十六節 女王の行進曲(肆)

 フロゥラが輪廻蛇環ウロボロスと名付けたこの蒸気機関車は、カントレイア世界で過去に滅びた第三文明期に存在していたものらしい。世界記憶媒体アカシック・レコードには、すべての世界軸で生じたあらゆる現象が記憶されているので、フロゥラが『干渉アクセス』すれば過去の存在を再生することが可能だという。しかし、これはあくまで『主人の意思によって存在を許可された存在』であるから、主人が存在の許可を与えなければ煙のように消え失せる。また、『進化的運命暗号鍵エヴォルメ・マナ・セキュリティ』で堅く防衛されている世界記憶媒体へ干渉するには、確固たる『存在の証明』が必要なのだと、フロゥラは話を続けた。簡単にいうと、何の手がかりもなく、過去に存在を再生するのは、フロゥラでも不可能らしい。

 注意深く話を聞くと、ワーラットの誰かが王都の地下深くで蒸気機関車のメンテナンス施設跡を発見した様子だった。フロゥラはその旧文明遺跡で今ツクシが乗車している蒸気機関車の存在の証明を得たという。これが、運び込まれた怪我人の治療を終えて、ツクシたちが乗る一等客車に姿を現したフロゥラが語った内容である。

 ツクシはそんな話を適当に聞き流しながら、三杯目の冷たいジントニックを飲みつつ、車窓を眺めていた。ネストを走る列車の車窓に映る光景は石壁がビュンビュンと流れているだけだが、ツクシはフロゥラの話に興味がない。

 テーブルを挟んだふかふかのソファが並んだ客車の内装は豪華絢爛なものだった。荷台のない天井からは小さなシャンデリアが下がっているし、床は土足で踏み入れるのを躊躇うほど豪勢な絨毯が敷いてある。車窓には分の厚いえんじ色のカーテンがたっぷりかかっていて外の視線から客車を隠せるよう配慮されていた。

 もっとも、ネストをひた走るこの列車を覗き込むものなど、誰もいないのだが――。

 ツクシがいる客車は他にも乗客がいた。周囲には紳士淑女といえる衣装を着たひとが飲み物などを片手に座席について談笑している。

 ツクシにぴったり寄り添って座るフロゥラが笑いながらいった。

「彼らも賑やかしに再生中だよ」

 ツクシは新聞を読みふける太った老紳士を眺めつつ考えを巡らせた。今、ここにいる乗客は過去に存在したひとをフロゥラが再生しているという話だ。ツクシも再生されているひとを一人だけ知っている。悠里である。悠里は「この世界に来て、僕はすぐに死んだ」といっていた――。

 この間、ゴロウ、ヤマダ、ロッシ一等兵は出された飲み物へちびちびと口をつけながら、顔色悪くして無言だった。ゴードン兵長はフロゥラの妖しい美貌を眺めながら、ジン・トニックをツクシと競うように飲んでいる。

 三十分ほど列車に揺られていたのか、果たして冥界の列車に時間の流れは存在しているのか。それはわからなかったが、ツクシとゴードン兵長が五杯目のジン・トニックを飲み干した時点で列車は停止した。輪廻蛇環ウロボロス号が蒸気を吐き散らしながら停車した場所は、やはり地下五階層の大通路だ。この大通路駅で降車したのは、ツクシたちとフロゥラとその下僕、それにポレットと運良く生き延びたワーラット兵が十数人。それに、カレラと下僕たちの亡骸だった。他は誰も下車するものがいない。永劫の円環に囚われたひとびとは列車の乗客としてしか存在することを許可されていない。だからどの駅に着いても降りることはできない。もっとも、それを再生された彼らが苦にしている様子もなかったが――。

 ツクシたちが降りると輪廻蛇環号は汽笛を鳴らして走り去った。

「ついて来い」

 フロゥラが促した。下僕とワーラットのポレット、それに怪我人、その後ろから、ツクシがぞろぞろフロゥラのあとに続く。フロゥラは大通路の脇道に入った。その先は石壁で突き当たりになっていたが、フロゥラはそのまま石壁のなかへ消えた。女王に続く下僕も壁のなかへ消える。

「――この壁は立体映像か」

 ツクシが呟いたところで何の抵抗もなく壁をするりと抜けた。

「ここが、私の別荘だよ」

 フロゥラがツクシたちを自慢気に自分の別荘へ招き入れた。

 石壁の映像が玄関口だった。玄関ホールの正面には、多数の若い男女が手足や舌や陰部などを絡み合せて一体化した、良識のあるひとなら直視を躊躇うほど猥褻な大理石の像がどんと置かれている。それが噴水となっていた。噴水の周囲を左右から囲むように上階へ向かう階段が続いている。女王の別荘は二階建てらしい。上へ視線を送ると天井は高く吹き抜けになっており、その形はドーム状だった。丸い天井には有翼人エンジェル冥界人デビルが戦争をしている様子を装って実際はどぎつくお互いの肉体を絡ませている様子が細密に描かれている。二階を一周する渡り廊下の下から突き出る円柱や壁面などにも、男と女、女と女、男と男が裸体を寄せ合う彫刻や絵画の装飾がみっしり施されていた。どこを見ても豪華で、淫らで、趣味の悪い造形が目に入る、そんなフロゥラの別荘である。

「こりゃあ、うちの界隈(※女衒街)より遥かに下品だなァ――」

 ゴロウは髭面から表情を消して呆れ返っていた。

「こ、これはすごいっス、ね――」

 ロッシ一等兵は目を泳がせている。

「吸血鬼らしい、といえばそうなるのか?」

 ゴードン兵長は苦笑いだ。

「『グロッタ』みたいなお屋敷っすね。どこもかしこもエッロいなあ――」

 ヤマダが苦笑いしつつも、しっかりと周辺の造形を観察している。

 獣人が若い女を暴力的に攻略している等身大の彫像を、果たしてこの彫像の女は、喜んでいるのか嘆いているのか、そんなことを考えながら、ぬめぬめと眺めていたツクシが、

「グロ? なんだそれ、ヤマさん」

「えーと。グロテスクの語源になった人工の洞窟っすよ。わかりやすくいうとヨーロッパの貴族が庭園に作ったエロ洞窟みたいな感じっすね」

 ヤマダが教えた。

 ツクシは眉根を寄せて少し考えたあと、

「ああ、秘宝館(※エロスを主題にした見世物をする施設。田舎のさびれた土地にぽつんとあったりする)のことか?」

「――そうっすね。洞窟なんですけどね。でも、ざっくりいっちゃうと、それでいいと思います」

 まあそれでいいか、とヤマダは思った。

「ふぅん、さすが大卒だな、ヤマさん」

 ツクシが珍しく他人を褒めた。

「いやあ、無駄な知識っすよ――」

 ヤマダは顔を赤らめて下を向いてしまった。

 褒められるのが苦手な男なのである。

「私の私室は上だ」

 階段から降りてきたフロゥラがツクシたちを二階へ促した。見ると、フロゥラは金色のドレスへ衣装替えをしている。フロゥラが着るドレスのスカート丈は長めなのだが、それはほとんどの面積が透けた布地を使っていて、フロゥラの青白い脚線美をまったく隠していない。フロゥラの青白い素足にあるのは、黒い紐を編み上げて作られたヒールも高々としたパンプスだった。

 女王様はこんな派手な服しか持ってねェのか――。

 ツクシは呆れてフロゥラを眺めた。

 同行している他の面々も目のやり場に困って神妙な顔つきだ。

 フロゥラがくるりとその場で回転した。漆黒の長髪と透けたスカートを宙に舞わせながら、フロゥラが蕩けた表情をツクシへ向ける。そのドレスは青く白い背中のほとんどが見えるデザインだった。全体的に肌を隠している部分の方が少ない。そういった塩梅である――。

 別荘の二階は、階段の手摺から壁面、所々に立つ彫像まで、男と女の(もしくは同性の)百花繚乱の痴態を表現した猥褻な装飾で満ち溢れていた。一階と同様の趣向である。しかし、長い廊下の奥にあるフロゥラの私室に続く大きな扉だけは普通のものだった。普通といっても無垢材の一枚板に金縁で格子状の装飾がついた重厚な扉は、普通ではないともいえたが――ともあれ、ツクシたちとフロゥラが前に立つと両脇に控えていた二人の吸血鬼の下僕が、

「女王様、お帰りなさいませ――」

 揃った挨拶をして扉を開いた。

 赤い絨毯が一面に敷かれて、天井から導式の光を用いたシャンデリアが下がるフロゥラの私室は広かった。部屋の壁に並んだ大きな本棚に革の背表紙の分厚い本が並んでいる。部屋にある他の家具――衣装箪笥だの化粧台だのバー・キャビネットだのベッド・サイドテーブルだの、その上にある置時計だのも凝った意匠の豪華なものだ。

 一際目を引くのが部屋の中央に置かれた天蓋付きの大きなベッドである。そのベッドは、艶やかな紫色の天鵞絨びろうどのシーツで覆われていた。マントル・ピースで飾られた大きな暖炉の前には紫色の大きなソファに挟まれて、紫檀の色に金縁のラインが入った、これも贅沢なテーブルが置かれていた。女王様の私室に不足しているのは陽の光を取り入れる窓だけだった。

 その女王の贅沢な私室に先客が二人いる。

 黒いフード付きローブで全身を覆った小柄な――子供の身長ていどしかない老人がソファにちょこんと腰かけていた。その脇に、暗い色のハンチング・ハットを目深にかぶった男が佇んで小さな老人の話に耳を傾けている。

「――アレに『小狐丸』を、そろそろ返せと伝えておけ」

 小さな老人がしゃがれた声でいった。

「――はい」

 暗い声で返事をしながら、老人の傍らにいた男が、入室してきたツクシたちへ視線を送った。

「あっ、おめェは、ディダック!」

 ゴロウが目を丸くした。フロゥラの私室にいた二人の先客である。そのうちの一人は、単独でネストの闇に消えた幻影の男――ディダック・ガルヴァーニだった。

「ディダック、何故ここにいる?」

 ツクシが訊いた。

 ディダックは返事をせずに重心を落とした。

「あれ、ディダックさん、どうして?」

 ヤマダがディダックの黄ばんだ顔をきょとんと見つめている。

「この男、ツクシたちの知り合いか?」

 ゴードン兵長が訊いた。

 声に緊張感がある。

「ゴブリンもいるっスね」

 ロッシ一等兵がソファの上の老人を見やった。

「――む、よい、行け」

 小さな老人がいうと、ディダックは返事をせずに本棚を開けて部屋を出ていった。

 フロゥラの私室にある大きな本棚はスライド式の隠し扉になっている。

 秘宝館の忍者屋敷かよ――。

 ツクシは呆れ顔だ。

「善い夜です、ゴブリン・ロード様、チュチュチュウ!」

 ポレットが挨拶をした。

「ポレットよ、ネストに昼も夜もないわい。これは珍しい。女王レジーナの客人かね?」

 小さな老人――ゴブリン・ロードがフードを外して顔を見せた。禿頭に赤黒い肌。尖った耳。尖った鷲鼻。裂けた口から上下に突き出した四本の牙。縦に裂けた瞳孔を持つ大きな黄緑色の瞳――ロッシ一等兵がいった通り、これはまぎれもなくゴブリン族の相貌だ。

「うん、私の大事な客人だ。ロードは今宵も忙しいようだな」

 微笑んだフロゥラはゴブリンの老人を『君主ロード』と呼んだ。

 どうも、この二人は親しい間柄にあるようだ。

「『三日月クレシェント・ムーン』がここへ来るのに手間取ってな。こんなに長居する予定はなかったのじゃが――」

 ゴブリン・ロードが自分のハゲ頭をペチペチ叩いた。ディダックの横顔は三日月にそっくりである。

 三日月ってのはどうやらディダックの暗号名コード・ネームらしいな、とツクシは考えた。

「カレラが死んだよ――」

 フロゥラがゴブリン・ロードの隣に腰を下ろした。柔らかいソファに身を沈めて、フロゥラはふうっと溜息を吐く。

 色気の凝縮した呼気である。

「今、三日月から聞いた。聖教会の仕業なのか?」

 ゴブリン・ロードが真横の色気に鼓動を早める様子はない。

「うん、エリファウスの残した馬鹿な息子どもがな――」

 頷いたフロゥラが自分の爪を見やった。

 色気はうんと濃いが化粧の薄いフロゥラの爪は自然な色で染まっている。

「カレラは闇が濃い娘じゃったのに――残念じゃったな」

 ゴブリン・ロードがしわがれた声でいった。

「うん、残念だった――」

 フロゥラが顔を傾けた。

 漆黒の長髪がさらさら動く。

「その割合に女王は元気そうじゃがの――お?」

 ゴブリン・ロードが顔を上げた。

 歩み寄ったツクシが、

「爺さん、俺のことを覚えているか?」

「ツ、ツクシはそのお方と知り合いなのかァ?」

 珍しい。

 ゴロウがへりくだった態度だ。

「おう、知り合いどころじゃねェ。この爺さんは俺の命の恩人だぜ」

 ツクシは老ゴブリンのギョロリとした瞳を見つめた。

「――悪魔のような目を持ったヒト族よ。のうのうとここまで生きておったか!」

 枯れた態度を見せ続けていた老ゴブリンの瞳に驚きの色がはっきり浮かぶ。

「ああ、悪運自慢でな。爺さん、あのときはマジで助かった。俺は九条尽だ。ツクシでいいぜ」

 ツクシが名乗った。

 このゴブリン・ロードはカントレイア世界に迷い込み、警備兵から命からがら逃げ回っていたツクシを助けた、あの悪魔老人だった。

「フォフォ、悪運自慢とは面白い――」

 ゴブリン・ロードが笑うと顔に刻まれたシワが倍に増える。

「いや、面白くねェよ、こっちは散々だぜ――」

 ツクシも口角を歪めて見せたところで、お盆を持ったポレットが部屋に入ってきた。ツクシの鼻先が良く知った匂いに反応してヒクヒクと動く。お盆の上にある湯飲みから立ち上っているのは緑茶の香りだった。

「儂はゴブリン・ロードと呼ばれておる――む、ポレット、そう気を使ってくれるな」

 ゴブリン・ロードはそういいつつも湯呑みを手にとった。

「いえいえ、ごゆっくり、チュウチュウ!」

 愛想良く(ねずみの表情は変わらないが)応じたポレットが、チュウチュウ部屋を出ていった。

「ゴブリン・ロード――それが、あんたの名前でいいのか?」

 ツクシが訊いた。

「儂の名は大昔にくれてやった」

 緑茶をすすりながら、ゴブリン・ロードが応えた。

「そうか、じゃ、爺さんで通すぜ」

 ツクシが頷いた。

「好きに呼べ――む! ツクシとやらは随分な業物を持っているな。儂に見せてみよ」

 ゴブリン・ロードが、ツクシの腰にある魔刀ひときり包丁へ目を向けて、縦に細かった瞳孔を丸くした。

 そのやり取りを眺めていたフロゥラは笑いながら、

「ツクシ、ロードの手癖は世界一悪いのだ。渡さんほうがいいぞ」

「――ま、命の恩人だからな。腰のものだって惜しくないさ」

 口角を歪めて見せたツクシは腰の剣帯から魔刀を外してゴブリン・ロードへ手渡した。魔刀を手にしたゴブリン・ロードは目を細めて、黒光りする鞘や、銀色に輝く柄頭、銀彫細工でドラクルを表した鍔などを眺めていたが、やがて、草色の柄へその骨ばった手をかけて――。

「――これは――返すぞ、ツクシとやら」

 ゴブリン・ロードはツクシへ魔刀を突き返した。

 怪訝な顔のツクシは黙って魔刀を受け取った。

「うん、珍しい。それを盗らんのか、ロード?」

 フロゥラが笑いを忍ばせた声でいった。

「刀が儂を嫌いおったわ――」

 ゴブリン・ロードが白く長い眉を寄せた。

「刀が嫌う?」

 ツクシは手の魔刀に視線を落とした。

「それを鍛えた刀匠は、よほどの妄執を持っていたと見える――」

 誰にいうでもないような調子でいったゴブリン・ロードが緑茶を飲んで、

「――あるいは、使命か」

 そう付け加えた。

「使命――?」

 ツクシは首を捻って剣帯へ魔刀を吊った。

「――なるほど、なるほど、それで悪運自慢か、フォフォ! さて、女王、ここで失礼」

 そういったときには、ゴブリン・ロードがツクシの脇を抜けていた。音もなく、動く気配を一切感じさせずに老ゴブリンはツクシの背後に出たのだ。

 ツクシはカッと目を見開いて固まっている。

「うん、またな、ロード」

 フロゥラがゴブリン・ロードの背へ別れの挨拶を投げかけた。

「――爺さん!」

 ツクシは呼び止めた。

 ゴブリン・ロードの音なき足が殺気を感じて止まった。

 老いた達人は視線だけを殺気の主へ送った。

 振り返ったツクシは口角を歪めて、

「おう、爺さん。次に会ったときはあのときの礼に酒を奢るぜ」

「――フォフォフォ! ツクシといったな。義理堅い奴、今時、珍しい奴。ツクシよ、その刀はのう――あいや、気にするな。それを知ったところで、ひとの運命はなるようにしかならん。そうじゃろ、ツクシ。フォフォフォ!」

 ゴブリン・ロードはしわがれた高笑いと一緒に部屋から出ていった。

「おぬしらも早く座れ。ツクシは、ここ、ここ!」

 フロゥラが自分の横をぱんぱん叩きながら着席を促した。各々が「では、失礼します」といった感じで無駄に柔軟な横に長いソファへ腰を下ろした。最後までツクシは突っ立っていたがフロゥラの横に座るものは誰もいない。諦めたツクシはフロゥラの横へ浅く腰かけた。フロゥラは女の色香が濛々と匂い立つ肉体をツクシにぐいぐい寄せて嬉しそうにしている。これが普通の女性ならばツクシも喜ぶところだろう。しかし、このフロゥラという女性はひとの生き血を啜る吸血鬼であり、魔導式を極め尽くしたヒト型の兵器であり、二千年以上は生きているカントレイア世界の伝説であり、腹のなかで殺人昆虫を飼い慣らしている人外でもある。その上で、フロゥラはツクシを己の同族にしてやろうと目論んでいた。しかもかなりしつこい。性格はわがままだし、女王様であるし、いうことを全然聞いてくれそうにない。

 以上の理由で、ツクシは男も女も無差別に怖気立つような美貌の女性ひとが、吐息のかかる距離にいても極めて無表情なのである。

 ツクシたちがソファへ腰を落ち着けると、脚立に乗って巨大な本棚を整理していたポレットがチュウチュウ御用聞きにやってきた。

 女王様はツクシたちへ飲み物を振舞ってくれるようである。

「私もジン・トニックとやらを飲んでみよう。おぬしらも好きなものをポレットに頼め。ポレットは私の秘書みたいなものだ。気兼ねするな」

 フロゥラはツクシへ肉体をぐいぐいと寄せてそれをくねらせた。フロゥラは極薄い布地から透けたふとももを交差させて見せつけている。

 下着まで替えてきたのかよ――。

 ツクシはフロゥラの痴態を横目で観察しながら呆れていた。極薄い金色の布地から、うっすらと透けて見えるフロゥラの下着は黒だった。

 ツクシは横でくねくねするフロゥラから視線を外して、

「ああ、さっきラムがあるといってたよな。じゃあ、俺はラムをもらおう。ポレット、氷があるならロックがいい」

「――ロック? チュウ?」

 ポレットのねずみの顔がカクッと斜めに傾いた。

 素早い首の動きがねずみっぽい。

「グラスに氷を入れてラムを注げばいいんだ。簡単だろ」

 ツクシも顔を傾けていった。

「おお、ツクシ、承った、チュウ!」

 頷いたポレットが、今度はゴロウとヤマダへ視線を送って、長いひげがついた鼻先をひくひくさせた。

「じゃあ、俺もラムをやるかァ」

「自分もそれで。水割りとかできます?」

 ゴロウとヤマダもラム酒に決めたようである。

「お安い御用、お安い御用、チュウチュウ!」

 頷いたポレットがゴードン兵長とロッシ一等兵へ素早く顔を向けた。

「ラムか、女王陛下の別荘には贅沢なものがあるんだな。俺も、ラムを頂こう」

 ゴードン兵長はフロゥラの妖しい美貌へ視線を送った。

「うん。何だってあるぞ、ゴードンといったか?」

 フロゥラがしとしと笑いながらゴードン兵長の男臭い顔を眺めた。

 女王陛下という言葉の響きがお気に召した様子である。

「ゴードン兵長、ラムってなんスか?」

 ロッシ一等兵が訊いた。

「砂糖きびから造る酒だ。南方からの舶来品だな。船乗りはよく飲むが王都では、なかなか見かけん酒だぞ。料理にも使う」

 ゴードン兵長はフロゥラの青白い美貌から視線を外さずに応えた。

「ああ、あの香りが強い火酒っスか、俺はちょっと苦手っス。じゃあ、俺はエールで」

 ロッシ一等兵はあまり酒に強くないようだ。

「チュウ!」

 頷いたポレットが背を向けた。

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