ep24.『偽物』
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あれからも男は通い続けてきた。
当たり前のように平穏を崩して、母さんと二人で夜伽を楽しんでる。そうしたら僕のすることはただひたすら我慢するか、外に出て一人寂しく時間を潰すことだった。
春の夜は冷え込んでいてとてもじゃないけど外に居たら風邪をひく。それも、あんな家にいるよりかは充分マシだと思ってきてるのだから考え方が変わって来てるのが自分でも分かった。
一先ず、あの男と母さんの関係は続くんだろう…。今更再婚なんて言われても僕には祝うことなんてできない。僕にとっては前の家族が本物の家族で1番大切であり、それ以外の家族は全て瞞しなんだ。
だけれど、僕はもう母さんを母さんとして見れなくなってきていた…。
♦︎
家庭内の問題もそうだけれど、覆面を被って自分を偽り続けているのももうすぐ変えないといけない。
信用と信頼は近いようで遠い。
なんて言うんだろう…。信用は価値観そのものを信じること。信頼は人間そのものを信じること。
自分そのものを偽って、人と話してるんだ。
僕なんか信頼されないだろう。優しさは罪だ。
あれ、なんでこんなこと考えてるんだろう…。
僕も遂におかしくなったのだろうか…。
「夜春くん」
…気のせい?
「おーい。夜春くーん」
気のせいじゃないらしい…。
「んぅ、ふわぁ。眠…なんですか?」
「もうすぐ19時になっちゃいますよ」
「へ?」
どうやら僕は寝ていたらしい。なにやら随分と俯瞰された夢というか妄想を見てたらしいけど。
「早くでましょう。もうすぐ閉館ですよ」
「え?あぁ、はい」
寝る前の記憶は…今日は学校が終わったらすぐに図書館で時間をつぶしに来たんだっけ…。
家に帰るとあれだから。つくづく思う。我が家とは一体なんなのかと。
まぁ、いいから出よう。
「結構寝てましたね、あはは…。3時間くらい寝てましたよ」
「まぁきっと日頃の鬱憤と疲れの辛さにダウンしたんだと思います」
未だに頭はぼけーっとしている。
僕のメンタル療法となる本読み、音楽なんて最近全く嗜んでないからな…。
まぁ、全てが我が家だからできないだけなんだけど。
「ひよりさんはここで何してるんです?正直驚いてるんですけど」
「わたしは早希ちゃんが重度の本大好きさんなので、付き添いです」
「で、その早希さんは?」
んぅ?見当たらないですね…。なんとなく検討はついてるけど。
「先に帰りましたよ?」
はい!やっぱり!僕の考えは当たってました。
そういえば制服姿をまともに見たのは初めてな気がする…。初めて…だよな?
駅の時刻表では帰りの電車はもうすぐ来るらしい。
最近は確認もしていない。
「で、なんで一緒に帰らなかったんですか?」
「寝てる夜春くんを起こす人いないと大変じゃないですか!」
「あはは、頼んでないですけどね」
ありがた迷惑だ。
今日はやけに自分の心を吐露する。
なんでだろう…。末期なのかな。
今日がいつもより冷え込んでいるから?
となりにひよりさんがいるから?
へんな夢を見たから?
いや、原因なんてどうでもいいや…。なんか、考えるのもめんどくさい。
「さて、電車そろそろ来ますよ?行かないんですか?」
「夜春君?」
僕は、今何を思ってるんだろう。
「夜春君、大丈夫ですか?」
なんでこうも急に変わってしまったんだろうか…。
いつのまにか一人称が僕になってるし。
いや、これは元からか。
「夜春くん!」
「うわっ!」
「なんか今日変ですよ。はやく駅にいきましょう」
「…わかった」
促されるまま。言われるがまま。連れられるようにして自分の足で駅まで歩いた。だけど、着いた頃にはもう電車は行っていて、隣にいたひよりさんだけは慌てたようにスマホでどこかに連絡していた。
「どうしましょうか…。電車行っちゃいましたし、よかったらうち来ますか?いや来ないですよね」
なんで僕がひよりさんの家に?
「大丈夫です」
どっちの意味の大丈夫だろうか。言った自分でもどんな意味で言ったのかよくわかっていないかった。
「えっと」
「電車待つんで大丈夫ですよ」
「え、でも次の電車10時23分ですよ?」
そういえばぼーっとしててなにも思わなかったけどひよりさんの家反対だった気がする。
「ひよりさん、家があるの逆方向じゃないですか?まだ時間あるんで送って行きますよ」
「いや、申し訳ないですよ…。一人で帰るので夜春くんは………あれ、ここで2時間待つのも過酷な気が…いや、でもここから私の家に行く方がもっと大変な気がするし…うーん…」
「悩んでても仕方ないですよ。僕は先行ってます」
ほら、きちんと自分で判断してるじゃないか。俎上の魚でも俎板の鯉でもない。僕はまだボクなんだ。
駅から出た直後に広がった空はまるで俯瞰で見下ろしてるような気がした。後ろをテクテク着いてくる足音が徐々に近づいてきて僕のことをひよりさんが追い越した。
「夜春くん、夜ご飯食べて行きますか?まだ家には弟しかいないので夜食は作ってないと思うので…。あ、嫌だったら大丈夫ですよ!私の作るご飯が不安だったり家に来るのが嫌だったら無理強いしません」
ご飯…か。
「なら、お言葉に甘えようかな。なんかもうどうすればいいかもわかんないので」
いつもなら人とそこまで深く関わらないのに、家に誘われたって行かないのに、おかしいなぁ。
自分で作るご飯に飽きて他人が作る料理にでも惹かれたのかなぁ。
人の心ってわからないもんだ。見つけたら解剖してやりたいと思う。
「わかりました!弟に夜春くんも行くこと伝えちゃいますね」
と言って取り出したスマホを華麗なフリック入力で文字を打ち込んで文章を作っていた。
チラッと見えたのは
「今日は私の友達も一人いるからよろしくね」
だけだった。まぁ無難でいいか。いや、知り合いの方が良かったかもしれない。後にそう思った。
「夜は寒いですね。着込んでないと春の夜でも充分風邪をひきそうです。いや、もう5月なので梅雨ですね。雨がたくさん降ります」
「雨がたくさん降る原因は梅雨前線ですけどね」
北のオホーツク海と南の太平洋の高気圧がぶつかったところに梅雨前線がある。当然風がぶつかりあったら上昇気流起きてそれが雲を作り雨を降らせる。
だから雨の量が多い、らしい。
「ゴールデンウィークも本当にもうすぐですね」
「まぁ自分はそのゴールデンウィークに五月病になりそうな気がするんですけどね」
「五月病?」
「五月の風邪みたいなもんです」
でもゴールデンウィークか…。
ゴールデンウィークってなんだっけ。
「私はゴールデンウィーク特になにもしませんね。強いて言うなら早希ちゃんが泊まりに来るくらいです。それ以外の予定は特には」
「自分の好きなことできる時点で羨ましいですよ」
「え?」
今年もまた、いや今考えても意味ないか…。
「なんでもないです」
偶にはこういうのもいいのかもしれない。
あの人のことを忘れるには。
「あ、返信きました!わかったーらしいです」
「そうですか」
たとえこの時間が本物じゃないとしても。
素直な思いと歪な思い タコさん @takosama
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