九節 若き骸の下(参)

 秋の夕陽は足が早い。

 ゴルゴダ酒場宿のカウンター席で酒の杯を独り重ねるツクシが窓を見やると、外はもう夜の帳が落ちていた。

 陽が落ちきると酔客が増える。

 いつものことだ――。

 いつものことを繰り返して、俺はグェンを忘れるのだろう、とツクシは思った。

 いつものことが繰り返されて、グェンの死は過去の断片になる。

 薄れゆく記憶が唯一の慰め。

 だが、そいつは俺の趣味じゃあねェ――。

 杯の底を睨むツクシの不機嫌が格段に増したところで、厨房から出てきたミュカレが、酒の注がれたタンブラーを置いた。

 その杯にあったのは、いつものエールだった。

「――ユキはどうしてる?」

 ツクシが視線を下へ向けたまま訊いた。

「まだ階上うえで寝てるわ。熱が出たの」

 ミュカレが空の杯を手にとった。

「――熱?」

 ツクシはエールで満たされた杯を手に取った。

「――夏の疲れが出たのよ。ずっと、忙しかったから」

 ミュカレがツクシのうつむいた横顔を見つめた。

「――ああ、そうだな」

 ツクシはミュカレへ視線を返さずに新しい杯へ口をつけた。

「肝心なときにゴロウはいないし――」

 丸テーブル席の客に呼ばれたミュカレが注文を取りにいった。

 ツクシは階段へ目を向けた。

 階段上がり口の近くにある丸テーブル席にアルバトロス曲馬団の面々はいない。アルバトロスも悠里もカルロも、まだ警備隊詰め所に掛け合っているようで帰ってくる気配がない。丸テーブル席の間を縫うミュカレのステップが今日は重い。


 §


 酔客の喧騒に耐えかねた。

 ゴルゴダ酒場宿を後にしたツクシは石壁を睨みながら湯船に浸かっている。

 ラウが洗い場を長柄のブラシで磨きながら、

「ツクシの旦那、掃除中ですいやせん。すぐ終わりやすんで――」

「ああ、気にするな、ラウさん」

 湯で不機嫌を熱するツクシは唸るように応えた。

 湯に浸かる客はツクシ一人で、洗い場にいるのはラウ一人だ。

「朝から、バタバタとねえ。今日はひと手が全然足りねえんでやんす。何とかシャルを捕まえて湯は出せやした。でもねえ、掃除が追いつかなくてねえ――」

 ブツブツといいながらラウは風呂場の床をブラシで擦った。

 ツクシはずり落ちてきた頭の手ぬぐいを直して、

「そういや、表の馬番は誰がやっているんだ?」

「ロランドの旦那とマリー嬢ちゃんでやんすよ。まったく、お客さんに働かせるなんて、面目のねえ限りで――」

 ラウがゴブリン面をしかめた。

「ああ、あいつらが――」

 アルバトロス曲馬団は、馬の扱いも手慣れたものなのだろうな――。

 ツクシは考えた。そして、ロランドやマリー嬢が死んだグェンに代わって馬番をしているとなると、マコトやアリバはまだ宿へ帰っていないのだろう。

「うーん――」

 ラウが呻きながら腰を伸ばした。

「ラウさんよ」

 ツクシが石壁を睨んだままいった。

「あ、へえ?」

 ラウがツクシの背に目を向けた。ツクシは変な男で風呂場の出入口へ背を向けて湯船に浸かる。そうして、穴を空けよとばかりに石壁を睨みつけ熱い湯と格闘するのである。

「なあ、ラウさん、グェンをった奴らは何処どこにいる?」

 低い声が風呂場に響く。

 ほんの一瞬の間を置いて、

「――何故、それをあっしに訊くんで?」

 ラウが訊き返した。

「何でだろうな」

 ツクシはそういったが、ラウなら王都の裏事情に詳しい筈だと考えていた。以前から、ツクシはラウからある種の匂いを嗅ぎ取っている。ツクシが日本にいたとき――刑事をやっていたとき散々嗅いできた匂いだ。健全な小市民でないものの匂い。ヤクザものや元ヤクザものが発する独特の臭気。ラウはツクシの鼻へ無法者アウトロウの匂いを運んでくる男だった。実際、ラウは死体の扱いに手馴れていた。街路灯の下で呆然と佇むひとの群れから抜け出してグェンの死体を手際良く引き降ろしたのはラウだった。

 ラウさんは死体を見慣れているよな――。

 ツクシは落ち着き払ったラウを見てそう感じた。一般的にいって、ゴブリン族の性格は狷介であり、欲が深く、ヒト族の作る社会に反目して徒党を組み夜盗を働く者も数多い。ツクシは悠里からそう聞いたこともある。

 今のラウさんは堅気だ。

 だが、元々は堅気じゃねェ。

 この男が元から堅気であってたまるかよ――。

 ツクシはそう見ている。

 それに、だ――。

 ツクシは汗が流れる顔を手ぬぐいで拭いた。ゴルゴダ酒場宿とゴルゴダ銭湯の裏方仕事を勤めるラウは、ここで働く子供たちを指揮している。グェンとラウの距離は近かった。ラウがグェンの死について何かを知っていてもおかしくはない。

「ツクシの旦那ァ、それを知ってどうするおつもりで?」

 ツクシはドスの利いたラウの声を背で聞いた。

「さあな、どうしてくれるかな――?」

 ツクシは地の底から沸くような声を返した。

「さてさて、どうしやしょうかねえ――」

 ラウは曖昧な返事と一緒に風呂場から出ていった。

 風呂を済ませたツクシは貸し部屋へ向かった。ベッドでユキが寝ていた。机の上にお盆があって、そこにピッチャーとコップとミルク粥が置いてある。ミルク粥は手をつけられていない。粥は冷めていた。ユキは背を向けて寝ている。

 ツクシはしばらくユキの背を見つめたあと、その視線を右手へ落とした。ツクシの手には、小さな八卦鏡のような導式具――智天使の眼がある。ツクシは風呂から上がると、更衣所の貸しロッカーなかにそれがあった。

 ツクシは智天使の眼の中心についた緑色の秘石ラピスを親指で触れた。

 すると、半透明の緑色で輝く立体映像が照射される。

 それは王都の地図だった。

 その一点に赤い印がついている――。


 §


「善い夜ね、ゴロウ」

 骨馬レィディが挨拶をした。

「ああよォ――」

 ゴロウは生返事をしてゴルゴダ酒場宿へ足を踏み入れた。

 酔客の喧騒が疲労困憊にあるゴロウを包み込む。

 しかし、何で俺ァここへ来ちまったんだ――。

 ゴロウは出入口で立ち止まって歯噛みした。

 昨夜、ゴロウは女衒街の騒ぎで出た怪我人を治療した。怪我人は数え切れなかった。餓鬼集団の襲撃を受けた娼館のオーナーは焼けた店内で明け方に発見された。焼死体である。そのあと、ゴロウは十二番区の餓鬼集団に連れ去られた(らしい)ローザ・ヴァイオレットと他の女を探し回った。行方不明者は計六名でみんな若い娼婦だった。ゴロウがゴルゴダ酒場宿から女衒街へ駆けつけたとき、女衒街を襲撃したマディア・ファナクティクスは立ち去ったあとだった。

「あの餓鬼どもは尋常な目つきではなかった」

 火事の消火にあたっていた女衒街自警団は口を揃えた。

 もしかすると、十二番区の餓鬼どもは、薬か何かをやっているのか――。

 ゴロウは髭面を歪めた。女衒街で手に入る悪い薬は、たいてい、エリファウス診療所から横流しされたあと、ジャダを経由して出回る。聖女の街で最も好まれているのは、土地柄、静脈注射や経口投与、または鼻腔吸引で摂取する、白い粉状の興奮剤――『薬馬ヤーマー』(※覚醒剤)だ。

 俺の街ここを襲った餓鬼どもが薬物中毒者なら、まだ救いがあるよなァ――。

 ゴロウはそう思った。方々から黒煙が上がって、路上に点々と死人が倒れた(頭に血が上った女衒街の自警団に叩きのめされて顔面が完全に潰れた餓鬼集団のメンバーの死体もあった――)女衒街五番通りの惨状を見て、ゴロウは悪い薬の所為にしたほうがマシだと考えた。

 そのあとのゴロウは王都の様々な場所を一日中歩き回っていた。だが結局、行方不明になったローザ・ヴァイオレットの足取りも、他の娼婦たちの足取りも掴めなかった。ゴロウにとって最後に残った頼みの綱は、王都の裏社会の顔役、名もなき盗賊ギルドの幹部の称号――錠前の破壊者ロック・ブレイカーの称号を持つ、ジャダ・バッドコックだった。ゴロウはジャダが経営する陰気な酒場宿を訪ねたが、しかし、前述の通り、彼らは仕事に出たあとだった。

 ゴロウはジャダから話を訊けなかった。

 ミシャはローザの帰りを自宅で待ち侘びている。

 どの面を下げて、俺ァ宿へ帰ればいい――。

 カウンター・テーブル席へ目を向けたゴロウが、

「くっそ!」

 カウンターテーブル席、その右から二つ目がツクシの指定席である。

 その指定席が空いていた。

「あのゴボウ野郎、この非常時に、どこをほっつき歩いていやがる――!」

 苛立っていたゴロウの髭面に、やがて、苦笑いが浮かんだ。

 ツクシがどうこうできる問題でもない。

 王都十二番区マディアから無尽蔵に沸く凶暴な餓鬼集団レギオン

 十三番区の女衒街への襲撃。

 グェンの死。

 戦争を始めたマコトたちや他の区の餓鬼集団。

 消えたローザ・ヴァイオレット――。

 鬱々と考えながらゴロウは空いていたカウンター席へ腰を下ろした。

 ゴロウの巨体を乗せて木の椅子がミシリと悲鳴を上げる。

「――ゴロウ」

 ミュカレが声をかけた。

「いよう、ミュカレ」

 ゴロウが顔を上ると、カウンター・テーブルへ片手をついて、ミュカレはゴロウを睨んでいた。

「今までどこへ行ってたの? ユキが大変――ゴロウもひどい顔ね――」

 ミュカレが言葉の調子を途中で変えて視線を外した。

「ああよォ――」

 ゴロウがうつむいて溜息を吐いた。

「女衒街で何かあったのね。噂になってるわ――」

 ミュカレも溜息を吐いた。

 常連客とのお喋りは仕事のうちでも楽しみである。

 だが今日、ミュカレの口から出てくる話題は暗い内容のものばかりで――。

「――ああよォ、もうどうしようもねえ。それより、ユキはどうしたんだ?」

 ゴロウが頬髭に手をやって訊いた。

「ユキが熱を出したの。上で寝てるわ」

 ミュカレもエイダも仕事があるので、ユキにずっと付き添っていられない。

「気が弱るとな、病気への抵抗力も弱くなる。俺が今のユキを治してやれるとは思えねえ。そもそもだな、風邪を治す薬なんてものはこの世にないんだよォ。できることはたいていが対処療法でなァ――それで、ミュカレ、ユキの熱はそんなに高いのか?」

 ゴロウは疲労で重くなった視線を無理に上げた。

 ミュカレはゴロウの充血したどんぐり眼の下にある濃いクマを眺めながら、

「そんな高い熱じゃないわ。今のところは大丈夫よ。ゴロウ、赤ワインでいいの?」

 ミュカレは無理に微笑んだ。

「あァ、それはそうとツクシはどこへいった?」

 ゴロウが空いている右のカウンター席を見やった。

 ここがツクシの指定席だ。

「あら、そういわれるといないわね――お風呂かしら?」

 ミュカレも空いたカウンター席へ顔を向けた。

「あの野郎、悠長に風呂かよォ――?」

 ゴロウが背を丸めて唸った。

「ワイン、すぐ持って来る」

 少しだけ笑ったミュカレが厨房へ向かった。

 それでも、一応、ユキの様子を見てやるかァ。

 俺の仕事だしなァ――。

 考え直したゴロウが階段へ目を向けた。

 すると、ツクシが階段を降りてくる。

 ゴロウの髭面が凍りついた。

 ツクシは黒革鎧で全身を覆い、外套を羽織っていた。

 腰の剣帯には魔刀ひときり包丁。

 いつものように頭へワーク・キャップを乗せている。

 前にだけ鍔がせり出した奇妙な帽子(ゴロウから見ると)の下で三白眼がギラギラ光っていた。

 ゴロウも何度かネストで見たツクシの表情かおだ。

 ひと斬りの顔――。

 ツクシは酔客の間をするする抜けて出ていった。

「おっ、おいおいおい!」

 ゴロウは椅子を尻で弾き飛ばして立ち上がった。

「俺の他にツクシを止めれる奴ァ――!」

 ゴロウは見回したが席を埋めるのは酔客のみだ。エイダもミュカレも都合悪く厨房へ引っ込んでいる。

 ゴロウのいうことに、ツクシはほとんど耳を貸さないのであるが――。

「ええい、くっそ、ツクシ、ちょっと待て、待てよォ、この野郎!」

 ゴロウはツクシを追った。


「あの野郎は妙に足が速いからなァ。全力で追っても、追いつけるか、どうか――」

 表通りに飛び出したゴロウの鼻先を馬の一団が掠めた。

「ぬぅおっ!」

 ゴロウが仰け反った。

 南へ向かって馬を飛ばしていくのは治安維持警備騎馬隊の一団だ。

 あの表情かおの――殺し屋の顔になったツクシが行くのは、あいつらと同じ南の方面だ、間違いねえ――。

 そう考えたゴロウは爪先立ちになって大通りの南へ目を凝らしたが、見えるのは道行くひとびとの頭と行き交う馬車だけだ。王都はまだ宵の口でゴルゴダ酒場宿前の交差点は通行人の密度が高い。

 ひと波のなかにツクシの後ろ姿はない――。

 ゴロウが歯噛みしながらうつむくと、その視界の片隅に見知ったひと影が映った。

「あっ、ツクシ、まだここにいたのかよォ――」

 ゴロウは自分の真横に佇んでいたツクシへ声をかけた。

「ん、ゴロウか」

 うつむいたツクシは手元で何かをいじくっている。

 ゴロウはツクシの手元を覗き込んで、

「あァ、智天使の眼だな。ツクシ、それ買ったのか?」

「借り物だ。便利だな、これ――」

 ツクシは手のひらの導式具から照射された立体地図をくるくる回していた。宙に浮かんだタッチ・パネルを触ると、立体地図の拡大縮小、回転、任意の位置へのマーキング、現在位置の表示もできる。

 なかなか多機能である。

 ゴロウは不機嫌な顔で熱心に地図を動かしているツクシを見やりつつ、

「ふぅん――で、おめェはその格好で今からどこで何をするつもりだァ?」

「――さあな」

「おめェ、すっトボけるなァ! 宿で大人しくしてろォ!」

 ゴロウがツクシの耳元で怒鳴った。

「それは俺の趣味じゃねェ」

 ツクシが髭面を横目で睨む。

「趣味もへったくれもあるかよォ!」

 ゴロウはツクシを睨み返した。ゴルゴダ酒場宿に入店しようとしていた気の荒そうな男たちの集団が足を止めて、おやおや、これは派手な殺し合いが始まりそうだと、いがみ合うツクシとゴロウを興味深そうに眺めている。

「ゴロウ、お前には主義ってやつがないのか?」

 ツクシが先に視線を外した。

 その視線は南西へ向いている。

 王都十二番区の倉庫街がある方角だ。

 ゴロウはツクシの視線が向いた方角を確認して、

「ツクシ、おめェ、グェンを殺した奴に目星をつけたな?」

 ツクシは墓石のように沈黙している。

「応えろ!」

 ゴロウはツクシの視線を自分の身体で遮った。

「ゴロウは俺を手伝うつもりか?」

 ツクシが不機嫌な声で訊いた。

「俺ァ、おめェを止めてるんだよォ――」

 ゴロウは歯を剥いて唸った。

「――何故?」

 秋の夜風が吹いて、ツクシの外套の裾が浮く。

「な、何故ってなァ。今、王都はどの区も警備隊が出ずっぱりなんだぜ、ツクシ」

 ただ一言「何故?」と訊かれただけでゴロウは動揺した。

「ああ、そうかよ――」

 ツクシは興味なさげにいった。

「ツクシ、マコトたちだけじゃあねえ、他の区の餓鬼どもも、業を煮やしてとうとう動き出した。十二番区の餓鬼集団はやりすぎたんだ。餓鬼どもがそこらじゅうでやり合ってる。その騒ぎの収集に、十二番区と十三番区の警備隊が、ありったけの数を出動させた。殺しをやった浮浪民は――ツクシ、おめェのような出自がよくわからねえ野郎は、犯罪者になれば問答無用で吊るし首だ。それが、どんな理由であろうとな。俺がいいたいことは、わかるだろう?」

「話はそれで終わりか。俺は行くぜ」

 ツクシが説得するゴロウの脇を通り抜けた。

「ツクシ、俺の古い友達ツレに悪い男がいる!」

 ゴロウがツクシの背に怒鳴った。

 ツクシは背中越しに顔だけを振り向けて、

「へえ、ゴロウ、お前よりひでェ面なのか?」

「くっそ、このゴボウ野郎! とにかく、そいつのお陰で、じきにケリがつくんだ。グェンのことは、なァ。だから、大人しく宿へ戻れ、ツクシ」

 そう唸りながら、「何故?」とゴロウも思った。

 何故、ツクシを止める必要があるのか。

 何故――。

「――ゴロウ」

 ツクシが呼びかけた。

「あァ?」

 ゴロウがうつむいた顔を上げた。

「俺が信用しているのは、俺だけでな」

 ツクシはいった。

「それで、おめェ独りでグェンの仇討ちか。格好をつけるんじゃあねえ、このゴボウ野郎風情が!」

 ゴロウがツクシの胸倉を両手で掴んだ。

 赤い髭面が真っ赤になっている。

「ゴロウ、俺は格好をつけさせてもらうぜ。ここ一番で意地を張れねェ男なんざ、生きている価値が微塵もねェ。違うか?」

 ツクシは自分の胸倉を掴む手を手の甲で払った。

「――グェンに何の義理がある?」

 ゴロウは握力がなくなった自分の両手へ視線を落とした。

「義理はねェ。俺に得もねェ。だが、これは俺の問題なんだ――」

 ツクシは沈黙した。

 街路灯が作る照明の下、ひとの流れのなかで対峙する二人の男の間に雑踏の喧騒が流れてゆく。

「――何が、おめェの問題なんだ?」

 ゴロウが先に口を開いた。

「グェンが死んだのは俺の所為だ。巡り巡ってな」

 ツクシが応えた。

「あァ、ツクシがあのとき、ネストのなかで叩き斬った奴らは――!」

 ゴロウの髭面が歪んだ。

 歪んだ髭面を見て、ツクシの口角も歪む。

 それは自嘲か、

 それは皮肉か、

 それとも――。

「それで、グェンの仇討ちか? ツクシ、安っぽいぜ、考えがよォ!」

 さあ怒れ、そのほうがおめェを殴りやすい、とゴロウは思ったが、

「――安い?」

 ツクシは不機嫌に呟いただけだった。

「あァ、おめェは安っぽいぜ。グェンを殺したのはな、グェンと変わらない連中――宿無し親無しの子供ガキどもだ。いくら死人が出ようと、これは大人がでしゃばる問題じゃねえ。もう一度いうぜ。餓鬼集団のメンバーはほとんど子供なんだ。そこをだ、大の大人のおめェが意気込んでブッ殺しにいくのか、孤児の子供ガキをだぜッ!」

「――ああ、そうか、俺は安っぽいのか」

 ツクシの視線が路面まで落ちた。

「あ、ああよォ、おめェは最悪に安っぽい――」

 ゴロウもうつむいた。

 夜風が吼えて、二人の男が着る外套の裾をまた揺らした。

 ゴロウの胸に空いた風穴を暗い風が冷たく吹き抜ける。

 背を丸めて、

「はァ――」

 ゴロウは大きな溜息を吐いたあといった。

「ツクシ、宿で酒でも飲んでいようぜ。そのうちにこの騒ぎは終わる。必ずな――」

「他人から見て、いくら安っぽくてもな――」

 その声が耳に届いて、

「あァ?」

 ゴロウは顔を上げた。

「――まるで無価値に比べれば、幾分かは、マシなんだろうぜ」

 その眼前に死神一匹。

 ツクシ、おめェって奴は――!

 ゴロウは絶句した。

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