あとだしジャンケン

 有名なジブリアニメ映画『魔女の宅急便』で、ラストでキキにデッキブラシを貸してとお願いされたおじさんが、すべてハッピーエンドを迎えてから『あのデッキブラシはワシが貸したんだぞ!』と自慢するシーンがある。



 今朝、ネットニュースで、ジャニー喜多川氏の性加害の一件で、その噂が昔からあったにもかかわらず強大な権力で見過ごされてきた中、ネスレ日本の元社長が「そんな中でもずっとジャニタレをCMに起用しなかった」というエピソードが紹介されていて、同社のインスタントコーヒーの宣伝ではないが「違いの分かる男」として称賛されている。



 私などは、ちっとも偉いとも素敵とも思わない。

 むしろ、そのヘンの有象無象と同じだ。

 ジャニー氏の噂を当時から知っていた、とするならなぜ動かなかったのか。周囲が沈黙するなら、なぜその間違ったことに何もアクションできなかったのか。自分はジャニーズのタレントを起用しない、という自衛策にすぎないことがどうしてそんなに賞賛されるのか。

 いじめにおいては、いじめっ子が一番悪い。しかし、それを見ていて見ぬふりをしている者もやはり責任の一端がある。自分に矛先が向かうと怖いから、という理由が正当化されるなら、この世界は永遠にいじめの問題から解放されることはないだろう。やはり、なんらかの手段で声を挙げ、世にもっと認知されるよう動かないとダメだ。自分は何もしてない、関わっていないという『消極的正しさ』に価値はない。



 やっとこさ今になってジャニーズ事務所の問題が忖度なく語られるようになったこのタイミングで、あそこの社長は自社のCMにジャニタレを使わなかった、さすがですよね! は「あのデッキブラシはわしが貸したんだぞ!」と同じ。映画の方は、微笑ましい自慢というだけだが、今の時期のこの「私は分かっていて使わなかったもんね」は、究極の後出しジャンケンである。

 めさくさ格好悪い。本当の「違いが分かる男」は、問題ある事務所のタレントを使わないだけではなく、皆が沈黙するならその沈黙を破るところまでする男だろう。そこまでしたのなら、私だってその社長を男と認めるのだが。

 使わない以外結局黙っていたという点では、他の者とそう変わりはないのだから。

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