そん時でないと、分からん!(前編)

 文筆業で発信などしていると、色々相談後をもちかけられる。

 人からひとしきり、一体自分が今どんな状況かという説明があって、最後に——


 

「こんな時、先生(筆者)ならどうしますか?」



 ……という風に、ある状況下で「私がとるであろう行動」についての予測を、聞いてくるのだ。

 この手の議論は、暇つぶし程度の価値を越えない。

 しても、意味がないからだ。

 そのことを論じるために、聖書に載っているあるお話を引用しよう。

 聖書箇所は、マタイによる福音書の26章31節よりあとの部分だ。

 だいたい、以下のようなお話である。



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 イエスが十字架にかかり、処刑される前夜。

 最後を悟ったイエスは、弟子たちに言った。

「今夜、私は処刑されるために逮捕される。その時、お前たちは私を見捨てて逃げるだろうよ——」

 その時、イエスの一番弟子のペテロ(口語訳。新共同訳ではペトロ)という人物は、こう言う。



「たとえ他の皆があなたを見捨てても、私は決して見捨てません!」



 イエスはそれを聞いて、このように予言する。



「よく聞いとくんだぞ。

 お前は今夜、鶏が鳴く前に三度私のことを知らない、って言うと思うよ」



 それを聞いたペテロは、いくら先生のお言葉でも心外な!とでも言いたげに——



「たとえ、先生とご一緒に死ななければならなくなっても、先生のことを知らない、などとは決して申しません!」と叫ぶ。



 それから数時間後、裏切った弟子のユダとともに、権力側の役人たちが、イエス逮捕にやってきた。

 それを見た弟子たちは皆、一人残らずイエスを見捨てて逃げてしまった。



 イエスは逮捕され、当時の宗教上の最高責任者である、大祭司の屋敷にとりあえず監禁された。

 さすがに、一番弟子のペテロは気が咎めたのか、こっそりと一連の騒動を見物にやってきた群衆の中に混じって、様子を見ようとしていた。その時である。

 屋敷の女中が、ペテロをジロジロ見て——

「あ、この人見覚えがある! あのイエスと一緒にいた人だ! 確かお弟子さんじゃなかった?」

 群衆が一斉に振り返った。ペテロの心臓はドッキリと飛び上がった。

「あ、あんた何のことを言ってるんだ? 私には分からない」

 逃げるように門の方に行くと、そこでも別の女中が——

「確かにあんた、あのイエスと一緒にいたのを見たことがあるよ!」

 そこで即座にペテロは、「そんな人は知らない」と言う。

 すると、ある男たちの一団が、口々に言いだした。

「お前は絶対、あのガリラヤ出身のイエスの仲間だよ! だってお前も、言葉が 『ガリラヤ弁』(東北訛り、くらいに考えてください)じゃないか!」

 ペテロはむきになって、言い放った。

「イエスなんて人、オレは聞いたこともないぞ!」



 その時、鶏が 「コケコッコー」 と鳴いた。

 ペテロは、「鶏が鳴く前に三度私を知らないと言うだろう」 と言われたイエスの言葉を思い出して、外に出て、ひとり激しく泣いた。



 ※福音書によって内容が微妙に異なるため、ここではマタイ伝を採用しています。  言葉は聖書通りではなく、筆者があえてくだけた文章にしています。 



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 私にも、経験がある。

 初恋の時。

 絶対に、この人以外あり得ない、と幼い純粋さと必死さで思っていた。

 彼女と結ばれないのなら、もう恋なんてしない(当然、結婚もしない)、くらいに決心していた。今考えれば、笑い話なのだが。

 当時、その瞬間は本気も本気のひらけ! ホンキッキだった。(??)

 でも、手厳しくののしられフラれて、数か月がした頃にはもう、別の恋が生まれていた。絶望して自殺もせず、もう恋はしない、なんて決意も持続せず——

 あの時のあの無謀な確信は、何だったんだろう?と思う。



 確かに、「今ここ」において、こうだと確信を持つことに関しては、本当にそうなんだろう。でも——



●「今ここ」の確信は、今限定である。

 保持期限は、一瞬である。

 次の瞬間には、もう更新手続きが必要である。

 そして、この毎瞬毎瞬の更新手続きをクリアし続けるには——

 ものすごいエネルギーの持続を必要とする。



 先に何が起こるか、どうなるかなんて、「能力的リミッターを装備させられた神」 である人間に、分かるはずがない。

 だから、安逸に「私は絶対こうだ」などと口にしない方が良い。

 例えそれが良いことであっても。例えば「私は絶対幸せになる!」とか。

 言ってる内容は良いものでも、その「絶対」という言葉にまとわりつくエネルギーがバツ。「絶対」という言葉には、「固執」という要素が含まれやすい。

 なぜなら、「それ以外の可能性を否定しているから」。

「絶対に幸せになる!」という言葉が示すのは、すべてを受け入れる姿勢ではなく、宇宙に対して「不幸はダメ」という拒絶がある。また、絶対ということは「幸せにならない状態などあってはならない」ということであり、もし本人が少しでもそうでない、と感じる瞬間があれば、それは「あるべき状態にない自分」の情けなさ、落ち度となり自分への評価が著しく低くなる。



 お話会を開くと、たまに聞かれる。

 あなたは覚醒されて、宇宙で起こることは全て最善、という境地に立たれたのですよね? だったら、奥さんとお子さんが犯罪に巻き込まれて殺されたら。あなたはそれも最善として納得して、犯人をゆるされますか?

 そして魂も平安でいられるのですか?



 そんな質問をしたい気持ちは分かる。

 なぜなら、私も昔他人にこれを聞いていたから。(笑)

 でも、「魂の気付き」を得た今なら言える。

 言葉は乱暴だが——



●そんなもん、知るか!

 実際にその時になってみなけりゃ、分からんて!



 この世界が壮大なゲームで、私たちがその世界のゲームキャラだとして。

 キャラクターの取り扱い説明書には、「先々のことを心配して、予測して対策を立てておくようにしなさい。でないと、怖いから」などとは書かれていない。

 むしろ、「今というその瞬間瞬間に向き合い、味わいなさい。そのことの重要さの前には、起こっていない先の事の心配なぞ無意味である」とまで書かれている。

 予測したって、まず正確な答えはでない。



 こういう時、自分だったらこうするだろうな、と思っていても——

 それは、「今ここ」という瞬間の条件をもとにはじき出した結論である。

 でも、本当にそういう状況が来るのが例えば三年後だったとして、その三年の間に、あらゆることが変化していたりする。だってこの世界は、諸行無常ですから。

 その間に、環境の変化もあったろう。人間関係にも、学校や仕事にも。

 それに伴い、思想信条、考え方も変化せずにはいられないはず。

 そもそも、「今」と「三年後」では、ベースにする基本情報が全然違うのだ。

 イエスの弟子、ペテロに起こったようなことは私たちにも起こる。

 そんな経験をした時、人は本当に謙虚になれる。ああ、何かが時を越えて絶対に変わらないなんて、軽々しく言えないんだな、と。

 絶対、と思いたい概念にしがみついて、ガチガチに緊張して(失わないように)生きるよりも、変化を怖がらず受け入れ、むしろこの世界に変化はつきものでありそれを楽しめばよいのだ、と割り切った生き方をするほうが、幸せになれる。

 前者の生き方をする者は弱い。後者の生き方をする者のほうが、強い。柔よく剛を制す、というわけだ。 



 あと、「私ならこういう時、こうする」という議論をする時、「願望」という要素が紛れ込みやすいことも、忘れてはならない。

「こうできたらなぁ」「こうであったらなぁ」という思いが、知らず知らずのうちに「ホンネ」に変換されて、自分の強固な確信のように勘違いしてしまう。結果、いざその時になれば全然違う行動を取ってしまった自分に、幻滅する。



 覚醒者(悟り人)だから、絶対ってことはないんです。

 もちろん、思いとして「多分、こうだろうなぁ」と思う部分はあります。

 でも、いくら意識上の大いなる「気付き」があったとはいえ、肉体をもってこの二元性の世界に存在している以上、絶対はないのだ。

 だから、傲慢にも 「私は例え何があろうとも、こういう時はこうです!」などとは言えない。本当に分をわきまえた覚者なら、やはり「その時にならないと、自分がどうするかなんて分からない」と言うはずだ。



 だから今後、筆者に「あなたなら、どうしますか?」という質問は控えてほしい。

 山口さんちのツトム君みたいに、いつも答えはお~な~じ



「そんなもん知~る~か!」



 ……つまんないな~♪



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 この記事は、別作品『クリスチャンがひっくりかえる聖書物語 ~イエスが本当に言いたかったこと~』にも同じ内容のものが収録されています。

 そこでのタイトルは「イエス、弟子のペテロの離反を予告① ~そん時でないと分からんこともある!~」となっています。

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