AIと社会の寛容性の対決

 AIが疲れを知らずしかも早く、確実に仕事をすることで人間がやっていた仕事を奪っていく。特にデザイン(絵)の方面では、AIの介入をどこまで許していいのかが議論になっている。この後遅かれ早かれ、文章を書く方面や音楽、映像の仕事にも次第に波及していくことだろう。

 そんな中、時折言われることが「AIにはまだ無理な、人間独自性がまだ優位なことでどんどん人が活躍していくことが必要」だという話。

 確かに、AIが生成する画像などを見てみると、綺麗だしうまいが、まだまだ「きれいすぎてそれが逆に味わいを損ねている」「画一的」という欠点がある。そういうのを見ると、人の仕事がAIに完全にもってかれるのは、まだ少し先の未来の話だろうとは思う。



 ただ、「人が人にしかできないことをすればよい」というのは簡単ではない。

 なぜなら——



●AIが登場する前から、人の社会ではその中で「優劣」の価値判断があり、活躍ができるのはその中で一定の成果を収め、認められる者に限定される。そうでない者は、活躍自体がゆるされないのである。



 たとえば、ある個人が「普通に仕事をするよりも絵を描くほうが得意で、そのほうが生き生きできる」として、でもいくらその個人が絵が得意で、少ない人数の世界の中ではうまくても(クラス1とか美術部1とかでも)、その程度では絵を仕事にする人間になることはかなり難しい。

 普通に仕事をするよりも役者として演じることのほうが好きで多少向いてはいても、やはりなれるのは一握りである。ちょっと向いているだけでは、それだけでメシを食う、ましてや名を上げるなどというのはほぼ無理ゲーである。誰かしらはなれるが、確率的には宝くじを引くのに近い。

 日本の総人口と、今よく聞いて知る俳優の全部の名前の数とを比較してみるといい。売れるというのはそういう確率だ。



 ましてや、今そこにさらにAIという要素が加わってしまったのだ。

 先日も触れたが、動きをAIが学習し再現することで(そしてどんな人物にも当てはめて映像化可能になり)、スタントマンが必要なくなるということ。そのうち、問題はそれだけでは済まなくなるだろう。



●AIの登場に際し、人間が人間としてその世界を健全に保つための戦いに勝つには、せめて人間全員で当たらなければ勝ち目はない。

 なのに今、社会に認められた一定人数だけがその戦いの参戦者だ。これでは負ける。ただでさえ不利なのに、そもそも社会に得意なことで参画させてもらえない大勢の人間がすでに戦力外なのだ。



 AIの登場は、確かに問題ももたらしたが、人間にひとつの課題を提示してくれた。そしてそれは必要であり、いつかは向き合わねばならぬものだ。

 人間ができることを、個性や独自性を大事にと言いながら、その実一定の人間だけが認められることで「結局その分野で価値あるとされるものが、大衆の指示や商業主義によって機械的に画一化されていて、結局AIとそう変わらないことをしている」。

 これでは、AIに人間の営みが侵食され悪い方の影響ばかりがもっと出るのは時間の問題だ。



 試験に落ちる。その道で成功するのに十分なお金がない。コネがない。年齢・人種性別・出身地・出身校。学歴職歴中退歴。本人や親の犯罪歴。

 実にいろいろな理由で、本人が「社会に何か役に立てるならこれが一番かなぁ」と思うものになれない。その道に進めない。あまりにも険しい道にしてしまったので、多くの者があきらめる。その大勢のあきらめの屍の頂点に、今その好きを仕事にできている人たちがいる。

 いくら彼彼女らが優秀でも、それだけでAIの脅威と張り合えない。AIなどがあっても人間が人間らしさを保ち共存できる唯一の道は——



●社会がすべての構成員がよりよく生きることに寛容性を高めることである。

 ふるいにかけ、それ以外は一切関知しないという構造を捨て、「何かしら力になれることを探し、提供できる」優しい世界になっていくことである。

 これ以外に、AIを脅威でなくするための道はない。別にAIのことは置いておいても、人類のさらなる精神文明の発展のためにも必要な『脱皮』である。

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