第2話 困っていること
――あれから二年後。
あたしは五つになった。
その間に、お兄様にはめられて、公爵様を『お父様』。
奥様を『お母様』で、若様を『お兄様』って呼ぶようになった。
執事さんはそのままの呼び方で。
そして実は最近。
とても困っていることがあるんです。
それは、親馬鹿過ぎて、ピンクばかりで室内を統一。
さらには、壁紙まで花柄のピンクにするお父様とか。
パステルカラーでびっらびらのドレスばかり買ってくるお母様とか。
お父様とお母様がイチャイチャして、居づらくなった時、あたしをだしにその場を離脱するお兄様とか。
執事さんが作るおやつが、すっごくおいしいとか。
そんなことじゃなくて、もっと大変なの!
毎日、夕飯の時間。
絶対その話になるの。
お父様とお母様の娘になって攻撃……。
一年前まで何も言わなかったのに。
……って、確か会った直後に言ってた様な気が…………。
でもね、そんな言葉だけじゃないの。
書類を用意しているの。
もちろんペンも。
お父様とお母様は何がしたいの?
この国ではあたしは人間だけど、隣の国は人間じゃなくて物なんだよ?
殺されても文句の言えない奴隷なの。
それなのに正式な書類を用意するって……。
あぁ、そういえば。
あたしがこの家の子になった翌日。
お父様の運転で、お母様とお兄様と一緒に、屋根なしの馬車に乗った。
それからお父様が、王様から任されている? この土地を見せてくれた。
緑豊かな土地と、きれいな川。
林では小鳥が歌う、楽しげな声。
みんなキラキラ輝いてた。
お父様は人に会うたびに馬車を止めて、あたしを『娘です』と、自慢するの。
家では見れない、初めて会ったときの立派な公爵様の顔で……。
あたしが唖然としていると、お父様の言葉を聞いたみんなは嬉しそうで、口々に『おめでとう』っていう。
また馬車が走りだすと、農作業をしていたおじさんや、おばさんが気さくに話しかけてくる。
お父様たちは、その人たちと、にこやかに笑って話してた。
でも、あたしは知らない人だし、化け物だしで黙ってたの。
そしたら、あたしの顔より大きなカボチャをくれたおばぁちゃん。
『可愛いらしお耳の女の子だねぇ』って、くしゃくしゃの顔をより一層くしゃくしゃにして笑ったの。
おばぁちゃんの笑顔は嘘じゃなかった。
『もっと顔を良く見せてくれないのかい?』って悲しそうに言うんだもん。
つい、『あたし化け物だよ』って言っちゃった。
公爵家のニコラになったのに……。
でもおばぁちゃんは、そんなあたしに、
『おやまぁ。あたしゃあんまり愛らしいもんだから、妖精さんかと思っちまったよ』って声高らかに笑ったの。
だから『初めて化け物以外に思われた』って、ぽろっと口から出ちゃった。
そしたらみんなして笑うの。
隣にいたお兄様に、『どうして笑うの?』って聞いた。
『ニコが気づいてないから』って笑いながら言ったの!
理由を言うまで食い下がってやろうと思ったけど、お兄様にかわされちゃった……。
お兄様は武術もだけど、あたしの言葉だって、のらりくらりと躱すんだもん。
いつもお兄様と話してるとあたしが負けちゃう……。
だからね。
あたし決めたの。
お兄様を言葉で言い負かしてやるって。
だから土地? をみてしまって、お家に帰ってすぐ。
執事さんに言ったの。
『どうすればお兄様に言葉で負けないかなぁ』って。
返事はすぐに帰ってきた。
『お嬢様はそのままでよろしいのですよ』って。
このままじゃダメだから相談してるのに!
そして、あたしはお兄様に言葉で負けないように、お家にある本を読むことにしたの。
だけどいくら呼んでもお兄様の言葉に勝てない。
いつもお兄様が仕掛けた罠にはまっちゃう……。
あたし、『たんじゅん』なのかな?
それに、出会う人たちはみんな、あたし嫌いな長い耳を可愛いって言って、赤い目をきれいっていうの。
とっても不思議。
二つともあたしは大っ嫌いなのに……。
でも、お父様とお母様、お兄様が『可愛い』って言ってくれるから、まぁ……いいや!
って! 話脱線しちゃったよ!!
実はね、さっき。夕飯だけって言ったでしょ?
でもね。
今日はお父様とお母様が、出会うたびに『娘になるってサインして!!』って言ってくるの。
しかもすっごく必死に。
本当に怖い。
だから、あたしは庭の木に本を持って非難しているの。
ここなら誰にも見つからないと思うからね。
でも、お兄様が――。
「ニコ見っけ」
ほら、下に。
あれ居ない。
「下なんか見てどうしたの?」
やや上。
お兄様が人を小ばかにした笑みを浮かべている。
すっごく腹が立つよ。
今読んでる本を投げつけてもいいかな?
いいよね。
よし、投げよう。
ケッテー!!
「それ投げたら。ニコ、おやつ抜きね」
……鬼ぃ様のばか…………!!
あたしはおやつ抜きにはなりたくない!
ということで。
素直に投げようとしていた本を抱きしめましたとも……。
いつかお兄様をぎゃふんと言わせてやる!!
どうすればお兄様をぎゃふんと言わせられるかな?
……落とし穴作って落として、埋めちゃう?
でもなぁ…………。
仕返しが怖いんだ……。
あのね。
ちょっと前、お兄様に川に落とされて全身びっしょりになったの。
ずっとお兄様の悪戯にはムカついてたんだ。
だから、積もり積もったムカつきが、爆発したの。
で、その日の夜。
お兄様の顔にちょびひげをペンで書いたんだ。
んで、次の次の日。
起きたら、あたしの顔全体が、おばあちゃんの様にしわをペンで書かれてたの……。
水がためてあるとこまで行って、頑張って落としたんだ。
あたしの姿を見てお兄様は大爆笑して、床を叩いてた……。
すっごく腹が立ったの!
でも、あれからあたしはお兄様に何されても仕返ししなくなった……。
だから、ばれなきゃいいんだよ!!
でも、それが難しいの。
誰か教えてくれないかなぁ。
お兄様をぎゃふんと言わせる方法……。
「あ、ニコ」
木から下りたお兄様があたしを呼ぶ。
すっごく驚いた。
だって、持っていた本を放り投げるとこだったもん。
「な、何。お兄様」
「忠告。早めに父さんと母さんにあきらめさせた方がいい」
お兄様の言う意味が解らなくて、つい小首をかしげた。
「どうして?」
「……寝てる時にサインさせられたくなければな」
「そんなことお父様とお母様がするわけないと思うよ?」
「やられたんだよ」
お兄様、笑顔だけど、目が笑てないよ……。
すっごく怖い。
あたしは「わかった」って言う。
そして、目をサッとそらす。
何度も言うけど、怖いんだもん!!
でも良かった。
あたしの考えが、ばれたんじゃなくて。
「ニコ。落ちないようにね」
「落ちないもん!」
なんかお兄様に馬鹿にされた気がした。
案の定。
お兄様はすっごく笑って、どこかに行った。
嫌な予感がするの。
あたしの本能(?)がここを離れるようにいている。
ということで、あたしは本を手に、登ってきたように木から降りた。
さて、今度はどこに避難しようかな……。
自分の部屋は論外。
屋根裏……すぐ見つかった。
庭、お兄様に見つかった。
あれ、そういえば全部お兄様にあってからすぐ見つかったような気が……。
「居た! ニコォォォオオォォォォ!!」
お父様の声。
手には白い紙。
後ろにお母様と執事さん。
……見 つ か っ た。
あたしは持っていた本を投げ捨てて走り出す。
後ろには紙を持つ恐怖の三人。
そして、『もしかしたら』。
から『絶対』に変わった。
お兄様だ!
絶対。お兄様がお父様たちに、あたしが隠れてる所を言ってたんだ!!
ひどい!
なんで黙っててくれないの?!
もう、絶対ぎゃふんと言わせること考えてやるんだから!!
って、そんなことより!
もっと早く逃げないと!!
……でも、逃げてもまた、この話は続くんだよね?
だったら娘じゃなくて、別の形でこのお家のためになれないかな?
例えば、執事さんみたいに……。
……それだ………………!!
「ニコ捕まえた!」
「ほわぁ?!」
急にお父様に抱きつかれたせいで変な声が出た……。
でも、解決策が出来たからいい!
あたし気にしないもん!!
よし、言ってやる。
絶対言ってやるんだから!
「どうじで逃げるんだい、ニゴォォォオオォォ!!」
……お父様汚い。
涙と鼻水で顔がすごいことになってる。
これで顔が整ってなかったらもっとひどいんだろうけど。
顔が整い過ぎてるから。
マイナスがマイナスに見えないの。
あたし、もう頭がおかしいのかな……。
お母様は座り込んで、肩で息してて苦しそう。
執事さんは息ひとつ乱してない。
なんで?
なんで、お父様と執事さんは息切らしてないの?
あたしは走り過ぎで、体全部が痛いんだけど。
息するだけで痛いんだよ……?
しゃべれないよ。
ぜぇぜぇ言ってるけど。
これでしゃべれたら、お父様に顔をぬぐうように言うのに!
お父様。
お母様の心配してあげてよ。
あたし、今しゃべれないから。
でも、あたしと一緒で、お母様もしゃべれないかもだけど。
変人公爵一家の義妹 双葉小鳥 @kurohuji
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