命を捨てて

 筆者が幼い頃に、頑張って考えても意味の分からなかった言葉があった。

『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』というアニメの主題歌の一節。

 こういう部分がある。



●命を捨てて 俺は生きる



 ん? 命を捨てちゃったら、生きられないじゃん!

 当時小学校2年生だったと思うが、こんな哲学的かつ深淵な言葉が分かろうはずもなく、何だかカッケー言葉として記憶に残り続けた。

 『新造人間キャシャーン』 というアニメのエンディングソングにも、似たようなのがある。



●夢も希望も 昨日に捨てて

 戦うだけに 生きていく



 ……それって、さみしいやん! たとえ戦うにしても、夢も希望も持ったままでいいやん! 幼い頭で、そう思ったものだ。

 もちろん、幼い考えで言うことは大人が見失ってる「本質」である場合も多いので、バカにしたものではない。でもやはり、子どもには分からない『大人の事情』というものだってある。

 単純に大人がこの世で生き抜くために真っ直ぐさを失ったのだ、本質を捨てたのだとばかり言うのは、ちと酷である。

 ハーロックの言う「命を捨てて生きる」の意味を、筆者なりに考えてみた。

 


●本当に「生きる」ために、満足していない今の「生きる」を捨てる。

 本当に得たいものを得るために、今握っている「今の時点でのベスト」を手放す。

 人は、今握っているものを手放さねば、新しいものを拾って握ることはできない。



 ハーロックは、別に自殺願望があるわけではない。死に急ぎたいわけではない。

 彼は、ロマンチストなのである。あしたのジョーではないが、「明日はきっとなにかある」と思っている。

 今はまだつかめていないが、この先に絶対「つかむべき何か、いやつかみたい何か」があると信じている。そしてそれは、生半可なことでは得られない難物であることも分かっている。

 たとえば、大学受験で受かるまではテレビを見ない。マンガを読まないとか。ゲームする時間を一日30分に抑えるとか。

 このように、大きな目標を前にして自分に制限を課すということが人間にはある。それは決して自分をいじめたいからではない。むしろ自分の幸せのためである。

 ただ長期的スパンで考えているため、短期的にだけ見れば「したいことができない」という不幸に見えてしまうが、それは全然的外れだ。今テレビやマンガを心行くまで見れば、今じゃなくても将来、受験に負けて泣くことになる。



●ハーロックは、どうしてもつかみたい「何か」を本気でつかもうとしているので、その目的を達するまでは「目的観に徹する」ことに決めた。

 それを、命を捨てて生きると表現した。



 受験生は、一日のうちかなりの時間を勉強に費やし、どちらかというとその年代の若者らしいはつらつとした、バランスのいい生き方にはならない。デートもお預け。娯楽も最低限に絞る。睡眠時間だって削る。(もちろん、もって生まれたものによって個人差はある)

『バクマン。』という漫画家を描いた映画でも、少年ジャンプでアンケート1位を取るために、主人公は倒れて入院する事態になるほど仕事で根をつめる。逆に言えば、そうでもしないと得られないくらい、それは「ものすごいこと」なのである。

 すごいものを得るためには、それなりの代価がこの世界には必要なのである。

 あらゆる可能性のある世界なので、まれに代価なしに(少なくで)ものすごい何かを手にすることというのも例外的にある。でもそれは文字通りレアケースなので、狙わないほうがいい。

 確実に欲しいなら、努力することだ。正当な値段を支払おうとする姿勢をもつことだ。その「大変さ」を背負う覚悟こそが、命を捨てた生き方なのだ。

 でもそれは死ぬまでずっとではない。ハーロックが目指す「ある何か」にたどり着いたら、安らぐのかもしれない。旅の終わりが来るのかもしれない。

 いや、もしかしたらそこに着いたら着いたで、新たな旅の始まりになってしまうのかもしれない。



 キャシャーンの『夢も希望も 昨日に捨てて 戦うだけに 生きていく』もそうだ。

 夢と希望を本当に捨ててしまうのではない。逆だ。それをきちんと得たいからこそ、得るまでは限定的に捨てるということだ。

 敵は強い。戦いは厳しいものになる。こちらも鬼にならなければ、やられる。だからこそ、敵を上回るために甘い気持ちを捨て去るのだ。

「今ここを喜ぶ、今幸せになれ」 というユルいスピリチュアルでは、カバーできない部分である。

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