神様ゆるして
●汚れちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れちまった悲しみは
倦怠のうちに死を夢む
汚れちまった悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる
~中原中也の詩より抜粋~
たまたま出会った漫画に、『神様ゆるして』(比古地 朔弥・著)がある。
電子ブックで面白い漫画はないかな、と探していたところ、私のアンテナに妙に引っかかったので、ダウンロードして購入。作者は有名でもなく、作品自体も知名度は低いと思われる。なぜ、並み居る他の売れている漫画をおさえてこれを選んだのか、今でも不思議だ。
紙のマンガの方は絶版みたいで、アマゾンの中古販売で買える。(安くて100~200円)電子ブック・kindle版のデータ販売だと、定価になるが。
最初からいきなり言ってしまうと、『近親相姦』がテーマである。
あるところに、妹思いの兄と、お兄ちゃん大好きな妹がいた。
妹は線が細く頼りなく、登校拒否もしたりする。やっと入学できた高校だって、世の中を過度に怖がる妹は、出かけたかと思ったら学校に着けずに戻ってくることも。
家庭事情も複雑だ。兄は大学浪人だが、すでに2浪の身。これ以上は、家計が持たない。
母は妹に劣らず精神的に弱く、子どもの面倒をあまり見ない。それが兄妹関係にも影響していて、親に頼れない兄は必要以上に妹の面倒を見ることになり、やはり親に頼れないと感じている妹は、頼れるのはお兄ちゃんだけになる。
ある日、この兄妹は家出を決行する。
原因は、父親だ。妹を、明らかに親の目ではなく女を見る目で見ている。
兄はそのことに薄々感づいてはいたが、何とか踏みとどまっていた。しかし、ある時「これは放っておくとまずい」と感じる決定的なことが起こり、ブチ切れた兄は妹の手を引いて、一路東京へ。
高卒で無職の兄。普通なら高校へ通っているはずの妹。
東京へ勝手に出てきて、仕事も住む家もなかなか見つからない。
妹は社会で頑張れる精神力に欠け、バイトも無理。兄も、生来の勝気な性格と要らぬプライドが邪魔して、せっかく見つけた仕事も長続きしない。
生活的に、追い詰められる二人。無謀に家を出て、挙句冷たい世間からひどい目に遭うのは「火垂るの墓」というジブリ映画と似ている。
若者が生活に追い詰められ、それでいてしんどいことや上から目線でこき使われるのがイヤ、だなんて状態だったら、何に手を出しやすいと思います?
「違法なこと」である。
兄は、そういうことに手を染めるのは悪いとはどこかで思いながら、ズルズルとお金が入る現実に負けていく。
その罪悪感と苦しみから逃れるためか、どこにも逃げ道も慰めもない事実が追い詰めたのか、兄は衝動的に横で眠っている妹の唇を奪ってしまったことで、精神のダムが決壊する。
我慢できなくなって、妹の肉体に溺れていく日々を過ごすようになる兄。妹の方でも、いけないことだと思いつつ「大好きなお兄ちゃんならいい」という思いが、その関係を続けさせた。
しかしそんな日々がいつまでも続くはずがなく、やがて二人の運命は思いがけない結末を迎える——。
全部話すと、自分で読みたいという人の興を削ぐといけないので、ここまで。
それでも、あとラストシーンの一部を紹介しよう。
二人が、ある結末を迎えてから5年ほどの歳月が過ぎた頃に、ある喫茶店で再会する。その場で兄は、自分の心が弱かったこと、あってはいけないことを望んだこと(近親相姦)を詫びた。
妹は、それを聞いて悲しいような、うれしいような複雑な表情をして、次のように言う。
●ううん。
あやまんなくていいよ。むしろ、私がありがとうを言いたいくらい。
今私ね、彼氏もいるんだ。生活も大丈夫だし。
むしろお兄ちゃんが初めてだったおかげで、お兄ちゃんが優しくしてくれたおかげで私、男の人がこわくなくなったよ!
ありがとう、お兄ちゃん。
そう言った妹の顔に、昔の弱さは見る影もなかった。
一人の、自立を果たした、迷いを振り払った女性の姿がそこにはあった。
そんな妹を、兄はまぶしい目で見つめるのだった。
この作品を読み終えた時、筆者は何とも言えない気持ちになった。
良識に照らし合わせれば、どんなに生活に困っても「盗み」はいけない。たとえ悪人から盗るのであっても。ズルいことをしている人から盗むのであっても。
「義賊」なんぞというのは、ルパン3世みたいなマンガの中にしかない。事情はどうあれ、盗みはいけない。
同じ理屈で、近親相姦だっていけない。私だって、人から「いいですか?」と聞かれたら、どうぞどうぞジャンジャンやってください、とはさすがに言えない。いくらスピリチュアルで「自分がしたいことだけをすればいい」って教えがあったって、限度というものがある。
でも、やっぱり考える。
筆者は、一応スピリチュアル情報を他人様に発信している立場もあるから、表向き「盗みも近親相姦もダメ」って言うしかない。
でも仮にもし、私がこのマンガの中の兄とまったく同じ境遇に立ったら? 同じことをしない、と言いきれるだろうか……?
確かに、個が違えば、状況が同じでも同じ選択をするとは限らない。でも私にはやっぱり、マンガの中の兄を責めることができない。読み進めるほどに、泣けてくるのだ。
筆者が小学生の頃の話だが、妹と散歩をしていた。親が留守で、兄である筆者が面倒をみていたのだ。
散歩の道すがら、ある駄菓子屋の前で、妹があるお菓子を「欲しい、欲しい」とダダをこねた。買ってやりたかったが、その時親からもらったおこずかいもほとんど残っておらず、手持ちのお金では買ってあげられなかった。
当然、どうしても手に入らないのだと少しは理解した妹は、泣いた。
悔しかった。泣かれてもどうにもしてあげられない自分が。
筆者の脳裏にちらっと「盗む」という言葉もよぎった。要するに万引きである。
さすがに実行はしなかったが、でもこのマンガの兄の気持ちが、ある程度分かる。
近親相姦はあった。盗みはあった。それに輪をかけて大問題も起こした。
でも、このマンガの中の兄妹は結果として、それぞれの小さな幸せをつかんだ。妹は、少なくとも兄に感謝している。こういう物語を読むと、善悪や倫理道徳の境界、というものが曖昧になる感覚を味わう。
確かに、秩序を保つために世には一定のルールがあってもいい。でも、本当にどうしようもない時。抗えない力が、個人を揺さぶり、踏み潰す時——。
私たちは涙して、越えるべきでない一線を越えるという世界を垣間見ることになるのだろうか。
そう考えるのは決して、正当化とか甘やかしとかからではない。
それでも、筆者は「弱者への優しい眼差し」 というものを持っていたいのだ。
見下しでもなく、上から目線の憐みとかでもない。ただ対等の命が、より大変なシナリオを生きていることに対する、感謝とねぎらいである。
●そのドラマを背負ってくれて、ありがとう。
君がその体験をしたことは、宇宙にとって決して無駄ではなかったよ。
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