感情はゼンマイ仕掛け

『ザ・グローリー ~輝かしき復讐~』という韓国ドラマがある。

 Netflix発の現代ドラマで、ジャンルは復讐ものである。最近の韓国ドラマって復讐ものが多い気がするのは気のせい?

 高校生の時壮絶ないじめにあった主人公が、そのいじめた者たちに復讐するというのが大まかな内容。そのいじめの内容が見るのが辛いほどのものなのだが、そうであればあるほど視聴者は、復讐がじわじわ遂げられていくのを見るのがなぜか気持ちよい。残念ながら現時点では完結しておらず、来る3月以降のシーズン2に決着は持ち越される。



 興味深いのは、ドラマの感想が寄せられるサイトで、圧倒的に『復讐頑張れ、応援してる』という声が多いことだ。事情はあるにせよ復讐は良くない、しても空しいだけ、こういう復讐でスカットするようなことは人としてどうなのか、という道徳的正論がほぼないことだ。

 やはり、あまりにも仕打ちがひどいと「復讐されてもこれは仕方がない。もし私がその立場なら、いくら復讐なんてよくないしあとで何も残らないし空しいだけという正論を言われても、果たして納得して忘れられるだろうか(そしてただ前向きになどなれるのだろうか)」と想像しても自信のない人がほとんどなのだろう。



 この作品の主人公は、まるで機械のように正確に、着々と復讐を実行していく。その間にも仲間としての協力者や、女性である主人公に好意を寄せる男性なども登場するのだが、興味深いのはそれによって温かみのある人間感情の比率が大きくなって「復讐を思いとどまる」「むなしいだけ」「それよりも愛に生きる方がいいのでは」という方向にまったくなびかないというか、ブレない点だ。

 そこは、主人公は姿勢が徹底していて、誰にも復讐の決意を揺るがせられることはない。その理由に関して、筆者には持論がある。



●人の感情とは、ゼンマイじかけのようなものである。



 オルゴールなどもそうだが、ゼンマイは巻いただけきっちり演奏する。ちょっとしか回さなければちょっと演奏したら止まるし、逆にめいいっぱい巻けば長い演奏をする。人の感情も、少ない感情動機でなそうとする行為は長続しないし、モチベーションも続かない。また、強烈な原体験があれば、それを動機として遂行しようとすることは、本人も他人も誰も止められない。

 主人公は、めちゃめちゃ最大まで感情のゼンマイが巻かれた状態にあるので、演奏し終わるまで止まらない。それを無理に止めようとすることは、その人を壊すことになる。そんな状態の人に、人生大してきつい目見てない人の言う「復讐はよくない」という説得は、まったくもって意味をなさない。

 もう、そこまでなったら本人を止める手段はない。



 人は言う。いつでもこれから。いつだって人はやり直せる。不可能なんてない。不可能だと思うからその思う通りが実現する、と。

 でもそれはきれいごとだ。この世界には、「ここまでこじれてしまったら何をもってしても止めたりあきらめさせたり出来ない」ことというのが存在する。

 確かにこの宇宙は「あらゆる可能性を網羅すること」が目的なので、本当にまれに「究極にひどいことされたのに復讐を思いとどまることができる」ケースも存在はするが、そんな0.001%くらいの確率のことを論じてもそこに意味はあまりない。

 


●もちろん、人によって色々だ。復讐をするケースもあればそんなことはしない人もいる。でも確かなのは、何をするにしても必ず感情はどこかの方向に同じ強さで走るということである。

 復讐という方向に行かないなら、必ず別の代替現象となってそのエネルギーは使いどころが探られる。内側に向けば自殺や引きこもり、または一心不乱に何かに打ち込むことで忘れようとするかもしれない。



 結果何をするにしても、強烈な感情が背後にある他人の行為は、ほぼほぼ止められないということである。たとえ止められるとしても、止める側が相手の感情体験と同等か上回るものをもっていないと成立しない。

 だから、私たちは生きていて「加減」というものを考えつづけなければならない。どこまでしたら相手は壊れるのか。どの一線を超えたら、未来のあなたに降りかかるほどの悪い因果を生むことになるのか? 他者との適切な距離感を守ることが、平和を保つカギである。そこをおろそかにした時、社会の暗部はいつかあなたに牙をむく。たとえ今ではなくても。

 このドラマの、主人公をいじめた側はほぼほぼいじめたことを忘れ「え、そんなにひどいことしたっけ?」なんて程度の感想しか持っていない。加減というものをできない人間は、感情に欠落がある。そしてそれは、育ちというものが影響する。

 めぐりめぐって、一人の子どもの成長が大きく他者に影響するということに思いが馳せられるべきだ。そこからしか世界は良くならないし、いじめも無くならない。

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