原点

『ハラミちゃん』というストリートピアニストがいる。

 数年前、たまたまネットサーフィンならぬYouTubeサーフィンをしていた時に、駅前や街中、デパート内など「自由に弾いていいピアノ」で弾き始めた人がすごくうまくて、ひとだかりができていくという動画に出会った。

 なかなか引き込まれて、その系統の動画を視聴するのが楽しみになった。「ふみ」や「よみぃ」という男性の方、そして女性では先ほど言った「ハラミちゃん」。ピアノではないが、エレクトーンの826askaという方の演奏も素晴らしい。



 でもいつからだろう。その輪の中から「ハラミちゃん」だけが飛びぬけた。マスコミに取り上げられ、より大勢に消費される立場になったのだ。ベタな言葉で言えば「売れる」ということである。有名人の仲間入りをするということである。

 昨年の紅白歌合戦では、彼女が「出る・出ない」で物議を醸し、ネットでは賛否渦巻き結構騒がれた。私はそういう話を聞いて、少し悲しくなった。

 筆者の中では、まだ有名になる前の「都庁のピアノでいきなり演奏を始め、期待してなかった周囲が驚きの反応をする」あのハラミちゃんのままなのだ。その頃の彼女が好きなので、今外野が色々言おうが私が「隠れファン」なのは変わらない。弾き方がどうのとか、本当のプロのピアニストならどうのといった批判が彼女に対してあるが、それだって彼女がメジャーデビューしなければ多分言われなかったことである。



 私は、ハラミちゃんが「売れていく」過渡期に、視聴の頻度が減っていった。けっして嫌いになったからではなく、その以前の動画のほうが好きなのだ。CDが出ることが決まりました! という報告動画あたりから、彼女の近辺は急に騒がしくなっていく。それ以降、なんだか筆者には「別物」になってしまったように見えた。



●商業ベースに乗せられると、良くも悪くも「つくられた」その人になる。



 筆者は昔、「ラジオ番組に出ませんか」というオファーをもらったことがある。

 番組のディレクターと東京のど真ん中で面接したのだが、私は「なんとしても採用されよう」という意識はこれぽっちもなかったので、ホンネゼンカイジャーで話した。その結果、出演は実現しなかった。おそらく「公共電波でしゃべらすには危険な人物」という判断だったのだろう。

 残念ではあったが、このディレクターの判断は賢明である。私は何かに乗っ取られるようにしゃべる人間なので、どんな過激な失言をするか分からない。客観的コントロールが不可な状態になるので、そんな危ないもんを使うメディアはないだろう。

 だから私は、運よく「つくられたシンボルとしてうわべを消費し尽くされる前に、その世界から出る」ことができた。出るというより「出された」と言うほうがアンチは納得するだろうが、そのおかげで私は今も活動し始めた原点から何らズレていないという自負がある。



 人は誰だって、他者から好意的に受け止められ「もっと」と願われるとうれしいものである。そうやって、多くの人は「華やかだがリスクのある世界」に、何の恐れも疑問もなく入っていく。そしてそこでついていけなくなるか、ついていける代わりに何かを犠牲にするか(そしてそのことに慣れる)するしかなくなる。

 その人の良さというのは、いつだって変わらずそこにある。でも大勢が、意図的に作られたフィルターを通してちょっと的外れな「その人像」をいじくり、本人不在のところで勝手に暴走する。そのリスクを受けて立つ、という覚悟がないと有名人になどなるものではない。

 もともと俳優になりたいとかアイドルになりたいとかいう人なら、最初から有名になることを前提で考えているので、腹のくくり方も違う。怖いのは、一般人が何気なく楽しみで始めた動画配信が当たって、急にバズってしまい有名人に祭り上げられる場合である。これが一番破綻しやすい。



 西野カナの歌に「古くなってちょっと(わたしに)飽きてきたら、最初に出会った時のことを思い出して」という趣旨の言葉があった。

 売れてしまったものはしょうがない。筆者としては、ハラミちゃんが「ストリートピアノで、自分のことなど知らない人がびっくりして、演奏を喜んでくれる」という原点を思い出してこれからの活動をしてほしいと思う。だって今はもう、彼女が人に知られすぎて「無名の人がいきなりすごい演奏を始めた!」って驚かすのができなくなってしまったのだ。「ああ、あのハラミちゃんね」ってなってしまう。

 売れてしまったら、自分軸に踏ん張り続ける唯一の方法は「喜びやワクワクをもって踏み出した最初の一歩を思い出し続ける」ことである。もう過去には戻れないが、ハラミちゃん本人が納得する人生を歩んでほしい。

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