ご縁に信頼を置く生活

 女優の有村架純さんが、インタビュー記事の中で語っていた。

「自分が参加させていただいた作品が世の中に届いたときにすごく幸せな気持ちになれるということを、今改めて感じています」

「誰か一人にでも届いてくれることがうれしくて、ファンの方がわざわざお金を払って劇場に足を運んでくださって、色々な感想を持ってくれる自体がやりがいにつながってくるなと感じています」

 ここで注意したいのは、「作品を是非見てほしい」「一人でも多くの人に届かせたい」という言葉でないことである。能動態ではなく受動態である。ただ、目の前のことに一生懸命取り組むことで、その結果として「観察」されることに対してありがたいと言っているのであり、そこに「要求」の要素は1ミリもない。



 有名人がフェイスブックやツイッターなどで何か「つぶやく」とき、それはなんのためだろうか。その9割は「宣伝」が動機だろうと推測できる。内容そのものよりも、それを読んでくれて興味を持ってくれる人が増え、結果としてファン(お金を落としてくれる人)の増加が目当てである。

 世の中には、こういう言葉がある。「宝くじは買ってもなかなか当たらない。しかし買わなければそもそも当たらない」。何が言いたい言葉かというと、結局「行動を起こすこと」の奨励である。得たいものがあるなら、相応の代価を払え、ということである。つまり、売れるためには本人自ら世に自分を示せという話である。

 上記の有村さんの話を聞いてこう思う人もいるかもしれない。「そりゃ売れて安定した人気があるからでしょ。だからがっつかなくて済んでいるだけで、そこに至れる前にはなりふり構わない必死さや、願望を叶えるためにギラギラするのは当然でしょう」と。



 筆者は、ご縁あって一時期だが世に自分を表現できる機会をいただいた。それだって、スピリチュアル業界の、さらに狭い分野の内々のささやかなものだが。

 その活躍できている時も、それ以前の無名時代も、そして今の一般人と何ら変わりない生活に戻った今も、実は芯の部分では何も変わっていない。別に信じてもらえなくていいが、売れよう、もっと自分を知ってもらおうと「自分から働きかけたことはない」。本を出した時だって、私自身が身を乗り出して「本を出せませんかね?」ではなく、そういうふうな雰囲気(空気)の情報がなんとなく回ってきて、それを「これは折角の機会だしよい体験だ」と判断し、ご縁を大事にするという視点から踏み切ったものである。

 私が一本筋を通してきたのは、手段が目的化してしまわないということ。

 そもそも、売れたいと思ってスピリチュアルな発信を始めたのではない。一番は「言いたいから」だ。確かに、せっかく書くので多くの人に見てもらえ役立ててもらえるに越したことはないが、一番の柱は「表現すること」なので、それさえできたらあとはおまけである。そういう人種にとって「売れる」とは大きな目的ではなく副産物に過ぎないのだ。あればあったでそれもよし、なくて普通。だから、成果が出ないアクセス数が伸びないというのはまったく創作意欲をそぐ理由にならない。



●自由意志というのものは、実はそれほど重要ではない。

 行動を起こそう、それによって成果を得ようという能動的な意志よりも、宇宙の流れ(紡がれる縁起)を信じて、ただ目の前のやりたいことに夢中になること。そして、いつのまにか気が付いたら世間で一定の成果を出していて認められた、という自然な一連の流れができていることである。



 もちろん、世の中には明確な意志(意図)があって、夢を叶えた状態がから逆算して、それにたどり着くよう着実に手を打っていくという目標実現の仕方もあるだろう。だが、「剣を取る者は剣によって滅びる」という言葉もあるではないか。そういう戦略をもって成功をつかんだ者は、戦略によって滅びる。しかし「気が付いたら」そうなっていたタイプの者の成功は、紆余曲折あっても簡単には崩れない。

 もちろん、そういう者の人生でも見た目の失敗や挫折はあるが、結局それも「そのうちに別の形の幸せ」に転化するので、本当の意味での挫折と失敗をしない。それで良しとできず「これで成功できるのでないなら、意味がない」というタイプの人は、相当辛い人生になる。



●まだ無名だからがむしゃらにがっつく、有名になれば余裕を得られて落ち着く、という捉え方は推奨しない。本物は、その前と後で意識の本質が変わっていない。

 いつだって、「ご縁」を信じまた大切にして生きていく。ただそれだけであなたの一番輝けるシナリオをたどることができる。



 下手に情報を駆使し、頭を使い戦略を練らなくていい。策士、策に溺れるになる。それよりも重要なのが、何の見返りがなくてもそれ自体をやる(取り組む)ことが好きかどうかの確認である。

 そこをしないと、成果がでないとやめる(やる気がしなくなる)という現象が起き、あなたは本当にそれが好きだったのか? と疑問の残る結果となる。



 有名ユーチュバーなどは(もちろん違う人もいるが)、見ていて見苦しい。オレがオレがタイプばかり。目立とう、売れようというところからすべての活動が展開しているのが露骨に分かるからだ。それで成功しても一時的にはいいが、もちろん一時的だ。(笑)

 冒頭の有村さんのように、『駆け抜ける』という言葉で表現できる歩みが、個人的にはより素晴らしいと感じる。駆け抜けるという言葉から連想されるのは、余計なことは考えず一心不乱ということ。下心もなく(人間だから多少はあっても、一生懸命さですぐに忘れ去る)、ただただ進めばいつの間にか素敵な景色が広がっていた、というようなこと。

 優れた成功は、その個人の力というよりはるかに「ご縁の紡ぐ奇跡」なのだ。

『るろうに剣心』というマンガの中で、あるキャラが大勢の敵に囲まれて怖くなった時に、余計なことは考えず、今まで磨いてきた剣の腕を信じて、目をつぶってエイヤッと敵に飛び込んだところ、夢中になって気が付いたら敵が全員地面に倒れていた、という描写があった。それに近いものがあるだろう。

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