死ねない男

アール

死ねない男

その男は死ぬことができなかった。


ある日、彼は高層ビルの屋上から飛び降り自殺を図った。


相当な高さから落下し、地面に接触した時、彼の体は凄まじい音を立てて折れ曲がったが、すぐに再生した。


飛び降りでは死ねないと思った彼は次の日、大きな木の枝に縄をくくりつけて首を吊った。


しかし、やはりそれも無駄に終わった。


その次の日、彼は自分の体に火をつけてみた。


全身が焼き焦げ、やがて灰となったがすぐに体は再生する。


いつから自殺を繰り返し始めたのか、もう彼には思い出す事すら出来なかった。


それほど長い年月の間、彼は死にたがっていたのだ。


それには大きな理由があった。


彼にはかつて、美しい恋人がいた。


だが双方の両親に強く結婚を反対された。


彼らの家は代々続く名家であり、親の決めた相手と結婚するのがしきたりであった。


もちろん、彼らは何度も何度も両親に訴えかけたが認められず、ついに彼らはするという決断に至った。


「あなたと結婚できない人生に意味なんてないわ」


「ああ、僕もだよ」


「天国では私達、結ばれるといいわね」


「きっと結ばれるさ」


もう誰にも、彼らを止めることはできない。


それほど二人の決意は固かったのだ。


「じゃあ、天国で会いましょう。

おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


こうして最後の会話を二人は済ませ、同時に大量の毒薬である錠剤を飲み込み、そして家に火をつけて深い眠りについた。


これで二人はめでたく死に、天国で永遠に結ばれるはずだった。


だが男だけ死ぬことが出来ず、目覚めると彼以外のすべてのものは灰となって跡形もなく消えていた。


彼は泣き叫び、自分はどうして死ねないのかと天を恨めしく睨んだ。


そしてそれからなのだ。


彼女の後を早く追わなければと、自殺を繰り返すようになったのは。


男にとっては彼女のいない人生など、死ぬことと同じくらい苦しい生き地獄だった。


肉体が朽ち果て、精神が消滅する。


そんな完全な死を彼は望んでいた。


それこそが彼に残された最大の救済であり、光なのだ。


しかしある日、そんな彼を見かねたとある二人組が自殺をやめさせようと声をかけた。


「事情は聞いたぞ。

自殺なんてやめなさい。

彼女のことを今すぐ綺麗さっぱり忘れるんだ。

君は失った恋人にいつまでも囚われておる。

女なんて他にいくらでもいるんだ」


「……彼女を忘れろだと?

ふざけたことを抜かしやがって。

俺には彼女が全てだったのだ。

お前らに一体何がわかる………………」


今更説得などに応じる彼ではない。


男は彼等をにらんで追っ払うと、次なる自殺方法を求めてまた歩き出すのだった。






そんな彼を眺めながら話し始める先程の二人組。


彼等は悲しげな、それでいて哀れなものを見つめる目で彼を見ていた。


「全く、困ったな。

全然、成仏してくれそうにないよ」


「そう言ってやるな。

彼は可哀想な男なのだ。

恋人のことが忘れらず、自分がもう死んでいることにすら気づいていない。

これからまた自殺を繰り返し始めるのだろう。

ああ、早く天国へと連れて行ってやりたいものだ」


「そうだな。

それこそが我々天使の仕事というものだ」


「……そういえば、あの男の死んだ恋人は今どうしているんだ。

天国にいるのか?」


「ああ。

聞いた話によると、彼女は彼を置いてあっという間に成仏し、今は天国の色男と遊びまわっているらしいぜ」


「全く、酷い話だ。

男の方は今も忘れられずにこんなに苦しんでいるのに。彼にとっては天国に行っても苦痛、今も苦痛。本当にこの世界に救いはあるのだろうか…………」










































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