二章 異形の巣

一節 赤髭先生の青空教室

 ペクトクラシュ河に沿って南北に続く大通りは北へ流れていく通行人が目立つ。

 その流れに逆らうようにして、ツクシとゴロウの悪人面二人組が南下中だ。対面から進行してくる通行人の大半は怯えて、この二人組に道を譲ってくれる。悪人面二人組がすれ違うものは様々だった。馬、荷ロバ、馬車、荷馬車、リヤカー、老若男女、しっぽの生えたもの――そのうちで、しっぽの生えたものが、ツクシの横を通り過ぎた。ツクシはもう特別な注意を払わない。

 見るたびに驚いていたら、身がとても持たねェよ――。

 ツクシはそう割り切って、道沿いにある大河を見やった。昨夜は闇を映していたペクトクラシュ河が今は朝の陽を水面に移して蒼くきらめている。

 ツクシは蒼く輝く水面から、ゴロウの赤い髭面へ視線を移したツクシが、

「ゴロウ、お前は魔法使いなのか?」

 と、訊いた。

「――魔法だとォ? おめェはまた俺に喧嘩を売っているのか?」

 ゴロウが歯を剥いた。

 鬼瓦のような顔である。

 横目で鬼瓦を眺めていたツクシが、

「――そうだよな。この強盗みてェな面構えで『テクマァクマヤコン!』ときたら、空から槍が降るだろうぜ。槍に降られるのは誰にとっても傍迷惑な話だ。ゴロウ、気にするな。おかしなことを訊いた俺が悪かった」

 赤い髭面を真っ赤にしたゴロウは、ツクシの横顔をガリガリと睨みつけていたが、しばらくすると困り顔になった。ゴロウは感情がはっきりと顔に出る男だ。

「ツクシ、おめェは『導式』のことをいっているのか?」

「ああ、それだ、ゴロウ。その『ドーシキ』ってやつは、どういうものなんだ?」

 頷いたツクシは、いつもと同じ不機嫌な顔だった。ツクシは細かい感情がほとんど顔に出ない男だ。

「はァ、悠里もそうだったけどよ、倭国のニホンってとこは、本当に導式がねえのかァ? 信じられねえな――導式は誰にでも執行できるようなもんじゃねえんだよ。『才覚の芽』を持つひとが何年も何年も勉強をして、ようやくモノになるかならないかの高度な技術――いや、学問かなァ――あァ、いやそれも違うな、学術になるのか? とっ、とにかく難しいモンなんだよ、導式ってのはよォ!」

「――ああ、難しいのか。それなら聞くのはやめておく」

 ツクシは前を向いた。ゴロウは目を丸くしてツクシの横顔を見つめた。ツクシがゴロウへ視線を返す気配はない。

 ゴロウが根負けして先に口を開いた。

「――本当に訊かねえのかよォ。まァ、アルさんの手前だ。おめえにあっさり死なれると困るからな。嫌々ながら俺様がおめェへ導式のイロハを大雑把に教えてやる。ありがたく思え。だからあとで俺に酒を一杯奢れ、な? おっしゃ、いくぞ、よく聞けよ。導式ってのは、この世界にあまねく『運命潮流マナ・ベクトル』を制御する技術のことだ。以上だ」

「――ああ、ゴロウも導式とやらには詳しくないのか。お前は見るからに頭が悪そうだもんな。訊いて悪かった。どうやら俺はお前に大恥をかかせちまったらしい――」

 視線を落としたツクシの声に珍しく同情心のようなものが交じっていた。

 赤い髭面を真っ赤にしたゴロウが、

「俺ァな、こう見えても、エリファウス神学学会の専修コース卒だ。治癒導式の専門家だ。俺ァ腐っても布教師アルケミスト様だァ!」

 ものすごい大声である。

「――何だよ偉そうに。俺だって高校くらいは出ているぜ」

 耳鳴りで顔を歪めたツクシである。

 太い眉根を寄せたゴロウが、

「コウコウ? 倭国じゃ学会アカデミーの高等部をそういうのか?」

「ゴロウ、アカデミーってのはなんだ。大学のことか? 高校はその一つ下だぜ」

「あんだ、じゃあ、そのコウコウはアカデミーで高等部だな。ならやっぱり大学部どころか専修まで卒業した俺のほうが、おめェより学があるじゃねえか。ツクシよォ、俺は学士様なんだぞォ、俺にもっと敬意を払えや、なァ?」

「うるせェよ、この毛むくじゃらが。で、ゴロウ。導式ってのは何なんだ。俺にわかるように説明しろ。学士様ならできるだろ?」

「ツクシよォ。だから、それはさっきもいっただろ、導式は運命潮流マナ・ベクトルを制御する技術のことだ」

「ゴロウ、学士様とかな。見栄を張るなよ。顔同様に見苦しいぜ。お前、本当は中卒なんだろ?」

「あんだよ、チューソツって。倭国の学会は中等部で卒業ができるのか? 変な学会だなァ。ああ、もう面倒だ。ツクシ、学会初等部の新入生に教える感覚でやってやるからな。一度しかいわねェからな、良く聞――」

 その気になったゴロウは、「えへん、えへん」と偉そうな咳払いをしたが、

「――おい、あくびをしているんじゃねェ!」

 その直後に怒鳴った。

 ふぁあん、と大あくびをしていたツクシが、

「でかい図体で細かいことにいちいちうるせェ野郎だ。さっさとやれ」

「くっそ、このゴボウ野郎、いいかァ、導式ってのはなァ――」

 ゴロウが歯ぎしりの音と一緒に導式の説明を始めた。カントレイア世界では原始から永劫に向けて目には見えないが絶対の奇跡が流れていている。これを運命潮流マナ・ベクトルと呼ぶ。この運命潮流はカントレイア世界の森羅万象を一定方向へ向けて定義している。わかりやすく例えるとこれは一冊の本のようなものになる。カントレイア世界にあるすべてのものには、一冊の本に記載された複数の『結果』が存在している。将来に起こるべくして起こる結果へ至る流れを制御をして、より良いものを選択せしめる方程式。望む結果へ導く式。であるから、これを『導式』と呼ぶ――。

 そこまで説明して、

「おい、ツクシ、寝てるんじゃねえ!」

 ゴロウが大爆発した。

「――んぁあ。ゴロウ、話はそれで終わりか?」

 ツクシが寝ぼけた顔を上げた。

「俺ァ、歩きながら寝る奴を初めて見たぜ――」

 ゴロウは呆れ顔だ。

「慣れると簡単にできる」

 ツクシがいった。

 肩を落としたゴロウが、

「はァ、そんなの自慢になるのかよォ――だから、導式はマジナイとか魔法だとかな、そういうインチキの類じゃねえんだ。そもそも導式ってやつはそんな無茶ができねえ。導式はあくまで『本来あるいくつかの結果』のひとつへ『導く式』だからな。お空を飛べるようになりたいなァ、なんつってな、元よりない結果を導式で要求すると、式の執行者周辺にある運命潮流マナ・ベクトルが乱れて危険だぜ。下手をするとそいつはそのままおっんじまう」

「ああ、そうかよ」

 ツクシが面倒そうに頷いた。

「それとだな。導式を発動させるときは、運命潮流を収束する鉱石――『秘石ラピス』を加工して作った補助器具を使うのが一般的だ。生身だけで導式を扱うのは精神と肉体への負荷が大きすぎる。だから、補助器具を使うわけだな。導式を執行するための補助器具を『導式具』っていう。実存体に影響が薄い導式なら、導式具だけでそこに込められた結果を得られるぜ。ツクシが首からぶら下げている虎魂のペンダントもそうだな。導式の担い手である俺ァ、もっと高度な導式補助用の導式具を持ってるわけだ。ほらほら、俺が手につけているこの『月影石つきかげいしの手甲』だよ。これ、これ、結構、値段が高かっ――おい、ツクシ、この野郎、目を開けろ!」

 ゴロウがまた怒鳴った。

 ツクシは眠りながら歩いている。

 器用である。

「くそっ、起きやがれ!」

 ゴロウが耳元でまた怒鳴ると、それでようやく目を開けたツクシが、

「――うるせェな。導式ってやつは要するに魔法だろ。チチンプイプイってな。もういい。それで十分だ」

「だから、導式は魔法だとかマジナイみたいなインチキの類じゃあねえっていってるだろ、この、ゴボウ野郎!」

 ゴロウがまた怒鳴った。

 実によく怒鳴る男である。

 ツクシはゴロウの真っ赤な髭面を面倒そうに見やりながら、

「そういや、ゴロウ、お前は職業をアルケミ何とかっていってたな。それは何だ。詐欺師の類か?」

 ま、どうでもいいがな――。

 内心ではそう考えながら、ツクシがゴロウに訊いた。

「それだ。布教師アルケミストってのはな。導式を使って人体を治療するプロフェッショナルのことだ。エリファウス神学学会の終身コースを優秀な成績で卒業した奴だけが、布教師の職業名を名乗れるんだ。俺はこう見えてもタラリオン王国のエリート様ってわけだ。学会から発行された布教師証明書だってまだ保管してあるからな。だからなァ、ツクシ、俺を尊敬しろ。徹底的にへりくだれ。おい、返事は?」

 ゴロウの髭面は自慢気だ。

「ほおあ、ゴロウ、お前は要するに医者なんだな――」

 ツクシがあくび交じりにいった。

「――イシャだあ?」

 ゴロウの太い眉尻がガクンと下がる。

「ああ、そうだ、医者だぜ。そんな柄には、とても見えねェが、それでも、魔法使いよりは遥かにマシだ。『赤ひげ』なんて映画もあったし、ま、それは聞いても驚かねェよ」

 ツクシはゴロウの髭面から視線を外した。

 ゴロウも不承不承の態度で前を向いて、

「あんだよ、もっと驚けよなァ。奇跡の担い手になるのは難しいんだぜ――」

 噛み合わない会話を繰り返しているうちに、二人組みはネスト前の大通りに入った。西へ向かうひとの流れができている。流れを作っているのはネストの荷運びたちだ。年齢は様々だが、たいていは男性で粗末な身なりをしていた。そのなかに武器を持ったひとの姿もある。携えているのはたいていは長物――槍だとか斧槍といった長い柄のついた武器だった。汚れた革の鎧や錆びが浮いた鉄製の胴鎧などを着込み、色褪せたマントを身体に巻きつけ、手に粗末な武器を持った彼らネスト・ポーターの容姿は、ツクシの目から見ると足軽のようだった。歩くツクシの視線の先にひとが集まっている。先日も、ツクシが見た場所だ。カンテラがいくつも連なった照明灯が四つ並んだ大きな門である。

「ツクシ、あれがネスト管理省の大正門だ」

 ゴロウがいった。

「へえ、管理省。ネストってのは国の省庁が管理しているんだな――」

 ツクシが呟いた。

 大正門の周辺はネストの荷運びと露店で混雑していた。飲食と食べ物を売る屋台はもちろんある。それに中古の刀剣や錆びた鎧を並べて売っているもの、奇妙なアクセサリーを売るもの、銃の弾薬を売るもの、革製品修理を叫ぶもの――逐一挙げるとキリがない。肉や魚の焼ける匂いに酒の香りまでが漂っている。ツクシが匂いの先へ視線をやると、そこに樽を積んだ荷車があった。樽のような親父と眼鏡をかけた男が酒の量り売りをしている。

「まるで祭りだな――」

 ツクシは大正門前のひと混みに揉まれながら愚痴った。

「ツクシ、そんなにいいもんじゃねえ。まずは敷地内の庁舎でネスト・ポーターの登記を済ませるんだ。毎日やることだから見て覚えろよ」

 ゴロウの髭面は自分の仕事へ向かう男の面構えになっている。

 ツクシとゴロウはひと混みをかき分けて大正門を潜った。門の脇には詰め所があって衛兵も何人かいたが、出入りするものを警戒をしている気配はない。ツクシは敷地内に視線を走らせた。東側に何棟も連なった二階建ての兵舎がある。その奥にドーム状の倉庫があった。馬が頻繁に行き交っているので、厩舎もおそらくどこかにあるのだろう。敷地内を行き来する兵士は深緑色の軍服を着て前装式の長銃を持っていた。鉄カブトに鉄鎧の衛兵よりも軍隊として洗練されている印象だ。その兵士の数が多い。見ると、奥の広場に兵士が集まっている。そこで物資の検品をやっていた。近くに野砲も並んでいる。

 ネスト管理省の敷地は大規模な軍基地の様相だ。

「ゴロウ、軍の施設へ一般人が出入りできるのか?」

 ツクシは鉄カブトに鉄鎧の衛兵を睨んでいた。先日のツクシはこの格好の兵士に追い回されて散々な思いをした。

 あの様子だと、下っ端の統率まで取れているかどうかは怪しいものだ――。

 ツクシはまだ警戒している。

「――あァ、ここに常駐している王国軍が用心するのは、ネストから這い出てくる奴らだけだからなァ」

 ゴロウはそう応えたがツクシは理由が足りない気がした。

「あの鉄カブトも王国軍の兵隊さんなのか?」

 ツクシが大正門付近にいる衛兵へ顎をしゃくった。

「いや、ツクシ。あれは行政員だぜ」

 ゴロウが振り返って応えた。

「――行政員?」

 ツクシは眉根を寄せた。

「あァ、そうだ。行政員はたいてい、省庁勤めの貴族どもがやってる。王国陸軍の奴らは市民階級出身者が多くてほとんどが軍服を着ているぜ。古めかしい装備で亀になっているのはたいていが行政員ってわけだ。ネスト管理省はなァ、ややこしいんだ。何であんな面倒なことになってるんだろうなァ――」

 ゴロウは髭面を曲げた。

「あの鉄カブトは小役人ってことか?」

 ツクシは怪訝な顔だ。

「あァ、そうだ。貴族階級の小役人だよなァ――」

 ゴロウは笑った。

「役人が兵隊をやっている――じゃあ、鉄カブトの連中は予備役兵になるのか?」

 ツクシは首を捻った。

「そうだ。その予備役兵がネストのなかにまでついてくる。俺たちネスト・ポーターにとっては迷惑な話なんだがよォ――」

 ゴロウのダミ声が低くなった。

「――北で起こっている戦争に兵員を取られているから、正規の兵員が足りてないのか?」

 ツクシが訊くと、

「北部戦線は本物のクソ地獄だ。生きて帰ってくる奴ァほとんどいねえ。ツクシも暇があったら見てくるといい、あれは目の保養になる――」

 ゴロウが視線を落とした。

 ツクシはゴロウにそれ以上、訊くのをやめた。

「まァ、行くぜ、ツクシ。あそこで登記をするんだ」

 顔を上げたゴロウの促した先は、大正門の近くにある四階建ての建物だった。白い石造りのそれは表に石像やらレリーフやらと装飾があって、敷地内にある他の建物よりも立派に見えた。中央にある尖塔には大きな時計までついている。

「あれがネスト管理省の庁舎になるぜ」

 ゴロウがいった。庁舎の玄関を抜けるとひとの臭いがむっと立ち込める。受付のカウンターで仕切られた奥にデスクが並び、そこに座った事務の兵員が書類を眺めていた。裏口から出入りする兵員から定期的に怒号が飛んでいた。鬱屈した顔の中年兵士が淡々とその怒号に応じていた。受付にはネスト・ポーター希望者が何列かに分けて並んでいる。

 ツクシとゴロウがその列の一つに並ぶと、

「お、おはよう、ゴロウさん!」

 ツクシの耳にも覚えのある男の声が聞こえた。背後へ視線を送ると、ゴロウに負けず劣らずの巨漢がそこにいた。その横で小男が顔を横に向けて突っ立っている。昨晩、ゴルゴダ酒場宿のカード博打で喧嘩騒ぎを起こしていた、巨漢のヤーコフと小男のチムールだった。

 振り返ったゴロウが歯を見せる笑顔で、

「おっ、チムールに、ヤーコフかァ――ああそうだ、おめェら、今日は俺と一緒に登記をしておくか?」

「た、頼むよ、ゴロウさん」

 ヤーコフが黒い髭面で笑顔を作った。

 黒い髭面も相当むさくるしいが、赤鬼と比べると、こっちはまだ人間らしいよな。

 ツクシはそう思った。

「まあ、俺はどっちでもいいけどよ――」

 チムールは顔を横に向けたままいった。

「そうかァ、まァ、ついでだ、やっとくぜ」

 ゴロウが頷いた。チムールはそのゴロウの顔を横目で眺めながら、所在なさげにしている。

「昨日、チムールが世話なった。た、助かったよ、ゴロウさん」

 チムールの代わりに困り顔のヤーコフがいった。

「あんなの気にするな、他愛もねえ。それより、チムールよォ、おめェのカッとなる性格は博打に全然向いてねえと思うぜ。ほどほどにしとけよなァ?」

 ゴロウは大口を開けて笑った。

「ゴロウよ、お前にだけにはいわれたくねえよ」

 チムールは横を向いたままだ。受付に並ぶ男たちの列がそのうち進んだ。

 その最中、ゴロウが凹凸コンビ――チムールとヤーコフへ、

「こいつ、今日からネストに通う物好きだ」

 と、ツクシを紹介した。

「九条尽だ。ツクシでいいぜ」

 不機嫌な顔でツクシは名乗る。

「よ、よろしくな、ツクシさん!」

 笑顔のヤーコフは、ゴロウ同様、身長百九十センチ超の巨漢だ。緑色のチューリップ・ハットをかぶって毛皮のベストを羽織っている。腰帯からは木こりが使うような手斧を吊っていた。髭面の顔は厳ついが、その目尻は下がっていて気の良さそうな印象だ。

「新入り、足手まといになるなよ」

 横を向いたままのチムールは、緑色の鹿撃ち帽子ディア・ストーカーを頭に乗せ、似たような色合いの狩人服を着た小男だ。身長は百六十センチあるかないか。その背に狩人弓ハンター・ボウと矢筒がある。笑顔を見せないチムールは目つき鋭くとっつきにくい印象だった。ヤーコフもチムールも三十歳前後の年齢に見える。

「ほい、次――」

 そういったのは、受付の向こうにいる、深緑色の兵員服を着て黒い腕カバーをつけた、いかにも事務員風の中年男だった。

「おはようさん、事務員さん、今回も頼むぜえ」

 進み出たゴロウである。

「お、ゴロウか。いつもの連中で登記なのか?」

 応じた事務員は視線を書類に落としたままだ。

「あァ、いや、今日は新顔の面倒を見る必要があってなァ。こいつだ、クジョー・ツクシだ。名前は倭国読みらしい。ツクシがファースト・ネームでクジョーがミドル・ネームだな。えっと、あとは――」

 そこで書類から顔を上げた事務員が、

「チムールとヤーコフじゃないか。ゴロウは今回、そいつらと一緒なんだな。いつもツルんでいる導式鎧の親子はどうした?」

「あァ、昨日、リカルドさんの病気がまた悪くなってなァ――いやまァ、受付で長話もなんだろ。後ろが詰まってらァ。事務員さんよ、俺、チムール、ヤーコフ、それにツクシ。この四人で登記をしてくれやい。今回は新人の教育だからな。慣れた奴らと仕事をやったほうがいい」

「へえ、新人の教育係か。相変わらず、ゴロウは物好きなんだな。ゴロウ・ギラマン、チムール・ヴィノクラトフ、ヤーコフ・ヴィノクラトフ、それと――クジョー・ツクシ。認識票だ。今回のお前らの組は『ウルズ』になる。幸運を祈っているよ」

 事務員は後ろの棚から、ペンダントのような認識票を手にとってそれを突き出した。

「ありがとさん。おっしゃ、ツクシ。階層分けの抽選が始まるから広場へ行くぞ。ここからが悪運試しだ」

 認識票をまとめて受け取って、ゴロウが踵を返した。

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