宇宙人について真面目に考えてみた
昨日の夕方、何気なくラジオから流れるトークに耳を傾けていたら、DJが宇宙人のことを話題にしていた。
「宇宙人、私は絶対いると思いますね。この広大な宇宙に、知的生命のいるのがこの地球だけ、ってのがそもそも不自然極まりなくないです?」
大昔から宇宙人がいる、いないって結構話題になってきたが、昔よりも「いる」と考える人のほうが増えてきた印象がある。ちなみに、筆者のスタンスは——
●宇宙人はいる。
そこは、皆さんの多くと大差ないのではないか。
ただ、いるとしてもそのあとの考え方がいくつか皆さんと違うかもしれない。
【その①】
地球を侵略してくるような宇宙人はまずいない。
何事も100%というのはないので、ものすごい低確率で襲ってくるかもしれないが、かなり厳しい条件をクリアしないと起きないのでまずないと思っていい。
【その②】
地球のために、よかれと思って世話を焼きに来るような宇宙人は、精神的にはそう高度なやつらではない。我々よりかなりマシでも、高度な宇宙文明の中でなら中の下くらいの精神成熟度であろう。本当に高度なやつらは、地球を放っておくはずだ。
①について。インデペンデンス・デイという大作の宇宙人襲来映画があったが、あんなことはまずない。ヤマトのデスラーのようなのも存在できない。
その理由だが、あることが前提になる。それは「善悪」というものが判断として存在するかどうかがカギとなる。
たとえ話として、仮に地球が将来文明が進んで、他の星を侵略しようと思えばできる科学力と戦力を持てたとしよう。話の前提としてまず、他を侵略できる力を持つ前に自滅する可能性が大である。
今だって、宇宙空間にちょっと飛び出たくらいで大騒ぎだ。それでも、地球は核兵器なるものをもつ。誤って使用すれば、地球が滅び得るような物騒なものを今の段階ですら所持している。
ならば、幼い人類に襲う危険は、高度な文明を築く前の自滅である。ここを乗り越えられない文明は少なくない。地球にかつて存在したと言われる古代文明も、その例にもれなかった。
それに、悪い奴が侵略戦争しようとしても、善悪というものがある世界なら、まず反乱軍(善・平和を志向する勢力)が必ず出る。ほとんどはそこを乗り越えられず、星全体の意志として侵略が正当化され、すべての民に歓迎されて出発できるまでには至れないであろう。
確かに、かつて日本という国は個人としての思いは別として、全体として戦争に協力的ではあった。でもその時代は他の星にしたら地球の科学力など屁ほどもなく、愚かでも自滅できる力すらなかったから歴史は途切れなかった。全員が他国への戦争へと舵をきれる程度の集団が高度な科学力を持てば、どうなるか想像がつきませんか?
ゆえに、星間距離を越えた戦争というのはまず起きないと考えていい。ここまでの話をまとめよう。
●他の星を侵略するためには、まず自国がまとまっていないといけない。侵略が必要と考える群れ、すべきではないと考える群れという善悪二大勢力が戦って疲弊して、結局他の星の侵略どころではなくなる。または愚かさから相互確証破壊に至る可能性もかなりある。
※【相互確証破壊】
核兵器を保有して対立する2か国のどちらか一方が、相手に対し先制的に核兵器を使用した場合、もう一方の国家は破壊を免れた核戦力によって確実に報復することを保証する。
ゆえに、他の知的生命が住む星に宇宙船で行ける科学力を持てるようなのは、内乱や自分さえよければ他はいいという未熟な精神性を克服していると見るべきである。でないと、その絶大な力を持ったまま平和に存在できないから。
ただ、確率は低いが襲われる可能性はある。それは、知的生命体のくせに『善悪という概念がない』やつらである。全員が、空気を吸うかのように侵略行為を当たり前のこととして考え、矛盾なく一致団結できる統制の取れたやつらなら(罪悪感や悩むということに無縁な精神構造なら)あるいは可能かもしれない。マクロスというSFアニメに出てくる、ゼントラーディ軍というやつらが仮に実在したらあり得る。
あと、知的生命ではない万物(宇宙怪獣とか特殊な虫の群れなど)も、地球を襲う可能性はあるだろう。いいとか悪いとかそいつらにはないから。
次にその②。
私たちは、特定の宇宙人の言葉を異常にありがたがる。また、ひそかにお忍びで地球に来ていて、こっそり地球の発展に寄与している(地球のトップはそれをうまく隠している)のがいたら、きっと皆好印象だろう。
でも、筆者ならば(悟りレベル)では、そんなもの要らないというのが正直なところである。実際、本当の本当に高度な精神性なら、いい意味で地球のことを放っておくであろう。それは困っているのに助けないとか意地悪とか、愛がないとかそんな低レベルの批判は当たらない。
本当に長い目で見たら、たとえ自滅しようがそれはスターダストになってなお星の記憶として残り、必ず次に受け継がれ、自ら万年億年をかけて成長していく。その方が魂にとっては学びになるのだ。たとえ外部にああ危ないって助けてもらったところで、愚かな歴史期間がちょっと延びるだけのことである。
悟り視座からは、地球の世話を焼く宇宙人はただのおせっかいさんである。
結論として、筆者にとって宇宙人はどうでもいい存在である。
いるとは思っているが、私の人生にとっての重要度はほぼない。
公に出てきたら出てきたで、その時考えればいいと思っていて、今騒ぎ立てることに何の価値も見出さないし、いないと思っている人に「いるんです!」とマウントを取りたいとも思わない。
結局、今しっかり分かっていること・見えていることを相手に今日も全身全霊生きることしかやることがない。色んな情報が飛び交うだろうが、今大人な世代の目の黒いうちは、宇宙人の存在が公にされることはないだろうと思う。
そういえば、どこかのスピリチュアル指導者が・・・・年には宇宙人の存在が人類全体に周知の事実となる、って予言した人がいた気がするけど、どうなったんですかね? もう過ぎているように思うんですが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます