西部戦線異状ありまくりやんか!

『西部戦線異状なし』という文学作品がある。ジャンル的には長編戦争小説。

 第一次世界大戦をドイツ側から(しかも無数いるただの一兵卒の一人の視点を通して)描いているのが特徴である。

 1930年(映画)と1979年(テレビ映画)に過去二度映像化されており、ごく最近Netflix映画として最新のリメイクが公開された。筆者は先日、このネトフリ版をさっそく鑑賞した。以下、多少のネタバレを含むので予備知識なしで見たい! という方は観るまで読まないように。



 戦争は悲惨であり、するべきでないというのは誰もが持てる感想だ。

 そこ以外で、筆者が感じたことを述べたいと思う。

 まず、作品のタイトルそのものが、この映画が一番訴えたいことをすでに表現しているからすごい。この映画は、パウルという名の下っ端の兵隊の視点を通して、彼が理想に燃えて国のために兵隊に志願するシーンから始まり戦死するまでを物語にしている。主人公視点で物語を見ているため、視聴者はパウルという一人の人間の人生をトレースし、そこに感情移入する。もう作品の最後ら辺りは他人には思えない。

 しかし、タイトルの言葉は主人公が戦死した戦いのあった日に、上層指令部に上がった報告そのものである。「西部戦線異状なし、報告すべき件なし」。だから我々は怒るのだ。異状なしとは何事だ、一人一人の人生を見てみれば、人の数だけ「死という一大事」があったわけだぞ?



●戦争は、その大義のもとに個々の命の価値を埋没させる。



 作品の中で、前線の兵隊の暮らしぶりや戦いぶりは残酷かつ過酷なシーンで彩られ、逆に将軍や司令官など命令を下す側は、砲弾も飛んでこないきれいで城のような建物の中で、おいしい食事をしきれいな服を着て高価なお酒も飲める。

 そういうやつらが、将棋の駒の感覚で「祖国のために」と表面上立派なことを言いながら命を使い捨てにするのだ。



●戦争とは、権力者が他人の体を使ってするケンカである。



 自分の体を使わないので、「まだまだ負けん」とか「もっとやるぞ」って言えるのだ。自分の体なら苦痛も感じるし肉体の限界も分かるが、他人を遠くから命令で動かすだけなら痛みは分からないからね!

 スピリチュアルメッセンジャーというやつらは(私も含め)言葉上いいことはいっぱい言うけど、どれだけ個々人にしか分からない心の痛みを考えて言えているのか自問自答しないといけないよ。その人じゃないから本当の意味では分かり得ないが、せめて「正確でなくても想像するだけでも」できる労を厭わない者だけが、そのような肩書を名乗る資格があると思う。



 戦争はいけない、というのはもちろんそうなのだが、それを言うだけで戦争がなくなるとは思えない。ドクターXという医療ドラマで、多くの医者が「ここが悪い」と見立てて治療するが治らない。皆が首を傾げる中、主人公は疾患部位とは一見関係のない、普通気付けない原因に迫ることができ、気付けない者が反対する中手術を強行する。

 多分、戦争を本当に防ぎたいなら戦争の悲惨さを訴えるだけでは十分ではないと思う。一般人なら「戦争イヤや」と思う材料としてはそれで十分だが、権力者や国のトップに上り詰めるようなやつらは価値観や精神構造が庶民とは違うので、利益になると思えばやる。

 


●人間がつくる「組織」、そして組織を規定する「法や規則」そのものの在り方を変えないと、きっと未来も同じことが起きる。



 先日も自民党与党が決めた「マイナカードの義務化」を始め、もう決めたからってなもんで事後報告のある政策が少なくない。戦争じゃないから皆大して怖いと思っていないだろうが、皆が望んでいなくてもいつのまにか「決まっていて」、結局それに合わせて動くしかない未来が来るかもしれない。

 頭の悪い揚げ足取りのために言っておくと、筆者はマイナカード義務化が悪いと言ってるんじゃないよ。そうやって「内容の良し悪しは置いて、国民に問いもせず決められたことがトップダウンで降りてくる」ことがどうよと言ってるのだ。

 民主主義、ってそういうものだったっけ? 思わず忘れそうになる。

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