第39話 決戦の空で

戦闘201空に補充される筈だった機材や人員は、船団の壊滅と同時に潰え去ってしまった。


航空撃滅戦は最初の段階で崩れ去り、消耗した部隊に残されたのは僅か16機の稼働機だけだった。


司令や航空参謀の意見具申も実る事は無く、持てる機材と人員で防戦や攻撃を掛け続けざるを得なかったのだ。


敵機動部隊はナシ島沖合を遊弋して、陸上部隊の援護と攻撃を繰り返していた。


それに対し、<サンシャルネス>艦隊は決戦を挑んだ。

ルゥバラ基地からは遠く離れた洋上で、彼我の艦隊は航空戦を展開した。

当時の持てる戦力全てを傾注して・・・





堀越中尉が負傷したあの日から僅か半月後の事だった。


「「大本営発表、先日行われたナシ島沖海戦にて我が方は敵空母3隻以上を撃沈。

  我が方の損害は空母数隻に被害があった模様、我が方の損害は軽微なり・・・」」


海軍マーチに包まれた報道が、ラヂヲから勇ましく流れている。

気を利かしたつもりなのだろう、桟橋横の衛兵舎から元気付けるつもりだったのかもしれない。


「また・・・<大本営発表>ですか。景気の良い話ですね?」


ヒカルは松葉杖を突く堀越に苦笑いを浮かべていた。


「まぁ、それが彼等の仕事なのだからね」


補給も来ない前線にあって、報道とはかけ離れている実情を思う。


「せめて機材くらいは補給して貰わないと。堀越中尉からも言ってやってくださいよ?」


眼の前に居る堀越の向こう側には、交代者を載せる飛行艇が翼を休めていた。


「あはは、僕に言えるのならね。一介の中尉の話になんて耳を傾けてくれたら良いけど」


4発の飛行艇である<97式大艇>がプロペラを廻し始める。

負傷兵を後方に輸送する大艇に、堀越は乗り込む事になっていた。

もう前線勤務は出来ないし、搭乗員の資格さえも奪われた堀越は帰る事になったのだ。

死なずに済んだ飛空士ではなく、翼を?がれた海鷲として。


「ヒカル、僕は君が還って来るのを待つよ。

 飛行場の中で、君の<零戦>が還って来るのを待っているから」


「はい!きっと。帰りますから」


自分に生きることの意味を知らせてくれたひとに、敬礼ではなく握手を求めた。

これが最期ではないと信じるから。


「だって私。悪運が強い事にかけては最強なんですよ?

 そう簡単に死にはしませんからね・・・いさおさん」


握り合った手の温もりを大切に心にしまったヒカルが手を振る。

大艇に向かう舟艇の中へ向けて、忘れることの居ないように瞼に刻み込んだのだった。



堀越達帰還兵を載せた大艇を見送ったヒカルが指揮所まで戻ると、そこでは新たな命令を受けた司令達が喧々囂々の会議が開かれていた。


「おう、中嶋ぁ。えらいこっちゃで!」


指揮所の端に居たヒカルへ向けて手招きする柏村分隊士が、


「我が隊にも参加せいって言うてきたんや」


航空図を拡げた机を指して嘆くのだった。


「どうかされたのですか?」


柏村の態度から推し量って、なにか問題が発生したのだと感付いていたのだが。


「中嶋少尉、君はどう思うかね?」


左手を三角巾で吊り下げている小林分隊長が、命令を切り出す。


「敵の地上軍を喰い止める為に、航空総攻撃を展開すると言って来たんだ。

 敵はナシ島の東側を制圧済だというのに、追い落とせるとでも思っているのだろうか。

 いくら航空機で攻撃したって、部隊を壊滅に追い込めるとも思えないのだが」


地上軍は後から後から上陸して来る<フィフススター>に圧迫され続けている。

その訳は、本土からの増援も少ないうえに、途中で待ち構えている潜水艦に撃沈されているらしいからだ。


増援も期待できない状況で、陸上軍を撃滅など出来ようか。

陸軍と航空攻撃を共同で行えるのなら可能性もあるだろうが・・・


「分隊長の危惧される通りだと思います。

 航空部隊は敵の航空戦力の打破に力を注ぐべきだと思います」


答えたヒカルに小林分隊長は、我が意を得たと頷く。


「しかし、上層部にこちらの状況や意見を上奏しても、作戦は決行されるのでしょう?」


居並ぶ上官を前に、ヒカルは諦めにも聞こえる言葉を吐いた。


「その通りだ。そこで我々はどうすべきかを問いたいのだ」


「どうするかって言われましても、命令は絶対ではありませんか?

 断れる訳もないのに、考えても始まらないのではないのではありませんか?」


思わず食い下がってしまったヒカルに、柏村がクスッと笑うとこう言ったのだ。


「真面目なやっちゃなぁ、中嶋は。すこしばかり狡くならなぁアカンで?」


「はぁ?!意味が分かりませんが?」


軍隊に於いて命令は絶対であるが、前線に於いての裁量は司令官の心一つでもあったのを教えて来た。


「つまりやなぁ、ズルするんや。

 攻撃隊の随伴を命じられたら別やが。

 独自に作戦を展開するにやったら、他の部隊には迷惑が掛からへんやろ?」


「え?!共同攻撃以外にも出撃理由があるのですか?」


攻撃機の随伴以外、作戦があるとも思えなかったヒカルに柏村は付け加えた。


「考えてもみいな中嶋ぁ、こんな中隊規模しか送り出せへんウチ等やで?

 護衛隊にだって規模が少なすぎるんやし、戦力にもならへんわ」


そう言われてみたらその通りだろう。

基地上空の迎撃ならイザ知らず、侵攻部隊と協同するなんてお門違いにも程があるのだから。


「じゃぁ?命令をどう遂行するのですか?」


「簡単なこっちゃ、行かへんかったらええんや。

 敵がこっちに来るのを叩けば、味方の力にもなれるんやからな」


侵攻する事だけが航空攻撃とは言い切れないと、柏村は独自の解釈で返して来た。


「それに、敵が黙ってヤラレルだけだとは思えんしな。

 こちらが攻撃一点張りで、敵が大人しくやられ続けてくれるなんて虫が良過ぎる話やで?」


「な、なるほどです」


つまり柏村は敵が追い打ちをかけたり、反撃をかけた時の防衛に力を注げと言うのだ。

少数機の稼働しか見込めない201空が、作戦に寄与できる方法はこれしかないと考えているようだ。


「柏村分隊士の言う通りだと俺は思う。

 司令も納得されたところで、今上とかけあって貰っている処なんだよ」


小林分隊長が苦笑いを浮かべてヒカルに教えた。


「なんだ。じゃあ私に意見を訊かなくても良かったんじゃあありませんか?」


「いやいや、中嶋からもっと奇抜なアイデアが出るかも知れんって。

 ウチが隊長に言うたさかいやねん、残念やったわ」


柏村もニヤニヤ笑い、ヒカルの肩をポンと叩いて来る。


「買い被り過ぎですよ柏村分隊士は。

 私はそこまで切れる頭をもちあわせてませんからね」


しょうがない人だなぁと、柏村に笑い返してから。


「それじゃあ、我が隊は迎撃専門って考えておけばいいのですね」


「うむ、司令が巧く交渉して下されればな」


小林隊長が電信室の方に目を向けて、期待を込める様に頷く。


「じゃあ、私は命令があるまで<零虎レイ>の処にいますから」


整備を受けている愛機に行くと告げて、上官達と別れて指揮所を後にした。






「ふむ・・・防空戦か。悪くないな」


ケモ耳を揺らしてレイが答える。


「でも、邀撃だったら巴戦に入らない方が良いんじゃない?

 一撃離脱戦法を執った方が数が稼げそうだけど?」


機体に描かれた撃墜マークは、既に機体後部を黄色く染める程の数に増えていた。


「まぁな。ヒカルが撃墜数を増やすのが良いというのなら」


「なに?レイは叩き墜とすだけじゃ物足りないとでもいうの?」


操縦席でヒカルは照準器に座っているレイを聞き咎める。


「いや違う。私が言いたいのはこれからの事なのだ。

 防空戦ともなれば敵機の数が多くなる。

 一撃離脱戦法も悪くは無いが、味方が追従できなくては意味を為さないと思うのだ。

 単機だけならいざ知らず、小隊長として引っ張らねばならないのなら注意せねばならないぞ?」


そう言ってからレイが照準器に立ち上がると。


「これだけは言っておくぞヒカルよ。

 味方機が危機に陥ったとしても救おうだなんて考えない事だ。

 敵機は必ず自分の後ろに忍び寄っていると思っておいた方が良い。

 集団航空戦ってものを理解しなくてはいかんのだぞ?」


未だに少数機での戦闘経験しかないヒカルへ忠告して来た。


「私の名をくれた<零戦虎徹>という主様は、部下を失った事がない。

 零戦の神とまで言われた方は、一度だって負けた事が無かった。

 ヒカルはそれが出来るか?神の領域に達しているのか?」


紅い瞳でレイが語る。

異世界の操縦者達がどれ程の腕前であったかを。


「嘗ての世界に似て来たのだ、今居る此処も。

 嘗て敗れ去った状況に、似てきてしまっているんだよヒカル」


そして、レイは<サンシャルネス>の未来を予言して来た。


「願わくば、同じ結末にならないよう祈るばかりだ」


ケモ耳少女は、紅い瞳を空に向けて零す。


「この空の上から火の玉が・・・街に落ちて来ない事を祈るばかりだ」


陽の光を浴びる銀髪がヒカルはその時、紅く血塗られているように感じてしまった。


「そうね・・・戦争が終われば良いのにね」


レイと同じように蒼空を見上げて、ヒカルは心からの願いを呟くのだった。






戦闘201空に、命令が下ったのはそれから一両日後の事だった。


・・・稼働機の全力を以て攻撃部隊の後詰めとしてナシ島の制空権を確保せよ・・・


つまりは、こちらの想い通りにはならなかったと言う訳だ。

防空だけに絞れたら。基地防空戦だけを闘えたのなら。


<零戦>を操る士官達は、櫛が描けるように減っていく機数を観てそう思っていただろう。


中嶋小隊は、その中にあって健在だった。

作戦開始から3日目。

僅か3日間で、201空の稼働機は6機にまで減っていた。


「酷使しましたからねぇ、しょうがないですよ」


整備班長がヒカルの元に来て、発動機えんじん不調を訴える3番機を指す。


「小隊長っ、申し訳ありませんっ!」


大林二飛曹が涙ながらに謝って来る。


「謝る必要なんてないわ。今迄だって誤魔化しながら飛んでたんだから」


3番機が不調なのを解っていたヒカルが、大林を慰めていると。


「柏村大尉の機も、分隊長の機も。みんなが不調を訴えてますからねぇ」


整備班長が匙を投げる様にスパナを放り出す。


「せめて予備の部品ぐらいは寄越してくれたって良い筈じゃないですか。

 どこの班も、部品の奪い合いをしてますからねぇ・・・」


整備班長は壊れた機からの部品を獲り合うのには限界があると嘆いているようだ。


「そうね、もうここら辺りで補給を貰わなきゃ、飛べなくなるわね」


「そうですよ、今日だって6機がやっとなんですから。

 明日になればどうなるか・・・責任持てませんよ」


明らかに整備困難となっている機体が掩体壕に放置されている。

機体のあちらこちらに貼り付けられたパッチが目立ち、発動機カバーを外されたままの機体達。

それでも部品さえあれば直せるだろうに。


「今日はもう他部隊との連携なんて執れやしないわ。

 たったの6機だけになっているんだもの・・・」


とうとう自分の小隊も稼働できるのが2機になった。

<零虎>は独自の妖精に修復を行わせられるからまだしも、二番機の状態は芳しいとは言えなかった。


「そうですね小多飛曹の機も、ラダーの調子が悪そうですからね」


部下の様子を観て、整備班長が眉間に皺をよせた。

取り付いて整備を手伝う小多一飛曹も、違和感があるようでしきりに補助翼を動かしている。


「この様子じゃぁ、飛べたにしても戦闘なんて出来やしないわ」


稼働機がまた減ってしまうと嘆いている中嶋小隊に、命令が下る。


「第2中隊第3小隊に命令。

 味方攻撃隊が帰還途中にあり追撃を排除せよ・・・だそうです」


指揮所からかけて来た伝令が、ヒカルに命令と飛行図を手渡した。


「うん、了解したと飛行長に伝えて。

 それで私の小隊だけで行くの?」


「いいえ、稼働全機を以って・・・と、仰られてました」


答えた伝令は敬礼をすると指揮所に戻っていく。


「小隊長、どうします?」


整備班長の訊いて来たのは小多一飛曹も連れて行くのかとの意味だろう。

まだ整備は終えられたとは言えない状況の二番機を、連れて行くのはあり得ない。


「仕方が無いわよ、私だけで行くから」


「しかし、それでは・・・」


危険を伴う・・・とまでは言えず、整備班長は口籠った。


「大丈夫よ、私にはレイがいるもの」


<零戦>の聖獣レイさえ居たら、たった独りではないと思えるからと。

強がりでも気休めでもなく、ヒカルはケモ耳聖獣を信じ切っていたのだ。

レイさえ居れば、自分は帰って来れるからと。


発進位置に出て来られたのは僅かに4機にまで減っていた。

小隊規模でしかない機数だったから、空中指揮はヒカルに任される事になった。


命令に由れば、進出地点は基地より東南50マイルのナシ島上空。

攻撃を終えた部隊を追いかけて来る敵機を追い散らせば良い・・・との事。


敵が少数ならば追い散らす事も出来よう。だが、多数機なら?


「バラバラで行動しないで。2機単位で連携しましょう!」


発進前に部下達に命じておいた。

たったの4機なのだと注意を促しておいたのだが。


今日の二番機は慣れない吉本一飛曹、3番機は山本一飛曹。殿は大飯一飛曹。


手練れの3機を従えて、ヒカルは発進していった。


その日に待ち構えていた運命も知らずに。





航空戦は最終段階に来てしまった。

陸上でも陸軍は失敗を犯してしまっていた。


敵航空兵力を侮った<サンシャルネス>は、ナシ島からの撤退を考えざるを得なくなる。


海の上でも陸の上でも、敵兵力は怒涛の様に押して来ていた。


そしてヒカルはそれを見ずに済む事になる。

思いもよらない戦いの結果で・・・



次回 前触れ

君の前に現れるのは・・・地獄猫ヘルキャット

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