18話 金の卵を産む鶏
「――ようレイちゃん、この子もそろそろ時間だとよ」
「時間って?」
「ここは特別支援学校……平たく言えば養護学校も兼ねてるからな、学校の時間だから俺たちはそろそろ場所を変えよう」
幼い少女に別れを告げて、レイはホーケンに案内されるがまま施設内を移動する。
広い施設内の、渡り廊下を通って移動。
次に二人が訪れたのは、ずらりとベッドが並ぶ病院のような場所。
「こっちは介護施設だな」
一つ一つ、等間隔にスペースの空いたベッドには老人達が寝ている。いや、置かれていると言った方がしっくりくるような、そんな光景。
「この人たち……生きてるの?」
「ああ、そりゃあ死体は介護出来ないからな。ほら見てみな」
並べられたベッドの一つ。ヨボヨボの婆さんがプルプルと体を震わせながら、介護士と見られる女性が差し出すスプーンに口を付ける。食べているとは到底言い難い光景。栄養の摂取を強要されている様な、そんな感じだ。
「ご飯……自分で食べられないんだ」
「そうさ、それと婆さんに食わせているモンはとろみ剤。あれが無いと喉に飯が詰まって死んじまうからな。ちなみに吐くほどマズイぜ」
ヘラヘラと笑いながら、ホーケンは寝たきりの老人や。なんとかベッドからは起き上がれるが、歩く事さえままならない老人達の様子を見て回る。
「ねぇ、ここのお爺さんお婆さんは本当に生きてるって言えるのかな?」
自分一人ではご飯を食べる事も、トイレに行く事は愚か喋る事。話している言葉を理解する事すらも出来ない老人達。
そんな人達を見て、レイはホーケンに問いかける。
「俺は保険屋だからな、死体を見ても死亡診断書を見るまで死を認めない。その点で言えばここの奴らはバッチリ生きてるぜ」
「そう……でも変な感じだね」
体中に管を通して延命治療を受けている老人。意思の疎通はもとより、まばたき一つしない状態。治る見込みなんてあるわけもないのに、ベッドに横になったまま。いわゆる植物人間が何人も存在する施設。
「……なぁレイちゃん、金の卵を産む鶏の話って知ってるかい?」
「ううん、どんなお話?」
動かない老人。意思の無い者達をジッと見ていたレイに、語りかける。
左手を向け、手をグーからパーへと変化させる。
「あるところに、貧しい生活をしている男……そうだな、仮にサッキーとしておこう」
「あはは、サキモリいつもお金無いって言ってるもんね」
「サッキーは一羽の鶏を飼っていたが、ある日その鶏が金の卵を産んだと来た」
レイに語りかけながら、ホーケンが手のひらをくるりと返す。するといつの間にかゴムボールが指の間に一つ挟まっていた。
「急に金の卵を産むもんだからって、驚きつつもサッキーは喜んだ。そして鶏は次の日も、そのまた次の日も金の卵を産み続けた」
くるり、くるりと手を回転させるたびに指の間のボールは増えていく。
「サッキーの生活は貧しい暮らしから一変し、段々裕福な暮らしへと変わっていった。しかしある日の事だ……」
「うん、それでそれで?」
指に挟んだゴムボールを手の中に隠すように握りながら、ホーケンが話を続ける。
頷きながら興味津々に話を聞くレイだが、その手の動きにも驚かされている。
「何せ金の卵を産む鶏だ、きっと腹の中には金の塊が詰まっているに違いない。それがあれば一気に大金持ちになれる。サッキーはそう思って鶏の腹を開いたが……」
ゴムボールが入っていたはずの手。
ググッと力強く握っていた手を開いてみると、手のひら以外に何も無かった。
「腹の中には金の塊なんか入っていなかった。当然それで鶏も死んじまって、サッキーは元の貧しい生活に逆戻りしちまいましたとさ。めでたしめでたし」
「あはは、サキモリ欲張りすぎだよ」
「そゆこと、欲張っちゃいけねぇってお話さ」
ハハハとホーケンは笑いつつ、窓を開けてタバコに火を点ける。
フゥッ。
白い煙が外の景色に溶け込んでいく。
「そうそう、障害を持っている奴らはハンディを背負っていると認識されがちだが、そいつぁほんのちょっと物の見方を変えりゃ実はそうでもないのさ」
「それって、お金……だよね?」
「ご明察」
レイの反応に、ニヤリと笑うホーケン。
察しが良い事に気を良くしたのか、さらに言葉を続けた。
「さっき話した金の卵を産む鶏。ここに居る奴らはまさにそいつだ」
再びレイに手を見せつけ、その中からゴムボールを出現させてみせる。
一つ、二つ。ボールはホーケンが手を僅かに動かす度に増え続ける。
「ここで寝ている老人共には多額の年金が、障害児にも国から手当てが出る。生きているだけで金がもらえて、バスなんかの公共料金も一切かからない上に障害者は就職も特別枠。さらには保険料が免除されたりな。精神に障害があれば人を殺めても罪が軽くなるケースだってある。健常者とは比べ物にならない恩恵が無数にある」
「だからこの人達は生きていけるんだね」
「へへっ、しかも金の卵を産む鶏と違って死んだ後も保険金が入ってると来たもんだ。人を殺せば犯罪になる法律があっても、長く生かすのは悪いどころかまるで善行だからな」
ニヤニヤと笑いながら、ホーケンが手を開く。するとボトボトと大量のゴムボールが床に転がる。
「こいつらを生かし続けることで、金を得るのは家族や親族。ここの連中はうまい物を食べるどころか、長く生かす為だけに作られたクソ不味い飯を食わされるだけ」
「本人がそれを、生き続ける事を望んでいれば決して悪い話じゃないんだけどね」
「ま、意思の疎通も出来なくなりゃそれまでさ」
生きているのに、嬉しさの欠片も無い。どころか、喜びで笑う事も悲しみに暮れる事も出来ない状態。それでも生かされ続ける老人達を見たレイは、何だかもどかしい気持ちでいっぱいだった。
「さてと、視察の仕事も終わった事だしサッキー達の所に行こうぜ」
「うん、そうだね」
障害者。要介護者。
知りもしない人間からすれば、ハンディを背負っている可哀想な人。それは決して間違えでは無いのだが、正解だとも言い難い。
本人にとってハンディとなっても、金銭面だけで考えればその限りではないのだから。
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