十一節 アルバトロス曲馬団
悠里の肩を借りてツクシが風呂から上がると、番台の上で身を捩って女風呂の脱衣所を覗き込んでいたラウが、
「あ、ツクシの旦那、着替えが届いていやすぜ」
マコトが着替えを届けてくれたらしい。ついでに汚れたものは洗濯をするから、脱いだものはここに置いておけという話だ。女将のエイダが気を回してくれたのかも知れんな、とツクシは思った。ツクシはシンプルなベージュの上衣に黒ズボンの姿になった。旅人から託された刀は腰に吊る。悠里も似たような服装だ。革鎧と武器は身に着けず小脇に抱えている。
「酒場宿まで肩を貸しますよ」
悠里はツクシに提案した。ツクシはていねいにその申し出を断った。ゴルゴダ宿酒場へ再入場すると、緑の小男楽団は姿を消していたが、まだ満席で喧騒も凄かった。腹ペコの限界である。眩暈を憶えたツクシは近くの壁に手をついた。超不機嫌な壁ドンだ。その姿勢のままツクシが下から抉り込むようにして視線を送ると、カウンター・テーブルの向こう側にエイダの姿が見えた。ツクシはエイダを睨みつけた。目から剃刀を飛ばしているような有様だった。エイダは表情をまったく変えずに厨房へ姿を消した。見上げるような巨体だが素早い動きだった。エイダの予想より客の引けるのがずっと遅かったようだ。
店内を見回していた悠里が、
「ああ、ツクシさん、彼らにどいてもらいましょう。僕も腹が減って死にそうです。ついでにツクシさんを紹介します。あの階段脇の丸テーブル席にいるのが僕が所属している冒険者団――『アルバトロス曲馬団』のメンバーなんですよ」
悠里が階段近くの丸テーブル席に歩み寄って、
「やっ、みんな」
「お、悠里、戻ったのか。先に食っちゃったよ、ごめんな」
黒い丸眼鏡をかけた青年が応えた。鞘も柄も禍々しい造形の大剣を脇に置いて豪華な意匠が施された赤黒い硬革鎧を着込んだ青年だ。髪の毛の色は黒で、それが前髪が目にかかるほどに長い。この青年は肌色が妙に青白かった。
「あら、悠里、遅かったのね、アルはどうしたの?」
深紫色のローブで全身をすっぽり覆った女の子がいった。暗視装置のように見えるごつい眼鏡をつけている。髪型はショートボブで色は黒。この少女も不自然なほど肌の色が白い。
「悠里さん、お帰りなさい!」
明るい声で出迎えたのは、長烏帽子を頭に乗せて、大量の護符を顔の前にバサバサつけた女の子だ。この彼女は陰陽師のような格好だ。髪は黒色のロング・ヘア。やっぱりこの彼女の肌の色は青白い。
「遅いじゃないの悠里。わたくしたち、貴方を待っていたのですけど?」
水色の軍服スカート姿の若い女だ。肌色は白く、睫はツンと長く可愛らしい顔つきだが、青い色の瞳を持つ目元が厳しくて気が強そうな印象だ。その髪の毛は長い金髪のツイン・テールで、それをクルクルとカールさせてあった。ドリル・ツインテである。
「やあ、
右の手を挙げて挨拶をしたのは、先が二つに分かれた道化帽子を頭にのせた、若い女性だ。全体的が白と黒パターン柄である髪の毛は栗毛色で、毛先が遊んでいるショート・ヘアだ。瞳の色も同じく栗毛色。右目の下に落涙の形の入れ墨がある。道化師のような見た目だ。
「えっと、あと、カルロさんは――いつも通りか。カルロさーん、今、戻りました!」
悠里の声に応えて、カウンター席にいた男が顔を向けた。緑の狩人服の男だ。金色の髪の両サイドを刈り上げて、トップだけ長く残してあるので、顔半分が長い前髪で隠れていた。その顔は端麗で肌色は白く耳がウサギのように長い。
あれはエルフというやつか?
ツクシが横目でその男を見やった。そのエルフっぽい男のカルロは手の杯を軽く掲げて、それを悠里への挨拶代わりにした。
「――えっと、ツクシさん。あとはアヤカって奴がいるんですけれどね。姿が見当たらないなあ?」
悠里が形の良い眉を寄せた。ツクシは丸テーブルの上をじっと見つめていた。アルバトロス曲馬団が囲む卓の上は食い散らかした痕跡――空になった皿がたくさんある。食べ物はない。
「ああ、アヤカちゃんは上の部屋にいるよ。食欲ないってさ」
黒い丸眼鏡の青年が答えた。
「あいつ、まだヘソを曲げているのか、いつもわがままばかりいって――」
悠里が顔をしかめた。
「でも、今回だけは、彼女のわがままに助けられたわ」
深紫色のローブの女児だ。口調がその容姿よりもずっと大人びている。八歳ていどの年齢に見えるが――。
「あうぅ――」
陰陽師スタイルの少女が呻いた。
こちらは容姿より幼い印象だ。
「そうですわね、フェデルマのいう通りですわ。認めたくはありませんけれど」
ドリル・ツインテの女がいった。
彼女は手元のティー・カップに視線を落としている。
「アヤカ、凄かったね、久々に見たけど――」
道化の女が呟いた。
「――うん」
視線を落とした悠里を、
「おい悠里、さっさとメシをだな――」
ツクシが唸り声で促した。
「あっ、ああ、そうでしたね! みんな、こちらにいるひとはツクシさんです。ツクシさんは僕の同郷出身なんですよ。仲良くしてやってください」
「――ああ。俺は九条尽だ。ツクシでいいぜ」
ツクシが嫌々の態度で名乗った。
「や、お初にお目にかかります。ツクシさん。僕はアルバトロス曲馬団で冒険者をやっているロランドです」
黒い丸眼鏡の男がロランド。
「私はフェデルマ」
深紫色のローブの女児がフェデルマ。
「わ、わ、わたしは、フレイアです!」
陰陽師スタイルの少女がフレイア。
「ふぅん、悠里の。わたくし、マリー・ルイーズ・ド・カルティエですわ。以後お見知りおきを」
ドリル・ツインテの女がマリー。
「へえ、生きてたんだ。あたしはクラウン、よろしくね、
道化の女がクラウン。
「で、あっちに座ってる人が、カルロさんです。彼はあそこが指定席なんですよ」
悠里がいった。
カウンター席で酒を飲んでいる男がカルロだ。
「ああ、そうかよ。まあ、よろしくな、お前ら――」
ツクシはうつむいていった。
今はお前ら全員どうでもいい。
ツクシは心底そう思っている。
そのツクシを眺めていた悠里が「はっ」と表情を変えて、
「ああ、そうそう、メシだ、メシです! みんな悪いけれど、席を空けてくれないか。僕たちも食事にしたいんだよ」
「ちょうと私たちは食事が終わったところよ」
フェデルマが席を立った。
「ええ、どうぞ、この卓をお使いなさいな」
ツンといい放ってマリーも席を立った。
「アルさんがまだだけど、みんな、もう休もう。きっとショウの件で遅くなるんだろうしなあ――」
ロランドが禍々しい大剣を手に席を立った。
「あぃ――あぎゃあ!」
席を立とうとしたフレイアがその場ですっ転ぶと顔についた護符が宙へ舞う。
「――そだね。休もうか」
クラウンは音もなく席を立った。
ツクシと悠里がようやく席につくと、居心地の悪そうな表情を浮かべたエイダがお盆を持ってきた。運ばれてきた食べ物は、マトンのシチュー(※羊肉をトマトと赤ワインで煮込んだもの)と、パン籠に入った丸い白パン、それと、大きなタンブラーに注がれたエール・ビールだった。
「ゆっくりと食べな!」
吠えたエイダは逃げるように厨房へ戻っていった。そ
その間、ツクシの視線は運ばれてきた料理から外れることがなかった。
「すいませんね、ツクシさん。豪華な食事でもてなしたいところですけれど、カントレイアは食材が完全に自由になる世界じゃないんですよ。この店もメニューはあってないようなものなんです。予約をしておけば、たいていのものは用意できるのですけどね。ここの厨房にいる料理人のセイジさんは何だって作れますから。王都の物流は盛んですけれど、ここのところは戦乱で食材が入手し辛くなってきていましてね。以前は黄色いビール――ピルスナーも好きなだけ飲めたのですけれど、最近は、もっぱら、エールばかりですよ。ツクシさんはワインのほうが良かったですか? 良かったら、低アルコール飲料だってありますよ。
ツクシはもう食っていた。ツクシはシチューの深皿を左手で持ってズズッと飲み飲み、右手の丸パンにかじりつき両方の頬を大きく膨らませ、タンブラーのエールで口のなかのものを腹へ流し込む。一息でツクシのタンブラーは空になった。シチューの入った深皿も空だ。パン籠に何個かあった丸パンも全部なくなった。
あっという間の完食である。
「――あ、ああ、ツクシさん、まだ食べますか?」
目を丸くして悠里が訊いた。
ツクシは長い息を吐いて、
「――うん。まだいくらでも食えそうだが――しかしこれ以上は、俺の胃が受けつけんだろ。俺は二日、ほとんど何も食ってないからな――ああいや、すまん、酒をもらえるか?」
ツクシの胃は食い物を受けつけなくても酒は入るらしい。
苦笑いの悠里が、
「あっ、ミュカレさん、エールをもう一杯ください。あと、パンも追加で!」
「――はぁい。すぐいくわ」
ゴルゴダ酒場宿のウェイトレス――ミュカレがツクシと悠里のテーブル席へ注文の品と一緒にふわふわ歩み寄ってくる。
ツクシは目を見開いた。
腰の下まであるプラチナ・ブロンドの長髪に、柔らかな睫に彩られたスカイ・ブルーの瞳だ。形の良い鼻の下でサーモン・ピンクの唇がつやつや笑っている。肌は青みがかかるほど白い。服装は白いブラウスに紺色のロングスカート、それに紺色の前掛けと地味ではあるが、それでも、ミュカレの色気は地味な服装に抑圧されていない。
ツクシの眉根が寄った。
ミュカレの耳がすごく長い。
毛のないウサギのような耳である。
「――ええと、悠里。もしかすると、この彼女はエロフって奴なのか?」
ツクシが訊くと、
「――エロフ?」
悠里が表情を消した。
ツクシはミュカレを見つめている。
ミュカレもツクシにじっと視線を返している。
悠里はしばらくの間をおいたあと気を取り直した様子で、
「ああ、はい、ええっと――ミュカレさんは、まあ、俗にいうエロフ担当なのかもしれませんが――まあ、エルフ族なんですよ。学術名だと『アルフヘイム・エルフォン』になりますが――あっ、そうそう。ミュカレさん、こちらにいるのはツクシさんです。僕の同郷出身ですよ。まだタラリオンに来て間もないんです。良くしてやってください」
ミュカレがツクシの前にタンブラーを置いて、
「そう、ツクシさんは悠里の同郷なの。私はミュカレ。エルフ族のミュカレ・エルドナ=ウンディーネよ。ゴルゴダ酒場宿でウェイトレスをやっているの。よろしくね」
ミュカレの美貌がツクシの顔に近い。
甘い香りの吐息がツクシの顔にかかる。
「あっ、ああ、俺は九条尽だ。ツクシでいいぜ――」
ツクシは無表情で返した。人外美人のミュカレは高嶺の花が過ぎて対応に困っている様子だ。長い髪をかきあげたミュカレは、「へえ、ちょっと可愛いかも――」と、ツクシへ人外の美貌をさらに寄せた。視線を惑わせたツクシが身体を硬くしていると、「ミュカレ、料理が上がったよ、さっさと運びな!」と、厨房からエイダの大声が聞こえてきた。
「――んもう、すぐ行くから!」
ミュカレは厨房へふわふわ戻っていった。
深刻そうに眉を寄せた悠里が、
「えっと、ツクシさん。ミュカレさんは見ての通りもの凄い美人ですけれど、深く立ち入らないほうがいいですよ。ミュカレさんは男癖が悪いというかですね。すごく面倒な女のひとなんですよ。エルフ族の女性は全般的にそういう特性があるのですけれどね。ミュカレさんは特別にひどいっていうか節操がないというか見境いがないというかですね。ミュカレさんは、いいひとなんですけどね。エルフ的には、もう婚期が遅れていて超必死でおっかないというかですね。まあ、そういう感じですから気をつけてくださいね。ミュカレさんに泣かされた男はいっぱいいますよ。数え切れません。マジですよ。あとエルフ族って五百年近く生きるんです。ミュカレさん、若く見えても、実際は百歳超えていますよ。ぶっちゃけ、ババアっすよ、あれ」
「へえ、それはありきたりだ。綺麗な薔薇には棘があるか――」
ツクシは口角を歪めながら、その綺麗な薔薇――ミュカレの運んできたエールに口をつけた。ぬるくて泡立ちが悪いものだ。
甘くて麦の味が濃い――。
「――おっ、お前らやってるな。俺も失礼するか」
ここで、帰還してきたアルバトロスが、外套と鍔広帽子を椅子の背もたれに置いて、
「おーい、ミュカレ、赤ワインと食い物をすぐに頼む、杯は三つだ!」
「お疲れっした、おやっさん」
「悪いが先にやらしてもらったよ、アルさん」
悠里とツクシがいったところで、ミュカレが盆を持ってやってきた。盆の上には太い瓶のワイン、金属製のゴブレットが三つ、分厚く切られたハムと数種類のチーズと茹でたジャガイモが盛られた大皿がある。
「――アル、お待ちどうさま」
ミュカレが料理と酒の杯を卓へ並べた。
「ミュカレはいつも仕事が早いな――」
アルバトロスは呆れ顔だ。
「だって、アルは昔から気が短いんだもの。それに仕事が早いのはセイジさんよ。おつまみが有り合せで申し訳ないです、セイジさん、そう伝えてくれって」
ミュカレが長髪を舞わせて背を向けた。ツ
アルバトロスが赤ワインの瓶を手にとって、
「ツクシ、悠里、お前らもやれ。皿のものも好きに食え」
有無をいわさない。三つあるゴブレットへアルバトロスから赤ワインが振舞われた。その渋みが歯茎に沁みそうなほどの重い色合いだ。
「悪いな、遠慮なくやらせてもらうぜ、アルさん」
「あっ、おやっさん、いただきます」
「ま、ツクシ、お前への挨拶みたいなものだ」
男たちは軽く杯を掲げるとそれぞれ一息に杯を空にした。
「それで、おやっさん、その、ショウの親父さんは――」
悠里がいい淀んだ。視線が卓の上へ落ちている。ツクシは何も訊かなかった。しかし、アルバトロス曲馬団に何が起こったかはおおむねで察しがつく。死人が出たのだろう。
「――いや、親父のほうはサバサバしたもんだったぜ」アルバトロスがいった。「北部戦線へ行くよりはマシなんだろうが、冒険者に危険がないわけじゃないからな。俺もショウの親父へいい聞かせてあった。それにショウの親父と俺は長い付き合いだ。俺に当り散らすようなみっともない真似はしないさ。それよりなあ、悠里。面倒だったのは俺たちがあそこで鉢合わせた魔帝国の遊撃部隊のことだ」
「アヤカが全部ミンチにしちゃった――」
「そのミンチのなかに魔帝国の精鋭――『
「ええ、どうも、そのように見えましたね」
「だから、王国軍のお偉いさんにその件をしつこく訊かれた。そっちのほうが時間を取られたぜ。その上でだ。ジークリットの奴まで顔を突っ込んできやがってな――」
「あのひと、もう来ていたんですか?」
「役所のロビーで俺を待ちかまえていた」
「本当に地獄耳ですね――」
「いや、例によってあれは俺たちの仕事に裏から手を回してたんだろ――ジークリットが絡むと面倒事がさらに面倒になる。奴は気を回したつもりなんだろうがな。こっちはいい迷惑だ――」
しかめっ面のアルバトロスが口を閉じると卓の上は沈黙した。夜半過ぎだ。騒がしかったゴルゴダ酒場宿も空き席が目立つ。まだ席にいる客はたいてい落ち着いた態度で会話を交換している。白熱しているのはカードを使った博打をしている丸テーブル席のひとつくらいだ。入店したときは、この喧噪が夜明けまで続くのかと、ツクシは驚いたのだが、しかし、そういうわけでもないようだった。
まあ、男には明日の仕事もあるだろうからな。
仕事、仕事かあ――。
そう考え始めたツクシが訊いた。
「アルさん。この世界の冒険者ってのはどんな仕事をするんだ?」
「――うん。ツクシは悠里と同じ境遇だったな。この世界のことを知らないのも無理はない。ここはアルバトロス曲馬団の営業担当に説明してもらおう」
じゃがいもを食っていたアルバトロスがフォークの先で悠里を指名した。
ニコッと笑った悠里が、その笑顔をクルッとツクシへ向ける。
顔を歪めたツクシへ、
「僕にまかせてください、ツクシさん!」
力強く頷いて見せた悠里が、
「ツクシさん、冒険者団というのはですね、日本でいうと、派遣労働者が作る団体みたいなものなんですよ。その冒険者団がする一番多い仕事は隊商の護衛だとか、船の荷卸の際の警備とかなんです。規模が大きい冒険者団は隊商そのものを――運輸を請け負うこともありますよ。そのとき、個人で手紙なんかも各地に配達して小遣いを稼ぐセコい奴もいますね。もちろん、荒仕事も多いです。一番多いのは、内地に出没する
話が長い。
ツクシの顔から表情が消えた。
アルバトロスは茹でたジャガイモを黙々と食っている。
悠里の話はまだ続く。
「冒険者団の仕事は、区役所の隣にある冒険者管理協会館で紹介してもらいます。冒険者管理協会は、タラリオン元老院が直轄する内務省の下部組織になるんです。そうだなあ、日本でいうとあれは職業安定所みたいな感じですね。冒険者管理協会は、紹介料だとか名簿管理料だとか冒険者保険料だとか慰労会費だとか、まあ、そんな名目で報酬をピンハネしたりもします。冒険者管理協会は、タラリオン王国政府の省庁の下部組織ですからね。要するに税金の徴収ですよ。この点、個人的にとても不愉快です!」
そこで、悠里が鼻息を荒げた。ツクシは空になった杯をもてあましていたアルバトロスへワインを注いでやった。次にツクシは自分の杯も手酌で満たして、そのワインの瓶を悠里へ渡した。悠里の杯も空だった。
悠里は自分の杯へワインを注ぎながら、
「まあ、ともあれですよ。冒険者管理協会で仕事の紹介を受けたあと、冒険者団の営業担当は雇用主と直接交渉をするわけですね。仕事内容の確認とか、報酬とか、雇用期間とか、まあ、仕事を遂行する上での細かい摺り合せですよ。ぶっちゃけていえば、話の内容はほとんど金銭面での腹の探りあいですね。そこで、団の営業をやっている僕の出番にですね――」
「――悠里、ワインがこぼれているぞ」
酒の杯の縁を噛んだツクシが指摘すると、「あぁあっ!」と、声を上げた悠里が営業トークをようやく止めた。アルバトロスが悠里の鼻面へ杯を突きだした。それに悠里がワインを注いだ。ツクシの空になった杯へも悠里がワインを注ぐ。
アルバトロスが杯を傾けながら、
「ツクシ。まあ、冒険者はそんな仕事をしているわけだ」
「へえ、要するに冒険者ってのは何でも屋なんだな――」
ツクシは頷いた。
「――まあ、そうですね。実際、何だってやりますよ」
一息に杯を干した悠里である。
空にした杯を卓へ置いたアルバトロスが、
「それで、ツクシ、お前はこれからの身の振り方をどう考えてる?」
エメラルド・グリーンの義眼がツクシの顔を映していた。悠里もツクシの横顔を見やった。ツクシは杯の赤い水面にある自分の顔を見つめていた。
そこに不機嫌が映っている。
「――俺か。俺は日本へ帰る道を探そうと思う」
低い声で、はっきりと、ツクシはいった。
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