悪意よりも多いのは無知

 明石家さんまのトーク番組の中で紹介された、視聴者のエピソードだったと記憶している。今のドラえもんではなく、かの偉大な大山のぶ代時代のドラえもんの主題歌を、子どもの頃間違っていて覚えていたのだそうだ。

「あんなこといいな できたらいいな」という出だしなのだが——



●あの娘(こ)といいな できたらいいな



 そう覚えてしまったのだという。今私は娘という字を上記にあてたが、歌う子ども本人はもちろんそんな意味には歌っていないし、第一まだそういうことが分からない。しかし、それを聞く父と母は即座に良くない意味にとる。

「こらっ そんなふうに歌うのはやめなさい!」と、間違いを訂正してくるのだが、いったん頭に入ってしまったそれは、すぐ口をついて出てきてしまって、なかなか修正できず難儀したそうだ。(笑)



 遠藤周作の小説で、これまたシェイクスピアの「ベニスの商人」を「ペニスの商人」と覚えてしまったバカな男子学生が登場する。今のように外来語があふれて普通になっている現代ではなく、小説の舞台が昭和初期の戦時中のことなので、本人は自分が言っているその意味(外来語で男性器を意味する)など分からず、恥ずかしげもなく使う。むしろ外来文化が浸透していない時代にシェイクスピアを知っていることで、誇らしげですらある。



 この世界で起きる不幸や悲劇の中で、人が悪意をもって他人を傷付けようとするケースよりも圧倒的に多いのは、むしろそんな気はないが結果的に他者や社会に害をなすというケースである。

 意図的に起こす悪よりも、萌芽自体は小さな小さな芽(これくらいいいだろ、自分くらいいいだろという気持ち・または自分がするそれが何を引き起こすかの想像力に欠けているだけ)だが、それがまわりまわって、雪だるま式に膨らんで大きな他人の迷惑になる。

 最近で言えば、回転寿司屋で迷惑動画を撮って、社会的反響が大きくなるや学校や身元を特定された本人も家族も、どん底の生活になっているというケースがそうだ。泣くくらいなら最初からやらなきゃいいのだが、最初にそれが分からないことが問題なのだ。



 宗教も倫理道徳も、どちからかというとこの世界を悪くしているのは人間の中の自己中心性(エゴ)や悪の心であり、それらを何とかすることのほうに精力的である。それで世界は良くなると思っている。だが、それだけでは足りない。むしろ先に克服するべきは「エゴ」「悪」よりも「無知」が先だ。



●悪意を持って起こすことは、それを紐解き悪意を癒し解決することがものすごく大変で、時間も労力もかかる。

 限られた時間ではやく世界を良くしたいなら、人の心へのアプローチよりも「無知」の克服のほうが早道である。



 ちなみに、筆者にとっての「悪の定義」は『ある目的を叶えたいときに、そこへ至るための手段を選ばないこと。他者へ迷惑をかけてしまうことが明らかな方法でも、それ以上にその目的を叶えたいという気持ちのほうが勝る場合に、普通感じる躊躇や思いとどまりを乗り越えること」である。ここではサイコパスなど、そもそもの精神構造が違う場合を除く。

「悪」が発動する場合、それは抗いがたいほどの大きな感情の力が原動力なので、それを解決するのは本人にとっても周囲の人間にとっても難儀である。そんな長期戦を強いられるものよりも、手っ取り早く世の悲劇を減らせるのは「価値ある情報の徹底周知」であり、そのキーとなるのは「教育」である。

 教育と聞くと子どもだけを連想してしまうが、大人も同じことである。バカなことをやって迷惑をかける人間の9割以上は、悪意が動機ではなく、ただ想像力や思いやりに欠けるか、常識的感覚や「こうしたらこうなる・こう言ったら人はこう反応する」というデータベースを構築するための経験が圧倒的に少ないかである。



●この世界は住みにくい世界だが、根っからの悪人はそういない。

 この世界をひどくしているのは、無知と想像力の欠如、圧倒的にそのケースが多い。ちょっとした誤解と思いやりの不足を一万個ほど合体させると、世を震撼させる事件がひとつ起こせる。

 世の中の大勢は、重大犯罪事件が起きた時「自分は関係ない」「ひどい世だ」と他人事に思っているが、実は自分も一枚噛んでいる(小さな一票を投じている)ことに気付いていない。



 ドラえもんの歌の覚え間違いや、ペニスの商人程度なら笑い話で済む。

 でも、悪気なく誤った知識を正しいと思い込んで行動したり、その信念のせいで他人が傷付いたりしたら、その時無知や誤った情報は凶器となる。

 人間の心の汚い部分を何とかしようとフォーカスするより先に、こうしたことを気を付ける方が世を良くするには好手だということが言いたい。心(精神)という途方もない世界を扱うのは宗教やスピリチュアルや心理学の先生にお任せして、我々一般人でもできることはまず「社会の益となる情報(知恵)の周知と拡散」なのだから、そこ頑張ってみませんか。

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