out of time 最終話 クリスマスホーリーのせい


 ― out of time 残された時間が無くて -



 ~ 十二月二十五日(水) 15センチ ~

   クリスマスホーリーの花言葉

             神を信じます



 ごめんなさいなの。


 道久君。なんでこの箱を取ったんだい? 怒らないから、言ってごらん?


 だって、あのね? おじさんにピンポンで負けちゃったからなの。


 え?


 ほっちゃん、おじさんに取られちゃうの。


 順番にゆっくり話そうね。ピンポンって、温泉に行ったときのかい?


 そうなの。ほっちゃんが、俺が勝ったら、お嫁さんになるって言ったの。


 ああ、なるほど。それを知っていたら勝ったりしなかったんだけどな……。


 でね? おじさんが勝ったから、ほっちゃん、おじさんと結婚できるもの貰ったって言ってたの。


 そうかそうか。確かにこれは、結婚できちゃう品だね。……それで穂咲がおじさんと結婚しちゃうと思って、こっそり持ってきたんだね?


 …………ごめんなさいなの。


 謝らなくていいよ。……じゃあ、これは道久君にあげよう。


 え? なんでなの?



 秋の夕べ。

 楽しい季節がいよいよ幕を下ろす頃合いに。


 真っ赤に染まった男の子の顔が。

 少し頬のこけたおじさんの顔を見上げます。



 なんとなく、お医者様から良く無いニュアンスのことを言われてね……。


 お医者さん? 風邪なの?


 ……だから、道久君に頼もうと思う。


 なにをなの?


 片方は、穂咲のだから。大きくなったら、あげて欲しい。


 これ、一個だよ? ほっちゃんにあげたらなくなっちゃう。


 ははは。それが必要になる頃には、そこに二つのものがあるって分かるから。


 ふーん。……なぞなぞみたいなの。



 男の子は、叱られないと分かって。

 その上、大好きな子がおじさんと結婚しないことになって。


 ようやく笑顔になって、木の箱を見つめます。



 ……どうしてだろう。僕はね、道久君が、いつまでも穂咲を守ってくれるような気がするんだよ。


 たいがい、ほっちゃんが俺を守ってくれるの。


 ひとつ、お願いを聞いてくれないかな?


 はいなの。おじさんのお願いは、俺が全部叶えるの。


 男らしく生きなさい。


 ……おじさん、男らしくしなさいって言うから、真似して俺って言うようにしてるよ?


 僕は俺なんて言わないけど。……そうだな、じゃあ今日からは、『なの』って言うのをやめるんだ。


 うん。いいよ?


 ……君は本当に優しいね。じゃあ、戻らなきゃ。……そうだ、今夜、蛍を一緒に見に行くかい?


 今夜は、お父ちゃんが早く帰って来るから行かないの。あ、ちがった。行かないの……、です。


 ははっ。また今度誘ってあげるね。


 はいなの……、です。



 また今度。

 男の子は、おじさんに約束してもらって、嬉しくなりました。


 だって、おじさんは何でも約束を守ってくれるから。

 今まで必ず守ってくれたから。


 そんなおじさんが、胸を押さえながら立ち上がると。


 眠たいのでしょうか。

 いつもより元気のない背中で。


 お部屋の扉を開いたのでした。


 

「道久君。……穂咲のことを、よろしくね」



 そんなおじさんの肩は。

 最後の一言を境に。


 すっと力を落として。

 なんだか、らくちんになったように見えたのでした。




 ~🎄~🎄~🎄~




 赤。

 緑。


 でも、自然の中に、緑色はごまんとあるので。


 目立つものは。


 赤。

 赤。

 赤。


「本日の議題。なぜ、クリスマスは赤くなるのか」

「そんなの決まってるの」

「ほう? では答えてみなさいな」

「サンタの保護色なの。見つかると捕まるから」

「…………そんなことするのは子供だけなのです」

「それは違うの。あたしも捕まえたくなるの」

「合ってるじゃないですか」


 温泉街は、どこもかしこも。

 クリスマスカラーに彩られて。


 お昼前の橋の上。

 道行く家族連れやカップルの皆さんの。

 緩んだ口元を明るく輝かせるのです。


 そんな世界の真ん中に。

 家族連れでもカップルでもない二人組。


 一方は、うだつの上がらない俺。

 もう一方の名は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 昨日の江戸時代リスペクトとのことで、時代劇のように結ってあげた所。

 

 そこへクリスマスホーリーなど活けているものだから。


「……隠れキリシタンですか」

「別に、道久君のファンじゃないの」

「ミチヒタンの話はしていませんし。それより、キリスト教を信奉されている方をファンとか呼んではいけません」


 ばかげた会話を。

 まるで呼吸をするかのように。

 

 いつもと同じやり取りですが。

 これでも俺は。

 動揺しっぱなし。



 ……だって、この人。

 イブの夜以来。



 左手の薬指に。

 指輪をしているのです。



 誰から貰ったのか。

 どういうつもりでつけているのか。


 聞きたいけれど聞きだせない。


 そんな俺の携帯に。

 一度にたくさんのメッセージが届きます。



< 温泉、さいこーっ!

  道久君は入らないの?


< 道久君、お昼食べたら出発するから、

  押し倒すなら早めにね!


< 道久。あんた、どの辺にいるんだい?

  みやげもん探すから、ちょっと手を

  貸すさね!



「……さあ、どれになんと返事をしましょう」


 呆れながら。

 穂咲に携帯を見せると。


 さらに一行追加され。



< ほっちゃん! そこで、がばーっと!

  からのぶちゅーっと!



「見てるんかい!」


 慌てて辺りを探してみれば。

 顔を携帯で隠してしゃがみ込んでいる人の姿。


「よく持ってますね、ワオキツネザルの顔画像なんて」


 まあ、気持ちは分かりますけど。

 隠れるところ、どこにも無いですけれど。


「ママ。一緒にツリー見に行くの」

「イイエ? ワタシハモリノヨウセイ。ママジャナイワヨ?」

「なんですかその高い声。あと、あなたは妖精じゃなくてサルです」

「ママデモサルデモナイヨ? ヨウセイダヨ?」

「妖精が、森の中で迷子にならない理由が分かりましたよ。まさかGPSを使っていたとは」


 俺が携帯にマップを表示して。

 おばさんのアイコンを表示させると。


「……オノレチョコザイナ」

「いつまでやっていますか」


 サルのお面を外したおばさんが。

 とうとう観念して立ち上がって。


 穂咲にぎゅっと抱きついたまま。

 繁華街へと歩き出したのでした。


「やれやれ。母ちゃんにもメッセージ入れときますか」

「晴花さんにも、帰りの時間伝えとくの」

「そうか、うちの車で送ってあげるのでしたね」

「ほっちゃあああん! 道久君が意地悪なのよ~!」

「すいませんね、意地悪で」

「そんなことないの。道久君は、素敵な言葉とこいつをくれたの」


 穂咲はなにやら意味の分からないことを言いながら。

 俺に背負わせたリュックをごそごそとやって。


 そして、木の箱を取り出したのですが……。


「それ! 私のオルゴール!」

「それ! 俺のオルゴール!」


 道行く人が。

 ぎょっとするような大声をあげた俺たちは。


 同時にオルゴールを指差して。

 そして同時に顔を見合わせます。


「なんで道久君のなのよ!」

「ええっ!? だって、誰から貰ったか覚えていないですけど、ずっと俺の部屋にあったから……」

「ああ、これ欲しいの? 外箱はいらないから返してあげるの」


 そう言いながら、穂咲はオルゴールの蓋を開けて。

 ひっくり返して、背中をぽんぽん叩くと。


 中にきっちりと収められていた小箱が二つ、地面に落ちて。

 それを拾いながら、オルゴールをぞんざいに突き出すのです。


「中身も! 大切なものなの! ……ってあんた! なんでママの結婚指輪つけてるのよ!」

「だってこれ、パパがくれるって言ったの。それに昨日、道久君から貰ったの。あたしのなの」

「は? ……ごめん、ほっちゃん。ほっぺた引っ張っていい?」

「ねごとじゃないほー」


 昨日の夜から。

 こいつが何を話しているのやら。

 見当もつかないのですけれど。


 まあ、いつものことか。


 おばさんのものを。

 なんでも自分のものだと言い張る穂咲のことですし。


 ……それよりも。

 なんでおばさんのオルゴールが

 俺の部屋にあったのでしょう。


 いえ。

 オルゴールが、と言うより。


 結婚指輪が、と言った方が正しいのですが。


「まあまあ、いいじゃないですか。別に転売するわけじゃないようでふひー」

「道久君があげたってどういう事よ!」

「ほれは、おへもしりまへん」


 いたいいたい。


「おじさんがあげたのではないですか? いつものように、穂咲が欲しがって」

「その可能性はあるけど……」

「……ねえ、外箱いらないの? だったら中身も元に戻しとくの」


 不器用な穂咲が、いつまでも内箱を綺麗に収納することができない間。

 おばさんは、むむむと唸り続けていたのですが。


「よし! まあ、いいか!」

「いいのですか?」

「でもほっちゃん。指輪はひとまずしまっときなさい。ママだって付けてなかったでしょ?」

「……そういうもんなの?」


 おばさんは、穂咲から箱と指輪を取り上げると。

 手際よくしまってから穂咲へ手渡します。


「髪を触る仕事だったからね。指輪は付けるの嫌だったのよ」

「あたしは触んないから付けてていいの?」

「あんたがつけてたら絶対無くす!」

「……それは驚くほど説得力のある話なの」


 ああ、良かった。

 俺もそれが心配だったので。


 でもこの人。

 なんで俺から貰ったって言い続けているのでしょう。


 そんなの、この人に聞かせたら……。


「でもそれ、道久君から貰ったってどういうことよ?」


 やっぱり。

 気になっちゃいますよね?


「ちなみに俺はあげてません」

「どういう事よ」

「知りませんよ」

「ちゃんとあげなさいよ」

「あげませんよ」


 怖いこと言いなさんな。


「……指輪はね?」


 にらみ合いを続けていた俺たちは。

 穂咲が話し始めるのに合わせてそちらへ視線だけ移したのですが。


「指輪は、パパがくれるって言ったの。……あれ? 違う?」

「じゃあ、おじさんから貰ったのではないですか!」

「違うに決まってるでしょ! ママとパパのなんだから!」


 視線だけでなく。

 怒りの矛先も移動したのです。


「でもね? パパが、いつかこれを道久君がくれるって。素敵な言葉と一緒に」

「相変わらず何言っているか分からない子ね。朝ごはん、ちゃんと食べた?」

「でも、昨日ね? 道久君のリュックから、パパがくれたの。道久君は、素敵な言葉をくれたの」

「相変わらず何を言っているのか分からないやつですね。朝ごはんに赤いキノコ食べた?」


 二人からの突っ込みに。

 首を傾げて、説明は全部済んだから分かるでしょと。

 そんな気持ちを表現している穂咲さん。


 俺は、おばさんと顔を見合わせて。

 これ以上、何を聞いても無駄だと悟ると。


 同時に肩を落としたのでした。


「……なんだか分かりませんが。まあ、これでいいのです」

「いいわけないわよ。なにがなんだか……」

「だって、ずっと探していたものが全部見つかったのですから」

「……ああ。ほんとね」


 俺の探し物。

 おばさんの探し物。


 そして、穂咲の探し物が同時に見つかって。


 二人同時に、まあいいかと口にしたので。

 思わず笑った三人組。


 温泉街の、大きな橋の真ん中で。

 通りすがりの誰もがつられて笑い出す。


 そんな幸せな笑い声が。

 クリスマスの朝。

 どこまでも響き渡るのでした。



 ――幸せとは。

 笑う事。



 そんな幸せな。

 お話の真ん中に。


 ずっと笑顔でおれたちを見つめていて。

 ずっと頭を掻いていた人。


「……おじさん、今日の話題の中心になるつもりで、何かを仕込んでいたのかもしれませんね」

「パパらしいサプライズなの」

「…………面倒なひとね」


 そして俺たちは。

 温泉街を歩きながら。


 久しぶりに。

 四人で。


 昔話に花を咲かせたのでした。


 


 ~🚙~🚙~🚙~




「ふい~! やっぱ、我が家が一番ね!」

「いいですね、定番セリフ」

「何よ! 別にいいでしょ!?」

「ばかになんかしてませんよ。いいですねって言ったじゃないですか」


 女の買い物、侮るべからず。

 結局、夕方まで温泉街でお土産選び。


 晴花さんを送って、戻ってきたら。

 辺りはすっかり星のカーテン。


 車を降りるなり。

 こっちの荷物は母ちゃん一人で平気だからと言われ。

 お隣りの荷物運びを終えたところなのですが。


「あれ? 荷物が足りません」

「ひのふのみ……。全部あるわよ?」

「いえ。キャスター付けて運びたいのに取り付けられないあの荷物が」

「ああ。そこはお荷物って言わなきゃわからないわよ」


 俺たちは、持ってき忘れた荷物を取りに。

 外へ出てみると。


 その荷物は。

 おばさんのオルゴールを胸に抱いて。

 口を半開きにさせながら。

 星空を、ぼけっと見上げていたのでした。



「……クリスマスの奇跡なの」

「そんなのありませんって。ほら、鼻声になっているじゃありませんか。家に入りますよ?」

「だって、パパが言ってたの。クリスマスには、奇跡が起きるって」


 穂咲の言葉を耳にしたおばさんが。

 何かを思い出したように。


 遠くの山を見つめます。


 そうか、おじさんは。

 クリスマスの夜に。

 あの山でプロポーズしたのでしたよね。


「クリスマスの奇跡なの」

「まだ言いますか。神様なんて信じていないでしょうに」

「神様は別に信じてないけど、パパの言ったことは信じるの」


 ……おじさんの言った事。

 はい。

 俺も、おじさんの言ってくれたことは信じることが出来るのです。


 ウソをつかない。

 約束を破らない。


 そんなおじさんの言葉だからなのでしょうかね。


「……クリスマス、楽しかったですか?」

「旅行の全部が楽しかったの。毎日が違う顔だったの。また、いろんなとこ行きたいの」


 ……そう言えば。

 おじさんは、お休みの時はいろんなところに連れて行ってくれましたね。


 今考えると。

 どれほど大変なことだったのか。


 それほどまでに。

 俺や穂咲に。

 沢山の楽しい思い出をくれて。


 ……そうだった。

 いつかは忘れましたけど。


 おじさんから、穂咲のことをよろしくねと頼まれたことがありましたっけ。


 でも、おじさんみたいに。

 たのしい事を思い付きません。


 どうやったら、穂咲を楽しませることが出来るのでしょう。

 俺も一緒に星空を見上げて。

 考え込んでいると。


「ああ、そうだ。なんかおかしいなって思ってたの」

「ん?」

「山道を車で走る時ね? 耳栓しとくと良いって聞いたからしといたの」

「ほんとですか? その話」


 聞いたことありませんけど。

 そもそも、耳栓をしておくと、なにに良いというのです?


 眉根を寄せながら、穂咲の横顔を見ていたら。

 左耳から栓を取り出した後。

 右の耳をいじりながら、首をひねっているのですけれど。


「あれ? ああ、ママとお話したかったのに声が聞こえないから、右は外したんだっけ」


 穂咲はそう言いながら。

 ポケットを探って。

 さらに首をひねります。


「……車の中ではないのですか?」

「そんなことないの。車の中だと無くしちゃいそうだからって、いいとこ思い付いたはずなんだけど……」


 そして困り顔で俺を見上げた君を見て。

 俺は、心から安心してしまったのです。


 おじさんから頼まれたこと。

 穂咲をよろしくねという言葉。


 どうすれば君を幸せにできるのだろう。

 先ほどは、すっかり悩んでしまったのですが。


「…………君も協力してくれるなら。大丈夫そうなのです」

「え?」

「大丈夫なのです」



 ああ、そうか。

 おじさんは、俺たちを楽しませようと無理をしていたわけじゃなく。


 きっと、自分も一緒に楽しく笑っていたのですね。


 君を見つめていると。

 そのことが、よく分かるのです。



 穂咲ばかりでなく。

 俺も幸せに。


 いいえ、おばさんも。

 そしておじさんも。



 煌めくばかりの星空の下。

 俺たちみんな。


 心から笑う事が出来ました。


 ずうっとずうっと。

 いつまでも。


 幸せに笑うことが出来ました。





 そうですね。

 耳栓、無くさないですよね。





 鼻の穴なら。





「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 27冊目💍


 おしまい♪




 そして、年末年始の特別編


「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 27.5冊目は!


 なんとなく予定が読めないのでそのうち! あるいは書けたらすぐに開始!

 ↑ さすがにいい加減が過ぎるぞ作者。


 一つだけ残った『あの』謎が、いよいよ明らかになる予定!

 ですが、ストーリーものは今回がっつり書いたし! どうせ年末年始編ですし!

 気楽に適当な事を書く予定!

 ↑ おいおい


 どうぞお楽しみに!

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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 27冊目💍 如月 仁成 @hitomi_aki

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