同じ土俵に立つ勇気

 東京の小池都知事が、トー横と言われる場所を視察したというニュースがあった。ここはニュースブログではないので、トー横が何かとか何が問題なのかとか、そういうことは述べない。もしよく知らないなら、各自が調べられたし。

 都知事がやってきたはいいが、大勢の関係者に囲まれ周囲はカラーコーンのバリケードで覆われ、野次馬は誰も近寄れない結界を張る。

 トー横キッズの誰かを捕まえて話を聞くこともなく、ただ関係者(といってもトー横寄りの人物という意味じゃなくトー横を良く知るだけの都知事寄りの人種)に話を聞いただけで、車で帰っていった。その間僅か5分程度。

 このニュースには色んな意見が寄せられていて、単純に「これってやる気ないでしょ。現場で誰とも接触しないなんて、ただのパフォーマンス?」という意見から、反対に「逆に、都知事がトー横キッズと話す図を撮るそっちのほうがパフォーマンスでしょう。そういう小細工を弄しなかっただけでも正直。都知事にとってはもはや人種が違うんですよ。会って話さずとも救済策の指示だけ出せば別にいい」というのも。



 確かに、想像したら滑稽である。

 ある乞食の目の前で、カーペットが敷かれ脇に何人もの従者が並び、頭上には美しい女性にさされている傘が日よけとなっているある大富豪が目の前にやってきたら、ドン引くでしょう。モヤモヤとしたいやな気持にもなるし、人によっては腹を立てるだろう。

 なぜなら、相手にまともなコミュニケーションなど取る気はない、という態度を先手で示されたからだ。ああそうかい、自分とお前とは違うんだってまずは言いたいのね、分かったからもう帰ってくれという気になる。たとえその大富豪が何かを恵んでやる気だったとしても、貧しくてもプライドが高い者なら「お前の金など要らねぇ」となるはずである。



●本当の対話とは、双方が同じ物理的かつ心理的土俵に上がったと認められる場合にしか生じない。



 都知事がカラーコーンやバリケードやSPで周囲を固めたのは、周囲への「お前らの中にこっちに敵意を持ってるやついるやろ」というメッセージになってしまっている。もちろん、お立場がお立場なので、まったく警護をつけるなとか用心した風を一切見せるなとか、そんな無茶を要求するつもりはない。

 ただ、もう少し程度「心を開いている」風を感じられる何かをしてほしかった。高貴な人物が仕方なく汚い危険な地域に入る、って感じで完全防備で何にも自分では触れない、ではちょっとトー横側の人間なら「何しに来たの?」とは思うだろう。



 イエス・キリストは聖書によれば、金持ちや身分の高い者との接触を好まず、逆に貧しい者・日陰者・つまはじき者・今で言うハンセン病(昔はらい病とよばれ、気味悪がれ住む場所を制限された)の患者など、そういう人物と頻繁に交流を持ったようだ。聖書には詳しく報じられてはいないが、「イエスは彼らと話したがったが拒否されうまくいかなった」とは書かれていない。ということはある程度「どうせお前は違う世界の人間だろ」とか「こっちを見下してんだろ」とは思われず受け入れられた、と考えていいだろう。



 想像でしかないがイエスは、そういった人種から受け入れられる程度無防備で出向いたのだろう。服装とか、話しかける時の声とか。お前何しに来たんだ? と思われないほどに心を開いて出向いたのだろう。あるいは、最初何度かモノを投げつけられたが、それでもめげずにやってくるイエスに「コイツは他の金持ちとは違うかも」と考えを改めて受け入れた、というストーリーも想像できる。

『風の谷のナウシカ』でも、劇中ナウシカは何度か、こちらを敵と思って向かってくる相手に、両手を開いた「無防備ポーズ」をとるシーンがある。あれには二つの無言のメッセージがある。



①こちらにはこれ以上そちらに攻撃する意思はない



②もしここであなたに攻撃されたら私にはどうしようもないが、あなたがそうしないことを信じている



 これができたら、その人はものすごくたどり着いた精神ステージの高い人だ。

 滅多なことではできない。

 私たちは、長年の付き合いで信頼関係がある相手になら「犬のようにお腹を晒す」ことはできても、初めて会うような人物や敵かもしれない人物にそうはできない。小池知事ができなくても、そう責めたものでもない。

 だから知事は、上がってくる情報から適切な対処を指示すればいい。無理してトー横キッズと交流しようとしなくていい。ただ、もし本当にそういう人種と「関係を持ちたい」と思うのであれば、それは簡単ではないですよ、ということ。

 尋常ではない勇気がいる。自分はあなたと同じだ、というメッセージを相手に受け取ってもらうために、あなたは何かを捨ててその人物の前に立たないといけない。そうすることでしか、上の立場の者とはるか下の立場の者の間に真の絆など生まれることはない。

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