第40話 前触れ

堀越中尉が本土に送還された後も、邀撃戦は続いていた。


日に日に戦争は不利になっていく中で、戦闘201空は持ち堪えていた。

ルゥバラ基地の存在は、敵味方にとって重要になりはじめて来たのだ。


攻撃一本やりだった<サンシャルネス>が、防衛戦を闘い抜けるかの鍵とも言えるルゥバラ基地に増派を決定したのは、当然の事だっただろう。

一航空隊の基地でしかなかったルゥバラに、新たな戦闘機隊がやって来た。




「おう!中島ぁ、元気にしとったか?」


赤銅色の声が呼んで来た。

現れた戦闘機隊の中には、ヒカルにとって懐かしい顔があったのだ。


「青杉中尉じゃないですか!お久しぶりです!」


やや小太りのがっしりした中尉を観て、懐かしさのあまり駆け寄った。


「がははっ!その様子じゃぁここも大分苦戦しとった様だな」


屈託のない笑顔に、ヒカルは癒されるのだが。


「ここも・・・って。中尉はどこに居られたのですか今迄?」


日に焼けた顔を観て、南方だろうとは思ったのだが。

意外な事に青杉中尉が答えたのは。


「いやなに。スカヨコの新機材部にな、儂専用機が現れたんじゃよ」


ついっと指でエプロンを指されて眼を向けると、まん丸く太った機が置かれていた。


「あ・・・あれは?随分丸コイ戦闘機ですね?」


見た目で言えば、戦闘機というよりはレーサーの様に観えてしまう。

4枚プロペラで太い胴体、おまけに後方の視界が悪そうなファストバックのキャノピーが観えた。


「そうじゃ、儂はアイツを<クマンバチ>って呼んどるよ」


「クマンバチ・・・ですか?」


そう言われてみたら、丸ッコイ姿で観えない事は無いが。


「あれは異世界から来たベアが宿ってるんじゃ。

 儂と一緒に闘うって煩いのでなぁ、預かる事にしたんじゃ」


あれも・・・レイと同じく異世界から来た機体なのだと教えられた。


「へぇ・・・そんな風には観えないですね。

 クマンバチさんを乗りこなされているのですか?」


短い主翼に、太い胴体。

どうみても巴戦は不利に思えて、運動性能に疑問を持った。


「ああ、儂にはあれがええんじゃ。

 零戦とは違ぉうて座席が広いんじゃ、まるで宴会でも出来る位にな」


また・・・この人はって、笑いが込み上げて来る。

青杉中尉は豪放磊落で、部内でも豪胆さが際立っていたのを思い出す。


「それに・・・な、中嶋ぁ。

 <雷電らいでん>はええぞ。

 何と言っても早いし、そっとやちょっとではフラッターなんかおこりゃぁせん。

 400ノット位ではびくともせんのじゃ!」


相変わらず、がははっと笑って教えてくれた青杉中尉が最期に付け加えたのは。


「この熊公はな、間も無く襲い掛かって来る重爆を叩く為に現れたんじゃ。

 20ミリも4丁備えられてあるし、翼面積も狭い。

 上空から一撃離脱するには、クマンバチが一番じゃよ!」


ルゥバラにも、敵の重爆・・・つまり空の要塞が現れるだろうと教えられたのだ。


「重爆・・・ですか。

 私達零戦乗りには荷が重い奴ですよね?」


戦闘機との単機空戦では対等に闘えている零戦だったが、相手が4発の重爆ともなれば話が違う。

重防御を誇るとされる<フィフススター>の重爆撃機には、相当手古摺ると思われていた。


「そうだ、そいつらが編隊を組んで来たら、クマンバチの方がゼロよりは働けるじゃろうな」


駐機場エプロンに並んだ数機だけの<雷電>に、過度な期待は出来ないと思うが。

青杉中尉は意気軒高に言って除けた。




青杉中尉の所属した戦闘301空には、零戦22型12機と雷電22型3機。

それと双発の見慣れない機体が3機所属していた。


ヒカルは双発で真っ黒く塗装されている機が、戦闘機だとは思えず、夜間偵察機か爆撃機だと思い込んでいたのだが・・・



「ヒカルぅ、こちらは大園飛行長の意見具申で出来た機体なんやそうや」


柏村が一人の大尉を伴ってやって来た。


「初めまして。私は<二式陸偵>改造の夜間戦闘機を預かる仲藤なかとう大尉です」


挨拶に訪れた大尉から聞いて、やっと正体が知れた。


「夜間・・・戦闘機ですか、あれが?」


双発で3人乗りと思われた機体は、機首部分に装備されていた偵察席が無くなって二人乗りになっている。

それに操縦席の後方から突き出た銃身が門ある。


「そうやでヒカル。

 仲籐大尉は、あれの聖獣をシモベに持ってはるんやで!」


そうか・・・と、思った。

あの機体も異世界から来たのかと。


「重爆対策って奴らしいんやが。

 301さんは、えろう待遇がええらしいんやわぁ」


やっかみ半分で、柏村が教えて笑っていた。


「柏村大尉、それは言っちゃぁ駄目ってもんですよ?」


笑うヒカルも、新たな仲間に力を得た気がしていた・・・






味方の新部隊が展開し終える前に、敵は次なる手を打って来る。


ルゥバラ基地に301空が容姿を揃えた頃。




「どうやらまた・・・空母が出てきよるみたいやで?」


柏村から教えられたヒカルの眉が潜む。


「機動部隊が相手なら、青杉中尉達の出番じゃありませんよね?」


邀撃部隊の301空で、対戦闘機戦に使えるのは零戦22型くらいか。

自分達201空の稼働機数11機との合計で23機。

たったそれだけの機数で邀撃するには、余程事前の情報が必要だと考えられたが。


「いいや、青杉達は参加するって言い張るんや。

 なんでも雷電は敵グラマンとの空戦も出来るんやと。

 巴戦だけが空戦やないってゴネよるんやわ」


それに・・・と、柏村は加えて。


「二式陸上偵察機改の夜戦やが、あいつ等も状況次第によっては邀撃に出るって煩いんや。

 大園飛行長も乗り気でなぁ・・・ホンマ、かなわんで」


肩を竦めて、とんでもない事になったと苦笑いを浮かべていた。


「偵察機改造の複座夜間戦闘機まで・・・ですか?

 それは無謀にも程がありますねぇ柏村分隊士」


全く、その通りだとヒカルも同意する。

下手をすれば、邀撃どころか味方機を護る羽目になりかねないと。


「そやねん、飛行長にも困ったもんやでホンマ」


飛行指揮所ピストを振り返った柏村と一緒に、ヒカルも溜息を漏らして横柄な飛行長の事を想って笑みを溢していた。





新たに進出して来た<サンシャルネス>海軍航空隊と時を同じくして、陸軍航空隊も動き始めていた。

長距離の進出に躊躇っていた参謀本部からの達しで、陸軍の戦闘機部隊もナシ島西端に基地を構えたのだ。

軽戦である一式戦闘機<はやぶさ>を主力にしている陸軍には珍しく、重戦闘機とも呼べる二式戦闘機<鐘馗しょうき>と、液冷中戦三式戦闘機<飛燕>の発動機エンジンを空冷に換装した三式戦改(作者注・史実では5式戦闘機と呼ばれています)を装備した部隊が展開し始めていた。


ナシ島の劣勢を覆すべく進出して来た陸軍航空隊は、直協の観点から偵察機も独自に装備していたのだ。

百式と呼ばれる双発で複座の機体は、流線型のキャノピーを持つ独特のフォルムを擁し最大速度620キロを誇る優秀機だった。


部隊が揃う前から活動を始めていた陸軍偵察機により、ナシ島東岸付近に展開している<フィフススター>地上部隊の動向が掴めた。

更に付近の上空に居た航空部隊の動きも察知できる事になった・・・



「おおーい、グラマンが追って来るぞぉ」


百式偵察機の操縦員パイロットが、後部座席の偵察員に注文を付ける。


「りょぉーかぁーい!右後方に2機見えますぅー」


双眼鏡を構える偵察員が、敵機発見と追撃を意味する暗号電を発信し始める。


「機長!あのグラ公は、F4Fではないみたいです」


双眼鏡に入っている機影から、丸っこいワイルドキャットではないと判断した。


「むぅ?新型か・・・写真をとっておけ」


操縦員の機長から命じられた偵察員が、ライカを取り出し写真に収めると。


「機長!奴等の方が早そうですよ?」


追い迫って来るグラマンらしき機影に、危険だと教えて。


「そろそろお暇を願います」


得意の百計を執ってくれと操縦員に頼んだ。


「よぉーし、そんじゃぁ逃げるが勝ちだな」


スロットルレバーを手元に引き付け、速力を上げて行った(作者注・陸軍機のスロットルは、フランス形式である引き付けて増大押し付けて低下を、隼二型まで採用していました)。


1350馬力の双発発動機からなる大馬力で、百式偵察機はぐんぐんグラマンを引き離して行った。


「もっと近寄られていたら危なかったかもしれんな。

 奴等も新型か・・・早いな」


「そぅですねぇー、でも水平速力はこっちの方が少々早いみたいですね」


双眼鏡で敵の出方を観ている偵察員が、諦めた敵機が翼を翻して帰って行くのを確認して。


「機長!どうやら奴等は新型のグラマンに間違いないようです。

 機影識別表にある・・・F6Fとかいう奴に間違いありません」


側面を見せた敵機から、識別表にある機体と同一だと教えて来た。


「よし、新型機の発見を打電しろ。

 それからな、もう一つおまけに打っておけ。

 <我に追いつくグラマンなし>・・・ってな!」


「了ぉー解っ!」


陸軍百式偵察機からの電報は、陸軍だけに伝わるだけに留まらなかった。


最期の一報は、相手を小馬鹿にして平文で打たれてあったから。




邀撃体勢を整えつつあったルゥバラ基地でも・・・


「全力即時待機とする!各隊は指揮系統に鑑みず連携をとるように」


301空司令小牧中佐が訓示を行っている傍ら。


「今日は奴さん方も本気で掛かるっちゅうことみたいやな」


柏村は折りたたみいすに寝ころんだままヒカルに話していた。


「柏村分隊士、いいんですか?

 他所の隊は臨戦態勢に入ったのに・・・」


おろおろとヒカルが整列している他隊員達を観て訊いたのだが。


「慌てたってどうなるもんでもないやろ?

 それにこの基地だけに敵襲が来るんとちゃうしな」


先ずは観測所からの通報が来る筈と、柏村は踏んでいるのだろう。


「それとやな中嶋ぁ、張り切り過ぎたら保たへんで?

 今日から何日邀撃戦が続くかも分からへんのやしな」


柏村の言う通りかもしれない。

敵が本腰で攻めて来るのなら、一日ぽっきりで空襲が終わる筈もないのだから。


「先ずは空母機動部隊からの空襲。

 その後はナシ島に陣取った部隊からの攻撃。

 まぁ、休みなしになるんは間違ぉうないやろな」


ケロッと柏村は言い除けたが、ヒカルにとっては一大事。

<サンシャルネス>軍にとっては試練の戦況になるだろう・・・


「柏村分隊士、それじゃあ敵は攻略部隊を伴うって事ですか?」


この島に敵が上陸でもして来たら、忽ちの内に占領されてしまうとヒカルは思った。


「アホぬかせ!こんな島に敵が上陸して来る訳がないやろうが。

 飛行場を奪っても本土迄は距離があり過ぎるわ!

 こんな所を奪うくらいならナシ島に展開している陸さんの飛行場を奪うやろ」


ちっぽけな島のちっぽけな飛行場の価値に比べれば、陸軍が展開した飛行場こそ奪いにかかるであろうと柏村は言い切るのだったが。


「まぁ待ってれば解るで。

 <フィフススター>艦隊からの空襲がどこを狙って来るか・・・見とったらええんや」


折りたたみ椅子から起きない柏村が待つのは、最初に空襲が行われる場所。

敵機発見の報告がくるのを、待っていたのだ。



「分隊士!飛行長がお呼びです!」


嘯いていた柏村が飛び起きる。


「来たな?!」


その眼は完全に戦闘を意識していた。


「どこから来るんや?陸か海か?!」


呼びに来た通信士に柏村が吠える。


「陸です!敵ロッキードの編隊ミユです!」


咄嗟にヒカルも身構える。


「ロッキードやと?もしかしてメザシか?それとも爆撃機か?」


「双発機とだけ知らせて来ました!」


柏村が最初に言った<メザシ>とは、双発双胴の戦闘機であるP-38を意味していた。

二本の胴体ビームの間に操縦席がある独特の形状を持つP-38ライトニング。

機首に集中装備された機関砲は、零戦にとっても侮れない重武装を誇っていた。

運動性能は双発双胴だけにすこぶる悪いが、水平スピードでは完全に凌駕されている。

持ち前の馬力で一撃離脱されれば、零戦も苦戦を余儀なくされるだろう。


「いけ好かんなぁ、地上掃射されたらことやぞ?」


通信士と飛行指揮所ピストに走っていく柏村を目で送り出したヒカルは、愛機の元まで駆けだした。


「柏村分隊士は嘯いてたけど、もういつ襲われるか分かっちゃいない。

 奇襲を受ける前に飛び上がらなきゃぁ、地上で撃破されるかもしれない」


まだ整備員達も取り付いていない<零戦>に駆け寄ったヒカルが操縦席を観た時。


「ヒカル、飛び上がらんとやられちまうぞ!」


白銀のモフモフ髪を靡かせて見下ろしているレイが忠告して来た。


「感じるんだ、奴の気配を!我が本当の宿敵が迫っているんだ!」


紅い瞳を向けて来るレイが、いつになく本気で言っている。


「<零戦虎徹>の宿敵が向かって来ているんだよ、我が主!」


その顔に見えたのは、P-38なんかじゃない敵の事を教えていたのだ。


「レイ?!それってまさか?」


操縦席に駆け込んだヒカルが、パラシュートとシートベルトを掴んでレイに訊いた。


「そうだ!グラ公・・・ヘルキャットだ!」


答える聖獣の眼は、空に向けられ遠い日を教えていた。


「グラマン・・・F6F。我が宿敵にして最大の難敵だ!」


レイの声に、ヒカルの手が停まった。

情報としてだけは知っていた敵の正体をいきなり告げられて。


異世界から来たレイから散々聞いていた難敵の名を告げられてしまい。


「だが、本当に危険なのは・・・地獄猫ヘルキャットが来たと感じられたからだ」


レイが眉を顰めた相手。

聖獣レイに眉を顰めさせるほどの地獄猫。


「遂にこの日が来たのだ。

 私が異世界から来たのも、この日の為だったのかもしれない」


レイが引き攣った笑みを溢した。

ヒカルに見せた事も無い表情で、空を睨むレイ。


「初めて・・・見たよ。レイがそんな顔になるなんて。

 もしかしたら私も今、同じ顔になってるかもしれないわね」


空戦を前にして、二人は互いの心を図り合う。

聖獣は仇を前に闘志を滾らせ、主は決戦を心に秘めて陰を纏う。


「もし、地獄猫とやらに出遭ったら・・・決着がつく迄闘う事になりそうね」


空を睨むレイは、ヒカルに応えなかった。

その時が来れば解るのだからと・・・



それは正に痛恨事の前触れだった。





現れた敵航空兵力。

ヒカル達零戦部隊は敵新型機に立ち向うのだが・・・


次回 痛恨


君は命の火を消すのか?








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼の空 輝<ひかり>の青空<そら> ケモ耳少女と戦い抜いて さば・ノーブ @sbnb0817

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ