159:第三波(2)

「エルマー!第1の各中隊をガリエル側の街門3箇所に配置!ハヌマーンの突破に備えてバリケードを構築しろ!」

「わかりました!」

「イザーク!第2はミュンヒハウゼン軍とともに街壁の上に回れ!守備大隊とともにありったけの矢と魔法を射かけろ!」

「了解だ!」

「ウォルター!第3は後背に布陣!ハヌマーンどもが南東に抜けるようなら、裏門から出撃して撃滅しろ!サムエル!第4は予備戦力だ!要請に応じて、兵を回してくれ!」

「わかった!」

「了解!」


 オズワルドは各大隊に矢継ぎ早に指示を与え、自身はガリエル側の中央街門の上に走り出す。


「オズワルドさん!」

「ミカ!一緒に中央街門に来てくれ!撃ち所を見極める!」

「はい!」


 途中で美香と鉢合わせしたオズワルドは怒鳴り声を上げ、二人は連れ立って中央街門へと走り出す。オズワルドは後ろを振り返り、ゲルダとともに二人を追いかけるレティシアに苦言を呈した。


「レティシア様!危険だ!あなたは下がってくれ!」

「嫌よ!私は、ミカとともに居ると決めたの!それに私は、『地を知る者』よ!ロックバレットくらいは、ばら撒けるわ!」


 美香との付き合いとともにレティシアとも長い時間を過ごしているオズワルドは、彼女の強情さを嫌と言うほど知っている。オズワルドは早々に説得を諦め、仏頂面で宣言する。


「わかった、レティシア様。その代わり、私の命令に従ってくれ」

「わかりましたわ!」


 四人は、美香の護衛小隊に所属する数名の女性騎士達とともに、中央街門へと駆け抜けて行った。




「〇×□%% ××&&&□! 〇×$$!」

「□〇#+△ 〇〇%$$ +\\▽!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 夥しい数のハヌマーン達が、一斉にハーデンブルグに押し寄せ、眼前の草原は瞬く間に茶色一色に塗りつぶされた。街壁の上に並ぶ兵士達は、茶色の絨毯に向かって一斉に弓と魔法を斉射する。


「撃てえええええええ!」

「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」

「汝に命ずる。風を纏いし見えざる刃となり、巴を成せ。我に従って三陣に空を凪ぎ、彼の者を切り刻め」

「汝に命ずる。礫を束ねて岩となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」

「汝に命ずる。氷を纏いし礫となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」

「×〇〇&&& □△+%!」

「〇□\\ 〇$$%▽× □&&&!」


 地水火風の魔法がハヌマーン軍に吸い込まれ、茶色い絨毯のそこかしこに血や炎の赤い染みが浮き上がる。しかし、赤い染みはすぐに茶色で上書きされ、押し寄せる茶色を押し留める事ができない。


「汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、彼の者の前にそびえ立て」

「汝に命ずる。氷を纏いて大いなる巌を成し、彼の者の前にそびえ立て」

「○○×□$ %%&〇! □〇▽%%!」

「投石が来る!頭を下げろ!」

「ぐわぁぁぁぁ!」

「畜生!数が多すぎる!」


 街門へと殺到するハヌマーン達を押し留めようと、何人もの魔術師達が街門の前にウォール系を乱立させるが、ハヌマーン達はウォール系に群がり、数と膂力に任せて次々と引き倒す。街壁という位置的優位を生かし、兵士達は魔法や弓を乱れ打つが、ハヌマーン達も投石で応戦する。ハヌマーン達の投石術は稚拙で命中率も低かったが、万を超える数がその不利を補い、兵士達に少しずつ犠牲者が出てくる。兵士達だけでは数が足らず、市民達さえも民家を壊して取り出した煉瓦を抱えて街壁へと駆け上がり、眼下へと次々に落とすのを繰り返していた。


「汝に命ずる。汝は螺旋を描く、炎の舞踊者なり。その四肢をもって彼の者の手を取り、抱き、共に舞え。さすれば彼の者は汝の熱き抱擁に心惑い、身を焦がすであろう」


 突然、中央街門の前に炎の渦が巻き上がり、街門に張り付いていたハヌマーン達が火達磨になって逃げ惑う。燃え上がる炎を前に、ハヌマーン達の突入が止まり、中央街門の前に奇妙な空間が出現する。


「ミカ!君は撃たなくていい!『槍』のために温存してくれ!」

「はい!後はお願いします!」


 突然の戦況の変化に一瞬我を忘れた兵士達だったが、背後から聞こえてきた声に色めき立った。


「ミカ様だ!御使い様が来てくれたぞ!」

「御使い様に、余計なお手間をかけさせるな!我々が、血路を開くのだ!」

「「「おおおおお!」」」


 次々に歓声が沸き上がる中、中央街門上に駆け込んだ美香達は、レティシアが立てた「ストーンウォール」の後ろに身を隠し、戦況を窺う。オズワルドは左腕に据え付けたバックラーで投石から身を守りながら仁王立ちし、兵を鼓舞する。


「ハヌマーンの数は多く、攻撃は激しい!しかし、ハヌマーンにこの壁は破れない!この壁が我々を守護したもう!ハヌマーンの血で、この壁を赤く染め上げるのだ!」

「「「おおおおお!」」」


 街壁を巡る戦いは、激烈さを増しながら膠着状態へと陥っていった。




 ***


「〇×□ &&%×▽△ ÷@\&%%□ $□□…」


 氷の族長は、目の前に横たわる長大な石の堰を見ながら、舌打ちをする。


 何とも忌々しい堰だ。我々の膂力をもってしても、突き崩せないとは。力で劣る人族が今日までしぶとく生き延びてこれたのも、頷ける。だが、それも昨日までの話だ。今日、この堰は食い破られ、サーリア様への道が開ける。サーリア様、今しばらくのご辛抱を。


 背後から近づいて来る地響きをその身で感じながら、氷の族長は、雄叫びを上げる。


「×〇〇△$ □&&÷&!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 氷の族長が率いる本軍は人族の堰に噛り付いた同胞をそのままに左右に分かれ、後背から近づく複数の小山が、ゆっくりと人族の堰へと近づいて行った。




 ***


「畜生!ハヌマーンめ!何て事を考えやがる!」


 北側の街門上で陣頭指揮を執っていたイザークが、呪詛の声を上げた。


 街壁に帯状にへばり付いて街門を叩き、こじ開けようとするハヌマーンの群れ。その群れから距離を置き、後方から石を投げつけていたハヌマーン達が、一斉に左右に割れる。そして少数のハヌマーンに先導され、左右に割れたハヌマーンの間を縫うように、後方からゆっくりと近づいて来る、7つの小山。


「…ロック、ドラゴン…」


 急速に静まり返る街壁の上で、誰かの呟きが辺りを漂う。途端に、重苦しい静寂に抗おうとする部隊長の叫び声が上がる。


「止めろ!何としてでもロックドラゴンを、止めろ!」


 どうやって?


 部隊長の叫び声は空しく宙を漂い、静寂に飲み込まれる。大隊クラスで立ち向かおうとも、たった1頭の進路変更もままならない、ロックドラゴン。それが同時に7頭。しかも、その手前には万を超えるハヌマーンが立ち塞がり、近寄る事もできない。


 ロックドラゴンは、V字型に横に並んだまま、先導するハヌマーンの小さな群れを追いかけるように、ゆっくりと近づいてくる。途中、1頭のロックドラゴンが立ち止まり、前方のハヌマーンの群れにロックブレスを射出した。


 ロックドラゴンから放たれた巨岩は、囮のハヌマーンを轢き潰すとそのままハーデンブルグへと押し寄せ、崩壊しながら大量の石礫を撒き散らし、街壁にへばり付くハヌマーン達を滅多打ちにする。すぐさま左右に分かれたハヌマーンの群れから囮のハヌマーンが飛び出し、ロックドラゴンの先導を再開する。


「…終わりだ。…ハーデンブルグは、終わりだ…」


 兵士達は、眼下に群がるハヌマーンらの存在を忘れ、呆然と7つの小山を眺めていた。




 ***


「…街壁に居る皆さんに、伝令を。皆、物陰に隠れて下さい」

「「「…は、はい!」」」


 ゆっくりと近づいて来るロックドラゴンの群れを視界に収めたまま、呆然と佇んでいたオズワルドの耳に、少女の声が聞こえて来る。


「…ミカ?」


 背後から少女の名前を呼ぶレティシアの声を聞きながら、オズワルドが後ろを向くと、街壁を駆け出した女性騎士を見送る、少女の後姿が見えた。


「ミカ?」


 豪胆なオズワルドでさえ、少女の名を呼ぶ事しかできない。まるで時間が停止したかのように皆が動きを止める中で、ただ一人の少女が自由に動き回り、オズワルドの脇を通り過ぎ壁際に躍り出ると、背後へと振り返る。


「オズワルドさん」

「…」


 オズワルドの目の前で、少女が三人を見渡す。


「レティシア」

「…」

「ゲルダさん」

「…」


 少女は、再びオズワルドへと向き、照れ臭そうに微笑んだ。




「みんな、またね」




「汝に命ずる。大地より鉄を吸い上げ、灼熱を抱いて鋼の球を成せ。球の直径は2m、我の上空200mに舞い、青炎を纏いて我に従え」

「ミカ!お願い!止めて!」


 レティシアは、三人に背を向けて右手を上げ詠唱を開始した美香に縋りつき、泣きながら懇願する。


「お願い!その詠唱を止めて!あなたのせいじゃない!あなたが立ち向かうべき事じゃない!お願い!行かないで!愛しているの!あなたの事を愛しているの!だから…お願いだから…その詠唱を止めてぇ…」


 立ち昇る黒い靄の中で、レティシアは膝をついて美香の腰に腕を回し、溢れ出る涙をそのままに、蚊の哭く様な声を出す。美香は腰にレティシアを纏わりつかせたまま、右手で天空を指し、ロックドラゴンを見据える。


「ミカ!」

「ミカ!…アンタ…!」


 オズワルドとゲルダが二人に駆け寄り、横合いから美香の顔を覗き込む。しかし、美香は二人には見向きもせず、ロックドラゴンを見据えたまま微動だにしない。


「…最期まで、君に付き合おう」

「…仕方ないねぇ」


 オズワルドが静かに美香の脇に膝をつき、両腕を広げて美香とレティシアを抱え込む。ゲルダが観念した様に呟き、背後から手を添えた。そして、オズワルドとゲルダの二人も顔を上げ、地響きを立てて近づいて来るロックドラゴンの群れを見据える。


 やがて、四人を取り囲んで立ち昇っていた黒い靄が消え去ると、美香の上空、青空の下に一点の黒い染みが浮かんでいた。高く舞い上がった黒い染みは、長大な黒槍と比べると遥かに小さく、時折橙色に滲み出るように輝き、青炎と白煙を吹き上げている。


 街壁から200mほど向こうでロックドラゴンが次々に立ち止まり、大きく口を開けて地面から岩塊を撒き上げる。街壁に貼り付いたハヌマーンの群れが雄叫びを上げながら何度も得物を叩きつけ、街門が悲鳴を上げる。


 でも、何もかも、これでお仕舞い。


 美香は天空を指し示す右腕をロックドラゴンへと振り下ろしながら、静かに呟いた。




「――― 俯角四十五度、秒速10km。一閃の流星と化して大地を穿ち、全てを粉砕せよ」

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