物語を理解できない人たち

 草彅剛主演の『ミッドナイト・スワン』という映画が話題であるが(劇場公開でなく、時間がたって配信などで解禁になることで人目に触れやすくなった)、その中で金持ちの家の女子中学生が登場するのだが、お金には不自由しないはずなのに親には内緒でカメラオタクども相手の撮影モデル(表向き着衣は脱がないしそれ以上のことはないはずだが、実情は分からない)をやってカネを稼ぎ、それが親にバレるのだが親は理解不能に陥る。

 だって、お小遣いは十分に与えているはずのなのだ。お金には不自由させていないのに、危ないことをしてお金を稼ぐ意味が分からない。

 そういう人物には、ある視点が欠けている。



●お金ならなんでもいいのではない。そのお金にどういう物語があるのかが大事なのだ。上記の少女の行動が理解できない人は、お金はお金であり、それ以上でもそれ以下でもないと思っている。だからお金があるのになぜ別で稼ぐ?という問いに答えが出せない。



 ちょっと前話題になった、大規模な特殊詐欺グループの「かけ子(振り込め詐欺などの犯罪で、電話をかけてだます役をいう隠語)」を捕まえてみれば、その中の一人がいいとこのお嬢様だったということが報じられた。

 つまりは、人によっては「お金が十分あれば幸せ」なわけではないということだ。もっと言えば、ある状況下では「自分の持っているお金はお金じゃない」のだ。だからそれを使わない(使ってもまるでそのお金に恨みでもあるかのように、ろくでもないことに使う)。

 上記の少女が男どもに自分を撮影させてお金を稼ぐのは、お金が目的でやってるというよりは、表立って親に反抗まではできない、自分の力では食えない無力な子どもにできるせめてもの「抵抗」であり、それによって自分のアイデンティティを保とうとしていたのではないか。実際、映画の中でその少女の親は過保護であると同時に、親の思い通りに子どもを動かそうとするタイプの親だった。子どもは所持品に近く、立派に見せておくことが何よりも重要だった。子どもはそこが分かっていた。



 この世界では、あなたの「理解の及ばないこと」「想像もつかないこと」にあふれている。ニュースでも、ただいつどこでなにがあったと聞くだけでは「どうしてそうなるん?」という事件もある。

 現実にあったことではなくても、小説やマンガ・映画やアニメ・TVドラマなどでも「あなたが共感しにくいもの」「なぜそうなるのか意味が分かりにくいもの」というのはあるだろう。それは仕方がない。あなたは神ではなく、この世界の可能性のごく一部を担ってこの世界にやってきた存在だから。良く言えばこの世界でたった一人のオンリーワン、悪く言えばどんなに逆立ちしてもあなたは他人には(他人のようには)なれない。本当の理解には至れない。

 でも、テストで100点はとれなくても、80点越えはできる。なんとか合格ラインに入る、というやつである。その方法はたったひとつ。



●一見理解しにくいものに関して、頑張ってその背後にある『物語』を想像してみる。



 十分にお金を与えているはずが娘に援助交際された親がいるとして、バカな親はただ悪いことしたと叱るだけだ。あんた何なの、意味わからないで終わってしまう。ここまで育てられてきておいて恩知らず、で終わる。正論なのだが、それでは永遠に子どもの心とちゃんと交わる日は来ない。

 お金は、ただのモノである。一定の価値ある具体的なモノと交換ができる権利をもつ、人類共通の無形概念である。ただ、人生ではそこに物語が生じる。恨みを晴らして、と死に際して必殺仕事人にお金を託す依頼人の渡すお金は、ただのお金ではない。汗水垂らして一生懸命稼いだお金は、うなるほどお金がある投資家が右から左にお金を動かすことでものすごい額を稼いでも、それ以上の価値がそこにはある。



 そういった物語付け(ストーリー付け)に思いが至れない人の人生は、味わいが薄くなる。また他人への共感力も弱くなる。だから、理解できないことが周囲に増える。筆者は、覚醒体験後いろんな人生やその可能性をひとつでも多くコレクションすることが大好物になった。本や映像作品への見方も昔とは変わり、特定のジャンルが大好きでそればっかり見ていたのが、今は昔嫌っていた方面のものでも何でも楽しめるようになった。

 難解とか、分けわからんというレビューが付くような作品も好きである。皆さんが理解しにくいと言うそのお話に、私ならどんなストーリー付けをするだろう? どんな理解の仕方があるだろう? と考えてワクワクする。

 この世界では、いくら難解で不思議なことでも起きるのには根拠がある。そこに興味がもてる人間になれたら、「お金はあるのになぜ子どもは悪いことを?」と首を傾げるような親にはならない。

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