19話 美味しいご飯と固い缶コーヒー
――昼。
施設からは少し距離のある町。そこは東京の町並みと違い、人もまばらな静かな町。
森崎達と合流し、選べる程も数が無い飲食店で昼食に食べる事に。
「ロリサキ、良い事を教えてあげるわ。ここのレストランはマナーに寛容だから緊張する事は無いわ」
「バカにすんなっ、ファミレスくらい知ってるわ!」
ファミレス。
ファミリーレストランとは名ばかり、ファミリーでなくとも利用可能な飲食店。レストランという堅苦しい響きがあるにも関わらず、手頃な値段でメニューも豊富な飲食店である。
「うわぁ、おいしそう。このハンバーグ食べたいな」
レイがキラキラとした瞳でメニューを眺めていると、ナギがニヤニヤと笑いながら呼び出しボタンを押す。
ピンポーン♪
「すぐに店員が来るわ、ここは保険屋持ちだから好きなのいくらでも頼みなさい」
「ナギさんよ……俺は君と違って高給取りじゃあないんだぜ」
そんな事を話している内に、ウエイトレスがテーブルへとやって来た。
まずは先に注文をさせるべく、ナギはレイを指差す。
「私はこのハンバーグとオレンジジュースがいいな」
「そう、じゃあ後は瓶ビールとワインをボトルで」
ガタッ。
ナギの注文を聞いたホーケンは、思わず肘をテーブルにぶつけてしまう。
「おいおい昼真っから酒かよ」
「店員さんよ、から揚げとポテトを追加で頼む」
「サッキーも飲む気満々ときてる……全く大した連中だ」
シュボッ。
呆れつつ、ため息交じりにホーケンがタバコに火を点ける。
「俺はランチセットでいいぜ」
「店員、今のランチセット無しで。それとグラスは人数分用意なさい」
「へいへいへーい、俺にも飲ませるのかよ!?」
無事に注文が決まり、程なくしてビールにワイン。そしてレイが頼んだハンバーグとオレンジジュースが席へ到着した。
幸せそうにハンバーグを頬張るレイ。ホーケンにワインを注がせるナギ。ビールにいち早くありつく森崎。
頂きますも乾杯の音頭も無く始まった昼食だが、それぞれが思い思いに楽しんでいる。
「あはは、ホーケンの顔真っ赤だ」
「何よもう酔ったの、情けないわね」
もう何本のビールやワインが運ばれてきただろうか。ナギは涼しい顔をしてグラスを傾けながら、テーブルにダウンしているホーケンを嘲笑う。
「ハハハ、そういやレイ。こいつと一緒に病院だかどっかに行ってきたんだろ、どうだったんだ?」
「うん、何だか色々思う所があったけど……だけどご飯がおいしいから大丈夫だよ」
「何だそりゃ、まぁいい。それよか子供はいっぱい食え食え」
酒が入って森崎も上機嫌な様子。
そんな楽しい食事に、レイはクスリと笑ってハンバーグを平らげた。
――夜。
ホーケンの口利きで泊めてもらう宿。広さも暖かさも申し分の無い宿。縁側へ出ると、冷たい空気の中に輝く星が一望出来る見晴らしの良い宿。
「お前さん、相変わらず風呂は入らないのか?」
「うーん、熱いお湯はあんまり好きじゃないからいいや」
そんな風に風呂を断るレイは、冷たい風にさらされながら画板と向き合っていた。旅の途中ではスケッチブックに鉛筆なんかで描いていた為、久しぶりに取り出した画板や筆を見て思わず笑みがこぼれる。
「ねぇ、サキモリ」
「あん?」
白いキャンバスには、いくつもの黒い線。
筆を持つ手を動かしながら、森崎に背を向けたままレイは問いかけた。
「サキモリは、千枝の事好き?」
「なななっ、何だよいきなり、俺はガキっぽい女は好きじゃねぇやい!」
カチッ。
慌てた様子でタバコに火を点け、夜空を見上げて息を吐く。
勢い良く吐き出された紫煙は空に溶け、すぐにフッと見えなくなった。
「そうお? 千枝みたいに明るくて、純粋で素直で一途な子。私は好きだな」
いくつもの黒い線が描かれた白い台紙に、黒い円を加えるレイ。
赤。橙。黄。
主張の激しい色ばかりを使って、黒かった円や線に彩りを飾る。
「きっと千枝もサキモリの事、好きだよ」
「ああそうかい」
「あははっ」
円の上に線を重ね、その上にまた円を描いていく。
何重にも重なったその色は、お世辞にも綺麗な色とは言い難い。
「もし千枝とサキモリが結婚して、子供が出来て。その子供が障害者だったら、サキモリはどう思う?」
鈍色。
レイの描く線が、円が。段々と鈍い色へと変わっていく。
「どうって言われてもなぁ……」
「目が見えない子だったら、ずっとサキモリの顔が見えなくて。耳の聞こえない子だったら、ずっとサキモリの声は届かない。脳に異常がある子だったら、きっとサキモリの存在を理解する事すら出来ない子供なんだよ」
ふぅ。
レイは手を止め、空を見上げて白い息を吐く。
「ホーケンがね、そんな子供には手当てがつくから。金銭面なんかでは健常者より断然良いから、だからその子供は生きていけるって。逆に言えば、そうじゃなかったら捨てられてしまうんだよね」
「ほーん、そんなもんかね?」
あまり関心が無い様子で答える森崎。
ピトッ。
「ひゃっ!?」
首筋に暖かい感触がやってきたレイは、思わず声を上げた。
振り向けばそこに、いたずらな笑みを浮かべた森崎の姿。
「俺は子供どころか結婚もしてねぇからな、ハッキリとは分かんねーけど人それぞれだし別に良いんじゃねーか?」
首に当てていたのは、温かい缶コーヒー。
それをレイに手渡してやると、森崎は自分の分のコーヒーを開ける。
カシュッ。
缶の中からは、豆の強い香り。
「うん、ありがとう……んっ、ん~っ」
缶コーヒーを受け取ったレイ。しかし思いのほかフタが固くて開いてくれない。
「どれ、貸してみな」
唸りを上げて缶コーヒーのフタに苦戦しているレイから、缶を奪い取る。
レイはどこかうれしそうに、森崎の手元をジッと見つめる。
「俺はお前さんのように絵が描けるわけでも、難しい事を考えるのだって出来ねぇ。それでも缶コーヒーのフタを開けてやることは出来るぜ」
カシュッ。
缶コーヒーのフタを開け、再びレイにそれを手渡してやる。
「だからよ、目が見えなくても耳が聞こえなくても人それぞれってこった」
「あはは、やっぱりサキモリは優しいね。千枝が好きになるのもわかるよ」
「だぁああああから俺はガキに興味ねーってんだよ!」
誰しもが森崎のような考え方ではない。
描きあがった絵。色々な色が混ざり合ってごちゃごちゃした曼荼羅を眺めてみると、案外悪くない気がしてきた。
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