成功哲学のキライな点

 5年ほど前だっただろうか。フェイスブックで、ものすごい数の「いいね!」がついた記事が筆者のタイムラインに上がってきた。何を言ってるんだろう? と思ってその記事を読んでみた。

 どうもその記事のぬしは、一言で言うと『絵に描いたような成功者』。もともと貧乏だったけど大逆転したってパターンは、もはや王道。

 記事は、いかにしたらお金持ちになれるか、というハウツーがメイン。私が読んだ記事は、特に「貧乏人と金持ちを分ける決定的な違い」というポイントを話題にしていた。



 その成功者は言う。なぜ1日は24時間で、誰にでも平等に与えられているのにも関わらず、月収15万円の人・月収50万円の人・月収100万円の人・月収1千万円の人……このような不平等な収入格差が生まれるのか、分かりますか? 

 どうして1日12時間死ぬほど働いて月収30万円しか稼げない人と、1日たった数時間の労働で月収100万円以上稼げる人というような、収入の大きな差が生まれてしまうのか?



 その理由を、成功者は以下のように話す。



 1日12時間死ぬほど働いて月収30万円しか稼げない人は、時間と労働力という人間の最も貴重な資源を『バナナの叩き売り』みたいに、とりあえず来月もらえる短期的なお金とトレードしている人だからです。 

 それに対して1日たった数時間の労働で月収100万円稼いでいるような人は、時間と労働力という人間の貴重な資源を、不労所得を生みだしてくれる「資産」の構築に使い、その資産が生みだすレバレッジから、普通の労働者の何倍ものお金を得ているからです。

 これがお金持ちの考え方です。これがお金を生みだす真理なのです。



 そこで、この成功者は自らの言葉を「真理」と豪語し、次のように言いきる。



【真理その1】


 お金とは、資産とレバレッジから生みだされるものであり、元来は労働から生み出されるものではない。


【真理その2】


 あなたの時間と労働力は本来、資産を作るために存在しているものである。



 筆者はこれを読んで、少々の吐き気を感じると同時に、失笑した。

 この人物は今大成功して、家族ともども外国に居を構えラグジュアリーに過ごしているようである。この成功者が、本気でブログで言っているような内容でもって、自分の子どもに教育を施すのだとしたら、可哀想というか……まぁ、彼の子どもとして生まれるシナリオをその魂は味わいにきたのだから、それはそれとしてその子が楽しめばいいだけの話だが。



 もちろん、私は今紹介した理屈が(真理ではないにせよ)まったく間違っているとは言わない。

 むしろ、金持ちというものを目指すのには、きっと的を射た考え方なのだろう。私がキライなのは、この考え方が間違っているからじゃない。



●「貧乏」を担当する者へのリスペクトが感じられないから。



 この理屈は、一体誰に向けて語られている?

 賢い読者は、「万民向け」ではないことを見抜かれるだろう。

 だってこの成功者は、時給いくらで労働を単純に売ってカネにすることを見下している。真理その1には、「お金は、元来は労働から生み出されるものではない」とまで言ってしまっている。

 ですが、世界中の全員が、資産を使い「レバレッジ」なるものを応用し、不労所得を得るということは実現できない。つまり、この成功者は皆が豊かになることに関心などない。つまり自分と、自分の言うことを理解する一部の「できるやつ」が豊かになればいいと考えている。



 億万長者が一人いるとする。

 彼は大豪邸に住み、百人単位の使用人を使っている。

 彼自身は汗水たらさず指示だけをするが、その指示によって動くピラミッドの下の大勢がいる。車の運転手もいるだろうし、庭師もいる。子どもの家庭教師もいるかもしれない。

 もし、世界に「金持ち」しかいなかったらどうなるか。人を使う立場の人だけが残って、あとの「労働者」が全員世界から消えてしまったら?

 その金持ちは、自分で田畑を耕し、食物を得なければならなくなる。口で命令してやってくれる人が消えたので、できることは全部自分でするしかない。

 つまり、トップに君臨する者が一番バカにする「バナナのたたき売り労働」をしなくてはいけなくなるのである。そういう役回りの人物がいるからこそ、金持ちは世の勝者のように偉そうなことを言うことができるのを忘れている。

 金持ちは、世界に自分一人だったら何もできない。

 もちろん、この世で金持ちになろうがうまく立ち回って大成功しようが、そのこと自体は問題ではない。自分が到達した成功法則を語るのはいいが、せめて——



●色んな人が、色んな立場を演じてくれているおかげで、あなたがその役をやっていられる。

 あなたの王座を支える無数の「ベタに汗して働くサラリーマンや時給労働者」を、何か「知恵を生かせていないバカ」のように言わないでほしい。



 だから筆者は、上記のような法則を語るお父さんのもとで育つ子供の行く末を、お節介にも心配するのだ。どうか、思いやりを持てる大人になってほしい。社会的弱者は、決して好きでその立場をやっている人たちではない。その人たちなりに、一生懸命生きている。

 金持ちがディナーで口にする食べ物は、農家や漁師、加工工場の職員さんが頑張って「時給労働したから」存在するものである。金持ちが乗る高級外車も、メーカの職人が時に油まみれになりながらも組み立てたからあるのである。それを「時間を安売りしている、負け組」とのたまうか?



 自分を支えているすべてのものに対するリスペクトを忘れた金持ちなど、鼻をかんだチリ紙ほどの値打ちもない。

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