倒れた旅人たちは

 前々回の記事で筆者は、「一番好きな映画を挙げる」ということには抵抗がある、という話をした。可愛い我が子のようなもので、どれにもそれぞれの良さがあり、何かを一番と言うなんて……と。

 でも、どうしても何かを挙げねばならなくなったら、とりあえず苦し紛れにこれを挙げる。非常にマイナーな上に邦画で、しかも時代劇……ということに意外性を感じるかもしれない。



●『激突!将軍家光の乱心』 主演:緒方拳・千葉真一



 将軍・家光は本来なら家督を長男の竹千代に譲るのが筋。

 しかし、家光は竹千代には愛情が向かず、別の子どもを偏愛。

 結果、その子を次の将軍にするには、長男が死なねばらない。

 家光は、将軍とし持てる全権力を用いて、竹千代暗殺を企てる。

 竹千代は、腕利きの傭兵7人を雇うが、天下の将軍の軍勢を相手に苦戦。

 将軍に勝つためには、たった7人に守られる中、生きて江戸城への入城を果たさねばならない——。

 たった7人は、数千からの軍勢を突破できるのか?

 ……と、そんな筋立ての映画である。

 アルフィーの挿入歌もいいし、まだ売れてない頃の織田裕二が端役で出ているのも面白い。ちなみに、間違ってもスピルバーグ監督のほうの「激突!」ではない。



 この7人、一人ひとり順番に死んでいく。

 もちろん死ぬからには、ただでは死なない。敵側の大勢も巻き添えである。

 そうやって、命を懸けて敵の数を削りながら、最後には7人のリーダーに至るまで全員死ぬ。ただ、7人が死を辞さず守ったおかげで、竹千代はオチとして江戸城へ生きてたどり着く。

 映画のクライマックス、将軍の軍勢に取り囲まれる竹千代。

 最後まで残ったリーダーに、竹千代はこう尋ねる。


 

「我らは負けたのか?」

「いや、まだ負けてはいない」

「でも、他の者は皆いなくなってしもうたではないか」

「いや、竹千代ぎみが生きている限り、負けではござらん」

「……が生き続ければ、我らの勝ちか?」

(ニッコリ笑って応える傭兵のリーダー)



 死んでいった7人は、確かに戦闘には数で負けた。

 しかし、彼らの最大の願いは、竹千代が生き続けること、であった。

 彼らのその命は、竹千代に引き継がれた。同化した。

 7人全員、生きて望みを果たした、と見ても良いのだ。

 これは解釈の域に過ぎないと言われても仕方ないが、「命が同化」したのだ。

 そもそも命に分離はないと言えばそうなんだが。



 他人って、何のためにいるんだろう? と考える。

 もちろん、時間という幻想(地では幻想じゃないけど)の中、分離した個という視点を楽しむために、個性を持つ無数の他人の存在は必要である。

 また別の観点からは、次のことも言える。



●命のバトンをつないでいくため。



 それは、子どもを生んで子々孫々を残し、人類が存続するためというのもある。

 しかし、私はそこにもうひとつの意味を見出したい。



●ある人が夢半ばで倒れても、その夢は死なない。その人は失敗したのではない。その想いは同じ志を持つ誰かと同化し、その人物を借りて夢の続きに挑む。

 そうして、どこかで誰かが何事かを成したら、それは彼が吸収した幾人(下手をしたら数百人?)が、悲願を果たしたことと同じなのである。



 何かの目的のために、犠牲者が出て。

 でも、その辛い犠牲を払ったあとに、何かの成果が出る——

 そういう話を聞くと、人間は涙腺が弱い。その手の話が一番魂に効く。

 確かに、命は大事である。無理もいけない。人生、無理しすぎず楽しいのが一番……なのであるが、シナリオによってはそうもいかない人もいる。波乱万丈な激しい生き様に、なぜか誘われて自分でもそれでいい、と思える人たちもいる。

 それを、無理するなとは言えない。だって、そういうタイプの人にはそれが一番「落ち着く」のだろうから。

 無関係な他人から見たら奇妙に映るが、命を損する危険を承知で何かを守ることには意味がある。「何かを守ったって、死んでしまったらそれが無事かどうかも分からなくなるだろうに、何の意味が? 逃げて生き延びるほうがいい。すべては自分が生きていてこそ、でしょう?」そう問いたくなるのも分かる。

 でも、彼らはニッコリ笑って言うのだろう。



●夢が生き続ければ(最後まであきらめなければ)、私の勝ちだ。



『時代』という日本歌謡の名曲がある。その歌詞にも、このことが言葉を変えて書かれている。

 もちろん、人生において分かりやすい成功を収めるに越したことはない。

 でも、それの有り無しで人の優劣は決しない。

 ただ、あきらめなければ。胸の奥で、あなたの灯火ともしびが消えておらず、内側を照らし続けていれば——

 誰が認めなくても、あなたの勝ちである。

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