眺めていた冒険者たちは動く気配がなかった。安酒をちびりちびりとやりながら、少年たちの戦争を、「あっちが勝つかね、こっちが勝つかね」だとか、「おっと、あの坊主はなかなか見込みがありそうだな」だとか駄弁りながら、高みの見物である。冒険者は目立つ不良少年を自分の団へスカウトすることも多い。


 ボロ服の若者が角材に釘をうちつけた武器でマコトに殴りかかった。

 ここまで、ボロ服の若者は何度もマコトに殴りかかっている。ボロ服の若者の垢じみた顔から汗が流れて、その肩が大きく上下していた。マコトは振り回される角材を右へ左へかわしつつ、ボロ服の若者を平然と眺めていた。マコトは痩せ気味の身体に眼鏡をかけた、外見は少々ひ弱な少年だがひと並み以上の持久力がある。ボロ服の若者が繰り出した角材の攻撃を左にステップを踏んでかわすと、マコトがそのついでにひょいと足を出した。ボロ服の若者は足をかけられて転げた。そこへ手の空いたアリバがすっ飛んできて、ドカドカ蹴りを入れ始める。

「アリバ、そいつを殺すなよ!」

 マコトが怒鳴った。

「マコト兄貴! 俺は、こいつらを! 全員、殺したいんだけど! さっ!」

 アリバの蹴りが横腹に何度食い込んでも、ボロ服の若者は悲鳴も呻き声も上げなかった。

「それでも、絶対に殺すな!」

 マコトがまた怒鳴った。ボロ服を着て、真っ黒な顔をしたマディア・ファナクティクスの兵隊は、歯が折れても、鼻が折れても、手足が折れても、戦うことを止めなかった。マコトたちが相手にしている喧嘩の相手は目つきが尋常のものではない。

 星の刺青のアレンが、折れた腕を振り回して襲ってきたファナクティクスの兵隊へ、前蹴りを入れながら叫んだ。

「ファナクティクスの連中は全員、ヤク中なのかよ!」

 違う。

 これは薬じゃない――。

 マコトの目にはファナクティクスの兵隊の頭へ繋がる『黒い糸』が見えている。マコトはその糸を目で追った。それらはすべて一点で繋がっていた。マコトの視線の先にいるのは、黒いバンダナを頭に巻いて、スピアーズの兵隊を相手に粗悪なサーベルを振り回している青年――エンリコ・ベルナンデスだった。

「――エンリコ!」

 マコトがエンリコの眼前に立った。

「また、てめえか、ギャングスタのマコト・ブラウニング!」

 エンリコが吼えると、その付近にいたボロ服の兵隊がマコトに向かって突進した。

「うおおおっ!」

 雄たけびを上げたモグラが横から突っ込んで、ボロの兵隊をまとめてふっ飛ばした。ものすごい馬力の体当たりである。そのままモグラは真っ赤な顔でエンリコを睨みつけた。

 マコトは憤るモグラを手で制して、

「エンリコ、この戦争はお前らの負けだ。大人しく退け」

「うぜえな、この俺様に命令か?」

 エンリコはサーベルの切っ先をマコトに向けた。

「僕らの用があるのはお前らのボス――フランクと包帯男だけなんだ。そのどっちかが使っているんだろ。お前の頭にくっついてるその『蜘蛛』――」

 マコトにはエンリコの頭のなかにいる黒い蜘蛛が見える。

 その蜘蛛から出た糸がマディア・ファナクティクスの兵隊の頭へ繋がって操っている――。

「――頭? 蜘蛛? 何をいってんだ、このクソボケ。俺はな、昔から本当に、お前らにはムカついてた。仲良しこよしのクソ甘ちゃんどもが、ヘドが出るんだよ!」

 エンリコが顔を歪めて吼えた。エンリコはマディア・ファナクティクスの指導者だった頃から、ゴルゴダ・ギャングスタを嫌っていた。嫌っていたのにも関わらずエンリコがこれまでギャングスタの縄張りに対して攻撃をしなかったのは、十三番区ゴルゴダの女衒街でも活動していたダタイ・スピアーズに気を使っていたからだ。

 あくまで気を使っていただけだと、エンリコは考えている。

 ダタイ・スピアーズのヘッド

 伝説の不良。

 深夜の復讐者ナイト・アヴェンジャー

 ジョニー・コガラシにビビっていたわけじゃない。

 尊敬リスペクトしていただけだ。

 あくまで餓鬼集団のリーダーとして――。

 エンリコはそう思い込んでいる。

「――グェンのことで、僕だってお前らにすごくムカついてるんだ」

 マコトは呟くようにいった。

 あくまで冷静な口ぶりに聞こえる。

 外から聞く限りは――。

「――また、お利口ぶりやがって、それがムカつくんだよ!」

 エンリコが醜く顔を歪めた。

「――僕だって」

 マコトが腰の短剣へ手をやった。

「あん? なんだあ?」

 エンリコがマコトとの距離を詰めた。

 その右手にあるサーベルの刃が血に濡れている。

「僕だって、すごく、お前らにムカついてるんだ!」

 マコトは腰から短剣を引き抜いた。

 刃渡りは三十センチていど。

 安物の刃に錆びが浮いた短剣だ。

 それはグェンの遺品だった。

 唯一、その短剣の刃がひとの血で濡れたのは自らの――グェンの心臓を貫いた、そのときだけだった――。

「――だから何だよ、死ねや!」

 エンリコがサーベルの刃先をマコトへ突き入れた。

 今度こそ、このクソ生意気なガキを殺してやる――。

 エンリコが繰り出したサーベルの切っ先に以前のような迷いはない。

 その突きは、まっすぐマコトの喉を狙って伸びてゆく。

「――超級精神変換ウーバー・サイコ・コンヴァージョン、導式陣・天炎の断罪フランマ・ブッチャーを即時起動!」

 マコトの右手にあるグェンの短剣から導式できらめく炎が伸びて跳ね上がる――。

「――あっ、え、えっ!」

 表情を固めたエンリコが後ろへ下がった。

 導式の炎がサーベルの刃を焼き切ると、エンリコの頭に巣食っていた黒い蜘蛛が、ひずみに対する導式の補正効果に怯えて騒ぎだした。蜘蛛の糸が切れてゆく。橋上で発生していた大乱闘がプツリと止まった。魔導の糸が切れたマディア・ファナクティクスの兵隊たちは夢から覚めたような表情で喧嘩相手を見つめている。突然、行動を止めた喧嘩相手を前にして、ギャングスタやスピアーズの不良少年たちも困惑した顔だ。

 それは、いつか見た光景――。

「――あいつ、そんな!」

 最初にマディア・ファナクティクス側の少年が叫んだ。

 マコトは奇跡の炎で燃え盛る聖剣を右手から下げている。

「どっ、導式剣術か――信じられねえ――!」

 スピアーズの厳つい不良少年が喘いだ。

 マコトは超高位の導式陣を予備動作なしで機動させた。

「ギャングスタのマコトは大マジの導式使いだったのか――」

 スピアーズの痩せた不良少年が呟いた。

 マコトは燃える聖剣の切っ先をエンリコへ突きつけた。

「おい、マコトはエンリコをマジで殺る気だぜ。アリバ、いいのか!」

 星の刺青のアレンが近くにいたアリバに声をかけた。アリバにだけでなく、マコトを黙って見つめているゴルゴダ・ギャングスタの全員へ、星の刺青のアレンはいった。ギャングスタの少年たちは返事をしなかった。彼らはよく知っている。いつも沈着冷静に見えるグェンの親友は一旦怒らせると、ギャングスタで一番恐ろしい少年なのだ。

 マコトは今、キレている――。

「――お前ら、よくも、グェンを!」

 マコトが炎の聖剣の切っ先と一緒に前へ出た。

 喉元へ聖剣の切っ先を突きつけられたエンリコは、

「やっ、やめろよな、そんなの、マコト――」

 そう呻きながら下がって尻に橋の手摺が当たったところで、

「おい、よせ、よせよ、なあ、マコト!」

 泣き叫んだ。

 橋上の不良少年たちは全員黙ってマコトとエンリコを見つめていた。

 誰も動かない。

 蜘蛛の糸を切らしたエンリコは味方が誰もいない。

 ここで、エンリコは刃を失って柄だけになったサーベルを投げ捨てた。

 そして作り笑いである。

「――ほっ、ほら、ほら! 俺は武器を捨てたぞ、降参だ降参!」

 エンリコが命乞いを始めた。

 これは根っからの小悪党なのだ。

 マコトは無表情のまま、腰に捻りを入れて炎の聖剣の切っ先を下げた。

 それは斬撃へ移行する動作だった。

 マジでマコトはエンリコを殺すぞ――。

 橋上の不良少年たちが一斉に息を呑む。

「だから! やっ、やめ、あっが!」

 エンリコの命乞いが止まった。

 マコトは腰を落としたままエンリコを見つめた。

 エンリコの首筋を矢が貫いている。

「かっ、はっ――」

 エンリコは首元に手をやって目を見開いた。二本目の矢が飛来した。こめかみに二の矢が深々と突き立つと、エンリコは手摺を越えて運河へ落下した。

 水音が橋上まで聞こえる。

「――弓矢?」

 マコトが矢が飛来した先へ目を向けた。運河沿いに立ち並ぶ煉瓦造りの倉庫、その上から矢が飛んできたように見えた。そこには誰もいない。

 倉庫の上には丸い月だけが浮かんでいる。

 エンリコは水面へ浮かんでこなかった。

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