10:罠

 茂みに潜んでいたのであろう、14~5人の男達が森から駆け下り、柊也達の一団に向かってくる。荒くれた雰囲気の男達で、皆一様に剣を持っているが、防具はせいぜい革鎧を付ける程度。その装備に統一感はない。弓士や魔術師はおらずバランスを欠いており、いかにも盗賊という名が似つかわしい雰囲気だ。しかし、人数だけで言えば、柊也達の3倍近くおり、油断はできない。


「ちっ!応戦する。シュウヤ殿はここに居てくれ!」


 そう柊也に声をかけたハインリヒは、詠唱を開始しながら、男達の方へと向かう。馬車で待機していた御者が慌ててこちらに向かってきており、途中ですれ違った。


 襲われた騎士達は、しかしさすがに戦いに慣れており、巧みな戦術で人数の不利を補おうとしている。二手に分かれて押し寄せてきた男達だったが、左翼は2頭の騎馬が突貫し、早くも恐慌をきたしている。一方、右翼は徒歩の騎士2人が巧みな剣捌きで遅滞防御を繰り広げており、じりじりと下がりながらも戦線を維持し、相手に手傷を負わせる。己の装備を熟知する2人は、相手の装備が劣悪な事を見抜き、相手の振り下ろした剣を手甲で受け流しつつ、生じた隙に剣を捻じ込んだ。


「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」


 相手が軽装で防御が薄いと判断したハインリヒは、火力より数を優先し、言葉を紡ぐ。それでも彼の持つ「獄炎」により通常の倍ほどにも膨れ上がった3つの火球は、右翼を守る騎士の頭上を飛び越え、遅れて駆け寄ろうとする男達に降り注ぐ。4人の男が炎を体に纏わりつかせ、その場でのたうち回った。


「シュウヤ殿!」


 突然、馬上の一人が柊也の方を振り向き、緊迫した声を挙げる。ハインリヒもその声に釣られ、柊也の方を振り向くと、逃げ込んだと思われた御者が短剣を振りかざし、柊也に襲い掛かっていた。


「くそっ!汝に命ずる。風を纏いし見えざる刃となり、我に従え。空を駆け、彼の者を刻め」


 ハインリヒは急いで「エアカッター」を詠唱し、御者と揉みあう「柊也に対し」射出する。詠唱に応じ、見えない刃が二人へ襲い掛かろうとしたその瞬間。


「あっ…!」


 ハインリヒは、柊也が岩棚から身を投げるのを見た。


 御者は慌てて柊也から手を放し、岩棚から落ちまいと踏ん張っていたが、柊也が身を投げた事で体が入れ替わり、右肩にエアカッターを受け、鮮血が跳ねる。その反動で、御者も岩棚から足を踏み外し、ハインリヒの視界から消えた。


「シュウヤ殿!」

「ハインリヒ殿!後ろっ!」

「っ!汝に命ずる。風の層を成し、彼の者を阻め」


 騎士の声に反応し、ハインリヒは振り返ると同時に「エアクッション」を唱える。途端、ハインリヒと、襲い掛かってきた男の間に風が吹き荒れ、お互いが後ろに吹き飛ばされた。後退に身を任せながらもハインリヒは詠唱を続け、腕を振り下ろす。


「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、我に従え。空を駆け、彼の者を打ち据えよ」


 ハインリヒの放った火球は弧を描いて飛び、剣を持ったまま大きく仰け反り、たたらを踏む男へと吸い込まれる。直後、男は炎に包まれた。


「ハインリヒ殿、大丈夫ですか!?」

「ああ、何とか。大丈夫だ」


 馬上の1人が馬を降り、転げまわる男に止めを刺しつつ、ハインリヒに駆け寄る。一息着く事ができたハインリヒは、騎士に礼を言い、乱れた髪を拭いつつ戦況を確認する。下級魔法とは言え、4連続の詠唱を行ったハインリヒは少なからず疲労を覚えており、少しの時間、息を整える必要があった。


 すでに戦いは決しており、騎士達は残敵の排除に取り掛かっていた。もう1騎の騎馬は、走って逃げようとする賊を背後から駆け寄って仕留め、徒歩の2人はハインリヒの火球で浮足立った男達に突入し、一人ひとり止めを刺しているところだった。徒歩の1人が左腕を折られたようで、右腕だけで剣を振っているが、賊はすでに戦意を喪失しており、大勢に影響はない。


「できれば、二人ほど生かしておけるか?尋問したい」

「努力します。ただ、こちらも頭数が少ないので、厳しいかと。残敵の有無も把握できておりませんので」

「索敵も考えたら、頭が足らんか。わかった。全員斬っておけ。最後まで生き残っていたら、尋問しよう」

「畏まりました。それよりも、まずはシュウヤ殿を」

「ああ、急ごう」


 そう言って、騎士は一旦仲間の下に向かい、怪我をした1名を連れて戻ってくる。残りの2名は、索敵と警戒を開始した。


「シュウヤ殿、何処だっ!返事をしてくれっ!」


 ハインリヒは岩棚に駆け寄って下を覗き込み、声を張り上げる。ハインリヒ達のいる切り立った崖は、7~8mほどの高さから反り返るように湖面に吸い込まれており、まるで滝つぼの様に、眼下まで豊かな水が押し寄せている。波は比較的穏やかで、視界を遮るものは何一つないが、柊也はおろか、御者の姿も見当たらない。


 戻ってきた騎士が、柊也の姿を探しつつ、独語する。


「しかし、あの御者は何故突然シュウヤ殿を襲ったのだ?」


 その途端、ハインリヒは突然顔を顰め、声を荒げる。


「ああ、しまった!そういう事か!やられた!」

「ハインリヒ殿、如何した!?何か心当たりが?」

「ああ、おそらく、あの御者は魔族だ。シュウヤ殿が対ガリエルの先鋒として召喚された事を察知し、動向を探っていたのだろう。そして、今日ここに来る事を突き止め、先回りしたんだ」

「何!?つまり、あの敵襲は、魔族の差し金だと?」

「ああ、我々をシュウヤ殿から引き離し、あの御者がシュウヤ殿を弑するためにな。それならば、全ての辻褄が合う」

「なるほど。何と悪辣な」


 そう。これがハインリヒの仕掛けた罠。騎士の目を眩ませ守りを引き離し、柊也を手にかけ、かつハインリヒの無実を証明する、三重の罠。


 その推測を裏付けるかのように、騎士が1人駆け寄り、ハインリヒに告げる。


「賊が吐きました。パウルという男から金を貰って、我々を襲ったそうです」

「パウル…。ハインリヒ殿、確かあの御者の名前は…」

「ああ、…パウルという名だった」


 事実である。しかし、賊がパウルと名乗った男から金を貰ったのは事実だが、その男が御者と違う顔立ちであった事を、騎士は知らない。


「ハインリヒ殿、見てください!あの右の辺り!」


 会話に加わらずに湖面を凝視していた、怪我をした騎士が、湖面の一点を指さし、声を荒げる。ハインリヒがその方向を見ると、一様に暗青色に染まる中、淡い丸みを帯びたものが水中を漂っているのが見えた。


「あれは、…人の背中か?」

「どっちだ!?シュウヤ殿か?御者か?」

「流石にそこまでは無理です。遠すぎます。水没していて、右腕の有無も判別がつきません」

「しかし、これ以上近寄ろうにも…」


 そう。彼らがいるのは崖の上だ。この辺りは両側500m近く崖が連なり、湖面に近づくには大きく迂回するしかない。辺りには船もなく、しかも。


「…確か全員、泳ぎは不得手だったな」

「私は多少泳げますが、今はこの有様ですから」


 怪我をした騎士が、力の入らない左腕を持ち上げて答える。


 義務教育で水泳を学ぶ機会がある日本とは異なり、この世界では泳げる者は少数派である。その上、この地形の悪さだ。仮に体が万全であっても、500mも湖岸がない以上、途中で力尽きるのが関の山だった。


「かと言って、手をこまねいているわけにもいかん。ヴェルツブルグに早馬を出してくれ。救護を呼ぶんだ。残りは捜索を続ける。どちらかわからん以上、もう一人見つけなければならないのだからな」

「はっ」


 何とかもう一人見つけなければ。男達は行動を開始する。言葉は同じ、しかし魔術師と騎士とで、その言葉の持つ意味を真逆に捉えながら。

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