大きなお世話

 ある遅咲きで成功した小説家が、40以降の年代の男性に「あきらめるな、挑戦せよ」みたいなハッパをかけるメッセージをしているネット記事があった。

 この方は50歳の時に新人賞のようなものをとり作家デビューを果たしたが、その後7年ほど次のヒットが飛ばせずくすぶり、それでもあきらめずに書き続けやっと最近ではいくつもの作品が賞の候補作となるまでになった。

 その経験が言わせるのだろう。よかれと思って、現実を色々あきらめ、どうせと思い無難な範囲で安きに流されて生きている大勢の中高年世代に「夢を追え。まだ大丈夫」と背中を押しているのである。



 当たり前だが、この世界におけるメッセージは、すべて発信者の経験に基づく。

 自分の歩んできた人生と世界がすべてだから、そこをベースにしてしか思いや発言は生まれない。たまたまその小説家は、あきらめない根気強い性格をもち、目的意識を長く保ち続けられるタイプの人であった。だから、そのご自身の経験から「年をとってもいつでもチャンスはある」というのが実感なわけだ。本気でそう思っているので、悪気も何もない。

 この世の9割以上の人が勘違いをしているが(実はその勘違いをしている方が生きるのにはよいのだが)、頑張れる人向けではなくこういう「成功できた人」のメッセージをけむたいと思う人種に向けてこの言葉を送りたい。



●今頑張れなくても、夢を追う気になれなくても何ら問題ないし、できる人とあなたとの間に価値の差はない。

 やる気にならない時は何をしたってならない。逆に、スイッチが入ればやる気になろうとせずとも勝手に体が動く。

 だから、意図を動員して「やるぞ」ともっていかなくていい。



 たぶんさっきの作家さんは、「私はあきらめなかった。だから遅咲きでも芽が出た」と思っていらっしゃると思う。自分がこうできたのだからあなたも頑張れ、ということを言う人は、その思想の根底に「どんな状況にある人でも、思いをもって行動しさえすれば、必ず良い結果を導ける」という一種の信仰をおもちの方である。

 すごくいい言葉に聞こえるし、励まされる人もいるだろう。だが、あらゆる状況を検証したわけでもないだろうに、「誰でもどんな状況でも関係なく願いを実現できる」と言ってしまうのはちと無責任ではないか。



●この世界に不可能はある。

 何をしたってできないことというのはあり、できなかった時「絶対に何かやりようがあったんだ」と考えるのは自虐の極みである。



 もちろん、この物理宇宙を越えた世界も包含した視点でなら、不可能はない。

 だが、ここは一種のRPGの世界だ。冒険を始めてから今まで集めてきた装備、仲間、戦闘のレベルでもって今を挑まねばならず、積み上げてきたものによってはその瞬間いくら頑張ろうとも勝てない敵はあり、乗り越えられない試練はある。結果は、あなたのそれまでの積み重ねに正直で、ほとんどの場合あなたの積み重ねを越えた「奇跡」というのは起こらない。

 たとえ起きたとしても、それはあなた以外の環境や他人の思惑・利害などがうまく作用しあってたまたま生じたものであって、自分で「起こせた」などとはゆめゆめ思わぬこと。ましてや「私に起きたのだからあなたにも起きる」は無責任な親切心の極みである。



 私なら、今頑張れない人、くすぶっている人がいても放っておく。別に背中を押しはしない。成功した人は勘違いをしているが、その人物が自分は「頑張った、思い切った」と評価している過去の自分の行動や選択は、実はあなたの自意識が選択したものではない。機械仕掛けのように自動的に起きたのだ。あなたが偉いのでも何でもない。それを、自分は「奮起して選んだ」と思っており、そうできない大勢を「勇気がない」「思いが足りない」とか評価するんだろうが、大間違いだ。

 あなたはたまたま、奮起できる材料が天に配剤されただけなのだ。あなた自身は偉くもなんともない。だから、成功した人がする「私ができたんだから、あなたも頑張れ」系のメッセージは——



●大きなお世話!と叫んでスルーしましょう!



 何をどう頑張ったって、やる気にならんときはならんのです。

 いったんスイッチが入った自分になれば、止めたくても止まらんくらい体が動くのです。一心不乱に、目的に向かって邁進するようになるのです。

 だから、自然に任せてかまいません。それを怠け者だ、けしからん頑張れと言ってくる者がいても、気にする必要はありません。(ただ動かなければ死ぬとか飢えるとか、そういう極端な状況ではその限りではありません)

 あなたが望むのなら、そのままでいい。動き出したくなる時が来るまで、待てばいいでしょう。ですがその選択をした結果、周囲に生じる現実や他者の反応に関しては、受け入れ責任を負っていかねばなりませんが。

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