ぼっち・ざ・ろっく!

『結束バンド』という何とも言えないネーミングセンスの女子高生ガールズバンドの成長と活躍を描いたマンガ。アニメ化も果たし、大人気となっている。

 その作品の主人公である後藤ひとりの特徴は「陰キャラ」。重度の人見知りで、最近の言葉を借りればコミュ障。彼女の心象風景が描かれるシーンでは「そこまでなのか?」と思うくらい大げさなものなので笑えるのだが、そのあたりは昔の名作「あさりちゃん」の描写に通じるものがある。

 これまで、他者に認められ人気を博する人物と言うのは「人当たりが良く、外交的社交的で、明るく元気」というイメージがどこかあった。そんな中で、根暗を自認する人種は「自分には大勢に自分の良さを知ってもらうなんて一生縁がない」と思ってしまいがちなところを、後藤ひとりというキャラの「たとえかたつむりの歩みでも、少しづつ殻を破っていけば輝ける」というストーリーによって希望を与えるような作品になっているのだ。



 このマンガのヒット後、作中で主人公が手にするエレキギターのモデルとなっているヤマハのPACIFICAという楽器がバカ売れし、在庫ゼロの状態に。

 だとしたら、さらに生産してどんどん売るのかという問いに楽器店側は「そうもいかないでしょう」と言う。いったいなぜか?

 ギターというのはパッと作れるものではなく、完成して商品になるまでに結構時間がかかる生産品らしいのだ。だから、今売れているという現象があって、売ろうと慌てて今生産を開始しても、さぁできました買ってください! という時になって、もしかしたらブームが下火になっている可能性がある。こういう人気というのは得てして一過性のもので、いつまでも続く保証がどこにもない。ゆえに、今在庫切れなほど売れたからといって、バカスカ増産というわけにもいかない、という事情があるのだ。

 今がよければいいのではなく、未来も見据えた設計がないと楽器業界はやっていけない、ということだ。

 この「売れているからとそう簡単に楽器をつくらない」という話から得られる教訓は、目先のことに目を奪われないで、落ち着いて長い視点で考えなさいということである。勝ってかぶとの緒を締めよ、ということでもある。



 人は、名声を得てしまうと、目先のきらびやかで甘美な現象にごまかされて、この視点を失いがちになる。そこに至るまでに相当な努力をした、あるいは相当の年月を費やした人であれば、この罠にかかりにくい。たとえば綾小路きみまろという漫談で有名な芸人は、話を聞けば売れるまでに相当な努力を長いことやっている。知ってもらうために、自身の漫談を録音したテープを、高速道路のパーキングエリアで手当たり次第に配りまくったという。ゆえに、その得た成功の正味の価値が分かるので、浮かれた下手なことはしない傾向にある。

 怖いのは、ユーチューバーのように「比較的少ない努力とリスクで、より大きなベネフィット(利益)を得てしまったケースである。



●あなたの努力と、得られたものとが釣り合わない(もらったもののほうがはるかに大きい)場合は、喜ぶよりむしろ恐れなさい。ラッキーなんて言ってる場合じゃない。ちょっとしたことがきっかけで、そのような身の丈に合わない過ぎた富や名声は、容易に地に落ちるのだから。



 ブレイクしたユーチュバーとかは、結構これに当たる。もちろん何かをしたからその結果があるのだが、「時代の流れに乗った」「その瞬間の大衆のニーズとたまたま合致した」という現象に助けられてのものだ。そのことを忘れて勘違いをしてしまうと、足元をすくわれる。



 とにもかくにも、今はネットの時代。そういうものがなかった昔は声の大きい人間、アピール力のある目立つ人間だけが有名人になった。口下手で人づきあいがヘタで根暗な人間は、人気者になるとか世間の大勢に知られるなんて状況は夢のまた夢であった。

 ネットというものには、もちろん怖い部分があり、それで日々色んな事件が起きている。でも、うまく使うと「そういう人物でも、世に発信する方法が提供されている」という点に、救いがあると思うのである。

 後藤ひとりは、とてもじゃないが他人の前では演奏ができないほどの引っ込み思案だったのが、顔出しをせずギターの技術を動画配信で公開するという手段で「ギターヒーロー」としてアクセス数を集め、影の人気者となることができた。

 筆者も、人からは「明るくてよくしゃべりますね」というイメージで言われるが、あれは「取り憑かれてしゃべるから」おしゃべりなキャラに見えるのだ。メッセージを語るという目的がない時の巣の私は、けっこう寡黙で暗い。こらそこ! 誰だ、またまたうそばっかり、と言ったヤツは! (笑)

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