ep23.『言わなくてはいけないこと』

♦︎


5月2日。今見つめているこの無限に広がる空。誰もがその空の下にいる。彼女のことを思いながらみる空とただ虚空を見つめる空じゃこんなにも違う。


前はたとえ離れていてもこの空の下にはいると思うだけで毎日頑張れたんだ。彼女だってそうだった。

そう別れてしまった彼女と僕を唯一繋ぎとめてるものだったのに…。



この世界から君が消えてしまったらどうしようもないじゃないか。






♦︎


「あの、こんにちは」


背中にかかった声に振り向くと顔を俯かせた友恵さんがいた。


「…なに?」

  

返事をすると俯いていた顔がこっちを見つめた。


「あの、あの時は」

「あ、ごめん。次移動教室でもう行かなくちゃいけないから。また今度」


話を中断してしまったことの謝罪を込めて軽く頭を下げたら俺はすぐにその場を去った。

それでもなにか言いたげな彼女を置いて。


「避けられてる…」






♦︎


「夜春〜」

「なに?」


理科室から教室に帰る途中に自分の名前を呼ぶ声が聞こえて待って立ち止まった。


「茉莉ちゃんとは最近どう?」

「ああ、知らない。それだけ?んじゃまた」

「あ、ちょっと」


とにかく今日は人と話したくなかった。誰に限らず話したくないんだ。教室に戻ると男女喝采な笑い声が響いていて思わず偏頭痛を起こしそうになってしまった。


軽くコメカミを押さえながら窓際の席に座って次の授業があるまで本を読む。


そんなことを繰り返してたらいつのまにか放課後になっていて機械のように帰る準備をして学校から去る。つもりだったのに。


「先輩!ちょっと待ってください!」


行き先を立ち塞がるようにして両手を開いてこちらを見つめて…いや、射抜いてくる視線をどことなく曖昧に受け止めて反論する。


「だから何?そこどいて」

「今日どうしたんですか?…なんか、いつもと違います」

「いつもと言えるほど君は俺の事知らないでしょ」

 

イライラしかしない。なんでこういう時な限って傍に寄ってくるんだ。鬱陶しいことこの上ない。

夕焼け色にはまだ染めきらない空がこの会話にバリエーションというものを盛っている。


自分たちのほかに下校していく学生が化現そうな顔でこちらを見ながら過ぎ去っていく。

それをチラチラと視界に収めながら口を開いた。


「どいて」


もう話す必要はない。暗にそう伝えるように言い押し除けて家に帰った。


帰宅中何も思わなかったわけじゃない。ひたすらに母さんを、友恵を、そして自分を僻み続けた。

自分がこうなってしまった原因はわかってる。全ては一昨日の出来事が原因なんだ…。



…いつも通り家にいた。何もすることなくただディスクから曲をダウンロードしていただけだった。


すると、玄関のドアが開いて母さんが帰った来たんだと思ったらもう1人だれか男の人がいた。


「あ、夜春〜。片付けよろしく〜」


母さんはそう言ってすぐに部屋に戻ってしまい一緒にいた男の人も母さんの部屋に入ったのを見て驚いた。男の人は僕になんか何も言わずに家に上がり、母さんと駄弁って泊まっていくんだ…。


(もう男ができたんだ…。僕には何も言わずに)


その晩あったことは必死に忘れた。ヘッドフォンをして聴きたくないものを大音量の音楽で打ち消してずっとずっと早く帰ってくれることを祈っていた。


翌朝、母さんと男は何事もなさげに家から出て行きその日の夜はもう帰ってこなかった…。

ただ一通の手紙を置いて。


「今あの男の人と付き合ってるの。だから、また家に来るときは今度はご飯も置いといてくれると嬉しいかな。よろしくね、夜春」


あぁ、もう父さんといもうとのことなんか頭にないんだなって一瞬でわかった…。僕にはとって大事な家族だった父さんと妹は母さんにとってはもう大事ではないんだ。わかっていた。妹がこっちに着くと不幸になるくらい。だから、父さんは年上だった僕を母さんに預けて妹は父さんが引き取ったんだ。


そうだ。もう全部わかってるんだ…。


母さんが僕のことを自分の子供だなんて思ってはいないことを。






♦︎


「でも、この気持ちを他人にぶつけるのは間違ってる。明日ちゃんと謝らなきゃ」


自分の気持ちに他人を巻き込んではいけない。

自分一人で解決しなくちゃいけない。自分の問題なんだから。他人がそれを助ける理由もない。


「まだまだ馬鹿だな…僕も」



5月3日水曜日の放課後。


「昨日はすみませんでした。流石に言いすぎた」

「あわわ、えっと私もしつこくでごめんなさい…でも伝えたかったことがあるからなんです」

「伝えたかったこと?」


なんだろうか…。説教?絶交宣言?告白?いや絶対にないな。


「あの時助けてくれてありがとうございます!」


笑顔でお礼を言われて嬉しいけどお礼を言われる覚えが無くて首を傾げてしまった。


「あのとき?いつのこと?」

「えっと健人くんが私に絡んで来た時のことです」

「健人って、あぁ…別にいいよ。君が平気なら」


あのときの自分にはもうならない。なってはいけない。自分の能力は人を助けるために使うと決めたんだ。


「俺も、あの時は問題があった…。相手を傷つけてしまったかもしれない、暴力で抑えたら一緒だから…」


「…確かにそうかもしれません。助けられた身でこんなこと言うのは間違ってますが他にもっといい方法があったかもしれないです。でも、」

「でも?」

「それで私が助けられたからいいんです!」


ん?つまりどう言う事だ?(笑)同じ意味な気がしなくもないけど…まぁ励ましてくれてると思ってここはお礼を言っておこう!


「よくわかんないけどありがと」

「どういたしまして!ところで先輩、昨日暴言吐いてしまった人たちに謝りに行きましょう!私も一緒に謝りますから♪」

「いや君は別に謝るようなことしてないでしょ」


するといいからいいからと背中を押されてあっという間に手を引っ張られている。まぁ手を繋ぐのはこちらで強制的に外してもらったけど。


「一人で謝るより二人で謝った方が謝りやすいですから。私に悪いことしたなぁって思うなら一緒に謝るのが夜春さんが私にするお礼ですから!」


なんだそれ?と思いながらもその日の放課後は謝罪でつぶれたという珍しい日になった。

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