ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と
【作品紹介】
『TBSテレビ 金曜ドラマ』枠にて放送。偶然同じ電車に乗り合わせた見ず知らずの乗客68名が突如、未来へのワープに巻き込まれ、電波が通じない上、水も食料もない極限下で懸命に生き、元の世界に戻ろうとする姿を描く、ヒューマンエンターテインメント。
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この連続ドラマはつい先日最終回が公開されたばかりなので、様々な感想や考察が飛び交って賑わいを見せている。結局世界は滅びたのか、それとも救えたのか。主人公二人は結局日本に残ったのか、外国へ避難したのかなどが分かるように描かれず、そういう「皆さんの想像にお任せいたします」みたいな脚本は、受け入れられる人とそうでない人にどうしても別れてしまうようだ。
ツッコミどころは多いが、総じて良いドラマだったのではないか。主人公二人とヒロインの三人の関係は深掘りして描けていたところだけでも合格点。ただ、限られた話数と時間でそこを充実させた結果、どうしても細部にしわ寄せがくる。
タイムスリップして異世界へ行ってからのサバイバル編、そしてなんとか現代へ戻ってきてからも苦労する現代編とのバランスも良いが、残念なのは「世界が終わるかもしれないという情報が流れたのに(確定ではなく可能性だとはいえ)、パニック状態になっていない」ことがかなり不自然に思えた。人はもっと弱い生き物である。
未来から戻ってきた主人公たちを信じずふざけた態度をとる(中には社会的につるし上げようとする)者も少なくなく、主人公たちをして「この世界はクソ」と言わしめたほどなのに、そんな世界の住人たちがどうしてそこまで行儀がいいのか? パニックや自己中心的破滅的行動がゼロに描かれるというのはおかしい。
私は、そこまで皆が理性を保ち、無防備に街を歩けるほどの秩序が保たれているとは考え難い。そこだけが、説得力がなかった。
最後、タイムスリップした乗客たち全員が、生き残るために日本を離れた(避難シェルターのあるスイスに)わけではない。特にお年寄りは、「残る」という選択肢を取った。そしてこう言った。
●ただ、生まれる前に戻るだけよ
私たちは、特に若ければ余計に死が怖い。年齢が小さすぎても怖さが分からないが、ある程度奥行きのある思考ができてくると「自分がいない世界」を考えると怖くなる。その怖さの根拠は「まだまだやりたいことがある、やり残していることがある」という認識による。だから今死にたくはない。
でも、これがお年寄りになってくると多少話が変わってくる。もちろん、長く生きたからといって皆が皆願望を実現させたわけではない。思い通りの人生を生きれたはずもなく、心残りだってないとはいえないだろう。
でも、何かを成し遂げたとかそうでないに関係なく、長く生きると持てるある思いというか、納得があるのである。
●もう、十分生きた。
私の親などは、ひねくれていてあれほど結婚なんかできないと思っていた私が結婚できて、しかも二人も孫の顔を見せてくれたので、もういつ死んでもいい、残りの人生は神様がくれたおまけとしていただいておくという心境だと話してくれた。
実は筆者も最近、そこが分かるようになってきた。筆者はまだ50代に突入したところで、現代の基準ではそこまで年寄りではないのだが、それでも十分に生きた、というおかしな実感がある。おそらく、その一年一年が濃密だったから、まだ50年でもそう思えるのかもしれない。子どもが大人になった姿を見たい、程度の願いはあるが、それ以外ではまったく世に未練はない。何としても見たい! 死ぬもんかというまでの執着はなく、見れなかったら見れなかったでまぁそういうことだったんだろう、という程度のこと。
生まれる前、というのは自分がこの世界に「いない」状態だから、死んだ後とイコールである。
よく考えたら、言葉にするとヘンだが「生前、死(自分が世にいない)を経験している」のである。そんなふうに考えたら(そして理屈だけじゃなく十分生きたという境地とセットになったら)、なんだか心が落ち着く。そこまで「死」に悪いイメージはなくなる。むしろ、受け入れる心構えができてくる。
若い人は、年寄りが「いつ死んでもいい」「自分が死ぬのは別に構わない」みたいなセリフを言う時どこまで本気なのかを疑うだろうが、案外ウソじゃないのだ。
●私は、生まれる前からいる。
私は、死んだ後もいる。
私は、起きなかった可能性の世界でも生きている。
死ぬほど悔やんで後悔した経験を、しなくて済んだ世界も生きている。
いくつもの名前を持ち、いくつもの人種、性別(他次元では二種類だけではないかもしれない)を生きている。
私は、時間という軸を越えて存在する。
ただ人間的に残念なのは、かりそめのひとつの人生で、すべてを味わえないことである。人生別(時間軸・可能性軸別に)断絶が存在するので、ここに述べたことを全部実感できることはない。時間が直線方向にのみ流れていく世界しか分からないから。自分の意識の本体は、前後左右・起承転結・現在過去未来という順番的制約を超えたところにあり、だから「生まれる前からいる」し「死んだ後もいる」。
すべてが今起こり、すでに起こり、まだ起こっていない。この三つを常に同時に満たし続けるのが高次元。
ただ、深淵を覗いた者だけが(悟り)、そのことに気付けるが、もちろんほんの一端に触れたにすぎず、浅い実感にとどまる。
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