実はメンタル弱いスピリチュアル系の人

 スピリチュアルな発信で、最近多いなと思う傾向の内容がある。

 それは、「批判」「悪口」を言われた時のその発信者の対応についてである。言い換えると「そういうものにはこう対処すべし!」というススメについてである。



 先日も、あるスピリチュアル情報発信のブログ記事を読んでいたら——

 そのブログについた批判コメントを投稿した誰かさんのことを、「相当傷付いてきたのかも」「その人の内面の課題が、私という鏡を通してあぶり出されただけ」などと言い、とにかくいかにその相手自身が問題かを、とうとうと述べている。で、おしまいには、こんな勘違いすぎる発言が。



●分かったから!

 そんなに本当は私に関心があるのね。好きなのね~!



 えっと、一言言いたい。



●あのですね。

 相手は、ただあなたがキライなだけだと思いますよ。

 なんで、それ以上のことを無理矢理引き出す必要があるんですか?


 

 で、そこにつく読者からのコメントも、発信者擁護のオンパレード。

「相当のかまってちゃんよねぇ」

「~さんにキライって言うヒマがあったら、その労力をもっとよいことに使えばいいのに」

 ちなみに皆さん、「人を批判するエネルギーをもっと建設的なこと(ラブなこと) に使えばいいのに」っていうこの考え方、もっともに聞こえるけど実は危険な思想であることに気付いていますか?

 実はこの考え方、愛ある考え方のようでその本質は——



●合理主義



 ……これである。とにかく、実質的な「利益」を叩き出すことを一番の目的としている。寄り道を認めない。ムダというものに価値を認めない。

 実は、この世界は素敵な「ムダ」で溢れている。そのムダがないと、この世界は回っていかない。

 もちろん、高次な視座からは、ムダというものはない。物事を一面的・平面的にしかとらえにくい人間の眼に「無駄」「意味がない」と映ることでも、実は無駄なんかではない。

 だから、誰かに「あんたキライ」と言うことも、愚かなことではない。仮にあなたが何かの意見に対して、どうしても文句やツッコミを入れたくなったのなら、そうしていい。

 逆に、それを認められない「批判したり相手をキライと言ったりすること自体が弁解の余地なく、間違ったことであり悪いことである」という認識の世界のほうこそ恐ろしい。



 スピリチュアルは、一見 「愛」「思いやり」「正論・真理」と見える言葉を隠れ蓑にして、その実は「精神論的完璧主義・合理主義」を唱えてブレーキの遊びのない世界を構築しようとしている面がある。

 おまけに、指導者たちがそのことに無自覚で、自分は「愛」にあふれて行動している、良いことをしていると思いこんでいるのだ。確信犯(詐欺師)も怖いが、無自覚がもっと怖い。間違っているが、ウソ発見器にかけても引っかからないほど「正しい」と純粋に思い込んでいるので、相手に信用されやすいからだ。

 これは、確信犯詐欺より大勢を巻き込む危険がある。



 誰かがあなたを 「キライ」 だと言ったなら、それはそうなんだ。

 その人は、あなたがキライ。事実としてはそれ以上でもそれ以下でもない。

 フツーの人の反応を、スピ住人に教えてあげよう。

「……ああ、この人私がキライなんだな」

 それをまず情報として取り入れ、その前提で色々と考えたり、行動を起こしたりする。嫌われたのなら、仲直りがしたい。どうしたらいいかな? と考える。

 あるいは、こう考える。「そっか、きらいなのか。でもまぁ、私としてはベストを尽くしているし、その上で誤解されるなら仕方がない。申し訳ないけど、その人の誤解を解こうという思いにならないから、もっと自分のやりたいことをしよう」



 このように、普通は 「キライ」 と言われたら、相手が私を「キライなんだ」と受け止める。すべてはまずそこから出発する。これ、コミュニケーションの基本。

 会話でいちいち、相手が言ったことを本当か? って考えます? まれに、明らかに疑わしいというのはあるだろうが、多くの場合は基本、相手を「信頼」しないと会話というものは成立しない。

 あなたの職業が「探偵」とか「警察」だというなら、それは仕方がない。疑うのが仕事だからね。でも、スピリチュアルって探偵業の一種かい?

 どちらかというと、スピリチュアルなんてものは「疑う」よりも「信頼する」 ほうに親和性があると思うんだけど?



 キライだと言われたり、批判されたら条件反射的に「それは実はその人が私という鏡を通して、自分を見つめただけ」とか、「実は関心があったりあこがれがあったりすることの裏返し」とか、何ですぐに切り返さないといけないのかが分からない。

 世間一般では、心理学者みたいに難しく考えない。つまり、「キライ」と言われたらその「キライ」を受け止め、それでも前に進もうとする。だから、人生を生きる中で人間は「メンタルが自然と強くなっていく」。

 人のメンタルが弱くなっていくのは、「物事を素直に受け取る時のダメージをそのまま受けたくないから、手を加えて変形させる」場合に起きる。さらには「変形させて受け入れるどころか、それは実は相手自身の問題、と論点をすり替え、まったく自分の問題として受け入れることを拒絶する」という場合。

 後者の方が状態としては深刻である。


 

 今のスピリチュアル界では、何だか「批判をスマートにかわせば、一流の証し、すごい指導者の証し」みたいに思われている節もある。だからスピリチュアル指導者はこぞって、批判的なコメが来たらあえて取り上げ、「私全然気にしてないんですぅ」「もしかしてこの人、心に傷を持っている?(大きなお世話)」「いや、実は私のことが好きなんだったりして~! (アホの極致)」

 相手が、キライだって言っとろうが! 日本語読めんのか、まったく。

 気味悪いストーカーにあなたが襲われたとする。あなたは、心から「イヤ!やめて!」と拒絶する。でも、相手が「いやよいやよも好きのうち」なんて理屈を口にしながら、おぞましい行為をやめなかったら? あなたの激しい拒絶が実は好意の裏返しなんだ、って勝手に脳内世界で解釈されちゃったら?

 だから、相手が「キライ」って言う時、裏表とかなく本当に「キライ」な場合がほとんどだし、認めたくないだろうが「アナタにも問題がある」場合も比例して多いということである。



 しか~し、どうしてスピリチュアル指導者はこうも批判や悪口を素直に受け取らないのだろうね!

 猫も杓子もいったん、「批判してきたその人自身の問題」ってそのままレシーブを返すことが法律で決まりでもしたかのように、皆同じ反応をする。流行、と言ってもいい。そんな人たちに、筆者は言いたい。



●何かクレームが来た時に、開口一番「投稿者自身の問題っていうお話の展開、やめません? 芸がなさすぎる。

 


 もちろん、本当にそういう場合もまれにあることは認める。でも、一事が万事判を押したようにスピリチュアル界の住人がそれをしていたら、スピ住人は一般人よりもメンタルが弱くなる。

 医学的事実は良く知らないが、私が小さい頃「固い食べ物でも、いやがらずしっかり食べなさい。アゴ(噛む力)が弱くなるよ」と親からよく言われた。

 もし、固いのがイヤで避け、お粥のような柔らかい食べ物ばかり食べたら?

 それを人生に当てはめたら、たくましく生きる力がつかない。弱くなる。

 生きる力とは、状況を受け止め、それを否定せずどういう行動を取っていくか、を決断し前に進むこと。スピルチュアルが教える「批判されたら相手に投げ返す」テクニックは、あなたを不快から守りはするが、成長の機会を与えない。筋肉に負荷がかからないので、体は鍛えられずヒョロヒョロ。



●きれいですごいことを言っているスピリチュアル発信者の中に、実は人生うまくいってるからすごくみえるだけで、何かのきっかけでちょっと坂を転げたら一気に崩れるようなメンタルの弱いのが、少なからずいる。



 人によっては、スピリチュアルな概念を下手に学ばないほうがアンタもっと強くなれるんじゃね? というケースも。とにかくね、人から何か言われたら先に「自分の問題に関心を持とう」よ。

 まず最初に相手を考えちゃうからこそ「それはそもそも私の問題なの? あなた自身の問題なんじゃないの?」と、自分を顧みるチャンスを弱さのゆえに棒に振る。

「そっか、あなた私がキライなんだ。もし、直せるところあったら直すからさぁ、もうちょっと腹を割って話してくれない?」

「キライで結構! 私は、私のこうと決めた道を行くから。残念だけど、あなたの批判は受け入れられない」

 このどちらかでいいのである。同調にせよ拒絶にせよ、いったんは「相手が自分をキライなのだ」という事実を認め受け止めて後の作業になっている。

 そこをすっ飛ばして、「そもそも私は悪くなく、私を鏡として利用した相手の独り相撲」だと考えるのが、怠け者のスピリチュアル界住人。



 スピリチュアルも心理学も、ここのところ実に悪い癖が付いた。都合の悪いことを素直に受け取らない、という。必要以上に「裏」を読む、という。

 賞賛や尊敬など、自分に都合に良いことには「もらい上手」なくせにね!

 反面、自分のエゴにとって都合の悪いものは「アンタ自身の問題」と素早く返却。

 これでは、弱くなりますわな。いったんは、相手の言葉を素直に聞きましょう。

「相手の意地悪は、実は好きの裏返し」は、相手と何度もコミュニケーションを取った後に、その成果として発見される事実。その答えは、インスタントに一足飛びに得られるものではない。

 人同士のぶつかり合いのご褒美として初めて得られる成果を、最短距離で合理的に、分析によっていきなり手にしようとするのは、怠け者なのである。

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