旅人の男は優しく微笑んだ

橘花やよい

旅人の男に夢を見た

 屋敷に旅人がやってきた。

 柔和な微笑みが印象的で、旅人のくせに小奇麗な身なりをした男は、父に気に入られて屋敷に寝泊まりをした。


「どのような場所を旅したのです」

「森の中の澄み渡った湖のほとりを。空に近く空気が張り詰めた気高い山を。静かに波打つ雄大な海を」


 男の話は心躍るものだった。

 父は大層男を気に入り、金が尽きたという男のために旅費まで用意した。


「いつも父のような好事家から援助を受けて生きているのですか」

「それもあります。あとは捕らえた生き物を売りに出して稼ぐとかね」


 私の意地悪にも、男は微笑んで返した。私も男が気に入った。


「私、屋敷から出たことがありませんの。外の世界を知りたい。連れて行って」

「喜んで」


 男は微笑んだ。

 屋敷を抜け出し、一夜明けると、私は暗い牢屋に閉じ込められていた。

 酒の臭いがする肥えた女が、私は男に売られたのだと教えてくれた。

 捕らえた生き物を売りに出す。男の微笑みを思いだした。

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旅人の男は優しく微笑んだ 橘花やよい @yayoi326

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