名探偵の居る所事件あり

 金田一少年。名探偵コナン。明智小五郎にシャーロック・ホームズ。

「ガリレオ」の湯川教授に、「相棒」の杉下右京。

 およそ名探偵と呼ばれる人たちには、共通して(フィクションではあるが)あるひとつの傾向がある。それはきっと、皆さんもふとした時に気付いてツッコミたくなるこのことである。



●なんで、あんたらの行く先々で人が死ぬん?



 大人の金田一耕助や明智などは、どこか別で起こった事件の解決依頼が、構えている探偵事務所にやってくるのでまだ分かる。でもコナンと金田一少年の場合は、彼らの行く先々で人が死に、事件に巻きこまれるパターンがほとんどだ。

 なんでわざわざ都合よく、探偵がその力を披露する機会がしょっちゅう生じるのか?



 引き寄せという分野では、よく「似た波動のものが引き寄せ合う」ということを言ったりする。

(今日は地の話をするために、天視点では否定する波動や振動という概念をあえて使用する)

 あなたが明るく、心地よい意識状態でいたら、それと同調した良い出来事が生じる。あなたの意識が豊かな状態だと、物質的現象的豊かさもついてきやすくなる。

 逆に、あなたが利己的な考えに囚われていたり、イライラしていたり、不快な意識状態でいたら、それと同調したような出来事を引き寄せてしまう。また、あなたのセルフイメージが低かったり、どうせ自分はダメだ、いいことなど起こりっこないと思っていたら、そのごとくにあなたは貧しいまま。本当のあなたは「開花しない」まま——。

 ぶっちゃけると「似たもの同士が引き寄せ合う」「類は友を呼ぶ」となる。



 確かに、引き寄せ合いやすいのは二者の間に「親和性」がある場合である。

 でも、名探偵は少なくとも人を助けたい・世の中を良くしたいと思っている。基本的に「善」の味方である。人を殺す・恨みに任せて行動する殺人犯を追う側である。

 そういう意識と、殺人事件は相容れない。人が死ぬ、ということを引き寄せるのにふさわしい意識状態に探偵があるとは思いにくい。だから、何かを引き寄せるのは「似た(波動の)もの」というだけでなく、もうひとつの要素があると思われる。



●『必要』が引き寄せ合う。



 探偵の意識が悪いから、殺人に出くわすというのはどう考えてもヘンだ。

 二者が引き合う原因のもうひとつは、まさに「互いの必要」である。

 探偵は、必要だから呼ばれたのだ。決して、探偵の内面の反映や投影が殺人事件になったわけではない。

 別に探偵に限らず、この世界には「宇宙シナリオにより、ある使命をもつ者」がいる。すべての人にそれはあるのだが、「これだ!」という分かりやすいケースもあれば、なかなか分かりにくい種類のものであるケースもある。

 あなたは、好むと好まざるとに関わらず、状況に召喚される。もちろん、そこで責任を見事果たすかどうかは、あなた次第。

 


 整理しますと、この宇宙で何かの二者が引き合うという現象には、理由がおおまかにはふたつあるということだ。ひとつは、似た波動(振動数)のもの。もうひとつは、二者が全然違うカテゴリーでも、必要があって引き合うという場合。

 たとえば、心がねじくれた付き合いずらい人物がいるとする。その人物を見捨てない、救いたいと思う精神ステージの高い者が、近付き寄り添おうとする場合がある。名探偵が殺人犯に出くわすのも同じことで、正反対の二者でも宇宙演劇の成立のために互いが必要なのだ。



 イエス。キリストは心が豊かじゃなかったんだろうか?

 だって、彼は死ぬまで貧乏だったからである。

 付き合う人物も、上流階級や権力者、インテリ層とは正反対の、一般庶民、農民、犯罪者、隔離病人、風俗嬢たちであった。イエス自身がそういう段階の人だから、類は友を呼ぶで似た者同士引き合った?

 そんなことはない。イエスは、権力者や金持ちには自分は必要ないと感じた。自分が必要とされているのは、自分が使命を生き持ち味が発揮されるのはこちらだ、と思ったからだ。より自分を本当に必要としてくれるところに身を置いたのだ。

 どうせ権力者は人としての救いや成長などということよりも、イエスを味方に付け利用したかっただけだし、結局自分のイメージや利益のためだろうと思ったから。



 だから、精神ステージや気付きの高い者は、できたら自分と同レベルの人と心地よく付き合うのも結構だが、反対の世界にしょっちゅう出かけてほしい。あなたを必要とする反対の世界の住人と接してほしい。

 その人が本物かどうかは、付き合っている人を見れば分かるという理屈があるが、たとえそうでも本物で周囲をあふれさせなくていい。むしろそれはちょっとでよくて、あとはあなたを必要とする人たちで埋め尽くしてもいいくらいだ。

 筆者も、この活動を始めて10年に近くなるが、なぜ福祉の仕事をしていたのに、キリスト教の牧師を目指していたのにこうなったのか、事実としての流れは言葉で列挙できるが、本当のところは良く分からない。気付いたら、こうなっていた。

 そこに、私の好き嫌いはほとんど関係なかった。「召喚された」というのが実感には近い。

 


 名探偵も、好きで人が死ぬところに居合わせるわけではないだろう。ただ、そこがその人が生きるのに「適切な」場所だから。お役目だから。人生であなたに起きてくるのは、何もあなたの意識レベルでの投影(同じものを引き寄せる)ばかりではなく、あなたを必要としている場面が呼ぶことがあるのだ。

 その場合は、「オレ何か悪いことでもした(考えた)?」 と心配しなくていい。あなたの想いや行いが悪いから、その困難に出くわしたのではない。あなたなら何かできる、から召喚されたと思えばいい。

 そうすると見えてくるものがあり、実際役に立てるチャンスもあるはずだ。

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