慌てるなちょっと待て

 クイズ番組であるギャグシーン。出題者が問題文を読む。

「初代ウルトラマンの必殺技と言えば——」

 ここで挑戦者がピンポーンと回答ボタンを押す。

「スペシウム光線!」

 非情にもブッブーッという不正解音が鳴り響く。出題者の読み上げる問題文がさらに続く。

「……スペシウム光線ですが、ではウルトラマンタロウの必殺技は何?」

(ちなみに答えはストリウム光線)

 こういうのをお手付きという。問題文を最後まで聞かないで、早まった判断をしてしまったのだ。百人一首やカルタ遊びで、早く取ろうと焦るあまり間違った札に触れてしまうことに使うのが、この言葉の本来の使いどころである。



 先日、マイナーなニュースで「森の中に大量のパスタが廃棄されているのが見つかる」というものがあった。

 アメリカ・ニュージャージー州の森の中で、重さにして140キロ以上に相当する量のパスタやマカロニが捨てられているのが発見された。雨が降ったせいで捨てられたパスタは水気を吸い、まるでゆでたような柔らかさとなり、現場はものすごい状況だったようだ。

 撤去に難航し、結果回収したパスタは大きな手押し車十五台分にもなった。

 ちなみに、この地域には自前のゴミ集積場(公共の回収システム)はなく、民間会社を利用しないと捨てられない状況となっていたらしい。警察は不法投棄のケースとして捜査を開始したが、捜査線上には「コロナ禍の折に、大量に食料の買い占めを行っていたと見られるある人物」が浮上しているという——。

 ネットニュースの情報はここまでで、読者から付くコメントは「捨てるなど論外」「もったいない」「なぜ食べない」「乾物なんだし結構日持ちするだろ」「食べ物を粗末にするな」「食べ物に困っている人にやれ」といった、しごく当たり前な意見が並んだ。



 しかし、この情報には続きがあった。監視カメラのおかげで、この不法投棄した人物の正体が判明した。ある退役軍人で、最近亡くなった母親の住む家屋を掃除していたところ、その母親が生前買い占めたであろう大量のパスタ類を発見したらしい。

 確かに、まともな神経ならば自分が食べきれないほどの食料なら「フードバンク」なる施設に持ち込むという対処も考えられただろうが、この犯人の近隣住民いわく「彼は精神的に相当参っていた」。自分がしていることがおかしいと客観的に顧みることもできないほどだったようだ。

 アメリカでは、退役軍人のメンタルケアが大きな問題となっており、戦地から帰ってきた元軍人がそこで負ってしまったトラウマに悩まされる、ということが少なくなく、実際そういうテーマを題材にした映画も少なくない。

 けしからん、倫理観の欠如したクソ野郎が悪いことをしたという話ではなく、正常な判断ができないほど追い詰められた(ある意味国のために頑張って尽くした)人間が、自身の精神的問題にプラスして実母の死という不幸も重なって起きた、悲しい事件だったというわけだ。

 でも、この「お手付き」は仕方がない。最初の報道で、犯人が退役軍人であるというくだりがまだ報じられてなかったからである。皆、そこにある情報だけで判断する以外なかったのだから。



●問題文はよく聞きましょう。また、いったん「それですべて」のように思えても、本当に必要な材料(情報)はすべてそろったのか? と一度は疑いましょう。



 私たちも、限られた情報しかないのに早計な判断をくだしてしまうことはある。

 そうさせる一番の犯人は「感情」である。コイツが、理性を狂わせ持つべき落ち着きを奪う。そうやって、誤解とかすれ違いという人間関係上の悲劇は起きる。

 お手付きは、少しの配慮で十分に回避可能なことも多い。要らぬトタブルを生まぬためにも、私たちは限られた情報だけではなく四方八方を見、これで十分というほどまで根拠を集めてから大事な判断はしたいものである。

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