十節 冥馬を駆る
交差点の中央で初老の
夜の装いへ変わった雑踏のなかで、ツクシとゴロウは睨み合った。
そのまま決闘を始めそうな気配である。
そこへ横から割って入った馬の影が、
「善い夜ね、ツクシ」
「――レ、レィディ?」
ゴロウが目を丸くした。骨馬レィディがゴロウへ顔を向けて微笑んで見せた。もっとも、レィディの貌は馬の頭蓋骨なので、これはなんとなく微笑んだのかな、と相手に伝わる印象である。
骨馬レィディはゴロウを冥界の笑みで制して、
「さあ、ツクシ、私の背へお乗りなさい」
「――おう。レィディ、いいのか?」
ツクシはレィディの背にある鞍を見つめた。
薔薇の型押し細工が施された豪華な革の鞍である。
「使いなさい」
ひとをブッ殺すのに躊躇はしないが、乗馬には躊躇いを見せるツクシヘ、頭上から声がかかった。
「お前――?」
ツクシが顔を上げた。
ゴルゴダ酒場宿の二階の鎧窓から黒髪の少女が身を乗り出している。
ツクシの視線に釣られる形で顔を上げたゴロウが「げえっ、嬢ちゃん――」と呟いた。
「アヤカよ。私がレィディを再生している
アヤカが応えた。
深遠の少女の上空で黄色い満月が輝いている。
「へえ、お前が悠里やレィディをネストの蒸気機関車みたいに――まあ、何でもいい、ありがたい。俺は九条尽だ、ツクシでいいぜ、お嬢ちゃん」
ツクシはレィディの鐙に足をかけた。
「ツクシ、待って」
アヤカが呼び止めた。
「あ?」
不機嫌に唸ったツクシが顔を上げた。
「ひとつ、貸しよね?」
アヤカの顔に棘のあるアルカイック・スマイルが浮かぶ。
「ああ、この借りはすぐに返すぜ」
ツクシが邪悪に口角を歪めて見せた。
「――ふん」
鼻を鳴らしてアヤカが背を向けると、手を触れずに鎧戸が閉じた。
「お、おい、ツクシ。ちょっと待てよ――」
及び腰のゴロウが骨馬の上のツクシに呼びかけた。
ツクシは骨馬レィディの耳元へ顔を近づけた。
骨馬レィディの顔は馬の頭蓋骨であるから耳が無い。
ツクシが顔を寄せたのは骨馬レィディの耳の辺りである。
「なあ、レィディ、俺は一度アレをやってみたいんだが――」
骨馬レィディは微笑んで頷いたように見えた。
口角歪めたツクシが手綱を強く引く。
オ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、ォン!
骨馬レィディが後ろ立ちになっていなないた。
蹄から噴出するオレンジ色の極炎が闇へ軌道を描く。
行き交うひとびとは足を止めて、「ぎょっ」と叫喚の出た先を凝視した。
冥界からの警報は天空高く瞬いていた星々にまで届く。
満月が黄色い光をかっと増して眼下の古都を嘲笑う。
ツクシの背で薄暗がりの翼が狂風を巻き込み広がった。
骨馬レィディがツクシを乗せて駆けてゆく。
「おい、待て、ツクシ! レィディもだ! ばっか野郎! 俺の話をちゃんと聞けよ、くっそ、くっそォ!」
ゴロウは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
ツクシと骨馬レィディは、むろん、止まらない。
石畳の上の残っていた蹄の炎が消えると、止まっていた交差点の流れが動きだした。
§
ミケル・ベルナールは貸し倉庫――マディア・ファナクティクスのアジトの壁際に並ぶ空き樽に腰を下ろしていた。整然と倉庫が立ち並ぶ大通りとは違って、裏通りに街路灯はほとんどない。その代わりに、貸し倉庫の出入口から下がるカンテラ型の導式灯が弱い照明を散在させている。
ミケルが裏道の奥手を見やった。
倉庫の裏口から下がる導式灯が、左半分に植物柄の刺青が入ったミケルの顔へ青白い光を当てている。裏道の奥の闇から襤褸マントをなびかせて男が一人走ってくる。
ミケルは腰のブラック・ジャックを手にとって立ち上がった。
「何だよ、マシラか――」
ミケルはブラック・ジャックをくるくる回しながらつまらなそうにいった。
「キッキ――ミケル、フランク様とニバスさんは――?」
息を荒げたまま猿顔の男――マシラがミケルを見つめた。
「まだ、アジトのなかにいる」
ミケルが空き樽へ腰を下ろした。
「キキッ――」
マシラはアジトの裏口を睨んだ。睨むだけで動かない。フランクとニバスの機嫌を損ねるような真似をしたくないのだ。マシラは弱者に対して残虐な若者である。だが、強者に対してはとことん卑屈だった。
「――で、どうよ?」
ミケルが訊いた。
「キキ?」
マシラが碁石のような目をミケルへ向けた。
「戦争だよ。マシラが様子を見てきたんだろ?」
ミケルの声が苛立った。
「戦争――戦争は、お、押されてる! 向こうの――ギャングスタの兵隊には知らない顔がうようよしてる。他所の区の
マシラは捲くし立てたが、
「あ、そう――」
ミケルは鼻を鳴らしただけだった。
「フランク様とニバスさんは――この戦争、ボスたちに出てもらわないとまずい――」
マシラがまた裏口を睨んだ。
「さっきいったろ、アジトのなかだって」
ミケルは気のない態度のままだ。実際、どうでもいいような気分だった。ミケルはフランクやニバスに顎で使われている理由が未だによくわからないのだ。貧乏で短気だったミケルの母親が流行り病でぽっくり死ぬと、その母親に追い立てられて仕事をしていた――倉庫街の荷運びを主な仕事していたミケルとチャドの父親は失踪した。そうして、ミケルとチャドの双子兄弟は孤児になった。
俺と兄貴が十三歳くらいだったかなあ――。
ミケルは考える。
元より、外で悪さばかりしていたミケルとチャドは、十一番区の餓鬼集団に加わるとすぐ悪党の頭角を現した。喧嘩が強く、手癖は悪く、それなりに手下の面倒見もいいチャドとミケルが活躍する、十一番区の餓鬼集団・ヤコブ・ボヘミアンは順調だった。その先代の
この刺青が完成した直後だった。
ヤコブ・ボヘミアンは、フランクが率いるマディア・ファナクティクスに壊滅させられた。打ちのめされたチャドとミケルは、フランクの手下として働くことになった。悪事に暴力を重ねて月日を過ごすうち、フランクの命令でネストへ潜入したチャドは死んでしまった。
あのチャド兄貴が、そんな簡単に死ぬのか――。
マシラの話を聞いても、ミケルはまだ兄の死が信じられない。
ミケルは、兄のチャドの言うことを聞いておけば間違いないと思っていた。
チャドは、信頼できるのは弟のミケルだけだと思っていた。
二人はお互いの他、誰も信用していない悪党兄弟だった。
しかし、今のミケルはフランクの手下として働いている。
どうして俺はフランクの命令に従っているのか。
俺が信用していたのは、この世でたった一人、チャド兄貴だけだった筈なのに――。
フランクから距離を取ると、ミケルはいつも不思議に思う。だが、フランクがブレスレットで飾った右の手をかざすと、それだけで周囲の連中は命令を聞く。ミケル自身もそうだった。ミケルの兄のチャドもそうだった。マディア・ファナクティクスに所属するメンバーは、みんな、そうなのだ。不思議である。だが、それ以上を考えようとすると、頭の中心に黒い塊――蜘蛛のような形の黒い造形が浮かんできて、ミケルの頭のなかでざわざわと巣を作り始める。黒い蜘蛛の巣がミケルの思考を絡めとった。
ミケルは考えることをやめて顔を上げた。
王都の夜空に黄色い満月が浮かんでいる。
チャドとミケルの母親が死んだ日もそれが夜空に浮かんでいた。
マディア・ファナクティクスのアジト内部である。
金髪の青年が衝立で区切って作られた部屋のソファに身を沈めていた。テーブルに散乱しているのは、酒の空瓶と薬の瓶と注射針、それにチーズやらハムやらパンやら果物といった食べ物――そのほとんどが手をつける前に、しなびてしまったものだ。
ニバスが金髪の青年の対面のソファに座っている。
「おい、上にいても臭うぞ。今朝、俺はニバスに次のアジトを調達しろといったよな――」
金髪の青年の声は倦怠感が濃い。
「急かしているのか?」
ニバスが訊いた。
包帯で隠れた表情は見えない。
藤色の瞳が金髪の青年――フランクをじっと映している。
フランクが笑って、
「いや、予定変更。しばらくニバスには戦争を手伝ってもらおう」
「――戦争?」
首を捻ったニバスの視線が横へ向いた。
部屋の隅に裸の女が一人転がっている。
「そうだよ、ウチと十三番区の戦争だ――」
フランクが面倒そうにいった。
「フランクはあんな雑魚どもにまだ手こずっているのか。ヒト族の兵隊は使えんな――」
ニバスの声が笑った。
「それがさあ――今日になって他所の区の
ソファの背もたれへ両腕を回したフランクは顔を動かすのも面倒そうに見えた。
「フランク、俺が殺しただろ。赤いバンダナのあいつだ。あれで片付いた筈だが――」
ニバスは裸の女を眺めている。昨晩、アジトへ連れ込んだ商売女のうち、フランクが手元に置いていたぶったであろう女だ。耳たぶのピアスの他には何も身につけていない。豊かな乳房も秘所も剥き出しだった。裸の女は自分の肉体を隠す気力がないように見える。赤い口紅が塗られた唇の端から涎が垂れていた。
目尻の垂れた茶色い瞳には焦点がない――。
フランクに薬を打たれたか。
薬はともかく、いたぶったかどうかはわからんな。
フランクの衰弱した肉体で女を抱けるのか、どうか――。
ニバスがそんなことを考えながら、テーブルの赤ワインのボトルへ手を伸ばした。衝立の部屋の出入口で控えていたエンリコが棚から杯を持ってきた。
ニバスは杯を受け取ったが、エンリコへは視線すら返さない。
「お前が殺した奴の名前はグェンだよ。グェン・フリーベリ。ゴルゴダ・ギャングスタの
フランクが煩わしそうにいった。
「名前はどうでもいい」
ニバスは杯へ赤ワインを注いだ。
ワインを無表情で(とはいっても、ニバスは血文字が入った包帯で顔を隠しているが)飲むニバスを、フランクはしばらく眺めていたが、やがて、ひとを嘲るような笑顔になって、
「ニバスは知ってたか。お前が殺ったグェンの死体を吊るしてやったの」
「――吊るした?」
ニバスが裸の女に貼りついていた視線を上げた。
「橋の下の寝転んでいた浮浪民を三人、蜘蛛の糸で操ってな。交差点の街路灯にぶらーんだ。ほら、マシラがいってただろ。ゴルゴダ酒場宿にいるナントカって奴に、チャドとコジは殺されたってさ。グェンはその酒場で働いていたらしいじゃないか。だから、ついでに見せしめ。これマジ受けるだろ?」
「フランク、派手な真似をしたな。それで、餓鬼どもの戦争が大きくなったのか。それなら、
「あのさあ、ニバス、前にもいっただろ、十三番区の餓鬼集団――ゴルゴダ・ギャングスタには導式使いがいる。ああ、エンリコ、おい、エンリコ。そいつの名前は何ていったか?」
フランクがエンリコへ目を向けた。
「マコト・ブラウニングです」
エンリコは夢を見ているような表情で応えた。長い顔に赤い唇のチンピラ青年エンリコが夢を見るような表情を見せたところで可愛気はまったくない。
「はあーん、マコト・ブラウニングだってよ。変な名前だな、マジ受ける――そいつが、ゴルゴダ・ギャングスタの
鼻を鳴らしてフランクがニバスを見やった。
「本当に導式の担い手がいるのか?」
ニバスは訝し気な声だ。
「前に兵隊がそいつを――マコトを見て逃げ帰ってきたから間違いない。俺の兵隊が他の理由で逃げてくるわけないだろ。それがさ、昨日、襲撃したギャングスタのアジトには、いなかったらしいんだよなあ、その導式使いのマコトが!」
フランクの声が大きくなった。
「昨日のあれは無駄足だったのか――」
ニバスはそういったが、声音を聞くと無駄な犠牲を悔いているわけでもなさそうだ。
「ニバス、無駄足だったんだよ、無駄殺しか? おい、つかえねえな、エンリコ、お前らさあ!」
フランクがエンリコを怒鳴りつけた。
「はい、俺、使えません」
エンリコは鈍い表情で応えた。
「このクソが!」
フランクが罵倒した。
「ああ、はい、俺はクソです」
エンリコは罵倒をそのまま受け入れた。
「はあーん、うっぜえ、このバカは死んどくか――カッ、カハッ、カハ――」
フランクが咳き込んだ。
肺に穴があるような乾いた咳の音だった。
「――げふっ。もういい、エンリコは戦争へ行ってこい。役に立つところを見せてみろよ」
フランクが胸元から取り出したハンカチで口元を抑えて命令すると、
「ああ、はい、そうします――」
エンリコが鈍い返事をして背を向けた。
「とにかく、ニバスはその導式使い――マコト・ブラウニングだな。そいつを殺してくれよ。戦争はどうでもいいんだ。死んだ兵隊はまた増やせばいい。どこが相手だろうと俺たちは絶対に勝てる。だが、導式使い相手には『あれ』が効かないだろ。この前戻ってきた何人かの兵隊は俺の『糸』が切れていた。そいつが――マコト・ブラウニングが生きていると兵隊を自由に動かせない」
フランクのハンカチが黒い血で濡れている。
「――フランク」
ニバスはフランクの右手を眺めていた。ハンカチを持つフランクの右手首に魔導式具が巻きついている。これが独裁者のブレスレットだ。フランクは魔導の力で他人の心を支配している。その力を使うたび、魔導の
「――何だよニバス?」
フランクがニバスを睨んだ。
フランクを使ってこの餓鬼集団を俺の隠れ蓑にするのも、そろそろ限界か――。
ニバスはそう考えていた。だが、己の生命を犠牲にしてまで破滅への道を突き進むフランクを最後まで見届けたい気持ちにも駆られている。
ニバスは一人合点した様子で頷いて、
「いや、なんでもない。その女は?」
ニバスがいった女とは部屋に脱力して転がっている裸の女性――ローザ・ヴァイオレットのことだ。
「そんなに欲しければ
フランクが顔を歪めた。
酒と薬と病で痛んだフランクの肉体は女性相手の行為がもはや不能になっている。
ニバスがローザを抱え上げて、
「わかった、フランク。食事のあとでそいつは俺が片付ける。ああ、その――名前、なんだった?」
「本当にお前はひとの名前を覚えない奴だな。吸血鬼ってみんなそうなのか? マコトだ。マコト・ブラウニング。普段はゴルゴダ酒場宿でウェイターをしているらしい。俺は顔を知らん。詳しいことはミケルかマシラにでも訊け。疲れたから少し寝る――」
苦笑したフランクは、ソファの上で横になって、その憎悪の瞳を重いまぶたで閉じた。
§
場所は王都十二番区と十三番区の境界線である。
そこにある天幕や家屋が悲鳴と怒号それに歓声を受けて炎上していた。
十二番区の倉庫街に急行中の王都一三番区治安警備騎馬大隊の百五十名余の駆る馬の足は炎の勢いに怯えて止まった。周辺で暴徒が商店や荷馬車を襲って略奪行為に勤しんでいた。暴徒の群れは炎で照らしだされて影になっている。
煉獄の幽鬼が作る影絵の劇場だ。
「ゴミどもめ!」
小太りの警備兵が行く手を阻む暴徒の群れへ吼えた。その小太りの警備兵の首へボーラ(※紐に
暴徒の群れは銃口を見てせせら笑った。
炎を背景に並ぶ黒い顔のなかで歯だけが白く輝いている。
「あっ、痛ってえっ!」
鉄カブトに石つぶてが当たって、馬上の若い警備兵が悲鳴を上げた。石を投げる暴徒の数は数百人もいる。焼ける商店の天井が崩れ落ち、火の粉が脇から舌を伸ばすと、騎馬隊の馬がまた怯えた。
焼け落ちた家の前で肩を寄せ合っていた老夫婦が泣き崩れた。
灰と瓦礫になりつつあるその商店風の建物は、この老夫婦の持ち家だったのだろうか――。
「セイヤーズ大隊長、この様子だと天幕街にある治安維持警備隊の駐屯地は――!」
髭の剃り跡が青く残る警備兵が燃え盛る街並を睨んだ。
「発砲して流民どもを追い払え!」
セイヤーズ大隊長が怒鳴った。
「セイヤーズ大隊長、暴徒には王都の市民も交じっているようですが!」
青髭の警備兵が馬上で背にあった銃を手にとった。
「気にするな。大隊、銃構え!」
セイヤーズ大隊長は大音声で命令した。この大隊長――王都十三番区役所の治安維持対策部、騎馬警備兵課所属のブライアン・セイヤーズは王都生まれの王都育ちの王都っ子だ。セイヤーズ大隊長は厳つい顔に頬髯を生やした粗野に見える外見の中年男で、やはり、その性格も温厚とはほど遠い。その上で、このセイヤーズ大隊長は、王都へ来る
流民の所為で俺の王都に厄介事増えやがった――。
セイヤーズ大隊長はそう考えている。王都で働く警備兵は王都の市民階級出身が大勢を占める。だから、警備兵の大半はセイヤーズ大隊長と同様、流民を憎んでいる。
迷いはない。
馬上にいる警備兵の銃口が一斉に暴徒へ向けられた。
「うあぁあぁあ!」
暴徒たちの悲鳴が重なった。
しかし、おかしい。
まだ発砲前であるし、暴徒の群れは騎馬警備大隊の後方へ目を向けている。
その全員が魂を失ったような表情だ。
「――何だ?」
セイヤーズ大隊長も顔を後ろへ向けた。
「もっ、燃える馬!」
騎馬警備大隊の若者が叫んだ。
その馬はオレンジ色の炎を噴き上げながら駆けてくる。
「あっ、あれは
青髭の警備兵――ホセ副隊長が呟いた。
業火を巻いて疾走してくる馬の背にひと影がある。
「こっ、黒衣の天使――!」
セイヤーズ大隊長の声が掠れた。この粗野な大隊長は意外にも信心深い(あるいは保守的な)男で、太陽日の礼拝日には足繁くエリファウス聖教会館へ通って、布教師の説教を謹んで拝聴しているのだ。
終末の日に地上の罪人をすべて打ち滅ぼすとされる黒衣の天使。
黒衣の天使は薄暗がりの翼を広げ、燃え盛る厄災を駆り、天空から舞い降りると聖霊書は伝える。
騎馬警備大隊と暴徒は聖霊書に書かれた末世の殺戮者を目撃した。
「し、し、し、死神だーッ!」
暴徒の男が抱えていた略奪品――酒瓶の入った木箱を放り出して絶叫した。
そうとしか思えない。
疾駆してくるその馬は、眼窩から、鼻から口から蹄から、白銀の馬鎧の切れ目から、オレンジ色に輝く炎を噴き上げている。
その炎の上にいる男は平然と手綱を握っていた。
これに乗るのは、ひとである筈がない。
誰もがそう思う。
「こ、こっちへ来るぞ!」
「ひいいいっ!」
「うわぁあぁあぁあ!」
「た、た、助けて!」
「か、神様ァ、お、お慈悲をォ!」
「悔い改めます、悔い改めます!」
「お助けぇーッ!」
暴徒の群れは散り散りに逃げだした。
馬上の警備兵百五十名余は強張らせた顔を見合わせた。
これは、どうするか――。
迷っているうちに警備兵の乗る馬が行動を起こした。
馬の群れが左右へ割れて道を譲ったのである。
炎の馬とそれに乗るもの――骨馬レィディを駆るツクシは譲られた道を突っ切った。
二千年年以上の歴史を誇るタラリオン王都。
満月の下、殺しの
刃の目的地は王都十二番区マディアの倉庫街。
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