out of time 第四話 クリスマスベゴニアのせい


 ― out of time 時から外れて -


 ~ 十二月二十四日(火) ゼロメートル ~

   クリスマスベゴニアの花言葉

               愛の告白



「道久君、携帯無いと落ち着かない?」

「そりゃそうなのです。卓球にインチキで勝っておいて酷いことをするのです」

「いちんち携帯が無いくらいでそわそわし過ぎなの」

「だって、晴花さんが合流するって言ってたのに。これじゃ連絡取れませんよ」


 穂咲とのメッセージ履歴をすべてチェックするとの名目で。

 おじいちゃんに携帯を取り上げられてしまったのですが。


 そんな俺が、今いる場所は。


「……携帯が無いせいで、ここがどこかまったく分かりません」

「ちょうどいいの。その方が盛り上がるの」


 公園のような場所から。

 見晴らしはいいけど、なにも目印の無い車道へ出た所。


 宿からさほど離れていないとは思うのですが。

 周りには建物一つありません。


「不安」

「そんなのまるでないの。れっつらごーなの」


 ……お昼を食べた後。

 知らない場所で。

 冒険をしようと言い出して。


 俺をお供に、あてどなくさまようこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 暇に任せて、ゴージャスなお姫様風にアレンジしてみましたが。


 温泉宿も、四日目ともなると。

 携帯なしでは何もすることが無くて困るのです。


 なのでこうして。

 いつもならスルーするであろう穂咲の妙な提案に。


 ほいほいついてきたのですけれど……。


「随分世界が白っぽくなって来たのです」

「霧?」

「いいえ。これは雲のようですね」


 俺の心のもやもやを映した鏡が。

 とうとう、その重たさに負けて。


 盆地へゆっくりと舞い降りて。

 辺りを覆い尽くしてしまったようなのです。


「このまま雲が濃くなると、ちょっとまずいのです。そろそろ宿に戻りましょう」

「そこにお宝があるのに?」

「ねーです」

「そんなことは、行ってみなきゃわからないの」


 昨日の今日ですし。

 この雲の先にひょっこり現れるお宝が秘宝館だったりして。

 というギャグはやめておいて。


 うまいこと穂咲を宿に戻りたくなるように誘導してみましょう。


 二十四日は、街中で灯る赤いキャンドルライトが綺麗だと。

 ガイドブックで読んだので。

 それは是非とも見てみたい。


 でも。


「穂咲、お腹もすいたでしょう。戻りません?」

「そんなら食料がリュックに入ってるの」


 あえなく失敗いたしました。


「随分重たい物背負わされているのですけど。そんなものまで入っていましたか」

「他にも、冒険に役立つものがいっぱい入ってるの」

「ほう?」


 白っぽい視界に目を凝らして。

 次はどちらに進もうかと考える穂咲を放っておいて。


 恐らくたいして役に立たない品ばかりなのだろうと思いながらも。

 それでも、興味が湧いたピンクのリュックの中身をチェック。


「ふむふむ。ヘアスタイリングセットに、変な小包。そして片方だけのスリッパですか。……ねえ、穂咲」

「なあに?」

「役に立つ?」

「完璧な装備なの」

「しかも食べれるもの、マックス頑張ってスリッパだけなんだけど」


 それとも、この小包の中身が食べ物なのでしょうか?


 俺は包装を解こうと。

 テープの端を探してみたのですが。


「ねえ、穂咲。…………ん? 穂咲?」


 気付けば真っ白にフィルターのかかった世界の中に。

 穂咲の姿がありません。


「ちょっと! どこ行ったのさ!」

「……こっちなの……」


 俺はリュックを背負い直して。

 辛うじて聞き取れる声を頼りに。

 足元と前方、最大限注意しながら歩きます。


「穂咲! 離れちゃダメなのです! こんな場所でも危ないですよ?」


 もしも崖とかあったりしたら。

 あるいは車にひかれたりしたら。


 どうして手をつないでおかなかったのかと。

 焦りの中で後悔しつつ。


「穂咲! 穂咲!」


 ほとんど見えなくなってきた足元にびくびくしながら。

 そして何度も段差に足を取られながら。


 ようやくふわっと動く影を見つけたのでした。


「穂咲!」

「何度も呼ばないの。聞こえてるの」

「聞こえてるなら返事をしなさ…………、え? 橋?」

「つり橋なの。こいつを向こうまで渡ったら、きっと何かがあるの」

「危ないですよこんな視界の悪い中! 帰るのです!」

「平気なの」

「平気くないのです! 主に俺が!」


 そして俺が追いかけると。

 穂咲はどんどん先に行って。


 つり橋の上では走ることもできず。

 距離は一向に縮まりません。


「分かりましたから! 橋の向こうまでお付き合いしますから! だからせめて手を繋いでください!」

「え? 道久君、怖いの? エロいの? どっち?」

「すっごく怖いの!」


 俺の返事に。

 えへへと笑ったであろう穂咲の表情。


 まったく見えないままに近付くと。


「しょうがない道久君なの。じゃあ、今日だけ特別なの」

「特別でいいですから。放しちゃダメですよ?」


 すっかりいつも通りの無表情で。

 手を差し出してくれたのでした。


「まったく……。危ないったら無いのです」

「冒険に危険はつきものなの」

「冒険ねえ。……で? 冒険のテーマは?」

「聖夜の奇跡なの」


 ほう。

 それは魅力的なセンテンス。


「どんな奇跡が待っているのでしょうね」

「……あたしの指輪が見つかるの」

「ここで!?」


 見つかるわけないでしょうに!

 何を言っているのです?


「そうなの。きっとこの地に眠ってるの」

「何をバカな。誰が持って来たというのです」

「パパが?」

「そんなわけあるかい」

「あ、そんならね? この橋を渡ると過去に戻って、パパが指輪持って来たよって渡してくれるの」


 穂咲は無邪気に、楽しそうに言いましたが。

 俺は、こいつとつないだ手に力が入るほど緊張してしまいました。


 だってこの橋。

 なんだか、行ってはいけないような所に繋がっている気がしますし。


 あるいは、タイムスリップしてもおかしくない。


 真っ白な世界がトンネルのように渦を巻いて。

 どこまでも続く橋だけを世界に浮かび上がらせる。


 本当に俺たち。

 今。


 タイムスリップしているところなのでは……。


「タイムスリッパなの」


 どれだけびくびくしていても。

 こう言われては仕方ない。


 俺は穂咲のお望み通り。

 リュックからスリッパを出して。

 スパンと頭を叩いたのでした。




 ~⏱~⏱~⏱~




 時の流れは常に順方向。

 世界中の人のほとんどが望んだとしても。

 後ろへ足を踏み出すことはない。


 あの時こうしていれば。


 誰だって、いつだって。

 一度は過去に戻りたいと考える。


 でも。


 過去に戻ったとて。

 同じ行動をとるに決まっているので。


 決して現在が変わることはない。


 ……ならば。

 未来の俺にとっての現在の俺は。


 あの時こうしていればと。

 そう思わないように生きればいいのではないか。


 そう考えたところで。

 明日になれば。

 昨日の俺に言うのです。


 あの時、そこまで考えたのに。

 俺という男はまったく、と。



 ……ひょっとしたら、誰にでも。

 時間を戻すことは簡単にできて。


 俺たちは。

 何度も同じ体験を繰り返しているのではなかろうか。


 だから既視感というものがあるのではなかろうか。



 ……

 …………

 ………………



「……あれ?」

「どうしました?」


 つり橋から地面に出て。

 しばらく歩いたところで。


 穂咲が後ろを振り返って目を凝らします。


「橋、無くなってない?」

「何をバカな。そんなわけないでしょうに」


 俺も振り返ってみましたけど。

 こう真っ白では何も見えません。


「あとね? 橋から下りたってのに、道が無い感じなの」

「何をバカな。そんなわけ……、ありますね」


 なるほど、そちらは確かに。

 足元がアスファルトではなく。

 土と草に覆われて。


 どこが道なのやら。

 まるで分かりません。


「……穂咲。手を離さないで下さいね?」

「うん……」


 さっきまでの穂咲なら。

 軽口の一つでも叩きそうなところ。


 さすがに、この雰囲気にのまれたのか。

 素直に一つ頷いて。


 俺の手を。

 力いっぱい握って来るのです。


 ……不安、動揺。


 今、俺が表に出してはいけないもの。


 穂咲を安心させるために。

 心の頬を両手で叩いて。


 一歩。

 また一歩。


 白い世界を掻き分けるように進むと……。



「道久君。そんな顔しちゃ嫌なの。怖いの」



 ……不安、動揺。

 今、俺が表に出してはいけないもの。


 でも、こんなものを見せられたら。


 不安になって。

 動揺してしまうのです。 



 白い世界の向こう。

 狭い視界の中に現れたものは……。


「いや……、まさか……」


 そこに建っている家。

 教科書で見たことがある。


 その呼び名は。


「合掌造り……」


 茅葺かやぶきの屋根が急な角度でストンと落ちるその構造。

 間違いなく、こんな家。

 現代にあるものじゃない。


 ……いえ。

 もしかしたら。

 観光用に建てられたものかもしれませんよね?


「ほ、ほんとにタイムスリップしたの?」

「そそそ、そんなわけありませんって」

「だって……」


 そう言いながら、穂咲が指差す先。

 茅葺屋根の家から顔を出した人。


「ちょんまげなの」

「いやいや。ただの演出ですって。試しに、君の携帯見てみなさいな」

「…………圏外」


 穂咲の言葉を聞いて。

 途端に恐怖が倍増したのですけど。


 いやいや。

 まさかまさか。


「あんれ、お客様かね? は~、けったいな身なりだこって。旅のお方かね?」

「す、すいません。これ以上はほんとに限界なんで、そういう演出はいりません」

「は? まあまあ、よそ様の言葉は分からんで。やっとこ、こちらまで来なすったんだ、ひとつ上がっていくがよい」


 ちょんまげの人が話しかけてきたうえに。

 家に入れと言っているのですけど。


 素直に従えるわけないじゃないですか。


 穂咲は、俺の腕にしがみついてガタガタと震えていますし。

 俺だって膝が震えっぱなしなのです。


「どなすった? さあ、わらじも結い直すがよろしかろう」


 ご親切に声をかけて下さる男性の後ろから。

 娘さんでしょうか。

 日本人形のような女の子も現れて。


 俺たちの服装を見て目を丸くさせつつも。

 ご丁寧にお辞儀をしてくださいます。


「す、すいません。おかしな事を聞くようですが。今は西暦何年か教えていただけますか?」

「セイレキ? はて……」


 顔を見合わせて首を傾げる父娘。

 これはもう。

 間違いない。


「……今、元号で言うと何年です?」

「正月で、明和の五年になるとこだが?」

「明和!?」

「道久君、この人おかしなこと言ってるの。明治と令和がごっちゃになっちゃってるの」

「違いますって! 江戸時代なのです!」

「……ほんとなの?」

「江戸? 江戸まで行かれるのかね? いやあ、長旅大変ですのう……」


 男性は、気さくに話しかけて下さるのですが。


 もはや呆然自失。

 顔を見合わせて、固まることしかできなくなった俺たちの元に。


 ぱっと見では中学生くらいの女の子が。

 物怖じもせずに寄って来ると。


「……おとう! 姉さまの髪が、まるで女神さまのようじゃ!」

「これ、失礼をするでない」

「きっと女神さまがいらしたのじゃ! おら、こんなに一度、なってみてえ!」


 そう言いながら、穂咲にしがみついたので。

 慌ててお父さんはその子を引きはがして、頭を下げさせたのでした。


「ほんに申し訳ございませぬ。田舎娘のしたことと、許してやってはくれまいか」

「ああ、ええ。それは構わないのですが……」

「そういうことならお任せなの。道久君が、あたしと同じにしてくれるの」

「穂咲!?」


 さっきまで。

 二人で震えていたというのに。


 こいつは一体、何がきっかけで。

 いつもの通りに戻ったのでしょう。


「いいの?」

「これ! 失礼を言うでない! ほんに神様じゃったら罰が下る!」

「そんなん無いの。ほら、そこの切り株に座ると良いの」


 そして女の子の手を引いて座らせると。

 俺のリュックからヘアメイクの道具を取り出して。


「……なぜ俺に渡します」

「道久君の出番なの。きっと江戸時代でも、夢だった仕事ができるはずなの」


 気軽に。

 いつもの調子で。


 俺の背中を、とんと押したのでした。



 ――この時代。


 髪を洗うことはあまり無いと本で読んだことがあるのですが。


 女の子の髪はサラサラで。

 ブラシ通りもよく。


 ドライヤー無しでも、ある程度のセットはできそうなのですけど。


 しかし俺。

 何やらされてるの?


 今。

 そんな場合?


「……お姉ちゃんみたいな感じでいいかい?」


 女の子に訊ねると。

 首を左右に振られてしまいましたが。


「神様と同じなんて、おら、罰が当たっちまう」


 おお、なるほど。

 それは一理ある。


 俺はちょっとだけ悩んだ後。

 女の子の髪を編み始めます。


「……道久君、三つ編みにするの?」

「いいえ、ティアラの編み込みにします。この時代の方にうけるかどうかいささか不安ではありますけど」

「きっと大丈夫なの」

「……そうだと、いいのですが」


 大人しくしていることの無い女の子の髪をセットしている間。

 お父さんは目を丸くさせながら俺を見つめていたのですが。


 そんな視線が。

 俺を不安にさせて行きます。


 こんな時代でも、スタイリストはいたはずですけど。

 果たして職業として成り立つのでしょうか。


 右も左も分からない。

 そんな俺たちが。


 生きていくことなど出来るのでしょうか。


「……穂咲」

「なあに?」

「ここでなんとか、生活して行かないといけませんけど……」

「そうなの。目玉焼きやさんなんて、きっと儲からない時代なの」

「ぶれませんね君は」

「だから……、ひとまずは、農家?」


 ひとまずは。

 そう申しましても。


 身分制度というものもある時代ですし。

 転職などできるのでしょうか。


 それにしても、目玉焼きか。


 鶏の卵を食べ始めたのは江戸に入ってすぐ。

 でも、庶民が食べるようなものではなかったはずなのです。


 そう考えれば。

 俺たちが生まれた時代は、なんて仕事の選択肢が広いことなのか。


 自分のやりたい事を選ぶ、なんて考え方は。

 甘えでしかないのでしょうか。


「……なんとか暮らさないと。そして元に戻る方法を考えなきゃ」

「さっきの橋が出てくるまで待ってなきゃダメ? いつ出てくるの?」


 元に戻る方法。

 そう口にしたものの。


 そんなもの、あるのでしょうか。

 ひょっとするとここから。

 もう、二度と帰ることができないのかも。


「穂咲」

「なあに?」

「……君は、気楽ですね随分」

「だって、しょうがないの」


 そう言いながら。

 俺の肩に乗せた手の優しさに。

 思わず心が震えます。


 きっと一人だったら。

 絶望していたことでしょう。


 でも君がいてくれたから。

 俺は、俺でいられることが出来るのです。

 強くいられることが出来るのです。


「……穂咲」

「なあに?」

「不安?」

「うーん……。そりゃ、ちっとは」


 そう呟いた穂咲の手が。

 小さく震えているのが分かります。


 そうだね。

 おじさんにも、おばさんにも頼まれたんだ。


 君を不安になんか。

 させないのです。


「……安心してください。俺が、ずっと一緒にいてあげるから」

「…………それって…………」


 照れ隠しのせいもあったのですが。

 セットが完成して、派手に手を二度叩くと。


 お父さんが、声にならない声を上げながら。

 拍手などし始めたのです。


「こりゃあたまげた! お前、めんこくなったのう!」

「めんこい? でも、おら、見えん!」

「ああ、そりゃそうか。ええと……、どうやって見せましょう?」


 木の切り株なんて。

 随分と低い位置で仕事をしていたせいで。


 軋んだ腰をばきばき言わせながら立ち上がった俺は。


 茅葺屋根の家から。

 急に声をかけられたのです。


「そんなの簡単よ。写真に撮ればいいじゃない」

「…………へ?」

「相変わらず、いい仕事するわね~。はいお嬢ちゃん、チーズ!」



 かしゃっ!



 ……え?

 うそ。


「晴花さんっ!?」


 急展開過ぎて。

 何が起きたか分からない俺の目の前で。


 女の子が、晴花さんのカメラを覗き込んで。

 袂から取り出したUSBにデータちょうだいとか言っているのですが。



 ……ああ、そうか。

 やっとわかりました。



 俺は脱力して。

 膝から地面に崩れ落ちて。


 今、ようやく理解できたことを。

 ぽつりとつぶやいたのでした。


「パソコンって、そこに積んである薪でも動くのですね?」




 ~⏱~⏱~⏱~




「ああもう! ああああああ! もう!」

「痛いわよ! 道久君が電話にも出ないから一人で観光してたってのに!」

「ああああああ! もう!」

「まあ、おかげで面白いものが見れたから許してあげる」

「ぎゃああああああ!」



 茅葺屋根の家の中。

 囲炉裏や土間など見事に再現されているのですが。


 窓はガラスだし。

 エアコン効いてるし。


「…………ホットココア、うめえの」

「せめて番茶とか飲みなさい」


 ここは観光名所の一つ。

 資料館だったようで。


 スタッフのお二人も。

 雰囲気を出してみたらタイムスリップしたものと勘違いされたからと。


 そのまま芝居を続けていたとのことですが。


 ……悪ふざけが過ぎるのです、まったく。


「君は途中で気づいてたっぽいですよね? どこで?」

「だって、女の子が使ってるシャンプー、あたしのと同じ香りなの」

「どうしてそこに気付かなかったのさ俺!」

「……そんなに頭を叩いたら、バカになっちゃうの」

「ああああああ! もう!」


 電波が届かないので。

 久しぶりに、公衆電話など使って。


 父ちゃんの車が到着するまでの間、この観光名所で一休み。


 体はまったく疲れていませんが。

 十歳くらい歳をとったような疲労感なのです。


 そんな俺のお隣りで。

 えらくご機嫌なこいつを見ていると。

 むかっ腹がおさまらないのですけど。


「随分楽しそうですね。そんなに面白かったですか? 秋山道久劇場」

「最高だったの。だって、ずっと欲しかったプレゼントが二つも手に入ったの」

「プレゼント? 誰から貰ったのです?」

「道久君とパパから」

「……は? ……その指輪ケース、どうしたのです?」

「こっちは今さっき、パパがくれたの」

「ほんとに君は、何を言っているのです?」


 穂咲が手にした二つの指輪ケース。

 珍しい木製のケースに、随分と高級そうな指輪がおさまっているのですが。


「ねえ、大丈夫? 穂咲、大泥棒?」

「大丈夫なの。まさかこいつが出てくるとは思わなかったからびっくりしたけど」

「盗品ですよね? 警察行くなら一緒に行きますよ?」

「しつこいの。昔、パパから言われたの。これはそのうち素敵な言葉と一緒に貰えるから、そん時は有難く受け取りなさいって」


 ……ここでの体験のせいで。

 パニックでも起こしているのでしょうか。


 俺が心配顔で穂咲を見つめていると。

 こいつは、急ににっこりと笑って。

 

 タレ目に、うっすら涙を溜めながら。

 やはり意味の分からないことを言ったのでした。


「ちゃんと、道久君がさっきくれたプレゼント、守るの」

「守る? 俺、なんかあげた?」

「うん。素敵な言葉の方」



 まったく理解できずに。

 頭を掻く俺と。


 幸せそうに。

 指輪ケースを胸に抱いた穂咲。


 そんな二人へ向けて。

 晴花さんは、シャッターを切ったのでした。


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