そういうのを杓子定規と呼ぶ

 芸人のほんこんさんが、マイナカードの義務化に反対する人たちに対して「やましいところがあるからちゃうんか」と煽るような批判発言をした。

 保険証には顔写真の添付がない(要するに写真と見比べての本人確認をしない)ため、性別が同じで年齢が似た範囲であれば、なりすましができる。つまり使いまわしができる、ということである。マイナカードができると、この使いまわしができなくなる。それが都合悪いんでしょ? という指摘である。

 また、銀行口座との紐づけもなされるため、入出金(収入や支出)も国に丸裸になる。それで所得の申告上ごまかしていたりやましいところのある人が、マイナカードにしたがらないんだろう、とも指摘する。

 マイナカード推進派が皆そうなわけではないが、マイナカードのメリットではなくこういう「相手の弱点」を意地悪く突いてくる推進派がいる。筆者は、ほんこんさんの言い分に対してこう思った。



●正しいけれど、正しいということ以上の価値のない言葉だ。



 レ・ミゼラブルという名作文学(映画も)の主人公ジャン・バルジャンは食べ物がなく腹を空かせている甥たちのためにパンを盗み、投獄された。おとなしく捕まっておればパンの盗難程度の刑期など知れているのに、彼は何度も脱獄しようとしたため、その罰が加算され続け結局「パンひとつで19年間も獄中生活を送った」。

 これを聞いて、「当然」としか思わない人は少ないのではないか。盗みは悪いことだが、彼の身の上と19年間も監禁されなければならなかったこととの釣り合いが気持ちの上でどうしても取れず、そこはかとなく「理不尽」という感想が心に漂うはずだ。平たくは「かわいそう」っていう感想ですな。

 盗みは悪である。でも、その悪をただ悪と断罪するのではなく、その悪を成さざるを得なかった事情に寄り添い、じゃあどうすることがそういった悲劇を無くすことに繋がるのかということを考えることこそ大事である。



 先ほどのマイナカードの「悪用」の話に戻ろう。

 確かに、カネを浮かしたいというよこしまな思いで、悪意で保険証の使いまわしをする不逞な輩もいるだろう。悪意でにせの申告をして税金逃れしようとするやつもいるだろう。でも、皆が皆そうではない。

「万引き家族」という映画がヒットしたが、なぜあれがウケたのか。登場人物たちのやっていることは、すべてこの世の法に照らすと「悪」である。ルール違反である。でも、「そうしないと生きられない彼らの事情」も併せて考えるからこそ、彼らが愛すべきキャラとして感情移入できるのではないか。だとしたら、ルール違反であればどれも容赦なく「悪」だと捉えるほんこんさんはこの映画をまったく楽しめないはずである。



 貧乏人は、皆が皆ギャンブルなど「それみたことか」という感心しない事情で貧乏なのではない。頑張ったけど、個人を見ない「システム」という魔物のせいではじかれ、流されたどり着いたその先で「どうにか生きていかねばならない」ために選択していることもあると思うのだ。悪いこととは分かっていても、生きていくために保険証の使いまわしをして「寄り添い合って」くらしている底辺階級のひともいるかもしれない。

 だから、ほんこんさんの指摘はもっともではあるが、その彼らの生活さえ奪うことになる。「おまえらあかんやろ」と言ってそういう違法を取り締まるよりも、先に「どうしたら国民皆が、保険証の使いまわしなどしようと思わないで済む生活ができるのか」に注力するほうが道理だ。それをせずにただ「それアウト!」では慈悲のかけらもない。



 TVやネットニュースなどのメディアで幅を利かせているのは、弁護士や知識人など「頭(だけ)がいい」人物による、弱者への寄り添いの視点のない「正論」である。そして多くの自分で考えない国民が、彼らに倣うことでカッコイイと勘違いしているのか、自己責任論に基づいた「必死に生きる弱者バッシング」をする。生活保護なども、「なぜおれたちの払った税金であいつらを養わなきゃならんのだ」と攻撃の槍玉に挙がっている。

 このマイナカードをめぐる、ちゃんとしている側がやましい側を攻撃する今回の言い分に関して、あなたの指摘は正しいけれどそうやって正しさを盾に弱者を追い詰めたその先に(救う手立てもないまま、ただ政策だけを推し進めたその先に)何が待っているのか本当に見たいのか? と問いたい。

 そこに広がるのは、決して美しい光景ではないだろう。

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