何があなたをそこまで駆り立てるのか

 ネット記事で、とあるシングルマザーに密着し、その悩みや苦労を追う中で社会におけるシングルマザーの実態と、どのような援助が国や公的機関に求められているのかを改めて考えてみようというものがあった。

 さて、いつもながらに筆者が問題にするのは、話それ自体よりもそこに付く読者の反応である。コメントを読むことでさらに見えてくるものがある。上位に、次のような現役シングルマザーの声があった。



●その程度の苦労で記事にしてもらえるのか。もっと大変な人も、それでいて頑張っている人もいっぱいいて、探せばいいのに記者さんは怠慢だ。



●私なんか、必死に踏ん張って男に交じって仕事して、今では一定のポジションを収め収入も男性並みにある。この記事のお母さんは、読んでもそこまでやった上で泣き言を言ってるように見えない。私にもできたんだから、もっと頑張らないと



 どうも人は、自分よりも苦労していない(頑張っていない)人が弱音を吐いたり手厚く援助されたり慰められたりすると、腹の立つものらしい。

 そこも問題だが、もうひとつさらに問題は、そういう女性ほど「私シングルマザーですけどちゃんと収入も十分あって子育てもできてますけど何か?」とでも言いたげに、何か「助けがなくてもやれている」「自立できている」ことを躍起になってアピールする傾向がある。

 こちらが1言ったら、10にも100にもなって言葉が返ってくる。私、そこまであなたのことを下に見て言ったつもりはないですけど? ちょっと自意識過剰なんでは?

 世には、助けを求め上手で、上手に甘えられる人種と、一方で「弱さを見せたら負け」くらいの勢いで「大丈夫です!」アピールをする人種に分かれる。後者は、ホンネでは辛くても背に腹を代えられる。大丈夫だ、立派にやっていると思わせることが何よりも重要だからだ。

 それでいて、自分がそれだけやせ我慢しているのに「あの子はあの程度しか戦ってないのに、すぐに甘えてる! しかもあの程度で皆かわいそうって助けてやってるって、したらこの私は何なんよ!」という怒りが湧いてくるのだろう。でも、その怒りが湧いたことを(寂しく思ったことを)人に知らてはならない、という苦行を好む修行僧のような人たちなんである。



 その呪縛から、一秒でも早く自由になれるといいね。

 そりゃ、女手ひとつで一家の大黒柱としても子育てする母としてもしっかり立てることは素晴らしいと認める。認めるが、自分が頑張れたを根拠にして「その程度でシングルマザーなんてしんどい、助けてと弱音なんか吐くな」と他者を裁き始めたら、せっかくのあなたの努力はその一言で泥をかぶることになる。

『蜘蛛の糸』という小説の中で主人公カンダタは、生前悪人だったが蜘蛛に情けをかけて生かしたということをお釈迦様に評価され、地獄から救い上げる糸を垂らしてもらえることに。

 その事実は、確かに素晴らしい。でも、カンダタという主人公が自分の登る下の方でたくさんの別の人間が、助かろうと這い上ってくるのを目にした。糸が重みで切れたりしたら自分も助からない、他人のために自分が助からないなんてあってたまるか、と怒りの湧いたカンダタは怒気のあまり叫ぶ。



●やいこら、降りろ! これはオレの糸だ。オレが救われるための糸なんだから降りろ降りろ!



〇あなたねぇ、シングルマザーだからしんどいのって言うけど、私は泣き言言う前にできることをやって頑張ったよ? あなたそれをしてから言ってないでしょ。そんなあなたが、簡単に生活を支援されるなんておかしいよ。私こそ、あなたより助けてもらえる資格があると思うけど? (でも、最後の一文はプライドにかけても言えないので、単に腹の据わってないダメダメシングルマザーを「もっと頑張れるでしょう」と批判するところで止めておく)



 蜘蛛の糸のカンダタのホンネと、頑張っているシングルマザーが頑張ってない弱い人を(ましてや周囲の人に味方してもらえるなど)ゆるせないのと、実は構造的には同じ心理である。

 解決は、実に簡単。

「みんなで助かればいいのに」ただこれだけ。

 蜘蛛の糸は、お釈迦様が天界より垂らしたもの。カンダタがちょっとだけでも頭がよければ、そうでなくても思いやりの気持ちがが少しでもあったなら「蜘蛛の糸に大勢登ってもきっと大丈夫」と思えたはずなのだ。お釈迦様のお心と言うか、意図が読めたなら、降りろと叫ぶ方が悪い展開になるということも感付けるのに。



 今の世の中、頑張っている人間が頑張らない(あるいは思うように頑張れない)人を責める風潮にある。自立したシングルマザーは、ダメなシングルマザーを取材した記事を読んで「なんでこんなのが同情されんの? シングルマザーってこんな感じって世間が誤解したらどうしてくれるの! 私みたいなちゃんとしたのも大勢いるのに」というのもそうだし、生活保護を受けている人に対して、低賃金でスレスレの生活でもなんとか生活保護を受けずに頑張れている人が「おまえらのためにオレの税金が使われるなんて……」というのも同じことだ。



●みんな、もっと楽になろうよ。



 何があなたをそんなにムキにならせるのか。

 何で、早い段階で素直に「しんどい」って言えないのか。

 成果を出すまで、弱音は吐かないと教えられたか。だから、自分が耐えているのにいとも簡単に「助けて~」と甘えてしまえる人に反吐が出るのか。(実はうらやましい気持ちの裏返しか)

 私も、みんなも。頑張ろうとする私も、私と同じようには頑張るのが困難なあの人も。みんな幸せになっていいんだというごく当たり前のことに気付こう。

 下に向かって怒鳴らず、みんなで蜘蛛の糸を上まで登り切ろう。

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