変人公爵一家の義妹
双葉小鳥
第1話 幼女と公爵一家
初めまして。
あたしはニコラ。
人間の両親から生まれた、赤い目で兎の耳を持つ異形の先祖がえり。
お父とお母は、初めての子供が化け物ですごく落胆していたの。
だからお爺とお婆に押し付けた。
生まれたばかりのあたしを、お爺とお婆はとてもかわいがってくれたの。
でも、二人とも殺されちゃった。
あたしがいるせいで。
二人が殺されて、お父とお母は、あたしを見たくないから遠く離れた都市まで来て、裏道に置いて行ったの。
うわべだけの笑顔を張り付けて、『ここで待っていてね』って言って。
あたしは分かっていたの。
それが嘘だって。
だから、『生まれてきてごめんなさい』って笑って言ってやったの。
二人は驚いた顔をして、さっさとどこかへ行った。
生まれた時の二人の驚いて、落胆した顔。
優しかったお爺とお婆の顔。
二人が殺された時の姿。
全部覚えてる。
でも、あたしは生きるの。
お婆が血をいっぱい流しながら、小さな声で聞き取りにくかったけど『生きて』っていったから。
だからあたしは、見ず知らずの人に泥や石を投げられても、生きなきゃいけないの。
暴力に屈しちゃダメ。
死のうとか、絶対考えちゃダメ……。
でも、それに必死に耐えてたけど季節が変わって、寒くて、お腹がすいて、ふらふらで、目の前がかすむ。
あたしは小さな段差につまづいて、転んだ。
頑張って立ち上がろうとしたけど、少ししか動けなかった。
(もうだめなのかな……。お爺、お婆ごめんね。言いつけ、守れないみたい…………)
遅れて感じた全身の痛み。
(もうすぐ、この痛いのなくなるのかな……そしたらきっと、髪の毛みたいに黒い、カラスとか、そう言うのに食べられるのかな……?)
ぼんやりする頭で、そんなことを考えてみる。
そしたら、あたしに近づいてくる足音。
(あぁ……このままじゃ蹴られる)
以前、男に蹴られたことがあった。
痛かったし、怖かった。
だから必死にここを立ち去ろうとする。
でも、身体のあちらこちらに痛みが走り、言うことを聞かない。
(どうしよう、どうしよう! お爺、お婆、怖いよ……たすけて…………!)
心の中で無駄だと分かっていたけれど、助けを求めた。
そして、来るであろう痛みに耐えるため、目を固く瞑る。
だけど、あたえられたのはそんなものはなく、ぬくもりの残る厚く黒い外套だった。
どういうことか解らず、必死に顔を上げ、それをくれた人物を見上げる。
その人はあたしの目の前に屈んでいた。
綺麗な顔に、自分とは違う、青い目の男の人。
この時、あたしはセメロ公爵様にであった。
公爵様は微笑んで、泥やらで汚れていたあたしを抱き起し、羽織らせていた大きな外套でくるんでくれた。
突然すぎて驚いたけど、暖かくてほっとした。
公爵様はあたしを、支えて頭 を撫でて言ったの。
『お父さんと、お母さんは?』って。
あたしは首を振って、いない。って答えた。
その時、あたしはどんな顔をしていたのか解らないけれど、公爵様はとても悲しそうな顔をしたの。
あたしは公爵様が泣きそうにしてたから、『どうしたの?』って聞いた。
そしたら、『なんでもないよ』って笑ったの。
でも、なんとなく思った。
どうせこの人もあたしを置いていくんだろうって。
だから、言った。
『もう大丈夫。寒くないよ。このままだとおじさんが寒いよ』って。
期待させないで。と意味を込めて。
でも、公爵様はあたしの想像の斜め上を行く人だった。
だって、親から化け物って言われたあたしに、『娘になってほしいって』いったの。
返事をする前に公爵様は『そうだ。それがいい』っていって、あれよあれよという間に、あたしは公爵様の乗ってきていた綺麗な馬車に乗せられた。
『あたしが座ったら汚れてしまう』と公爵様にいったら、なぜか公爵様は、しばらくぽかんとて、何かを思いついたように笑って、あたしを膝の上に乗せたの。
『お洋服が汚れちゃう』っていったら、『洗えばいいんだよ?』って笑った。
頭が回らなかったあたしは、頷く。
そういえばよく、お爺の膝に座っていたっけ。って考えて、心地良い暖かさと、振動にうとうとして、眠っちゃった。
次に、目を覚ました時。
公爵様に抱えられて、大きなお家の前にいたの。
訳が分からなくて、きょろきょろしたあたしに、公爵様は言った。
『起きたかい? 窮屈だろうけど、もうすぐ家に入るからこのままでいてね』
公爵様のその言葉にあたしは頷く。
そして、公爵様が扉を開けてお家の中に入る。
少しして、髪が長くて、茶色のような不思議な目をした女の人ーー奥様と、公爵様に似た綺麗な青い瞳の男の子ーー若様。
その後ろに奥様とはまた少しだけ違う、茶色の瞳をした男の人。執事さんが現れた。
執事さんは、あたしを一瞥し、どこかにいく。
すこし悲しかった。
でも、あたしを見た奥様は驚いた顔をしてたかと思うと、急に泣いて抱き着いて来た。
訳が分からず驚いていると、しばらくしてどこかに行った執事さんが、泣いてる奥様に『用意が出来ました』っていう。
奥様はその言葉で、『お風呂に行きましょう』っていったの。
それで気づいた。
執事さんはお風呂の準備をしに行ったんだって。
まじまじと見ていたせいか、執事さんがこちらを向いて、ふわりとほほ笑んだ。
捨てられてからこっち、こんなにやさしい笑顔を向けられたのは初めてだった。
ぼんやりそんなことを考えていると、公爵様から若様に抱えられていた。
軽く驚いていると、若様が笑う。
心が温かくなる、陽だまりのような優しい笑顔で。
そして、若様にお風呂場まで抱えて行かれ、奥様と共にお風呂に入った。
お風呂から上がり、身なりを整えられ、奥様に優しく手を引かれて、共に広いリビングに行く。
奥様は私をやわらかいソファーに座らせて、前のテーブルに執事さんが温かいスープと、お肉と野菜の挟まれたパンの載った皿を置いた。
小首をかしげたあたしに、奥様が『お腹、すいているでしょう?』といって、それを食べるように勧める。
渋るあたしに、若様が笑って、『大丈夫だよ。毒なんてはいってない』っていって、そのスープを一口飲んだ。
この人は何の心配をしているんだろう。と思ったが、若様が笑ってスプーンにスープを掬って、こちらに向けてくる。
その様子を公爵様たちはじっと見ていた。
よけい食べにくいな。と思いつつ口をあけ、スープを飲む。
おいしい。と素直な感想が口から洩れ、じっと見つめていた公爵様たちは嬉しそうな顔をしていた。
若様が微笑んで、再びスープを掬って口元に持ってきたので、自分で食べれるよ? っていったら、若様はしばらくぽかんとして、笑いだす。
つられるように公爵様が笑い、奥様が小さく笑って、執事さんは顔をそらし、笑いをこらえているのか肩が震えていた。
なんで皆が笑っているのか解らず、小首をかしげる。
しばらくして、若様があたしに『名前は?』って聞いた。
ニコラ。と伝えると、若様は笑って『よろしくニコラ。君のお兄さんになるロジャードだよ』っていったの。
あたしはどういうことか解らずにいると、若様はあたしの頭を撫でて、『これから僕たちは、家族だよ』と優しい声で言った。
その言葉が嬉しかった。
なのに涙があふれて、視界がかすむ。
ぬぐってもぬぐっても、それは止まらなかった。
こうして、化け物だったあたしは、公爵家のニコラになった。
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