鏡の法則
『鏡の法則』という本がある。
新しい本ではない。昔からあったようだが、私は知らなかったクチである。
アマゾンの和書コーナーをネットサーフィンしている時に見つけ、そういう本があることを知った。評価のレビューコメント数もかなりついており、総合的に星5つ中4つになっている。(この記事を書いた当時)
まぁ、好評を博している本であることは間違いない。
ただ、ひとつ面白い現象がある。
アマゾンでは、「このレビューが参考になった」という票数が最も高い順に、レビューのいくつかをトップに並べて紹介するという形をとっている。百も二百もコメントが付いている場合、最も支持を受けた上位をトップに紹介し、全部投稿順に読みたい場合は、別枠をクリックしてわざわざ見なければならない。
この本に関する「参考になった」上位6位までが、満点どころか4点すら付けていない。で、共通する意見としては「その考え方でうまくいくことも多いだろうが、それではどうにもならない現実だってある」というものであった。
「読んだ9割の人が涙する!」というようなキャッチフレーズで世に出されたこの本。それなりに大当たりだったようで、全体としてはベタほめ、絶賛の嵐である。
それほど支持を受ける内容でも、冷めた目で見る人というのは絶対に一定数いて、そういう人種とは見抜いているのである。光あれば影があり、光が強くなれば闇もまた深まることを。この世界に「絶対に例外なくそれで済まされるパターンなどない」ということを。
支持されたコメントをした上位の人の多くは、「泣けなかった1割」だった人である。筆者は未読なのだが、この本を読んだ人の話を借りれば「自分のやったことは自分に返ってくる」「自分が変われば相手も変わる」「ゆるすこと、感謝すること」……そういった内容が、この本の骨子なようである。
本当にそれらは「ごもっとも」な話である。
でも、見抜く人は次に挙げるような限界が存在することも把握している。
●「本当に絶望している人の救いにはならないのではないか」
「自分を変えたとしても、現実問題他人がそう変わらない現実だってある」
「許して相手を認める事も大切だが、心の傷が大きい場合かえってつらくなる場合もある」
「自分には非がないはずなのに、許そうとするほうが辛くなる人もいる」
「改心すれば、全て物事が上手くいくって事はない。世界はそんなに甘くない。スピリチュアルの大命題としては浅すぎる」
「世の中は時には残酷なもの。どんな問題も解決する魔法のルールはありません」
もちろん、個々人の意思によって前向きな意識で生きること、努力することは大事だ。それがあることで、現実が良い方向に変わっていくケースがあることに筆者も異論はない。
ただ、「全部」ではないこともまた確かだ。
「どんな問題でもそれで解決する!」というのは、まさに誇大広告である。
弓道で、的を矢で射る場合を想像してほしい。
矢の先は、的に突き刺さり、的の表面の一部をえぐる。
ただし、えぐる面積は本当に微々たるものである。先が尖っているから。
ここで、矢の先が「吸盤」のような形状になっているものを使ったとする。それは的の表面に、ピッタンコとくっつく。
矢が覆う的の面積は格段に広くはなるが、全体を覆うことは無理だ。
的と同じ面積の吸盤など、まず当たらない。ちょっとでも的からズレたらそこから空気が入るから、まず引っ付かない。
この世のすべての理屈は、そのようである。
理屈によって、比較上の差は存在する。より広く受け入れられ、真理かのように言われるものと、誰かの勝手なたわごととして処理される「聞く人を選ぶ尖った内容」のもの、というように。
前者が、的を覆う面積の広い吸盤矢。後者が、先の鋭い矢じりの矢。後者は大勢の心はつかまないが、的に刺さったらどんなに小さい面積だろうがどこかには 「そうだよ!」 と強烈に共感する人がいるものである。
ゼロというものがない代わりに、完璧な100というものもないのがこの世界の特徴である。より大勢のニーズに合うことはあっても、全員に合うことはない。
そのことが把握できている人ばかりならいいのであるが、そうもいかない。無意識下に、認識上次のような操作がなされることがある。
●絶賛され、満を持して本として出る
→ 大勢が感動し、涙したらしい
→ 大勢がそういう反応になるということだから、どうもこの法則は正しいようだ
→ なら私も是非ともやってみよう。著者と同じように幸せになりたいから
→ 現実にはうまくいかない (ここでうまくいく人も若干名出るのが、現実の残酷なところである)
→ 言われた通りにやっているのに、なぜ?
→ 私がどこか間違っている? (で、間違い探しが始まるが見つからず疲れ果てる)
→ 間違い探しができないので、もっと根本に原因を探す。そもそも私自身に、これをやりこなす資質や才能がないんじゃ? そもそも私がダメ人間だから、やってもうまくいかないんじゃ?
この矢印の最後まで行く人はそう多くはない。そこまで行くまで関心が持続しないから!
だが、真ん中よりちょい下までなら行く人はまぁまぁいる。
人はそれほど強くない。何らかの素晴らしい理屈を「公式」(誰がやっても例外なくうまくいく)にまで格上げし、すがりたい気持ちにもなるだろう。
でも、厳しいことを言うが、どんなにあなたが弱くても、辛くても、やってほしくないことがある。それは「あなたが頼みとしている何か(宗教・スピリチュアル)の神格化・絶対化」 である。
何かを絶対化するということは、間違いが起こった場合にその絶対化したものに非がある(間違っている、あるいはあなたに合わないだけ)とはまず考えない。絶対に対し相対の関係にある 「自分」の側にしか問題はない、自分が悪いからせっかくのこの方法がうまくいかないのだ、と考える。
何かの宗教やスピリチュアルに心酔した者は、この公式化、絶対化をしてしまいやすい。もちろん、うまくいっているうちはいい。だが、少しでもうまくいかないケースを体験したら、あれっ、こんなはずじゃないのに……と疑惑が生まれる。
で、夢から醒める時というのは「世の中そう公式で割り切れる現実ばかりじゃない」ということをどうしても認めざるを得なくなった時である。
皮肉な話だが、スピリチュアル的に大人になるということは、「(ある特定の)スピリチュアルではカバーしきれないものもある」ことを認めることである。
本書の繰り出す矢じりは、多分鋭い。
本書にヘンにハマって、内容を公式化・絶対化するような人は少ない……だろう。
でも、読み物としては面白いはずだ。真理が書いてある、自分を救う内容が書いてあるというよりは「おもれぇことが書いてある」程度のノリで読んでいただいたらいい、と思う。
でないと、まともに直球を受け取る読み方でいくと、かなり「破壊的」だと思うので!
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